2-3 惨劇
足音を聞いた三人は顔を見合わせた。悲鳴、そして足音。三人の頭には悲劇の想像しか出来なかった。
カーネリアは二人にシー、と唇に人差し指を当てて静かにするよう要求した後、扉を見つめて言った。
「
カーネリアは滝のように汗を掻きながら言った。
「男が一人……武器とかどっさり持ってるやつが……先程の階段を降りてきておりますわ!!……ど、どどどどどどどどどどどどどどどどど!?」
カーネリアが言葉にならない程に慌て始めた。
「わわわわわわわ、私、こういうのは苦手ですの!!どど、どうにか、してくださいまし!!」
そう言ってレストの顔をむんずと掴んで抱きしめた。
「むぎゅ、や、めてください!!ちょっと考えますから!!」
柔らかな感触がレストの顔を包み込む。
「仕方ない、とにかくまずは……。」
レストはその場で出来る事を探した。何か変換して、盾に出来る物を作らねばならない。盾じゃなくとも良い。壁とかそういうものがパパッと出来れば……。そう思って辺りを見回している時、本棚に積まれている本に目がいった。
扉の向こうで、ギシギシと木の板の軋む音が地下に向かう階段に響いていた。
その音の主は全身を真っ赤なローブに包んだ男であった。レスト達はまだ気付いていないが、彼は先程レスト達が開けた扉にかけられた魔法陣が解かれたことでやってきていた。魔法陣は解錠と共に解かれ、その事を設置者、つまり男に感知させる。
そうして彼は此処に来た。
彼は後悔していた。あの本を地下室に置いたままにしていた事に。図書館の管理者とは話をつけたはずだったが、裏切られるとは思わなかった。保険として魔法陣を設置しておいて良かった。あれが無ければ、誰かが入り込んだ事に気付く事が出来なかっただろう。
管理者とは先程"話"をつけてきた。後はここに残っているであろう侵入者を排除するだけだ。
「……誰か居るか。」
男の声が扉の向こうから地下室に響く。
「まぁいい。全員ーー」
始末する、そう言いかけて扉を回した時、
ガン。
扉は何かにぶつかって開かなかった。
「…………???????」
男は困惑した。ここは押し戸のはずである。何故開かないのか。男は不思議に思った。この地下室に居る者に関係しているのだろうか。
施錠していたはずの地下室への入り口が開かれた事といい、ここに居る者は何か相当に特殊な力を有している可能性がある。となれば、自分
そのためにも早々に処理せねばならない。上の階にいた者達と同様に。
「ん?」
そんな事を考えていると、目の前の壁に違和感を感じた。何か動いているようなーー
「なんだ?」
と、突然木の焦げ茶色の壁が、真っ赤な何かに変わった。
「あ?」
何かの皮膚のように見えた。それに手をやると、鼓動が手に響いた。
男は何が起きているのかと訝しみながら見上げた。
「グルルルルルァ……。」
鬼が、真っ赤な肌の怒れる鬼が、棍棒を持って仁王立ちしていた。
「……は?」
なんでこんな所に急に鬼がーーそう思った次の瞬間。
グシャア。
何かが潰れる音が男の耳に響き、同時に男の意識は消えた。
鬼の棍棒が男の脳天を直撃し、文字通り叩き潰した音であった。
「やった。」
レストが密かに拳を握った。彼らは部屋の奥、本棚の後ろに控えていた。
彼は男が部屋に入る直前、紙切れを扉の前に起き、
「素晴らしいですわ!!GOODですわ!!」
カーネリアが叫んだ。
するとそれに釣られるように、鬼が振り向いた。
「え?」
司書の女性がそれを見とめ、思わず驚嘆した。
鬼の鋭い眼光は三人の方を見つめていた。
「……あの、さ。あれ、止めてくんない?こっち、見てんだけど。」
司書がガクガクと手足を震わせながら言った。
「あ、えっと、その。」
無理です、とも言えず、レストは返答に困った。
そうしている間にも、鬼は殺意の籠もった眼光を輝かせながら、三人の方へずしんずしんと一歩一歩歩みを重ねていた。
「あああああああああ止めて止めて止めてくださいまし!!」
「ええええええええええっとどうすればいいいいいい!?」
カーネリアががくんがくんとレストを揺さぶる中、彼は必死に考えを巡らせ、
「ガアアアアアアッ!!」
鬼が咆哮し棍棒を振り上げ、狭い地下室の天井を崩しながら向かってくる中、
「ああああこれだ『
叫んだ。
ジュッ、ポタッ。
そんな音を立てて鬼は消えた。
「……?」
司書は恐怖のあまり目を瞑っていたが、いつまでもその恐怖の元となった棍棒が振り下ろされず、近寄る音も聞こえなくなった事を不思議に思い、目を開けた。
そこには何も無く、ただ鼻を突くような酸っぱい匂いだけが漂っていた。
「……どーゆーこと……?」
不思議そうな目でレストを見つめる司書。その目線に堪らなくなり、レストは渋々説明することにした。
「えっと、僕のスキルで、鬼をお酢に変換したんです。ほら。」
そう言ってレストが指差した先には、酸っぱい匂いを漂わせる水溜りが出来ていた。
「あ、ああ。ああ……。」
司書はそんな力の抜けた声を上げながら、へなへなとその場に座り込んだ。
「よ、かった、助かっ……た?」
「みたい、ですわね。」
男の言動には明らかに殺意が見て取れた。その男は今や血を吹き出すだけのオブジェと化し、そして今バタリと地に伏した。
次に現れた鬼も消えた。
とりあえず、眼前の驚異は去ったようである。三人は安堵の溜息をした。
「はぁー。」
「ひぃー。」
「ふぅー。」
だが、すぐに思い直した。問題は解決していない。上の悲鳴がまだである。
三人は顔を見合わせて、恐る恐る上の階へと向かった。男の死体を横にずらして。
上の階では、先程まで居た修道士達が倒れ込んでいた。血は流れていない。だが息もしていない。白目を剥いて、脈も無い。
「……死んでるんでしょうか。」
レストがぽつりと言うと、カーネリアは人々の腕を掴み、口元に手を当てながら言った。
「これは、一体……?私も見たことがありませんわ。」
レストもこのような容体は初めて見た。ーーいや、本当に初めてかどうか、自分でも不安に思っていた。どこかで見たような気がした。……火に包まれた父と母が、屋敷の人々が、こんな感じだったような気がする。眠っているような、死んでいるような、そんな姿。
「いや。」
司書が人々の容体を認めながら言った。口調が変わった。先程までの緩い感じはなくなり、真面目な、厳格な口調に。
「一度だけ、見たことがある、いや、あります。」
「えっと……それは一体?」
「……悪魔に魂を抜かれた方が、こんな容体であったと記憶しています。」
司書の言葉に一同は沈黙した。
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