3-6 調査・2
死体をまじまじと観察する、という機会は、当然とも言えるが、レストには経験の無い事であった。そして同時に、あまり経験したく無い事でもある。
だが、元居た世界ならまだしも、今彼が居るのは剣と魔法の世界。人が居て動物が居て魔物が居て魔王が居る世界。それは得てして、生死を賭けた戦いが日々行われていることを意味している。幾ら貴族であっても、そうした世界に生きているという事を実感させられる事はまま有るものであった。
故に彼は、今ここでとやかく言っても仕方がないという事を理解していた。
今すべきは、目先の問題、即ち、この死体が何者であるか。そして、セント・マネドールが何故この二人との関係を隠しているのかを探る事である。レストはそう考え、眼鏡をかけてレンズ越しにその死体を見つめた。
少なくとも会った事のある人間で無いのは確かである。焼け焦げた死体で、外見から人を判別する事は難しくとも、この眼鏡はその不可能を可能にしてくれる。それでも分からないのは、レスト自身がこの二人と会った事が無いためだ。
だがそれは何の手掛かりにもならない。レストはあまり交友関係が広い方ではないためである。
では他に、外見からわかる事は無いだろうかと探ってみる事にした。焼けてしまってどうにもならない面はあるが、例えば筋肉の付き具合や、残っていればだが、指の形や傷跡などで、何をしている人間か、少しばかりの推測が成り立たないものかと彼は期待した。
全体的に筋肉質というか、二人共男であり、力はありそうな事は、ガチガチとした肉付きから見て取れた。だがこの世界、このレピア国においては、そういう人間は往々にして居るものなので、あまり手掛かりにはならない。
「もう少しバンッと分かりやすいものは……おや。」
眼鏡に映ったのは、何かがズボンのボケットの中に残っているという印であった。
「カーネリアさん、手袋とかあります?」
「勿論。」
そう言って彼女は革の手袋を渡してきた。レストは、頼んでおいて失礼だとは思ったが、まさかすぐに出てくるとは思っておらず、店の物を持ってくるとかそういう対応を予想していたため、一瞬呆気に取られてからそれを受け取った。
付けながらカーネリアの話を聞いて曰く、戦闘時用のものであり、同時に、貴重品を取り扱うための物であるという。治癒士として冒険に出ると、魔物が落とす貴重なアイテムを拾う事もあるので、その準備なのだとか。レストはその手際に感心しながら手袋をつけ終えると、死体のズボンのボケットの中を、「失礼します」と心の中で手を合わせながら探った。
出てきたものは紋章だった。
「おやおやおや。」
カーネリアがニヤつきながら言った。
「こんな物を置いて帰るとは、所詮二番手。
「これは?」
何かを知っていそうなカーネリアに対し、レストはその丸い紋章を持ち上げて尋ねた。
「見たことございません?マネドール商会の紋章ですわ。多分用心棒用のものですわね。」
この国では自分の身分を示すために紋章を持ち歩く者が多く居る。彼らもその内の一人で、自分が"あの"マネドール商会に勤めているのだ、という事を示す目的で持っていたのだろう。
「あの男をはじめ、他の方も彼らには触れておりませんでした。私がしっかりと、この両眼で記憶しておりますので。」
「とすると、セントさんか第三者が、何かこう、偽装工作とかで入れたという事はあまり考えられないという事ですね。」
「ええ。それはつまり。」
この者達がマネドール商会の人間である事は確定だ、とカーネリアは言いたいのだろう、とレストは理解した。そして、レストもまた、その推測には同意出来た。
「とすると、ここに来た目的も絞られますね。」
「なんです?」
カーネリアは分からないといった様子でレストに尋ねた。
「セントさんが二人の事を恐らく知っていたであろうという事。用心棒。力がある方二人。そして、エルモットさんが借金を抱えていたという事実。ここから考えられるのは、この二人はマネドール商会の借金取りだった、という事です。」
「可能性はありますわね。むしろそうだとしたら彼が嘘を吐く理由もわかるというものです。あとはそうですわね、彼らがエルモットを殺そうとした可能性も捨てられないのでは?」
「勿論それもありますが……。」
レストは同意しながらも、エルモットの死体を調べた。だが死因として考えられる外傷は無いように見えた。首元も火傷以外の傷はなく、体にも刺し傷のような物は見受けられなかった。
「死因が恐らく火傷と考えるに、二人がやったかどうかは少々怪しいですね。」
「そんな事も分かるのですね。中々どうして役に立つ眼鏡ですこと。」
「わかるのは火傷だけです。二人がやっていないっていうのは僕の推測に過ぎません。」
「なんでそんな推測が成り立つんです?」
「そうするメリットが無い、という事ですかね。」
カーネリアは頭を傾げた。いまいち理解出来ない。宝玉を得られるのだし、100万ガルドも借金していたロクでなしを葬れるのだからメリットばかりではないか、と思ったが、あまり行儀の良い考えとは言えなかったので、それを口にする事は無かった。
レストはそんなカーネリアの様子よりも、現場の状況をまじまじと観察する事に執心していた。
「火元は……柱付近には暖炉もありませんし、
「宝玉が炎を?」
「僕の鑑定では、あれは『魔法の宝玉』と出ました。正直確信を持って何かを言う事は出来ませんが、もしその名前が正しいとすれば、何らかの魔法が使えるようになる、或いは魔法を勝手に発動する事が出来る宝玉と想像する事は出来ないでしょうか?」
「結構無茶な想定ですわね。」
「消去法という奴です。他に火元が無いから宝玉しか無い。火元になるような宝玉の能力として考えられるのは何か。なおかつあれは『魔法の宝玉』です。そこから考えられる案を提示したまでに過ぎません。」
そこまでを聞いて、カーネリアは感心と呆れの入り混じった溜息を吐いた。
「はぁ。」
「どうしました。」
「いえ、結構ペラペラとそういう推理というか、推測というか、考えが出てくる事に感心していただけです。」
「プラス、それだけこじつけられる事への呆れですか。」
「まぁ否定は致しません。証拠がありませんからね。」
レストは頷いた。
「証拠はありません。ですのでまだ推論、いや、妄想と言いましょう。妄想に過ぎません。」
レストは生前、トラブルに見舞われたときの事を思い出していた。あまり思い出したくはなかったが、浮かんでしまっていた。
原因不明のトラブルが起きたときに、その原因を追求する時どうするか。
発生しうる事案を整理し、その時の事象と一致するもの、しないものを切り分けることで特定を図っていくのが、レストの常套手段であった。
今はそれを眼前の謎に適用しているに過ぎない。
「ですので重要なのは、証拠です。この妄想を否定する証拠、或いは、この妄想を裏付ける証拠。どちらかを探す必要があります。」
「仰る事は理解出来ますが、どうやってそれを?」
「色々見て回るしかありませんね。」
レストは今度は焼けた家全体を見回り始めた。
彼は段々自分がこの状況を楽しみはじめているのを感じていた。
良いのか悪いのか。自問するが答えは出ない。
だが少なくとも、数日前の父母を殺されたドン底の日々、そして、パーティを追放されてでも平穏を求めていた妥協の日々よりはマシだと考えていた。
それが平穏とは程遠いとしても。
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