3-2 思案

 他方、ゼーニッヒ商会本部の一室。


 レスト・ウィーラー改めレスト・ピースフルは、ううんと唸りながら与えられた机に向かい頬杖をついた。


 眼前には先日の図書館襲撃で得られた本と宝玉が転がっている。


 どうしたものだろうか。


 彼は口に出さないまま迷った。


 何に迷っているかといえば、どうすればこれらから情報を引き出せるか、しかもスキルの使用は最低限にして、という点である。


 スキルをフル活用して出来ない事は少ない。


 『犯人探知機はんにんたんちき』なんて作れたらその日の内に犯人を見つける事が出来るだろう。


 だがもしスキルでそんなものが生成出来たら出来たでレストの心は穏やかではなくなる。


 それこそなんでもありになってしまうからだ。


 いざとなれば特定の人間を音もなく暗殺する機械だって作れてしまうかもしれない。もちろん彼にそれを使うつもりはないが、出来てしまうという事実は、自分の心の中の綻びになるであろうと彼は考えていた。


 不安の種は世に尽きまじ。


 それを自分から増やす結果となるのは、元々平穏自体は心から求めていた彼としては望む事ではなかった。


 万が一自分の能力をーー出来るかどうかは別としてーーコピーされでもしたら、悪用の幅が無制限になってしまうという事を意味する。


 そんな事を気にしていては、とてもではないが犯人探しだの平穏な生活だのをする気にはなれなかった。


「……まずはやってみよう。」


 そう一人ごちると、彼は金貨を取り出し、その場にあった槌で半分に叩き割った。


「出来ないでくれよ……?『金貨の半分きんかのはんぶん犯人探知機はんにんたんちき、物質変換』。」


 その言葉に反応して金貨が輝きだし、そして、プスッ、という音と共に煙を吐いて光が治まった。


『エラー:作成不可、現実に生成可能なものにしてください』


 そんな声が頭の中に響いた。


 レストは安堵の溜息を吐いた。


 少なくとも、そこまで無茶苦茶なものを作る事は出来ないという事が明確になったわけである。恐らく作れるのは、自分=レストが考える限り実現可能なもの、くらいなのだろう。少なくとも本当にどうしようもない場合は試すが、基本的にはそういう認識でいく事にした。



「どうされました。随分と安心した顔をしておりますが。」


 カーネリアがノックもなしに部屋へと入ってきた。抗議をしようとそちらを見ると、レストの目に薄橙色の双子の山脈が飛び込んできた。


「ノッ……クッ、くく、く?」


「なんですの。何か急に変なものを見たような顔になりましたが。随分と百面相ですわね。」


「ふふふふふふふふ服!!」


 声の主たるカーネリアはその豊かな裸体をひけらかしていた。


「服?着ておりますでしょう?」


「その紐は強いて言えば水着です!!服ではありません!!」


 カーネリアは赤い紐で隠すべきところだけを隠し、それ以外は露出していた。面積で言えば、薄橙色と赤色が9:1の割合であった。


「この服着て店に出るとまぁ売れるんですのよ。視線こそ気になりますが、それ以上に儲かるので良しとしておりますが。」


 そう言うと彼女は胸元に手を突っ込んだ。双丘がぷるんぷるんと激しく揺れている。


「ほら。ここにお金入れていいですよっていうとこのように札束がわんさか。」


「見せなくていいですからなんか着てください!!」


 レストは叫びながら手元のローブをぶん投げて無理やり被せた。


「んもう。こういうの嫌いなのですが。まぁ貴方がそんなに言うなら着るしかありませんわね。」


「目のやり場に困るんですよ。で?何か分かりました?」


 カーネリアには店頭で何か情報が入らないか調査を依頼していた。


「いいえ、特には。そうですね。ある意味でいえば、情報がないのが情報と申しましょうか。」


「どういう意味です?」


「最近貴族の家が焼けたという話は出回っていないという事です。ウィーラー家以外はね。」


「……なるほど。」


 カーネリアが言いたい事をレストは理解した。つまり、同様の事件は起きていないという事だ。


「だとするとそれはそれで厄介ですね。手掛かりがない。最大の手掛かりになるであろうお人は既にあの世。」


「ええ。となれば、やはり本の解読を進めるしかないでしょう。……シェルフさんは?」


「修道院へ。昨日の件の報告だそうです。」


「それはまた大変ですわね。」


 と、そう言ってふとカーネリアが目線を上にすると、窓の外の光景が目に入ってきた。


「……あら、ちょっと。」


「はい?」


 カーネリアが指を差すので、レストはその方向を向いた。


 窓の外、一、二軒の屋敷を挟んだ先から、赤い光が放たれていた。灰色の気体がもくもくと浮き上がっていく。


 火事だ。


 どこかの家から火の手が上がっていた。レストにとっては、見たくもない光景であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る