僕はケンタ・柴犬の二歳・限界中年独身男性の山崎さんに飼われている
秋山機竜
おやつは一日一回だけなんて、がまんできない
僕はケンタ。柴犬の二歳。限界中年独身男性の山崎さんに飼われている。
山崎さんには、子犬のころからお世話してもらったから、とても感謝している。
でも、たった一つだけ不満があった。
おやつを一日に一回しかくれないのだ。
「ケンタってば、すーぐ太るからな」
ご主人のやつ、したり顔でいいやがった。
なんだよ。太ったら、散歩してやせればいいじゃない。だから一日に三回おやつがほしい。わんわんわんっ!
「どうせ、おやつたくさん食べたいとか考えてるんだろ? ダメだぞ。お前、一度太ると、やせるまで大変なんだからな」
おのれ、ご主人め。ただでさえ激安ドッグフードで我慢しているというのに、おやつの回数まで我慢させるなんて、なんてケチなんだ。
おぼえてろよ。いつか、思うぞんぶん、おやつを食べてやるからな。
そんな野望を秘めながら、一週間が過ぎたとき、ついにチャンスがやってきた。
山崎さんが、日帰り出張するため、今晩帰ってこないのである。
はらぺこ犬にとっての
「じゃーな、ケンタ。明日の朝には帰ってくるから、いい子にしてるんだぞ」
山崎さんは、大きなカバンを持って、出かけていった。
ばたんっと扉が閉まるなり、僕は大きくジャンプした。
おやつ食べ放題の時間だ!
はふはふっと鼻息を荒くしながら、おやつを隠してある床下収納を漁ろうとした。
でも、フタがしまっていた。なんだよご主人のやつ、普段はだらしないくせに、こういうときだけしっかりしてさ。
でも僕はめげない。すべてはおやつ食べ放題のために。
まずはフタを、どんどんっと前足でパンチしてみた。でもビクともしなかった。
今度は尻尾でこすってみた。うーん、なんの効果もないねぇ。
最後に歯で引っ張ろうとしたんだけど、そもそも噛めるところがなかった。
なんだよ、このままじゃ、おやつ食べられないじゃん。
だんだん腹が立ってきたので、うぎゃーっとゴロゴロ転がったら、かちっとなにか引っかかった。
どうやら僕の毛皮が、フタの取っ手に引っかかって、突起が生まれたみたい。
らっきー! こいつを噛めば、フタを外せるじゃーん!
僕は、取っ手を噛むと、ぐいぐいぐいっと力のかぎり引っ張った。
ぱっかーん! 夢の世界がオープンしたぜ!
僕は、床下収納に頭を突っこむと、おやつの袋を引っ張り出した。
犬向けのクッキーだ。甘くて、噛みごたえがあって、とってもおいしいやつ。
もう我慢できなくなっていたので、袋の底を噛み切ると、中身のお宝をガブガブ食べていく。
うめぇえええええ!
ほわああああああ!
これだよ、これ! 僕はこの瞬間を待っていたんだ! フィーーバーーーターーイムっっっ!
はい、あっという間に全部食べ終わりました。さすがにお腹いっぱいだね。
ふぅ、お腹いっぱいになると、眠くなるのが、動物だよ。
僕は野生の掟にしたがって、寝ることにした。
おやすみなさい。
……………………ふと気づくと、ご主人の山崎さんが僕の背中を揺さぶっていた。
「こらケンタ! 勝手に食べただけじゃなくて、全部食べるってどういうことだよ!」
へへーんだ。一日一食しか与えないほうが悪いね。
「ぜったいこれ太ったよ。またダイエットじゃないか。前回なんて一か月かかったんだぞ」
大丈夫だって。やせたままだって。だからドッグフードの朝ごはんください。
僕が朝ご飯を求めて尻尾を振ったら、山崎さんが目玉を丸くした。
「え、まだ食べるつもりなの? うそでしょ?」
うそじゃないもん。まだまだ食べられるもん。だからドッグフードぷりーず!
「こいつ、獣の目をしてやがる。本当に食べるつもりだ…………でもダメー」
あっ、ご主人のやつ、僕にごはんを与えないまま、寝るつもりだ!
このやろー! 起きろー! 僕にドッグフードあげてから寝ろー!
だが抵抗むなしく、ご主人は眠ってしまった。
なんて薄情なご主人だ。しゃーない、自分でドッグフードの袋探すか。
――――それから一週間後。僕の首はブクっと膨らんでいた。お腹もだるんっと垂れていた。前足も後足もぷりっと丸まっている。
えへへ、太っちゃった。ごめんね、ご主人。
ご主人の山崎さんは、大きなため息をついた。
「今日から散歩の量、増やさなきゃな……」
まぁー、たくさん散歩できるなら、それはそれで楽しいから、よしっ。
僕はケンタ・柴犬の二歳・限界中年独身男性の山崎さんに飼われている 秋山機竜 @akiryu
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