第3話 火事から始まる推理劇
3-1 面会
翌日、レピア国最大宗派、クレア教の修道院にて。
「そうですか。それは大変な事に巻き込まれましたね。無事で何よりです。そして、皆の魂にどうか安らぎのあらん事を。」
シェルフの報告を聞いて、修道士長が目を閉じ手を合わせ祈りを捧げた。それを見て彼女はそれに続くように同じポーズを取って祈りを捧げた。昨日に続いて二度目であったが、込める思いはその時と変わらない。その強さもまた同様であった。
「ありがとうございます。修道士長様。」
シェルフは「あー、この口調なんか嫌だわー」と内心思いながらも、流石に場の空気、眼前に立つ威厳のある男性の姿を見とめると、ここで砕けた口調を見せるわけには行かず、彼女としては「あまりイケてない」素の口調を表に出すよう努めていた。
「それで、犯人は。」
「事故で、地下室の本棚が倒れて、死んでしまいました。残念ながら詳しく事情を聞く事も出来ず仕舞いです。」
シェルフは出来る限りあり得そうな嘘を吐いた。レストに止められた事もあったが、「スキルで鬼が生成されて、その鬼が脳天に棍棒をたたき込んだせいで死にました」などと説明しても、自分と自分の頭を疑われるだけだろうという事をシェルフは悟っていた。
「……ふむ。とはいえ魂を奪うような相手です。君が無事で何よりです。シェルフ。……ところで、その人について、何か心辺りは?」
「いいえ。ただ、地下室の本に用事があったようではあります。それと、地下室への扉に鍵をかけていた事からいって、もしかすると、何方かお知り合いが居たのかもしれません。」
「……。」
修道士長はそれを聞いて考えこんだ。
シェルフには彼が何を考えているのか伺い知る事は出来ない。まずは説明だけしてしまおうと、彼の様子にはあまり気を配らず続けた。
「それと、その犯人、男は、真っ赤なローブを着ていました。」
「……!!」
それを聞いて修道士長は明らかに目の色を変えた。そして、手元に紙に何やら書き出して、書き終わったあとにそれをシェルフに見せた。
「そうですか。まぁしかし、真っ赤なローブなどどこにでもありますからね。犯人の正体は分からず仕舞いといったところでしょうか。」
そう言いながら見せた紙には、走り書きというにふさわしい汚い文字でこう書かれていた。
『話を合わせてくれ。もしや宝玉を持っていたか?』
「……。」
シェルフはしばし考え込み、
「そ、そうですね。」
と答えた。
「残念な事です。ですがいつか、神の罰が降ることでしょう。」
そう言って修道士長は話を切り上げたフリをして、紙への記述を続けた。トントントントンと机を叩き、適当な雑談を挟みながら。修道士長を守る護衛の騎士達がその音を鬱陶しそうに聞いていた。
『それは恐らくアレイトス教だ。』
『アレイトス教?』
シェルフが紙に書くと、彼は続けて綴った。
『誰とも知らぬ神を崇める邪教だ。神アレイトスの顕現による世界の終焉と再生を謳っていて、我らクレア教を異端視している。クレア教は神による人類救済を謳っているからな。そしてアレトス教は隠れて信仰している。自らの信仰を表沙汰にはしないが、いざとなれば人を殺す事すら躊躇わない。恐ろしい邪教だ。そして、副修道士長もアレイトス教の一員であるという噂があった。』
『副修道士長が例の赤ローブと仲間だったのではないかと?』
『あくまで可能性だ。だが高いと思っている。彼は最近、寄付金の横領などが囁かれていた。信じたくはないが、可能性が高いのは彼だろう。』
勢いよく書き綴った紙に書ききれなくなったのを確認した後、修道士長は黒くそれを塗りつぶしくしゃくしゃにした後、
「ああすまない。色々と説法を書いてしまった。」
「い、いえ、お気になさらず。ところでこの点なのですが。」
そう言ってシェルフは別の紙を持ち出し続けた。
『赤ローブの男に心当たりがあるように思えましたが。』
『ああ。恐らくだがスレッド・レールだろう。クレア教を追放された暴力的な魔道士として有名だ。』
シェルフもその名前は聞いた事があった。何人もの教徒を傷つけた傍若無人の輩だと。
『問題はそれ以上が分からない点だが、その地下室にある本が何か関係しているのは間違いないだろう。あとで蔵書のリストをくれるだろうか。』
『わかりました。ただ量があるため、少々時間を頂きます。それと、本の内容は私の方で解読を。』
『それは、危険に巻き込む事になるが……。』
『私の知り合いも殺されました。真実を突き止め、もし裏に何かの陰謀があるのであれば、それを防ぐ事が何よりの弔いと考えます。』
修道士長はしばし筆を止めてから、思い切ったように書き綴った。
『……わかった。何かあれば私のところに来たまえ。』
『感謝致します。』
『十分に気を付けてくれ。』
そう書いて見せたあと、
「さて。私はそろそろ礼拝の時間だ。失礼するよ。」
そう言いながら紙を暖炉に捨てた。書き殴られた文字が燃えて灰に変わった。
「はい。お忙しい中、お時間ありがとうございました。」
そう言ってシェルフは部屋を後にした。
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