thirty-seven
「菜月さん、手伝ってくれませんか!」
クライネの声が前方から響く。はっとして、いまの状況を思い出した。悩む時間じゃない、襲われてるんだ。とりあえずこの修羅場を生き延びて、謎は持って帰るべきだった。
杖が無いから、手をかざす。ローゼは敵陣の右翼から攻め込み、魔法使いは剣士のローゼが近付くのを嫌がって後ろに下がろうとする。クライネはその退路を断つみたいに、爆発魔法を破裂させていた。
相手できていない数人が、ローゼに相対する味方を援護しようと動き始める。そこをじっと見つめた。
『――ル・ダント』
暗闇に青白い閃光が走る。歪な高い音と共に、草原が瞬間的に赤く光った。息をつく暇もなく、不意に、身の毛のよだつ感覚が背後を襲った。
「それ、電撃の魔法? どうやって使うか教えてよ」
男の声だった。
「菜月さん、後ろ!」
振り返ると三人も外套がいた。うちの一人が剣を振りかぶる。エイミーが銃を放った。剣を振ろうとしていた男が力を失って倒れ、それを見て、私に粘つく声で話し掛けた男が詠唱を始めた。
――そして、まただった。あの浮遊感だ。気付けば外套の一人が倒れ、詠唱を開始していた男は悲痛な叫びを上げた。なにが起こったかは分からなかった。だが、今しかない。
『――ル・ダント!』
鋭い破裂音がして、いつの間にか後ろに回っていた三人は動かなくなる。原因の分からない一瞬のことがなければ、きっと危うかった。『死ぬ心配をするな』と日本語で書かれていたのは、これを意図していた?
状況把握のために周囲をなぞれば、もはや動けそうな外套の人間は、三人もいなかった。ローゼに剣を突きつけられ、何やら喚きを上げる者、向こうの方に走り去っていく者、形だけの戦意は見せるが、じりじりと後退する者。蜘蛛の子を散らすとはこのことだ。
「とりあえずは、撃退したのかな」
「そのようですけど――」
エイミーとローゼの方に近付く。彼女の氷塊のような声が、形となって聞こえてくる。
「ほら、なにが目的ですか? その歳で骨が折れては困るでしょう」
「…………」
「私が飽きるまでがあなたの命の時間ですからね」
「ローゼ、早く済ませられませんか」
クライネに急かされたローゼが、剣の切っ先を男の足に刺す。鈍い悲鳴が上がって、私は思わず目をぎゅっと閉じた。
「も、目的などない! 我々は依頼を受けただけだ!」
「ギルドから?」
「依頼主など知らん、だが破格だった」
「そう、十分だわ」
ローゼが剣を振るう。滑らかに空を切った刀身が、月光を反射して煌めいたかと思えば、その瞬間に男は事切れていた。
「……殺したの?」
「まだ聞きたいことがありましたか?」
「いや、そうじゃないけど、殺さなきゃだめだった?」
「さあ、どうですかね。ところで、あっちであなたが電撃の魔法を当てて死んだ奴らは、殺さなきゃだめだったのですか?」
「……ああ、うん、なんでもない」
・・・・・
事件のあった公園の横を通って、私たちは拠点に帰ってきていた。エイミーとローゼが食卓の椅子に座り、クライネは端の方で俯いて立っている。私は立ちながらエイミーの座る椅子の背もたれに体重を預けて、この子の頭に顎を乗せていた。
「なぜ襲われたのでしょう」
エイミーがぼやく。骨を伝って声が耳に届いた。ローゼが短い黒髪を払う。
「依頼と言っていたわね。何か菜月かあなたに恨みがあるんじゃないんですか。地主が勘づいたとは思いたくないところですが」
私たちが奴隷を救う依頼を受けたのを、どこからか地主が聞いて、ヒットマンを送ってきた可能性は、確かにないではなかった。それにしても、大所帯ではあったが――私とエイミーを仕留めるのに、あれほど動員する必要はあるのだろうか。
「敵は、クライネさんやローゼがいるって知ってたかな」
「知ってたにしてはしょぼい集団よ。クライネを殺すならあと30人は連れて来ないと。私も殺すならあと50人はいるわね」
ローゼの言う通り、クライネの活躍は凄まじかった。私たちを飛ばして緊急の避難をしたこともそうだけど、敵がほとんど何もできず敗走していったのは、彼女の魔法が強大すぎたからだ。もちろん、ローゼの自分に対する評価も言い過ぎではなかった。
知ってたにしては少ないし、知らないにしては多い。だからといって、こちらの素性を知らないわけがない。敵の目的は掴めない。謎は、そればかりではなかった。
「クライネさん、聞きたいこと、たくさんあるんですけど、エイミーの短銃が現れたの、やっぱりどう考えても持ってきてたとは思えないんです。魔法かなんかだと思いますか」
「何もないところから鉄砲が現れる魔法ですか? そんなのはないと思います。空から降ってきたならともかく」
「空から降ってきたってことは多分なくて……なんか、紙もくっ付いてたし、これ、間違いなくエイミーの銃なんですよ」
はっとしたエイミーが立ち上がって、部屋から袋を持ってきてまた私の前に座る。
「ありますよ、銃」
袋から短銃を取り出すと、その姿かたちはほとんど同じだった。突然現れた方が、少しだけ使い込まれている。
「二つありますが、でも、これは同じ銃だと思います」
「どうして?」
「これ、村のお姉さんから貰った物で、お古なんですが、癖があるんです。引き金を引く時に、二回引っ掛かりがあります。私がさっき使った時にも、引っ掛かりはありました」
「そしたら可能性は高そうですけれど、説明は付きませんね。付いてきた紙っていうのは?」
エイミーがスカートの裾から紙を取り出す。その際どい仕草には驚きを隠せなかった。エイミーの細い健康的な脚がほとんど露わだ。えろい女は胸から紙を出すけど、可愛い女は脚から出すの?
「これです」
「なにこれ」
「文字のように見えますが」
クライネが紙を覗く、けれど、首を傾げるだけだった。
「それについては答えが出てて――」
エイミーが言いかけたのを、私が引き継ぐ。
「私の出身地の言葉なの」
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