twenty-three
部屋にベッドは二つ用意されていたが、自然とシングルベッドに二人で眠り、疲れもあってかエイミーは私の横でぐっすり寝ていた。そして、その翌朝に私たちを起こしたのは、忙しなく喧しいノックの音だった。
「お客様! お客様!」
寝癖は酷いが寝起きがいいエイミーが先に動き出し、逆立った青髪を撫で付けもせず扉を開くと、そこには昨日から見慣れた店の男主人が立っていた。
「どうされましたか?」
「お客様に、お客様がいらしているのですが……」
慌てた様子で額から滝のような汗を流す主人が、足元に汗で染みを作った時、その後ろからぬっと姿を現したのは、黒い鎧に身を包み、頑強そうな、しかも身の丈がエイミーの二倍程はある男の人だった。
「失礼してよいか」
「あ、ちょっと待ってください」エイミーが私を振り返る。布団に潜ったままだった私も観念して起き上がると、それを確認したエイミーが「どうぞ」と言う。
「これは起きしなに失礼を。どうかお許し願いたい。私は、このヘルメス領を治める、皇女ヘルメスの騎士、トビラドアという。金銭を得ずに仕事を請け負っているというのは、貴女方で間違いないか」
こくんと頷くと、私の浮いた前髪が跳ねる。それを確認したトビラドアさんも鷹揚に頷き、居住まいを正した。
「皇女殿下より、貴女方を城へ招待するよう言い付かっている。城の場所は問題ないか」
「え、はい、それはまあ」
「正午ちょうどに、城の前へどうかいらしていただきたい。そこに私がおりますので、案内はそれから。食事が必要であれば、摂らずにおいでください。それでは」
簡易な敬礼をすると、トビラドアさんは身体の大きさ故に屈んで扉から出ていく。私たちに何かを問い返す時間はなかった。
「……嵐のようでしたね」
実際、エイミーの寝癖は嵐の後のようではあった。
「権力ってそういうものだよね。……どうやったらそんな寝癖になるわけ?」
・・・・・
いずれにしても、早朝から騒がしくしてしまったお詫びにと、宿の主人がこれでもかという量の食事を用意していたこともあり、食事は摂ってから行くことになった。私はなかなか寝付けないどころか眠りが夕立ちの水溜まりのように浅いので、毎日が前日の延長という感じがしている。そういうわけもあって、朝ごはんはあまり胃に入らないタイプの人間だった。一方のエイミーは朝から大量に食べ、むしろ夜になると少食になるタイプだ。
私の分まで食べたエイミーがさすがに満腹でしばらくの休憩を必要としていたので、その間に城に呼び出された理由を考えていた。
「ヘルメスっていうのは、偉い人?」
皇女殿下とか言われていたけど、皇女というのがどういう地位を表すのかが分からないし、そこに殿下が付くとどうなるのかということも分からなかった。いや、皇女殿下で一つなのかな。あるいは、ヘルメス・コウジョデンカという名前なのかもしれない。そんなことある? いや、ないとも言い切れない。ノブドルゴルドルだし、トビラドアだし。
「お姫様ですよ」
「皇女殿下って、お姫様ってこと?」
「相違ありません。少なくともこの国では」
「国王の娘さんってことだよね」
「そうですね」
「政治をやるのは、国王?」
エイミーが頷く。私は彼女の瞳を見て、小首を傾げた。エイミーも私を真似て首を傾けて、二人して見つめ合っていた。
よく分からないけれど、私たちはそのお姫様に、城へ招かれたのだ。
お姫様に呼ばれるというのはどういうことなのだろう。国王が実権を握っているんだとしたら、それは日本で言えば総理大臣的な何かで、お姫様といえば、その娘ということなのだろうか。違う気もしたけど、だからといって、じゃあなんなのかというのも分からなかった。ニュースでよく見た女性総理大臣の顔はすぐに思い浮かぶ。しかし、その娘の顔までは思い浮かばない。子がいるかどうかも定かではなかった。だとしたら、そんなに大事なことではない? けど「ヘルメス領」と言っていたし。
なぜ呼ばれたのだろう。皇女の立ち位置が分からない限りは、それも分かりそうにない。
「行ってみなきゃ分かんないか」
エイミーがゆっくり休めた様子だったので、私は立ち上がってスカートを正した。エイミーもそのようにすると、宿の主人がカウンターの方から「食器はそのままで!」と大声で言い、頭を下げる。
その足で外に出ようと出口の方に向かい、その扉を開いた時だった。同時に向こう側から扉が開けられたと気が付いた瞬間、胸の辺りに重い鈍痛が走る。頭が混乱するうちに「菜月さん! 大丈夫ですか!?」とエイミーが駆け寄るのを感じたが、すでに痛みもそこまでではなくなっていて、深刻な何かというわけでは無いことが分かってきていた。
「いった……。なに……?」
胸を抑えたまま目の前を見ると、狼狽した顔の少年が立っていた。慌てて謝罪を口にする彼は歳にしたら14~5くらいで、肩まで伸ばした金髪は切り揃えられ、丁寧な手入れがされているみたいに艶やかだった。しかし、顔付きは既に大人びて男性的で、その赤茶色の瞳は誰もが持ちうるわけではないほどに美しい。背は私より低く、その頭の高さが私の胸と同じ高さだったので、たぶんこの子がぶつかってきたのだと分かった。とはいえ、どちらが悪いという状況でもない。私も「ごめんね」と謝ると、その目が強く私に釘付けになっているのが分かった。ぶつかったことも謝罪をしたことも、既に忘れてどうでも良くなっているに違いないと、その緊張に硬くなった表情を見て感じ取った。
「……貴女が……、いえ、貴女方が、なんでも依頼を引き受けてくれるという……人違いではありませんか? いえ、きっと間違いない。奇妙な衣服を身に付け、この宿におられるという話と相違ない。菜月さんというのは貴女か、実は、折り入って頼みがあって――それというのもだが、……4000万ゴルデール程、貸してはいただけないだろうか!」
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