four
「宿に住んでいます」と言ったエイミーの横を、私はとぼとぼと歩いていた。
あーあ、おかしな事になっちゃったな。どこなんだよ、ここ。木はでかすぎ。エイミーは幼馴染に似すぎ。土埃は落としたのににおいが付き纏っていすぎ。
森の中にはところどころ明かりが置かれているけど、その照明の様子も変だった。私の知らない器具、というか、なんか石ころみたいな形をしたものが、ぽわぽわと悪びれもなく輝いている。元気そうでいいな。明かりとか自分から光るものは。私には無理。無理だからこそ羨ましい。でもそれはなんなの。なんで石が光るんですか?
「私が聞くことでもないけど、エイミーは森で何をしてたの?」
心細くなってエイミーに話しかけると、木漏れ日みたいな笑い方でエイミーは答える。
「ちょっとしたお使いをしていたのです。あの、なんとお呼びしたら」
「あ、菜月って言うの。斎藤菜月」
「はあ、珍しいお名前ですね。なんだか、東の海という感じです」
それは、私の名前がってこと? 不思議な子。愛とはやはり違っていた。
「お使いって、それ?」
エイミーの手に持つカゴを指すと、彼女はこくりと小さく頷いた。
「はい。この森の奥に、輝石が湧くところがあるのです。少々道が狭いので、小柄な私くらいしかやる者がいないのですが」
知らない単語だったし、カゴには布が掛けられて中が見えないようになってたので話はよく分からなかったけど、とりあえずは別に重要なことではないだろうと思った。郷に入っては郷に従え、何も分からなくてもとりあえず話を合わせとけ、これは女子高生の鉄則。
「へえ、親のお使い?」
聞いたら、今度は頷かなかった。困ったように笑って、頬を人差し指で撫でる。その仕草を見て、ふと納得した。
「仕事?」
聞き直すと、彼女は空元気で「あ、はい!」と言う。
「受注ギルドで頂いてきた仕事です。あ、そろそろ森を抜けますよ」
ととと、っとエイミーは駆けて行き、一足先に森を抜けた。私がそれを歩いて追い掛けると、砂埃のにおいは一層濃くなっていって、抜けた先には青空……がなく、私は驚嘆した。ただ一面に茶色の風景が広がっているだけだったのだ。その光景を、信じられはしないものの、どういう状況に自分がいるのかが分かった。
「え、ここってなに、洞窟なの?」
「はい。竜巣は山の内部にある街なのです。竜が住むようなところだから、」
「竜巣」
土のにおいが付き纏うのも当然のことだった。森は比較的高度の高いところにあり街全体を一望できたけれど、その光景はその街ひとつが洞窟の中に作られているという、おかしなものだったのだ。
光源がなんなのかは分からないけれど、上空、というか天井には大きな輝く石がいくつも突き刺さっていて、それが洞窟の中を照らしているみたいだった。それを見て、森の中を照らしていた石もこれか、と合点がいく。いや、だとしてもなに? 合点は別にいっていなかった。
洞窟の中で木々が成長するのも、あの光のおかげなんだろうか。だとすると、洞窟内は暮らせる環境のはずだった。
「あれ、夜になると消えたりする?」
「竜巣をご存知なかったので今さら驚きはしませんが、もしかして輝石もご存知ないのですか」
うん。と呟くと、エイミーは面倒くさそうな表情をひとつも見せずに、人差し指をぴんと立てて教えてくれる。
「輝石は、長い時間をかけて日光を吸収したその原石が、その日光に反応して自ら輝きを発するようになったもののことを言います。ので、日没後はその残滓を抱いたまま、暗くなります。それはそれで、星のようなのです」
洞窟の中で日光を感知するのか、と色々疑問には思ったが、紫外線とか色々あるし、なんかそういうことなんだろう。それが今の通説なだけで、通説が後に覆るということも珍しくはない。エイミーが拾ってきたという輝石を「あまり直視しないでくださいね」と注意されながら手に持たせてもらうと、感触はただの石だった。不思議な物があったものだ。ますます、自分の居場所が分からなくなってきた。
下っていくと、街の様子はなんだか雑然としていて、建物は粘土を塗り固めて建てたみたいなどうも古代の暮らしを想起させるものもあれば、木組みで作られたお洒落なものもあり、煉瓦で組み立てられた豪華な建物もあった。
「なんかごちゃごちゃしてる」
「おっしゃる通りです。川が見えますか」
エイミーが下の方を差すと、確かに川が流れていた。それも、大河と呼べるような幅の広い河川で、竜巣の真ん中を分断するみたいに、逆光でその先は見えない洞窟の入り口を抜けて、向こうに流れていっている。その水上には、荷を高く積んだ木組みの船が行き交っていた。
「あの川の先に、王国の都市があります。この河川は大海と繋がっていて、ここ竜巣と都市はその真ん中に位置するので、他の地域から荷を船で運ぶにはここを通っていくしかなく、それで、竜巣は中継貿易で栄えているのです。だから色んな人が来て、そこから色んな文化を受容しているうちに、おっしゃる通り、ごちゃごちゃに」
なるほど、と相槌を打つと、エイミーは得意げに胸を張った。青い髪が光に照らされて、細い線が楽しげに揺れている。私は途端に自分のことが嫌になった。
「さて、宿はそんなに遠くありません。菜月さんはお疲れのご様子ですし、さっさと休みましょう」
「うん。ありがとう」
お人好しなんだろうな。触ろうとしたら警戒してたけど、それ以上の警戒心は持っていなさそうだった。目の前で困っている人がいたら助けてあげましょうね。という美学。こんな得体の知れない女連れ回して、どうなるかとか想像しないんだろうか。それとも、どうにかできるくらいの算段があるとか。私にはよく分からなかったけど、好都合ではあった。
困っている時に助けてあげないと、優しくない人のレッテルを貼られる。人の心がないとか、そういうことを言われてしまう。人の心ってどんなの? それはあなたの心では。女心が分かってない。それはあなたの心では。男心が分かってない。それもあなたの心では。自分自身に我慢をさせることがその人の「良さ」であることが大抵なのは、人間の営みの中でも特に醜悪な慣習に違いない。
街の中は、無秩序な印象があった。住んでいる場所とあまりにも違いすぎるので、不意に身の危険さえ覚える。店や民家で圧迫される狭い通路は乾燥して砂埃が舞っていて、行き交う人々は肌の色も様々。
「私の服も紛れるか」と独り言をほっそり言うと、エイミーが振り向いて、「無理がありますね」と言った。意外とはっきり言うんだね、きみ。でもやっぱり何を言っても、幼馴染の顔は愛くるしい。
「ここです」
エイミーの言葉通り、森からはそんなに離れていなかった。所狭しと並んでいる建物の中ではかなり余裕を持った雰囲気のある木組みの外観で、ぼんやりと橙色に光る輝石を扉上部に付けている。その横には看板が掛かっており、「竜宿」とスケールの大きい名前が付いていた。小綺麗な宿だなあと感心している間に、エイミーは私の前に立ちはだかって、強ばった顔で私のことを見つめていた。
「先に言っておかなければならないことがありまして」
「え、うん」
「ここの宿主の方は、一癖あるので、十分気を付けてください」
エイミーの言葉の要領を掴めず首傾げると、エイミーはさらに深刻な表情になった。
「特に、嘘をつくのはやめておいた方がいいです。通用しませんので。自分は丸裸なんだと思いながら、接するのが、一番安心です。……森で倒れてた、記憶が無いなんて、普通誰も信じません。が、それでも素直に話してください」
エイミーの大袈裟な物言いには肩を竦めそうだったけれど、とりあえず、素直に頷いておいた。
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