2-4 弔

「悪魔……。」


 レストは前世で聞いた事があった。悪魔と契約すれば願いを叶える事が出来るが、その代わり魂を失うのだという説話を。前世に悪魔はーー少なくともレストの知る限りはーー居なかったので、あくまでただの作り話と捉えていた。


「はい。悪魔属に属する魔物と遭遇した方が、修道院に運ばれてきたのを見た事があります。その時は神父様が確認して、そして、もう助からないという事で弔っておられました。……恐らくは、皆、同じような状態でしょう。嗚呼……何故このような……。」


 前世の説話とは異なり、願い事を叶えてすらくれず魂を奪っていく悪魔が居るのだという事に、レストは身を震わせた。剣と魔法の世界は思いの外恐ろしい場所である、という事を今改めて実感した。


 司書の女性はよろよろとゆっくりではあるが周りの人々の生存確認を続けていた。だがその結果は芳しくない。レストから見ても、何れの人々も同じような状態に見えた。


「……この方が、この図書館の管理者、修道院の副院長でいらっしゃった方です。やはり魂が抜き取られているように見えます。……そして、この場に居ない、図書館の人間はおりません。」


 それはつまり、図書館の人間全員が殺されたという事を意味する。


 司書の女性は両手を地面につけて泣き出した。


「嗚呼……嗚呼……!!何故、何故このような事に!!神は見ておられないのですか!!」


 嘆きの声はレストとカーネリアの耳にしか届かない。神が降り立つ事は無かった。


「……もしかしなくても、あの地下室を開けたのが原因、なのでは。」


 レストが力無く言った。彼は責任を感じていた。自分があの部屋を開けなければ。いや、この図書館で情報収集などしなければ、少なくともこのような事にはならなかったのではないか、と。


「それは言いがかりという奴ですわ。まず断罪されるべきは人を殺した事。殺した事に理由もクソもありはしません。殺す事自体が悪ですから。まして、扉を開けただけで殺すなどという事、誰にも予期出来ませんし、予期したからといって何だと言うのでしょう。」


 そう言ってカーネリアはレストの方を見た。


「それよりも気にすべきは、此処までする理由があの地下室にあるであろう、という点ですわ。」


 司書の女性も立ち上がり言った。


「同意します。この件については、私も当事者ではあります。私が言うべき立場には無いかもしれませんが、あなた方に責任はありません。あの天に召された不届きものに全ての罪がありましょう。」


 彼女は顔を伏せて続けた。


「奪われた魂は戻る事はありません。……彼ら彼女らにどうか安らかな眠りを。」


 そうして十字を切った後、レストとカーネリアに向き直り言った。


「あなた方にはむしろ感謝せねばなりません。あなた方が、特にそちらのーーレスト様、ですか。レスト様がいらっしゃらなければ、私も含めてここにおられる方々と同様に永遠の眠りについていた事でしょう。ありがとうございました。」


 彼女は頭を下げた。


「改めて自己紹介を。私はシェルフ・レアード。ここの司書をやって……おりました。私のスキルは『読破リーディングオール』。本を見ればその内容を理解する事が出来ます。あなた方が探している本を見つける事も簡単になると思います。是非お手伝いをさせてください。それと。」


 そう言うと、シェルフは口調を緩めた。強張っていた顔も柔らかくなった。


「普段はこっちで頼むわ。あーいう、死が絡むと素が出ちゃうんだけど、普段はこっちの口調の方が楽なんだわ。あーゆーカチコチだとモテないっしょ?」


 そっちの方がいい気もするのだが、とレストは言いかけたが、個人の自由だ、口出しは止めようと思い、


「ええ。かまいません。僕はレスト・ピースフルです。よろしくお願いします。」


 と言ってシェルフに続いて頭を下げた。


 カーネリアは両手の親指と人差し指をくっつけ丸を作り、両腕をその爆乳の前でクロスさせた。


「『金があれば何でも買える!!銭があれば世界は平和!!』でお馴染み、ゼーニッヒ商会の御曹子、カーネリア・ゼーニッヒと申します。」


「それ毎回やるんですか?」


「定番というのは大切ですわ。」


 カーネリアがふんすと鼻を鳴らして言った。



 死者を弔ってから、一行は地下室へと戻った。


 地下室には相変わらず本と、血の鉄臭い匂いと酸っぱい匂いの混ざり合った不快な空気が漂っていた。


「腐りそうですし、まずは。」


 そう言ってレストは、お椅子いすへと変換した。酸っぱい匂いが消え、三人分の椅子が生成された。


「詳しく見てませんが、彼の持ち物に手掛かりらしいものはございません。武器はいくつも持っていますが。一応後で漁ってみましよう。」


「死体にはあんまり触りたくないですけどね。しかし……どうやって此処に来たんですかね?」


「偶然タイミングが悪かったか、意図的なものだとすれば、恐らくあの魔法陣が解錠を検知して知らせたのでしょう。厄介ですわね。」


「アタシはこんなダサい格好の男、此処じゃ見た事ないわ。……副院長様が御存命でしたら、何かご存知だったかもしれませんが。」


 シェルフが塞ぎ込んだので、テンションの乱高下が凄いな、などと考えつつ、レストは話題を変える事にした。


「その件については仕方ありません。赤いローブの方が見た事ないかとかを街で聞く事にして、まずはこの部屋を探しましょう。」


 レストの言葉に一同は頷き、各々探索へと移った。

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