4-5 調査・3

 冒険者ギルドというのは互助会である。


 ギルドは依頼を受け、冒険者に仕事を斡旋する。冒険者は依頼の報奨金を受け取り、ギルドはその一部を斡旋費用として徴収する。そうやって成り立っている。


 このレピア国では、冒険者は全員ギルドへの入会が義務付けられていた。それは国として冒険者を管理する目的もあった。


 魔王とそれによる魔界からの魔物の侵攻が現実問題として立ちはだかっているこの世界において、魔物を狩る事で生計を立てる冒険者の存在は欠かせない。


 一方で、一攫千金あるいは勇者としての名声を求めて増え続ける冒険者を国で管理する事は難しくなっていた。


 そうして目を付けられたのが冒険者ギルドである。レピア国は前述の通り冒険者ギルドへの入会を全冒険者に義務付けた。


 今では多くの冒険者ギルドが乱立し、それぞれが独自で冒険者を管理している。ギルドによって届く依頼も異なるため、中には複数のギルドに登録する冒険者も居る。


 カーネリア達がやってきたギルドはその内の一つ、中堅の冒険者が多く集う『堅実なる者』であった。


 カーネリアは治癒士として冒険者ギルドに登録していたが、それはもっと一攫千金的なハイリスク・ハイリターンな依頼を取り扱うギルド『ベット・ユア・ライフ』である。この『堅実なる者』に来た事は無かった。そのため、どのような冒険者が居るのか、感じが掴めないという不安があった。


 シェルフは逆に興味深いという目でギルドを見つめていた。彼女は長い間修道院に身をおいていて、先日の事件で図書館がなくなって初めてこうして外に目を向ける事が多くなった。そのため、初めて見るものに対して不安よりも興味の方が湧いていた。


 なのでギルドに足を踏み入れたのも、ほぼ同時ではありつつも、やはりシェルフの方が積極的であった。




 ギルドに入ると冒険者達の目線が二人へと集中した。


 前のギルドと同様に、特に胸元に視線が集中するのをカーネリアは感じた。


 彼女は安堵した。ああ、どのギルドも本質は変わらないのだな、と。堅実という響きからは予想出来なかったが、所詮は人間なのだ。不安はそれで消え去った。


 慣れているので気にはしないが、視線の分だけガルドを貰えたら今よりも更に億万長者になれるだろう、いっそ今から金を入れる箱でも作って視線を寄越してきた奴らに請求してみようか、等と考えを巡らせ、やめた。


 アホらしい。そもそもまともに払う奴はいないだろう。冒険者とは日々生きるのに精一杯、金は装備と道具に当て、次に食事、最後に娯楽――健全な物、不健全な物の両方を含む――に費やされる。故にこうした事にちゃんと金を払う奴は居ない。請求する手間の方が勝るだろう。


 カーネリアは頭を切り替えた。商売人として儲けを計算するフェーズは終わりだ。ここからは自分達は探偵殿の助手となるのだ、と。


「ねぇねぇマスター。」


 そんな考えをダラダラと垂れ流している間に、シェルフはギルドマスターに問いかけていた。


「どうした、聖職者がこんな所に。仕事探してるならいいのがあるが。」


 彼はシェルフの胸に付けた、直角三角形が四つ集まって正方形を形成している紋章を見て言った。それは修道院の人間である印だった。


「アタシはそーいう趣味ないの。神様に仕えるのが仕事。」


 砕けた口調で殊勝な事を言われるとやはり違和感が強いな、とカーネリアは言葉にこそしなかったがつくづく感じた。


「聞きたいのは、ここのギルドに所属してる冒険者の事よ。」


「誰かお探しで?」


「スオード・ノーレンス。ご存知ありません?」


 カーネリアが尋ねると、ギルドマスターは考える間も無く答えた。


「ああ。最近殺されたっていう。」


「その件について、騎士団から調査の依頼を頂いた者ですわ。」


「へぇ、騎士団から。」


「はい。それで伺いたいのですが、四日程前、スオードさんはこちらで依頼を受けたりされませんでしたか?」


「受けたよ。」


「どんな依頼か教えてくんない?」


 ギルドマスターは二人の顔を交互に見比べた後、


「まぁ騎士団の依頼なら仕方ないか。」


 そう言ってごそごそと書類を漁り、一枚の紙を取り出した。


「アイテム納品の依頼だ。二人で受けてたよ。もう一人は治癒士のデューレス・イーハック。最近来てないけど。」


 ギルドマスターは知りたい事をしっかりと教えてくれた。


「どんな方ですの?」


 カーネリアが尋ねる。ギルドマスターはううんと唸った後、カーネリアの顔を見て言った。


「……あんた、どっかで会ったこと無い?」


 恐らく店頭で見たのだろうとカーネリアは思ったが、ここでその身分はあまり明かしたくないとも思った。


「気の所為です。それより、デューレスさんについてですわ。何かご存知の事はございませんか?」


 ギルドマスターは本当に気の所為だろうかと訝しみむながらも、忘れているという事はさして重要ではないのだろうと考えを改めた。


「あいつねぇ。うーん、ご存知の事と言っても、それほど付き合いあるわけじゃあねえからな。……ああ、強いて言えば、ちょっと神経質ってか心配性ってか、精神的にはちょっとな、みたいな所があるかなって思ったりはあるけど。この書類みてくれよ。」


 そう言って彼は、先程取り出した依頼の紙を見せた。


「ここ。依頼を受ける時はサインするよな。それがこれよ。いや、ここまでカッチリと書いてる奴は初めて見たね。時間が掛かってサイン貰う時イライラしたから覚えてる。」


 その依頼の紙の、依頼を受けたという証として書く請負冒険者のサインは、直線のみで構成された、極めて綺麗な文字であった。カーネリアもシェルフも知らないのでそう思う事はないが、レストであれば印刷されたものと勘違いしてしまいかねない程に。


 そして何度も書き直した形跡もあった。はみ出しては消し、足りなくては消しを作り変えしているようだった。だが最後の『イーハック』は適当になっている。


「アレ以上サイン書くだけで時間使われちゃたまんねぇからな。大分急かしてようやくこれだ。」


 心底うんざりした様子で、ギルドマスターは溜息を吐いた。余程時間を無駄にさせられたのだろう、心中察する物がある、とカーネリアは心の中で手のひらを合わせた。


「それはお気の毒に。少しお話を伺ってみたいのですが、今日はこちらにいらしてますか?」


「んにゃ、最近見ないな。


「へー。デューレスってのはどこに住んでるのか知ってる?」


「ああ。南地区の4-5だったかな。」


 彼はギルドメンバーの帳簿を漁りながら言った。スオードの家(南地区1-8)とさほど離れていない。


「なるほどなるほど。」


 カーネリアは地図を見ながら頷いた。


「……もしかして、デューレスが何かしたのか?」


 ギルドマスターは興味深いという目で彼女らを見つめ、そして小声で呟いた。


「なぁ、教えてくれよ。この手の話は中々聞けるもんじゃない。酒の肴に出来るし、それに色々と、な。」


 彼の言う色々とは、話の種に出来る、という意味である。


 ギルドは酒場的な役割も担っている。


 担う事になった経緯は単純で、冒険者はギルドに集まり、人々が集まる場所に酒があれば金になるという単純な理論から始まった。


 そしてそんな酒場で更に金になるのが話の種である。


 ちょっとした噂話から、新しい儲け話のネタまで、ギルドマスターはそういった情報を握り、金にする事で儲けを得ている。それ故に冒険者の動向には敏感で、この手の話も蒐集対象の一つであった。


「するものではございませんわ。私共はただ数日前からの彼の、スオードの行動を追っているに過ぎません。それ以上の意図はございません。デューレスさんもただお尋ねするだけです。」


「なんだつまらん。」


 ギルドマスターは率直な感想を述べた。


「あー、あとスオードについても聞きたいんだけど、恨みとかは買ってなかった感じ?アタシらは騎士団長からそう聞いたんだけど。」


「まぁ見た感じなさそう、って話さ。スオードは他人と関わるのが好きで、いつも和気藹々と仕事してるって感じだったと思うな。デューレスの時も同じで、特に変わった様子は無かったよ。」


「なるほど。……あとスオードさんについて、何か気になる事とかございませんでした?」


「気になる事?」


 ギルドマスターは顎髭を弄りながらしばし考え、そして口を開いた。


「んー、強いて言えばってレベルだが、よくパーティメンバーが変わってるのは気になったかな。他のギルドにも顔を出してるみたいだし。あんまり一つのギルド、一つのパーティに腰を据えて、みたいなのは無い様子だった。でもそういう奴もまぁ他にも居るからな。」


 カーネリアはふむと考え込んで、やがてシェルフと目配せした。十分な情報は得られたのではないだろうか。


「あんがと。聞きたい事はそれくらいかな。」


「お忙しい中ありがとうございます。」


「おう。まぁ何か進展があったら教えてくれ。ギルドのメンバーも気にしてるから。」


 それが「気にしている」以上の意味を持たない事を二人は察した。


「まぁ、はい。」


「なんか分かったらねー。」


 そう言って二人はその場を後にした。

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