2-5 葬送

 小一時間後、


「この量は、一日では、無理ですわ。」


 最初にカーネリアが根を上げた。彼女は本を片っ端から見繕っていたが、それだけで途方も無い作業である事が、この短時間で実感出来た。


「アタシも、スキルの連続使用は……疲れるわ。」


 シェルフも息絶え絶えに、目を擦りながら言った。


「それに、読めない本もあるし。」


 そう言って彼女は二冊の本を手に取った。


「……読めない?」


 レストはそう尋ねたが、意味は程なくして理解出来た。タイトル、表紙、全てが見た事ない文字で書かれている。


「アタシのスキルで分かるのは、アタシが読める本だけなの。パラパラ見てみたけど、これ多分古い文字よ。ちゃんとした人が見て、今の文字に書き起こさないと、アタシのスキルじゃ中身は理解出来ない。ゴメンね。」


 それを聞いて彼はむしろ口角を上げた。


「いえ。むしろヒントになりました。」


「?」


「つまりこの本が怪しいという事です。……読める本をわざわざ、鍵を掛けたとはいえ、誰かが入るかもしれない場所に保管しておくでしょうか。保管していたという事は逆に、もし見つかったとしても誰も読めない、あるいは、読むためにはこの図書館、この地下室が必要だった、という事ではないでしょうか?」


 レストはちらりと部屋の隅に真ん中にある机に目をやった。お誂え向きに、蝋燭が立てられるようになっている。ここで解読を進めていたという事なのだろう。


 カーネリアはそれを聞いて感心したような声を上げると、


「可能性はございますわね。だとすると、この部屋のどれかの本に、古い文字についての文献も?」


 そう言って辺りを見渡した。


「あるかもね。んー、これとか?」


 そう言って彼女が取り出したのは、『古代レジア語』と書かれた本であった。


「これ、中身に理解出来ない文字がある。なんかムード的には同じ文字っぽい。その文字についての説明本っぽいんだけど、言語の習得まではアタシのスキルでも出来なくてね。」


「となると次はこれの解読ですわね。でもこの部屋でやるのもちょっと憚られますわね……。」


 カーネリアは本が散らばり血が飛び散った地下室を眺めて言った。


 この死体も片付けねばならないとレストは考える。それは物理的、手続き的、両方の意味を含んでいた。


「やる事は山積みですね……。まずこの人の荷物を少しばかり……。」


 そう言いながらレストは男の懐を探り始めた。


「確かにナイフとか剣があって危ないですね。……ん?」


 何か丸い物が手に当たったので、それを取り出した。


「……手掛かりらしいものが無いってことはないんじゃないですか?カーネリアさん。」


「どういう意味ですの?」


 カーネリアは不思議そうに首を傾げたが、レストが取り出した物を見て得心した。


「なるほど、それはわたくしの落ち度ですわ。」


「どーいうことよ?」


「もしかすると、僕達の追っている犯人と同じかもしれない、ということです。」


 レストの手には光り輝く宝玉があった。



「玉?ーーあ、もしかして、これがアンタらの求めていた奴?」


「これが僕達の求めている物かどうかは確実ではありませんが、その可能性は大いにあります。」


「そもそも何で貴族の家宝なんて探してたわけ?ぶっちゃけ歴史の勉強とか嘘っしょ?」


「まぁご明察の通りですわ。私達はこれを奪った犯人を探す手掛かりを求めていたのです。」


「その犯人は、僕の父母や、カーネリアさんのご家族を……殺し、そして家宝を奪って行きました。」


 それを聞いてシェルフの顔が強張り、口調も一気に厳格な物へと切り替わった。


「……それは、災難でしたね。どうか安らかにお眠り下さることを。……しかし、レストさんのご家族も被害に遭われたということは、貴族の出なのですか?」


 レストはしまった、という顔をしたが、だが彼女に嘘を吐き続けるのも不誠実なように思えた。


「……はい。伏せさせて頂いていましたが、僕の本名はレスト・ウィーラー。ウィーラー家の長男、でした。」


「先日の火災の。ああ……それは、お気の毒に。そしてすみません。わざわざ隠していたことを尋ねてしまい。」


「いえ。色々協力してくださり、かつ巻き込んでしまったあなたには、ちゃんとお話した方がいいと僕が思っただけです。気にしないでください。」


 カーネリアはそんな彼を見て、この人は嘘を吐けないタイプだなと内心思った。と同時に、誰かが支えてあげなければ、すぐに足元をすくわれそうだ、とも。


 ではその誰かとは誰だろうか。ーーその答えは一旦捨て置くことにして、カーネリアは割り込んだ。


「ともかく。これが本物だとしたら、この方が私達の家を襲った犯人の可能性があるということですわ。」


「ただ、僕も朧げな記憶しかないのですが、この宝玉、色が少し違うような。」


 レストの僅かに残った記憶には、このような目立つ姿の人間はいなかった、と思われた。加えて、家宝も今自分が持っているような緑色の光を放っていたかというと、少し曖昧な部分があった。


「……ふむ。そういえば私の家の物も少し違っていたような。となると、これは一体?」


 レストは『レピア国の成立』の内容を思い返した。


 十人の賢者、宝玉。


「宝玉は……十個あるのでは。」


「どういうことですの?」


 レストは『レピア国の成立』に書かれていた内容を二人に伝えた。


 カーネリアはそれを聞いてううんと唸った。


「なるほど。つまり私達が知っている他にも八つ宝玉があり、そのうちの一つがこれ、という可能性がある、と。」


「そうですね。確実ではありませんが。」


「もしそうならヤバいね。他の貴族さんの家からも盗まれてるってこと?」


「そうした噂は聞いたことがありません。ウィーラー家の事件が初めてだと思っていましたが。」


「起きていないのか、隠しているのか、あるいは。」


 それ以上レストは口にしなかったが、他二人には理解出来た。


 つまり、この男が、他の貴族の手下、あるいは何らかの繋がりがあり、その指示の元でこのようなことを行っているという可能性である。


「……めんどーね。」


「ええ。かなり面倒な事態です。調べようにも下手に調べれば今回のような襲撃を招きかねません。」


「意図的に隠しているなら尚の事、黙らせに来るでしょうね。厄介な話ですわ。」


 三人はそこで沈黙した。今後どうすべきかをそれぞれが考えていた。


 やがてレストが口を開いた。


「……だからといって、僕はここで引き下がりたくはありません。もう妥協はしないと決めました。真実を知りたい、そして犯人に罪を償ってもらいたい。」


「同感ですわ。私が安心して金を稼ぐためにも。」


「その理由はどーなん?とは思うケド。アタシもみんなをこんな風にした奴を許せないし、もし他にも同じような事をしようってんならそれを止めたい。」


 三人の意見は一致した。


「やりましょう。事件の真相を暴き、そしてもし犯人がいるなら、捕まえましょう。」


「OK。ゼーニッヒ家を、父母を傷つけ、そして私を舐めた事、後悔させて差し上げますわ。」


「……殺された人々の魂を弔い、そして罪に罰を与えんがため。力を合わせましょう。」


 レスト、カーネリア、シェルフの三人が手を突き合わせた。

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