thirty-eight
「あなたの同郷が助けてくれたってこと?」
「そもそも、出身はどこですか。見慣れない言葉ですが、書き言葉の異なる地方はだいぶ遠いですよ」
「同郷が近くにいるとは思えない。私、帰り方も分からないところから来たから」
「ジョーク?」
首を振る。
「まあ、あなたの素性が掴めなかったのは事実だし。頭ごなしに否定はしないけど、なんの見当も付かないの?」
「うん。短銃を持ってきてくれたとしたら、この文字を書いた人だとは思うけど」
「それに関しては、鉄砲が現れたことも含めてなにも言えません。他に聞きたいことは?」
「襲われる直前、エイミーが異変に気が付いたんです。私も二回目の詠唱の時には、なんか空気が張り詰めたみたいに感じて……なにか意味はありますか?」
魔法のことを聞くなら、彼女だと思った。可能とは思えないような扱いで、想像を超える魔法を見せ付けられた。国のお抱えの魔法使いのその実力は、私がひよっこに過ぎないということを思い知らせるのに十分だった。
「高出力の魔法を使おうとすると、大気がゆったりと流れます。魔法は神のものですから、その発現が大きければ大きいほど、空気はそれを拒否しようするんです。菜月さんが二度目で感じ取ったのは、一度経験したのと、更に強力な魔法を敵が使おうとしたからでしょう。エイミーさんが一度で気が付いたとしたら、それは以前に経験しているからだと思いますが、心当たりはありますか?」
クライネに問われてエイミーは考え込んだが、俯いて首を振るだけだった。
「…………いえ、あれほどの魔法を見たのは、これが初めてです」
「では、何か遠くで起きた現象をたまたま感じ取っていたのかもしれませんね」
「私たちを飛ばすのは、どうやってやったんですか? ない現象は魔法でも起こせないって覚えました。人が飛ぶなんてこと、普通は有り得ないのに……」
「それは、話すと長いです」
「あの」エイミーがクライネをおずおずと見つめる。「どうか教えて頂けませんか、私、理論派の魔術師を目指してて、勉強させて貰いたいです」
クライネが俯く。魔女帽で窺えない表情は、いつもそうだった。顔を隠したがっている。彼女の顔がまともに見えたのは、これまでにたった二回だけだった。
「……話が、下手で」
「だめですか」
「言葉足らずでも、気後れしないで付いてきてくれるなら……教えたくないとか、そういうんじゃないので……」
「私、ちゃんと覚えます」
「……分かりました。計画を実行するまでに時間もあるし、少しずつ、一緒に勉強しましょう。菜月さんには、エイミーさんから教えてあげてください」
「はい!」
エイミーが、蜜柑みたいな笑みを浮かべると、クライネの雰囲気も、どことなく綻んだ気がした。彼女は恥ずかしげにそわそわすると、私とエイミーをちらと見比べて、口を開く。
「あの、帽子を取ってもいいですか?」
要望の意図が掴めなかった私たちは、すぐに応えられなかった。そんなの、好きにすればいい。代わりに返事をしたのはローゼだった。
「なにも言いませんよ、この人たちは」
ローゼに言われて、クライネは帽子のつばに手をかける。ぎこちない動作が細長い魔女帽を外すと、私もエイミーも目を瞠った。
彼女の髪色は鮮やかなピンク色だった。それも、かなりぎらぎらとした、眩しいくらいの色だった。驚いたのはそれだけじゃない、彼女の頭からは、猫のような獣の耳が生えていたのだ。肩元で切りそろえられた質のいい真っ直ぐな髪の毛と、細い前髪の隙間からはその髪色と同じ瞳が覗いていた。あれ、と思う。この前見えた時、この人は黄色い瞳をしてはいなかっただろうか――。
そして、疑問を抱えたまま次にまばたきをすると、彼女のその髪と瞳と耳を覆う毛並みは、深い緑色になっていた。
「これが、あれで……だから、見せたくなくて……」
クライネは後悔したみたいに、一度は置いた魔女帽を手に取ってしまう。それを止めてあげたかったけど、だからといって何と言ったらいいのかは分からなかった。気にしませんよ、とか、素敵だと思う、とか、世辞を投げても、かえって困らせる。私の考えを汲んでか、ローゼがクライネに声をかけてくれた。
「ねえクライネ、見てよ、この人たちがあなたを軽蔑しているように見える? 困惑されるのは分かりきってるでしょ」
「不快かと、思って」
「不快? ゴキブリの羽が生えてるわけじゃあるまいし」
「こっちにもゴキブリはいるわけ……?」
「あんなの凍土以外にはいるでしょうよ」
無駄口を叩いているうちに、またクライネの髪色が変わる。今度は薄いレモン色だった。ああ、そうか、だから以前と違うふうに見えたんだ。
「髪色が変わるんですか? いまは黄色」
「黄色ですか!? 私には、薄い水色に見えます」
「なんか見る人によって違うらしいの。それでしょっちゅう変わる」
「え、すごい。耳も、なんか触りたくなるね、あれ、エイミー」
「はい、クライネさん、ここはひとつ……」
「え、いや、触られるのは、ちょっと……くすぐったいので、ここは何故か、特に……」
急に現れた異質さに驚いて忘れていたけど、初めて窺えたクライネの表情は、少女をそのまま少し大きくしたみたいな、幼げな愛らしいものだった。小動物っぽさで言えばエイミーも負けていなかったけど、比べてみればエイミーはクライネよりずっと落ち着いたパーツを持っている。
「ふ、不思議ですね。私、見たことないです」
エイミーが遠慮がちに言うと、クライネは照れくさそうに笑った。几帳面に真っ直ぐ伸びた水色の髪が、凪ぐように踊る。
「こういうふうに、されちゃったんです」
「されちゃった、ですか? どなたに?」
「神に。――禁呪を、使ったから、罰で」
悪びれない、いたずらをしたような幼い声だったのが、私には突然おそろしく思えた。
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