1-2 転生

 レストは眼前にいる胸を弾ませてキラキラと目を輝かせている治癒士を見ながら、何故このような事になってしまったのかと過去を振り返っていた。




 彼は転生者である。元の世界では、40歳のSIerに勤める男性、仲間なかま迫雄はさおと言う。


 彼はトラックに引かれて死んだ。


 日々の業務の疲れがたたり、徹夜明け、頭が働かない内に帰ろうと歩いている最中のことであった。つい足がもつれ、ふらふらと道路に入り込んでしまい、グチャリ。見るも無残な姿となった。


 その直後、彼が死んだ後だと言うのに目を開けることが出来る事に気づいてから話は始まる。


「目を覚ましたようですね。」


 仲間の目の前に若い女性が立っていた。白髪のサイドテールという髪型で、大体二十代後半の若い外見をして、天女のような羽衣を着ている。


「ここは魂の管理所。肉体を失った魂が輪廻するために経由する場所。わたしはクレア・スピリット。魂の管理者の一人です。」


 天女の言葉に仲間は「はぁ」とただ肯く事しか出来なかった。とても正気の言葉とは思えなかった。だが周りを見ると、足の無い人や獣達が歩いて他の仙人のような服装の人と会話をしている。かく言う自分の足元を見ても、ぼやけて何も無いように見える。


 肉体を失った魂、と言ったか。それはつまり死後の世界という事であろう。だとすれば現状は確かに死後の世界のイメージと一致するな、と仲間は冷静に判断していた。


「さて早速ですが、次の転生先についてご説明致します。というのも、元々君の居た世界は魂の総量が多くなってしまって……要するに生きている魂がちょっと多めなので、魂が少なめな別世界に転生して頂く事で、魂の総量のバランスを取りたい、という事です。というわけであなたは別の世界で転生する事になります。」


「はぁ。」


 レストの気の無い返事に、クレアはぱちぱちと瞬きをした。


「あまり驚かれませんね。」


「最近はそういうの多いと聞きますんで。」


 仲間の世界では、近年「異世界転生」なる単語が流行していたのをクレアは思い出した。


「ああ。現世ではそういうものが流行ってるようでしたね。わたしは余り、存じ上げませんが。」


「私もですが、まぁ私みたいにトラックに引かれるとこうして転生するなんて話を聞いた事があったもので。」


「偶然の一致というのは恐ろしいものですね。」


「いや全くです。……で、どんな世界に転生する事になるんです?」


 仲間はもじもじとしながらも、目を輝かせつつ尋ねた。クレアは思った。この人、転生に対して意外と期待しているな、と。


 実際のところ、仲間は転生に対し期待を抱いていた。仲間の今生と来たら、彼の視点からするとロクな物ではなかったからだ。


 中間管理職として上司と部下の間に挟まれ、とにかく奔走させられた毎日を思い返すと、さっさとこの世界からサヨナラしたいという思いを拭い去れなかった。


 トラックに引かれた原因も、とどのつまりは疲労である。赤信号と青信号を間違えて横断歩道に飛び込んでグシャリ。あっけない最後とはこの事だ、と仲間は心の中でボヤいた。


「是非とも剣と魔法の世界とかがいいんですが。」


「ちょうどそういう世界なら魂が空いておりましたので、わたしからもそのような提案をしたいと思っていたのですが。……本当に良ろしいのですか?」


「ええ、ええ。勿論です。」


 クレアは思った。どうもこの方、剣と魔法に夢を抱きすぎているのではないか、と。魂の総量が少ない世界というのは、生命が増えず、増えた魂が逃げ出したくなる世界、という事を意味する。それだけ辛い出来事が待っている可能性があるという事なのだが、気づいているのか居ないのか。


 説明すべきかどうか悩みながら彼女が彼の経歴をパラパラと捲ると、そういう考えに至るのも止むを得ないのではないか、と思う程度には辛い日々が綴られていた。


 上司から資料の直しを依頼され、直して提出すると、やっぱり元の方がいいと言われる。


 部下からスケジュール調整を依頼されてなんとかしても感謝されない。


 上司と部下の間での意見対立をそれぞれ自分にしか言って来ないので、自分が仲介しないと何も回らない。


 そんな日々の心労で疲れフラフラとしていたところにトラックによる交通事故と来た。


 クレアはーー涙もろい性格であったのも手伝いーー涙無しに読む事が出来なかった。何故ならクレアもまた同様の状況に陥っていたからである。


 クレアの場合は同僚とのそれであった。


 クレアは管理者ではあるが神ではない。この世界の創造主はまた別にいる。創造主ストレア自身が全てを管理している世界もあるらしいが、この世界ではそれらの役割は別々に与えられている。正確には、創造主がクレアという存在を生み、クレアにその役割を課した。


 クレアだけではない。他にも魂の管理者という立ち位置にいる者はいる。


 それがクレアの心労となっていた。


 やれこの世界に魂を送れだの、やれ仕事が遅いだの、かと思えば仕事が早すぎるだの。同僚によって意見はまちまち。


 そうした、ともすれば矛盾する意見が降り注いでくるのだから、まともに請け合ってはいけない。心がやられるだけである。


 そうクレアは自分に言い聞かせながら仕事を全うしていた。


 そんな苦労をしている者が、眼前にもいる。それはクレアにとってはある種の救いにも思えた。


「そうですか、そうですかぁ。あなたも苦労しているのですねぇ。」


 思わずクレアの声が涙声になる。


「あなた、も?」


「いや、お気になさらず。」


 クレアは鼻を啜ってから言った。


「わかりました。あなたの意見も参考にして……。そうですね。あなたはこことは違う世界、つまり異世界『ソールディ』へと転生して頂きます。」


 異世界、ソールディ。名前を聞くだけでワクワクするのを仲間は感じた。久しく覚えの無かった感情が沸き立ち始めていた。


「分かりました!!」


 強く言うとクレアは続けて言った。


「ああ、それとわたしの権限で、お前にちょっとした特典を差し上げたいと思います。」


「特典……。スキルとかそういうやつですか!!」


 聞き覚えのある単語が出てきた事で、仲間のテンションは更に上がった。


「はい。とはいえ、わたしの権限で与えられるものなんて大したものではございませんが、それなりに使えるとは思いますし、何より世界で唯一の特別なスキルです。是非、異世界生活満喫のために使ってください。」


「ありがとうございます!!」


 仲間は深々とお辞儀をした。礼儀正しい男ですねとクレアは感心した。


「では今より転生を開始致します。特典についてはそちらで確認を。さぁ、旅立ちの時です。どのような困難が待ち受けていようと、その魂が清廉である事を願います。『異世界の扉よ開け、新たなる魂の旅路に祝福あれ』=『転生リ・バース!!』」


 その言葉で仲間の周りには煙が立ち込め、仲間の視界が煙に包まれていく。


 そして、気付くと彼は、レスト・ウィーラーという名の赤ん坊へと生まれ変わっていたのであった。


 問題は前世の記憶が丸々残っていた事、そして「大したものではない」はずのスキルであった。


 元仲間、現レストは、あまり目立つ事を好いていなかった。目立たず、大きな問題にも巻き込まれず、穏やかに生きていきたいと願っていた。


 だが前世の記憶のせいで、下手に口を開けば「五歳で数学が出来る!!」だの「この星が球体?太陽の周りを回ってる?想像力豊かな子供だ!!」などと騒がれる。


 レストは褒められる事は嫌いでは無いが、騒がれて目立つのは得意ではなかったので、極力目立たないよう、そうした知識は封印し、この世界の知識の収集に努める事にした。


 それに後者については、下手をすれば宗教問題にもなりかねない。このソールディはそうした問題とは無縁だったのがレストにとっては幸運だったが、下手に触れば問題になる事は容易に想像できた。


 触らぬ神に祟りなし。それはきっとこの世界でも同様だろうとレストは思った。そして、実際のところ、それは正解であった。


 スキルについても、適当に当たり障りのない変換能力と嘯く事で、なんとか転生先の父母や学校の面々を欺いてきた。


 だがそれは自分を縛り、不自由に生きる生き方。それはレストにとっては転生前となんら変わらない、不満だけが募る生き方であった。


 同時に、ある事件が切欠で父母を失った彼には、スキルを隠したまままともに生きる事は難しいように思えた。


 そこで彼は一計を案じた。


 冒険者となり、依頼を受けダンジョンなどに旅立つ。そこで消息を断ち、自分を死んだ事にするのである。


 そうすれば彼の存在は消える。以降は穏やかに過ごす事が出来るだろう。そうした考えから、ギルドへ登録し、冒険者として旅立った。


 腹黒そうな戦士と魔道士に雇われる事でその計画は身を結んだかに見えたのだが。




 何故こうなってしまったのか。


 レストはそう思いながらも、彼女に何と言えばいいか必死に絞り出していた。

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