3-5 調査・1

「魔法の宝玉?」


「なんですの?それ。」


 思わず声が出た事にレスト自身も少しばかり驚いていた。


「鑑定眼鏡に表示されたので、恐らくこのアイテムの名前です。」


 そう言いながらレストは他のアイテムも眼鏡のレンズを通して見てみる事にした。


 木片を映すと、『木片』『木の破片』『木』などのように複数のない名称が表示された。恐らく、このアイテムを示す単語を羅列しているのだろう。


 翻って宝玉は『魔法の宝玉』としか表示されない。この名称しか使われていないという事なのだろうか。自分で生成したアイテムであるが、何をもって名称としているのかはレストにも分からなかった。


「恐らく、ですけれど。」


 自信なさげに彼は繰り返した。


「ふぅん。魔法の宝玉……ですか。どんな能力があるんでしょうね?」


「そこまでは分かりません。」


「いまいち使い勝手が良くありませんわね。」


「まぁ仕方ありません。」


 そういう風に作ったとは言えず、レストは流した。


「この宝玉はどうしましょう。」


「こっそり持ち帰りましょう。他にはめぼしいものございませんし。死人に口無し、手もありません。借金だけはしっかり残っていますから、お金の代わりに回収とさせて頂きましょう。」


 そう言うとカーネリアはレストの手からそれをふんだくった。思わず「あっ」という声が漏れたが、確かにエルモットが借金をしているのであれば、もう返す当てもない。それにこれはこちらで確保しておきたいのも確か。申し訳ないが持ち帰らせて貰うしかないだろう、と彼も考え、それ以上抵抗する事はなかった。



「なぁゼーニッヒのお嬢様。それコチラに渡してくれないか。」


 焦げた部屋を出ようとした時、別の男が玄関口から入り込み、口を挟んだ。


「その声は、マネドール商会の。」


 カーネリアは声の主の方を見て言った。歳は自分と同じくらいだが、厳つい顔をした青年が立っていた。


「セント・マネドール。うちの次にデカい商店の若店主ですわ。」


 カーネリアがボソリとレストの耳元で囁いた。


「うちもこいつに金を貸していてね。生憎アンタも分かっているだろうが、こいつ、その宝玉くらいしか借金のカタに出来そうなもん持ってないみたいでな。」


「お気持ちは分かりますが、貴方の店に対する借金はおいくら程でしたの?」


「ざっと100万ガルド。」


「ひゃ……!!」


 レストは驚愕した。その額は中堅冒険者数年間の年収の合計に匹敵する。それだけの金を貸すとは、このセントという男はそれだけこのエルモットという男を買っていたのだろうか。


 カーネリアもまたその金額の過多には目を剥いた。


「おやまぁ。それは、また、随分な金額ですわね。金額の多寡で言えば確かに貴方の方が貸しは大きいようです。私の店でもこんな男には貸せて1万といったところですから。」


「んじゃ寄越せ。よくわかんねぇが一応売りもんにはなるだろ。」


「構いませんが、お聞きしてもよろしくて?何故この男にそこまでの金を?」


 カーネリアは吐き捨てるように言った。


「死人に対しこのような事を申すのは失礼ではございますが、このエルモット、貴方もご存知の通り、どうしようもないダメ人間です。金を借りては豪遊し、ロクに働きもしないというのがここ数年間の彼の有様でした。その前はと言えばうだつの上がらない冒険者。100万ガルドという大金が返ってくる当て等あるとは思えません。」


「うちが誰に幾ら貸そうがそれはうちの勝手では?」


 その愛想の無い返事にカーネリアは内心苛立ちを覚えながらも、口や顔には出さぬよう努めて言った。


「ま、そうですが。興味本意で聞きたいところです。」


「……うちに金を借りに来た時言ってたんだよ。『必ず返す当てがあるんだ、途轍もない秘宝を見つけられそうなんだ』ってな。だから貸してやった。それだけだ。」


「ふむ。」


「多分それがその宝玉なんだろう。俺にゃまだ価値は分からんが、これだけの火災で燃え残って傷一つない玉だ。相応の何かが眠っているのは間違いない。100万ガルドに届くとは期待しちゃいないが、それでも少しばかりの足しにはなるだろ。」


「なるほど。」


 カーネリアは得心したように頷いた。


「それでは仕方ありますまい。」


 そして彼女は宝玉を渡そうとした。セントが受け取る瞬間、彼女の腕が頭上へと動いた。


「あ、もう一つだけ。」


 セントは苛立ちながら言った。


「なんだ。まだあんのか。」


「ええ。この身元不明の二人の死体、何か心当たりはございまして?」


「知らねえ。いいだろ誰だって。俺にゃ関係ねぇよ。」


 カーネリアはその言葉に若干の焦りを感じた。そして見逃さなかった。額に若干走る汗と、一瞬だけ逸れた目線、そして、「知らねえ」の言葉がほんの少しだけ上擦っていた事を。


「分かりましたわ。」


 そう言いながらカーネリアは、レストに目配せをした後、宝玉をセントに渡した。


「あんがとよ。じゃあな。」


 セントは早々にその場を後にした。



「ああ腹立たしい。私に向かってあのような態度を取るとはなんと無礼な。」


 カーネリアが地団駄を踏んでいると、レストは言った。


「……いいんですか。」


 何が、と問い返す必要は無かった。カーネリアにも何が言いたいかは理解出来た。


「まぁいいでしょう。下手に持っていて、前の図書館のように襲われても嫌ですし、それに。」


「いざとなれば後で取り返せばいい、から?」


「よくお分かりですね。」


「さっきの目配せは何です。」


「あら、意外と察しが悪いのですね。彼は嘘を吐いている、という意味ですよ。」


「それはまぁ。何となく分かりましたけれど。それでどうしろと。」


「彼の嘘を暴きましょう。この二人に心当たりがあるという事は、つまり!!エルモットを殺したのはこの二人であり、セントがその首謀者である可能性もあるのです!!ならば!!真実を突き止め、連中を騎士団に突き出す!!そして私はその報酬として宝玉を回収する!!完璧ですわ!!」


 カーネリアの目がキラキラと金の色に輝いた。きんではない。かねである。


「随分とまぁ遠大といいますか、無理のある想定のようには思いますが、まぁ。」


 ただ、レストの心にも少し気がかりな点はあった。彼がエルモットの死に全くの無関係であれば、わざわざ二人の死体に心当たりがないと嘘を吐く理由は、あまり無いように思えた。


 それにもう一つ。レストには引っ掛かる事があった。今、セントが持っていく直前、宝玉を見た瞬間にレンズに映った単語が。



 レンズには宝玉に残った指紋に対し、『セント・マネドール』と表示されていた。



「……調べてみますか。」


 レストはそう言うと、燃え尽きた二人の遺体へと目を向けた。

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