twenty-four

 まず考えなければならないのは、この世界の、特にこの国の通貨の価値についてである。ゴルデールというのがお金の単位で、基本的にお店では「ゴルデ」と略され取引されている。


 日本で300円出して買えそうなパン一斤の値段は、ゴルデールなら200ゴルデール程。なのでゴルデールは日本円の1.5倍くらいの価値があると考えてもよい。つまり、私の稼いだ5000万ゴルデールは日本円にすれば7500万円であり、少年が貸してくれとせびって来た4000万ゴルデールも……まあつまりそういうことである。


 気が動転していたことを詫びた少年は、それでも4000万を貸してくれと言ったこと自体は、まともな意思能力が無かったからではないと、欲しくもない弁明をした。彼曰くどうしても必要なお金ということだったが、エイミーはそれを聞いて、めちゃくちゃに機嫌を損ねてしまった。菜月さんが必死に稼いだお金なのに、というところだと思う。


「エイミー、お金、貸してくれるところないの?」

「いえ、ありますよ」


 ツンケンとエイミーが言うと、少年はすぐに反論する。


「だが、金貸しは金を貸してはくれない」

「それは信頼がないからでしょ?」


 その反論もすぐに私に蹴飛ばされ、彼はあからさまに顔を赤らめた。白い肌に血が上る。


「……っ、だから! わざわざここに来たんじゃないか! なんでも依頼を聞き届けてくれると、そういう話じゃなかったのか」


 なんでも屋になった覚えはなかったけれど、立ち所に広まった噂が、そういう風に形を変えていてもおかしくはないなと思った。愛が交通事故で死んだ時も、いつの間にかどうやら菜月という女に原因があるらしいとされていたことがある。


「まあ、仮になんでもするとして、君はさ」

「カルロス」

「カルロスね。カルロス君はさ、私たちはなんでも依頼を聞き届けるので、裸で踊れと言われたら踊らなきゃいけないと、そう思うわけ?」

「あ……いや、それは……人権的に、なんだ……違う話だと思うけれど」


 ここで、人権なんて言葉を聞くとは思わなかった。人権の概念はあるけど奴隷はいるのか。


「うん、もしかしたら違う話かもなんだけど、かなり無理な話をしてることについては何も変わらない。あなたは大金だと分かってるから人に借りなきゃいけないと思ってるのに、その大金が、私たちがなんでもやるからといって、ぽんと出てくると思うのはおかしい」

「いや、はい……」

「……でも、お金を貸す以外で協力できることがあるかもしれないから、なんでそのお金が――4000万も、必要になったのか教えてくれない?」


 叱られてしゅんとしていても滲み出る横柄な態度が、彼の生まれの良さを示唆している。金が無いわけでは無いことは、服装の清廉さと身だしなみの清潔感を見れば分かったが、それ以上にもっと権力的な、そういう何かを知っているように見えた。


「惚れた女が、いるんだ」

「菜月さん、もうよくないですか? 時間になっちゃいますよ?」

「申し訳ない、非礼を詫びるから、どうか聞いてくれ、ケイシーさんも、どうか……」


 忘れがちだけれど、ケイシーはエイミーの苗字だ。彼は唐突な告白をして、それから一気にしおらしくなった。結論から話すのは話が早くていいけど、これに関してはもっと遠回しに言ってくれなきゃ聞く気も起きない。乗りかかった船だがどうやら船底に穴が空いてそうなので降りたい。しかし、カルロス少年は私たちの表情を読むことはできず、ゆっくりと話を始めた。


「赤い髪の美しい女性だった。歳の頃は……、そう、菜月さんとそう変わりなさそうだった。彼女を見たのは奴隷の競り場で、彼女はまさに奴隷として、売られていった。その時に付いた値が、破格の4000万ゴルデールだ」


 それが人の自由の値段として高いのか低いのかは分からなかったが、それでもそれは大金に違いない。さっき見た奴隷も、見た目は愛らしかったが600万だった。それと比較すれば、破格なのは間違いない。私が何も言わないのを見て、彼は話を続ける。


「彼女を買ったのは辺境の大地主だ。悪名高い男さ。美しい女は必ず競り落とす。奴隷でない女は買えないから、わざわざ気に入った女を奴隷に落とすようなこともする。法を逆手に取ってね。そういう話もあるような奴だ。僕はどうにかして、彼女を救ってやりたい。きっと彼女が奴隷になったのも、なにか手違いや陰謀あってのことに違いないんだ」


 エイミーが、横で、机の一点を見つめて俯いているのが分かった。その瞳が、愛らしい二重の下でぐらぐらと揺れているのも。何故なのかは分かっていた。彼の言っていることが、私の昨日言っていたこととそう変わらないからだ。たまたま見えてしまったから、助けようと言っている。男の人の浮気な想いだとしても、私の同情と大差あるわけじゃない。


 そうだ。見えてしまうと話は変わる。食卓に牛の写真を飾らないのは、牛の写真を飾ればご飯が不味くなるからだ。目を逸らして正当化していれば、それで世は事もなし。奴隷もそのはずだった。十分な労働力が無いので、悪人とその家族を安い労働力にしますと。買い切りの労働者は、幾分使い勝手がいいはずだ。それ自体を否定する気はない。私とて、社会の制度にどうこう思うことがなかったわけではないけれど、諦めが付くのも早い方だった。


 でも、あれだな。悪名高い大地主の陰謀とか、何か手違いがあるなら――。


「助けなきゃだよね、エイミー」

「…………」


 エイミーは俯いたままだった。

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