3-3 火事

 この世界における火事対応は、市民による消火活動に任されている所が大きい。


 魔法・スキルというものが存在し、どこからともなく水を放出出来るこの世界では、消防隊のような火災対策チームの必要性は薄いと考えられていたためである。


 実際のところ、過去におきた火災で、燃え広がるような大火災に繋がった事件というのは皆無である。


 ただ、消防隊が存在しない事の弊害も存在する。その一つが被害者についてである。


 人々は目の前のことに夢中で、目先の火災を止めることが出来ても、その火災に巻き込まれた人々を救う事には繋がらないケースも多々ある。そうやって被害者が出てしまうというケースは後を絶たない。


 人命救助の任を負う職業を作るべきではないか、という議論は囁かれこそしているが、まだそれが形にはなっていない、というのが、この世界の実情であった。



 それはここ、レピア国でも例外ではない。



 ごうごうと音を立てて木造の建物に赤い光が立ち昇る。開いたままの玄関から揺らめく炎が赤く輝き、家の内部を照らし、そして黒く染め上げていく。黒くなった柱がぽろぽろと崩れ、それが支えていた屋根や床もまたそれに倣うように崩れ落ちていく。


 元々はしっかりとした作りの木造建築であったそれは、千度を超える高温により、見る見る内にその面影を失って行った。


 ちょうど人々が帰宅の途につかんとする夕暮れ時に起きた惨劇、更に火災という特性故に発生する音と熱、光。それらが合わさることで、見物人の数も徐々に増え始めていた。



 そんな見物人に混じって燃え盛る業火を見つめていたのが、レストとカーネリアであった。


「ああ、なんだかーー見覚えがあります。」


 レストはそう呟いた。


 それがいつ何時のことであるかをカーネリアが察するには、それほど時間は掛からなかった。


「お気の毒に。ですがそうすると、これはチャンスやもしれませんわ。」


「チャンス?」


「もし犯人が先日の赤ローブの方と別にいらっしゃるのでしたら、ですが、同じような光景ということは、ともすれば同じ犯人かもしれませんわ。」


「仮定に仮定を重ねてますね。」


 レストはトラウマを刺激されつつも冷静に言った。


「そう上手くいくでしょうか。」


 レストはそう言いながらも、火災を止めに家の前に立ち、水魔法で消火活動にあたることにした。まずは助けることからである。



 数時間後、火は消し止められ、後には黒焦げた残骸だけが残された。


 残念ながら、生き残った人間はゼロ。レスト達が消火に当たった時点で、全ては手遅れだった。


 家の中からは焼け焦げた残骸に下敷になるように、三人分の死体が見つかった。人々は手を合わせ十字を切った。


 この世界の技術では誰が死んだかの特定は出来ない。例え魔法であっても、レストが居た世界とは違い、まだDNAというものの存在が公になっていない現状では調べるにも限度があり、出来たとしても往々にしてその家の住人との付き合わせによる推定止まりであった。それも、警察機構のようなものが行うわけではなく、市民の噂話に頼る所が大きかった。


 その推定ーー市民達の囁きーーによると、焼けた家にはエルモット・ヤラーレンという男性が住んでいたらしい。


 レストは疑問を抱いた。


 他の市民達も同様であった。


 見つかった死体は三人分。住んでいたのは一人。では残りの二人は何処の誰なのか。そして、何故此処に居たのか。何故焼け死んでいるのか。


 気にはなるが、自分達の目的である、自分の父母を殺し家を焼いた犯人の捜索、宝玉の確保や古代文字の解読に繋がる情報はなさそうである。変に深入りするのも良くないだろうと思いきびすを返し帰ろうとした時、カーネリアが怒り肩で立ちはだかっていた。


「な、なんです?」


 レストは一瞬、自分に向けられた怒りかと思い、何か自分が良くないことをしただろうかと考えた。思い当たる節が無いなと思った次の瞬間、彼女が口を開いた。


「エルモット……!?」


 自分への怒りでは無いことにレストは安堵し、次に疑問が浮かんだ。


「お知り合いですか?」


「ええ。よーーーーく存じ上げておりますわ。わたくしの店でツケまくってましたから。私の胸見て鼻の下伸ばしてるのもよく覚えております。」


「それはそんな格好しているからでは。」


 カーネリアは無視した。


「この方はとかく借金漬けでした。方々の店で貸しを作りまくってましたから、私共のような商人の間ではまあまあ有名でしたわ。このような事は申し上げたくありませんが、この火事もその恨みが原因かもしれませんね。」


 彼女は吐き捨てるように言った。相当に怒りが溜まっているのだろうという事は見て取れた。レストは触らぬ神に祟り無しという言葉を思い出して、「そうですかそうですか。それは災難で。」と同意を示した後、目を逸らすためにも焼け跡の方を向いた。


 なるほど、確かに恨みが原因かもしれないと彼は思った。


 どこかの本で読んだーー小説か、あるいは漫画かもしれないーーが、焼け跡の最も激しい場所が出火元であると。


 眼前に広がる焼け跡の一番激しい場所は何処かと問われると、それは暖炉ではなかった。


 死体があった、柱の下であった。


 死体の一体が最も激しく焼けていたのだ。


 そして、更に気になる事があった。レストにとっては最も気になった点と言って良い。


 死体の一体が、輝く丸い玉を持っていた。


 それはまさしく、赤いローブの男が持っていたものにそっくりであった。

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