1-3 決意

「いや、その。これは。」


 治癒士の女を前に戸惑いながら慎重に言葉を選ぼうとするレストであったが、その言葉を遮り、彼女が口を開いた。


「凄い!!素晴らしい!!何故隠していたんですの!!」


 先程までのおっとりとした喋り方とは打って変わって、やけにハイテンションで捲し立ててくる彼女に、レストはたじろいだ。


「えっと、えーっと。そんな方でしたっけ?」


「あれはあのアホどもに猫被ってただけですわ。それが、いざ魔物に対峙したらあの様。口先だけの雑魚ですわね全く。折角儲けられそうだったのに拍子抜けです。」


 彼女は腰に手を当てて口を尖らせた。


「儲け……。」


「ですが!!あなたのそれ!!スキル!!素晴らしい!!つまりあれですか!!何かを別の物に変化させるとか!?いい!!実にいい!!」


 そう言って彼女はレストの肩を掴み、ガクガクと彼の体を震わせた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


「なんで隠してたんですか!!わざわざ追放されるようなスキルに偽ったのは一体!!…………あ。」


 彼女はレストの顔を見つけて何かに気づいたかのように動きを止めた。


「あー。」


「ど、どうし……。」


 まさか。レストは嫌な予感がした。


「ああ、なるほど。ウィーラーって聞いてまさかとは思いましたが。」


 それを聞いて、レストは頭の中が真っ白になった。


 バレた。


 その三文字が頭の中を埋め尽くした。



 レストが転生したウィーラー家は貴族の一家であった。


 レストが居るレピア国において、貴族とは将来にわたっての安定と平穏を約束された存在である。


 そんな家で過ごす日々とは平穏そのもので、レストにとっては夢のような日々であった。


 ただ生きているだけで楽しい、この生活がずっと続けば良い、とだけは考えていた。


 そうした思いが打ち破られたのが、一週間程前にレストの身に起きた惨劇であった。



 ーーレストも詳しくは覚えていない。


 覚えているのは、レストの屋敷が燃え、父と母、そして屋敷に住んでいた人々が干からびた死体となっていた事であった。そして、家宝の箱がからからと転がっていたこと。その渇いた音とぼうぼうと燃え上がる炎の揺らめく音が耳にこびりついていた。


 自分が何故助かったのかも分からない。


 ただ、燃える屋敷を見て、とにかく逃げ出した事だけは覚えている。


 それをきっかけに彼は平穏を求めるようになった。


 住む所も無い。お金も焼けた。助けてくれる人も居ない。


 そんな日々を乗り切ることが出来たのは、このスキルーー物質変換マテリアル・トランスフォームのお陰であった。


 このスキルがあれば、とりあえず生きていくことは出来る。彼は初めてこのスキルに感謝した。


 だがあの事件のことが頭に残って消えない。


 いつか自分も同じ目に遭うのではないか。そういう不安が常に頭を過っていた。



 だから彼は居なくなろうとした。そして一人どこかで平穏に暮らそうとしていた。



 それがこんな初っ端から躓くとは。レストは絶望していた。


「ひ、人違いじゃあないですか?」「それはありませんわ。」


 取り繕おうとしたレストであったが、彼女の顔を見て、それが無理であることを悟った。


 彼女の顔は自信に満ち溢れていた。


「シシシ。わたくしの目を誤魔化そうとしても無駄です。私は人の顔を覚えるのは得意なのです。商売柄。」


「しょうばいがら……?」


 治癒士が何を言っているのか、と言おうとしたところで、彼女がまた口を挟んだ。


「シシシシシ。不思議に思われているようですね。」


「そりゃあまぁ、そうですね。」


 パーティを組む時も、彼女は「治癒士のコーネリア・リリースです」くらいにしか自己紹介をしていなかった。その彼女の商売柄とは一体どういうことなのだろうか。


「シシシシシ。コーネリア・リリースとは仮の姿。私の本当の名は。」


 そう言うと彼女は両手の親指と人差し指をくっつけ丸を作り、両腕をその爆乳の前でクロスさせた。


「『金があれば何でも買える!!銭があれば世界は平和!!』でお馴染み、ゼーニッヒ商会の御曹子!!カーネリア・ゼーニッヒと申しますわ!!」


 その商会の名前には聞き覚えがあった。この国、レピア国で最も栄えている商会、雑貨から武器、魔道書まで何でも揃うコンビニエンスストア的存在、それが貴族にして商人であるゼーニッヒ商会、そしてその系列店であった。それをファミリーネームにしているということは、その後継という事だろうというのは、レストにも察することが出来た。


「あの、ゼーニッヒの……。」


 だがそうするとレストには解せないことがあった。


「なんでそのゼーニッヒの娘さんが、治癒士になって、そんな、その、そんな格好を?」


「扇情的でしょう?揉みます?あなたなら1ガルドでいいですわ。値引き分はツケで払って頂くという事で。」


 そう言ってカーネリアは胸元で腕を組んでその豊満なバストを突き出してきた。チューブトップスで締め付けられて尚その形と雄大さ、そして弾力を保つ双丘と谷間がレストの視界を埋めた。


「ん、う、ぃ、いい、です。」


 手がその双丘に向かうのを必死に我慢しながら、レストは言った。


「そうですか?それは残念。さっきの戦士さんなんて100ガルド払うからって昨晩はーー」


「ああもういいですから!!それより!!なんでこんな所にいるんです!!」


「多分原因はあなたと同じですよ。」


「同じにしないでください。」


「いや同じだから言ってるんです。……今後一緒に商売をしていく相手です。情報は惜しみませんわ。お教えしましょう。ゼーニッヒ家を襲った悲劇のことを。」


 勝手に商売の仲間に入れないで欲しい、とレストは思った。と同時に、「ゼーニッヒ家の悲劇」という単語には聞き覚えが無かった。


 ゼーニッヒ家はとかくいい噂しか流れていなかった。悪い噂や、ましてその後継ぎである娘が治癒士になったなどという話は聞いたことが無かった。


「そこは情報封鎖が上手くいっているという証ですわね。……ゼーニッヒ家の当主、私の父と母も、あなたの父母と同様、死んだのです。別荘の火事で。」


 レストは言葉を失った。


「おまけに、別荘に隠していた家宝も奪われまして。ヨヨヨ。」


「家宝?」


「ええ。私も詳しくは聞き及んでおりませんが、確かそれを持つ者に危害を加えると、逆に罰が当たるという、所持者を守る宝玉だそうですわ。」


「罰、当たらなかったようですね。」


「ええ全く、伝説なぞ金にも当てにもなりませんわね。」


 カーネリアは肩を竦めて言った。


「それが奪われ、同時に父も母も亡くなりました。……恐らくは、殺されたのでしょう。」


 彼女は目を閉じ、十字を切り、手を合わせて祈りを捧げた。


 やがて目を開けると、話を続けた。


「……不幸中の幸いと言いましょうか、あなたと違い、家は無事でしたが。ですが父母が亡くなった事は勿論、宝玉が無くなったのは大変な被害でした。と言いますのも、今まではあれが機能しておりまして。それで「ゼーニッヒに手を出すとロクな事がない」と噂されていました。つまり抑止力として機能していたのです。そのお陰でゼーニッヒ商会は平穏に発展を遂げてきたわけですが、それが無くなった今、ゼーニッヒ商会の商売を邪魔する者が現れないとも限りません。」


 レストは得心した。ゼーニッヒ商会はレピア国最大の商会であるが、商売敵はいくらでもいる。


「家系の継承のドタバタで、既に何人かの情報屋には既に嗅ぎつかれてしまいました。」


「でも表沙汰にはなっていませんね。」


「情報ルートを金で買収しているから、という簡単な理由ですわ。そして極めて心許ないものです。いつか、金が尽きるか、私達より高い金を相手が出せば露呈する事は避けられないでしょう。その前に家宝を取り返す必要があるのです。」


「それで、治癒士……というか冒険者に。」


「ええ。商人以外で儲ける方法といえば、一番手っ取り早いのは冒険者稼業ですから。ギャンブル性は高いですけど。治癒士は引っ張りだこですからね、回復要員として。……お父様もお母様を癒す事が出来れば、良かったのですけれど。」


 一瞬だけ、寂しげな顔をした。


「……それより。あなたのスキルの話ですわ。」


 すぐに顔を切り替えてカーネリアが明るい顔で切り出すと、レストは苦い顔をした。誤魔化すことは出来なかった。


「あなたのスキルは実に興味深いですわ。隠すなんて勿体ない。是非うちの商会で働いてくだ「嫌です。」


 レストは即答した。


「僕はもう、穏やかに生きていたいのです。」


「後ろ向きですわね。この間の事件のせいですか?」


「ええ。もうあんな思いしたくないんです。死んだことにしてこういう森とか、人気の無い所で生きていきます。」


「妥協ですか。」


「妥協……そうですね。妥協かもしれません。いけませんか。」


「少なくとも私は嫌ですわね。妥協するなんて。」


 カーネリアは先程までの金に眩んだ目を切り替え、真面目な顔で言った。


「気持ちはわかりますわ。私も最初は困りましたもの。それはもう、困り果てました。父も母も失い、弔う間もなく家すら失おうとしているのです。ーー最初は、それでもいいかと思いました。ある程度の備えはあります。何とかそれで生活しようとしていました。」


「ーー僕と、同じように?」


「ええ。私も最初は妥協の道を進もうとしていました。ですが、改めて思うと腹が立ってきたのです。「なんでここまでされて、自分が折れないといけないんだ」と。それに、父にも母にも、会わせる顔がありません。それで一念発起しましたの。家宝を取り返し、犯人をぶちのめす。それで今までの生活を続けるのだ、と。」


 レストには、そう言い放つカーネリアの姿が輝いて見えた。言っていることはともかく、自信と決意に満ちた彼女の言葉は、今の自分にぐさぐさと突き刺さった。


「……なる、ほど。」


 レストは迷ってしまった。どうするべきか。


 自分の取ろうとしていた方法論が正しいかどうかも揺らぎ始めていた。


 元々レスト自身も迷っていた。追放されてそのまま居なくなる。それはそれで楽だ。だが彼女の言った言葉がそんな楽な方に流れるレストの心を突き刺した。


『なんでここまでされて、自分が折れないといけないんだ。』


 生前も何度もそう思った。


 そう思う度に自分を殺して折れてきた。


 転生して尚そうやって生きるのか?レストは自問自答する。


 そしてレストの心は答えを出した。


 もう遅いかもしれないとも思った。いや、今ならきっと間に合う。自分の生き方を変えるには、まだ時間がある。


 カーネリアはレストの顔を見て、その事を読み取ったらしく、にやにやと笑みを浮かべながらもう一度彼に問いかけた。


「……もう一度聞きます。どうです。わたしと一緒に金稼ぎしません?」


「それは嫌です。」


「えー。」


「ですが。」


 レストは続けた。


「犯人探しであれば、手伝います。いえ、手伝うという言い方は違いますね。……一緒に探しましょう。家宝も、犯人も。」


 レストは手を差し出した。


 カーネリアは笑みと共にその手を握った。

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