3-7 調査・3

 ヤラーレン家の内装は少しばかり残っていた。レストの見立てでは、この世界この時代としては普通の家という感じであった。今いるゼーニッヒ家や貴族の家と比較すると勿論見劣りするが、そこまで見窄らしいというものではない。


 カーネリアによると、とかくエルモットは見た目だけはしっかりするタイプだったらしい。見栄えを気にして内実を気にしない性格だったとも。それがよく表れた家とは言える。


 そんな玄関だったと思われる場所にいくと、焼け残った木々がそのままの姿で立ち尽くしていた。


 それをレストはじっと眺める。ちゃんとドアの後がある。壊された形跡はない。


「つまり押し入ったわけではない、と。」


 レストが呟くとカーネリアは尋ねた。


「重要なことですか?」


「押し入ったわけではない、つまり強盗目的では無い可能性が高いということですから。……おや。」


 するとレストの眼鏡のレンズに興味深いものが映った。ドアの指紋である。


 そこには『エルモット・ヤラーレン』とだけ表示された。


「先程の二人の指紋は無いようです。」


「……ではどうやって二人は入ったのです?窓から?」


 カーネリアの問いに、レストはかぶりを振って答えた。


「ここに足跡があります。勿論見物客が上書きしていますし、水で洗い流されたりもしていますが、この眼鏡ではその辺りも特定可能です。ここには、先程の遺体が履いていた靴と思われる痕跡が残っています。三人分の痕跡が。つまり、玄関から入ったというのは間違いないようです。」


「おかしいですわね。玄関から入ったというのに、玄関に指紋が無い。」


「おかしくはないです。僕の考えが正しければ。」


「待って。当てて見せます。」


 口を開こうとしてレストを遮り、うんうんとカーネリアが唸り出した。


 彼女は他人にマウントを取られることを嫌っていた。レストはそういうつもりは無かったし、カーネリアもそのことは承知していたが、それでも自分で言い当てたいという気持ちの方が優っていた。


 先程のセントの態度に腹を立てていたというのもある。穏当に対応しようと思っていたのに、早々に宝玉をかっさらっていくあの態度には少々我慢を超えるものがあった。


 嘘を見抜いて一泡吹かせたいとも思っていたので、レストの推理劇には期待するところがあったが、さりとて自分が推理も出来ない間抜けと思われるのも彼女のプライドが許さなかった。


「あ、もしかして、エルモットが招き入れた?」


「恐らく。」


「っしゃぁっ!!」


 カーネリアが腕を振り上げて喜んだ。


「いや、まぁそこまで喜ぶことでは無いですよ。」


 カーネリアは顔を赤らめた。言われてみればその通りである。


「そうですわね。」


「でもまぁ、気持ちは分かります。理解出来ると面白いですから。不謹慎ですけれど。」


 カーネリアは頭を縦に振った。"分かる"ということは楽しいものである、というのは彼女も同意見であった。鑑定眼鏡を作ってからのレストの行動にも理解出来る。


「さて問題は、何故招き入れたか、ですが。」


 そう言ってレストは間を置いてから口を開いた。


「そのためには……情報が足りませんね。」



「アンタらここで何してんの?」



 突如、ここにいないはずの聞き覚えのある声が聞こえたことにびっくりして、レストとカーネリアは同時に振り向いた。


 エルモット邸の玄関先にシェルフ・レアードが立っていた。


「アンタんとこ行ったら護衛の人らが火事の現場に行ったっていうから来てみたら、何してんのさ。」


 探偵みたいな事をしている、と言おうとしてレストは気づいた。まだこの世界に探偵という概念が無いであろうという事に。


 レストが知る限り、元の世界で言うところでも職業として成立したのは近代だったはずである。この世界は、一部では元の世界の技術水準を超えている面はあったが、それでも中世と言うレベルの発展の仕方をしている。


 故に探偵と言ったとしても通じないだろうと思い、レストはそこは濁す事にした。


「……まぁ、色々調べていたんですよ。火事について。」


 レストは事情を説明した。火事が起きた事、もしかすると犯人の手掛かりが掴めるかもと思い消火に来た事、宝玉が見つかった事、そしてその宝玉がセント・マネドールに持ち帰られた事。


「はぁー。それでアンタらが犯人探しを。」


「ええ。犯人が誰にせよ、手掛かりとなる宝玉だけは確保したいですから。」


わたくしに対する借金の代わりも頂かねばなりませんからね。」


 カーネリアは鼻息荒く言った。


 シェルフは遺体に祈りを捧げてから言った。


「私もこの方達がどのように亡くなられたのか、その真相を突き止めるべきという点については同意致します。本題とは逸れますが、私も協力しますよ。」


「その口調の変化、急すぎてビックリするのですけれども。何とかなりませんか。」


 カーネリアが苦い顔で言ったが、シェルフはいつもの調子に戻って言った。


「誰かが死んだ時は真摯に向き合わないとダメっしょ。」


「まぁ、その。はい。」


 いつもの口調で咎めるような事を言われた事に少しばかり苛立ちを覚えつつも、言っている事は至極当然のことであったので、何も言い返せない。カーネリアは渋々同意した。


「んで、次どーすんの?」


 シェルフがレストに問いかけると、彼は立ち上がり言った。


「もう一度事情を聞いてみましょう。重要参考人に。」

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