1-4 追走

「さて。話がまとまったところで、今後について話し合うと致しましょう。」


 カーネリアはレストと共に森を後にしながら言った。


 レストは頷き、口を開いた。


「僕に関しては、このままにして貰えませんか。」


 カーネリアは怪訝な顔を見せた。


「このまま、というのは、パーティ追放されて森で迷子になったとかそういう?」


「はい。死んだ事にした方が、何だかんだ動きやすいと思うのです。」


「……確かに、わたくしみたいにウィーラー家の人間というのをご存知の方もいるかもしれませんわね。」


「はい。加えて、カーネリアさんと違って、自分の身柄が保証されていた方がいいような立場ではなくなってしまいましたから。」


 レストはこう考えていた。カーネリアはゼーニッヒ家という立場を上手く利用出来る。一方、レストは、そうした立場を既に失った身である。家の人間は関係者も含め全員死んだ。そんな状況で家名を出したところで同情こそされそれ以上に何かを得られるとは思えない。だったら、死んだ事にしてしまった方が、立場を必要としない裏の調査などに有効なのではないか、と。


 転生前、戸籍の無い人間が色々裏工作したりする話を読んだ事があったのを思い出した。ああいう事がしたいという思いも多少あった。


 先程までは逃避のためであったが、今は前向きにそれを利用しようという意欲が溢れ出ていた。


「なるほど。ではウチの業務員って事に致しましょう。給料はタダでよろしいですわね?」


 この女はこういう所でケチくさいな、とレストは思った。


「タダはダメです。その代わり、匿ってくださるのなら、ある程度はスキルでお手伝いしますよ。」


「シシシ、それはありがたい。……と思いましたが……そもそも、あなたのスキルが詳しく知りたいですわね。何が出来るんですか?」


 カーネリアは顎に人差し指を当ててキョロンと首を傾げた。



 レストはと言うと、それを聞かれてどこまで答えるべきかを測りかねていた。



 レストのスキル、『物質変換マテリアル・トランスフォーム』は次のような能力を有している。


 1.二文字以上の名称の物質を、一文字以上が同音で文字数が一致する別の名称の物質に変換する。


 [例]  OK;かねかみ

    NG:きん


 2.物質の名称は、スキル利用者がそう認識出来れば良い。


 [例] 木材もくざい木片もくへんとして扱う事が出来る。


 3.概念の変換は不可。


 [例] 重力を別のものに変換するなどの行為は出来ない。


 4.その星に存在しなくとも、他の星あるいは世界に存在し、かつその世界の物理法則で成立する物品にも変換出来る。


 [例] ここ異世界ソールディにおいても、胡桃くるみくるまに変換する事は可能。


 

 今のところわかっているのはここまでだ。


 4は隠すべきだろう、とレストは考える。


 いくら協力関係にあったとしても、4は悪用がし放題な、かなりの問題を抱えたポイントと言える。自分以外の人間がこのスキルを持っていたとして、このスキルをフル活用すれば、その国、その星の文化・技術を一新させる事も出来るだろう。


 自分はそういう事はしない。これは妥協ではない。ただただ平穏な生活を過ごすための「制約」だとレストは思っていた。


 もしこのスキルをフル活用して文化・技術の発展を図れば、間違いなく自分が巻き込まれる。その過程で自分はチヤホヤされるかもしれないが、それ以上に何かとんでもない事ーー国家間の対立やら、あるかどうかは分からない、裏組織の陰謀など、厄介事に巻き込まれる事は必定であろうと思われた。


 平穏な生活を求めるレストにとっては、みずみずそのような危険に足を突っ込む事は、流石に避けたいと思っていた。


 それが心配のし過ぎだったとしても、相手は商売人である。単に珍しい物を売れるというだけで彼女は目の色を変えるであろうとレストは確信していた。ーー既に目の色が変わり、ガルド金貨が持つ鈍くも美しい輝きに満ち満ちている事がその根拠であった。


 だが何も言わないわけにはいかない。既にスキルの使用光景を見られてしまっているのだから、そこについては取り繕いようがない。


 ならば仕方がない。4だけ伏せよう。レストはそう決めて、カーネリアに話した。



「すっっっっっっっっばらしい!!マジで!?マジですの!?」


 カーネリアは話を聞き終えると、治癒士として猫をかぶっていた時代を全く感じさせない程にテンションを上げた。


「うっわぁ!!じゃあなんです、これを何かに変える事も出来ます?」


 彼女は足元にあった葉っぱを持ち上げて言った。


「そうですね、出来ますよ。」


 そう言うとレストはスキルを発動させた。


 カーネリアの摘んだっぱは、たちどころにに姿を変えた。


「うひゃあ!?」


 感触が一瞬で変化した事に驚いたカーネリアは思わず手を離した。菜っ葉はそのまま地面に落ちた。


 更にレストは、をナッツに変換した。小さな豆がコロコロと音を立てて地面を転がった。


「こんな感じですね。」


 いかにも容易いと言いたげな感じでレストがさらりと言うと、カーネリアは彼に抱きついた。


「素晴らしい!!これは使える!!これは凄い!!」


 カーネリアの双丘がむにむにと音を立てながらレストの顔を蹂躙した。レストの鼻に、男を惑わすフェロモンの匂いがプンプンと漂う。


「ちょっ、ちょっと、はな、れて、くださ、い!!」


 だが彼女は意に介さない。


「スンバラシイですわ!!私の目に狂いは無かった!!好きですレストさん!!離婚を前提に結婚して下さい!!そして馬車馬のように働いて下さい!!」


「それは断じてお断りします!!ほ、ほら、森を出ますよ!!僕は目立つといけないから隠れますから!!」


 そう言って彼女の拘束を振り切ると、レストはスタスタと森の入り口へと歩いていった。


「あ、ちょっと待って下さい!!金蔓かねづるさん!!」


「誰が金蔓ですか!!」



 レストはこの人と手を組んだのは失敗だったかもしれないと思い始めていた。

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