第2話 図書館で始まる葬送劇
2-1 図書館
「確認して参りましたわ。確かにあなたは死亡扱いになっておりました。あの戦士と魔道士についてはギルドマスターに密告しておきました。」
レピア国首都、スラス。「商売の都」と呼ばれたこの地に聳える、レピア国では城や見張り塔を除き最も大きな建物が、ゼーニッヒ商会の本部である。その一室、来客用に用意されたその部屋に入ってきたカーネリアが、その部屋に荷物を運び入れたレストに対して報告をしていた。
あの森を離れて数時間。既に夜は更けている。レストは一時的に作っていた仮設住宅(スキル製)から荷物を持ち出し、カーネリアに使って良いと言われたその部屋で生活する準備をしていた。
カーネリアはその指示を出してから、クエスト達成の報告と、そしてレストの死亡について話すべくギルドに向かった。既に戦士と魔道士が報告をあげていたらしく、ギルドマスターはクエスト失敗、そしてレストについては死亡、カーネリアは行方不明として扱われていた。
その時のカーネリアの激怒具合については、ギルドの面々が竦み上がる程であったと言う。
後に戦士と魔道士は、このパーティメンバー遺棄、及び数々のセクハラ行為により、ギルドを追放された。裏にはゼーニッヒ商会の手があったとも噂されているが、真相は闇の中である。
「……そうですか。これで、ウィーラー家も終わりですね。」
レストは神妙な面持ちで頷いた。
このレピア国では、貴族がその地位を失う条件がある。その一つが、「その家の人間が二人以下になること」であった。つまり後を継ぐ者がいなければ取り潰しとなる。
カーネリアには祖父母が存命で、兄弟や従姉妹など血の繋がった親戚が残っているが、ウィーラー家は先日の事件でレスト一人だけが生き残った。その時点で、遅かれ早かれその道を辿るのは確定していた。彼の死がそれを早めたわけでもない。それは彼も理解していた。
それでも、彼が十八になるまで育ってきた家である。それが、自分が引き金となって無くなった。悲しくない、悔しくないと言えば嘘になる。レストは形には出さぬよう心の中で涙を流した。
「そうですわね。ま、後でまた興せばいいだけの話。そのためにも金は必要ですわ。後、はい。」
カーネリアは紙を一切れ渡してきた。紙には『レスト・ピースフル』とあった。
「これは?」
「あなたの新しい名前……というか、ファミリーネームですね。勿論偽名ですが、まぁ誰も気にしやしません。」
この世界はまだレストの転生前で言うところの中世といった進歩具合であった。戸籍管理も当然行われていないし、あっても管理は大概適当であった。先の取り潰しについても、貴族としてカウントされなくなる、というだけで、後で金を積めばまた貴族に復帰出来る。
結局は世の中金か、とレストは少し嘆いた。そして、渡された紙を受け取り、まじまじと見つめた。
これから当面付き合う名前である。レストはしっかりと目に焼き付けた。
「ありがとうございます。」
「いえいえ。では早速ですが、このペンを剣に変えて「お断りします。」
カーネリアは口を尖らせて不平を漏らしたが、無視してレストは続けた。
「それより。今後について話しましょう。つまり、事件の捜査方針に関してです。」
「捜査方針?」
「ええ。あなたの家の火事と僕の家の火事。共通点がありますよね。」
「家宝が盗まれたっていう点ですか。」
「はい。残念ながら僕は家宝について詳しく聞いていませんが、その、「力の宝玉」ですか。それとウィーラー家の家宝について調べていけば、犯人が同一かそうでないか、そして犯人が何故その家宝を狙ったのかも分かるのではないでしょうか。」
「仰る事はご尤もですが、どうやって調べるのです?私も詳しくは聞き及んでおりませんし、……こういう言い方は非情やもしれませんが、あなたの家はもう焼けて、情報も無いのではございませんこと?」
「その通りではあります。ですが、何かしら資料として残っている可能性はあります。家にではなく、別のところに。」
「別のところ……何か心当たりでもございますの?」
「ええ。城の図書室です。」
この世界において本とは手書きの文書である。まだ活版印刷の技術が無いためであることをレストは知っていた。魔法が存在する世界であるが、そうした技術がまだ確立されていない事も。
故に本は稀少であった。そうした状況下、数少ない作られた本を保管する役割を担っていたのが、この世界では城の図書館であった。
ここレピア国でもそれは変わらない。スラスの街の中央に聳えるレピア城の横に、ポツンと建てられた人気の無い建物がある。
それが国立図書館である。
教養を得るという目的で市民にも開放されてはいるが、識字率の低さ故にあまり利用されていないのが現状である。利用者は専ら、写本を仕事とする教会の修道士達であった。
そんな敬虔な使徒達に混じるように、レストとカーネリアは入館した。レストの服は見窄らしいローブで、全身を包み隠している。一方のカーネリアはその豊満な双丘を揺らしながら平然としている。着ている服も大概で、胸元も大胆に開いたワンピースである。両極端な二人の格好に、修道士達は目を逸らした。
「なぜ皆目を合わせてくれないのでしょう?」
「真面目に言っているなら僕はあなたの正気を疑います。なんですその服。」
「素晴らしいでしょう?空気中に漂う治癒の魔力を全身に浴びる正装ですわ。」
「嘘だぁ。幾らなんでもそれは嘘でしょ。それはあなたの趣味でしょ?」
「半分くらいはまぁ否定は致しませんが。気持ちいいですわよ風を地肌で浴びるこの感覚。」
「浴びてるのは他の人の奇異の目だという事に気づいてください。」
「あー。」
司書らしき女性が二人の近くへとやってきた。
「ちょっとそこの二人、悪ぃんだけど静かにしてくんねー?図書館はさー、静かにして欲しいんだわー。」
あまりに場所にそぐわない言葉遣いに、しばし二人は呆然とその女性の顔を見つめていた。
その女性は金髪セミロングでミニスカート、白いワイシャツのような、ソールディでは良く着られている衣服を身に着けていた。レストは思った。ギャルか?これ、と。
「……す、すみません。」「すみません。」
二人が同時に頭を下げた。
「ま、反省してくれりゃいーけど。んで?アンタら何しに来たの?」
二人は本が無いかを尋ねる事にした。
「ふーん。貴族の家宝ねぇ。」
「ええ。少し興味がございまして。ですが、貴族の方はお忙しい。直接お尋ねするわけにも参りませんでしょう?」
司書の女性はレストの方をチラと見て言った。
「興味、ねぇ。どんな興味か聞いていーかしら?」
泥棒と疑われているのだと感じ取ったレストは、心を落ち着けながら言った。
「歴史の勉強です。家宝というからには、何か家の成り立ちにも関わる事かもと思いまして。そうした事を学ぶ事で、貴族の方々の歴史を学びたいな、と。」
司書の女性はふむと少し悩んだ後、先程までの疑いの眼差しを捨て、温和な顔で言った。
「そだね、勉強は大切。特に歴史はねー。勉強して分かる事も多いっしょ。」
しかし彼女は目を瞑った。
「ただねー、悪りぃんだけど、そーゆー歴史書、見た事ないんだわ。あるとすりゃ、そーねえ、そこの書庫ってか地下室くらいじゃね?とは思うんだけど、生憎鍵が見つかんなくてさー。最近全然見ねーんだわ。」
そういって司書の女性は図書館の奥を指さした。古ぼけた扉があった。誰も通らない通路の、更にその奥の扉。鍵穴には小さな魔法陣が敷かれている。特殊な鍵で無ければ開かないのだろうか、とレストは自分で納得した。
それを聞いてカーネリアが言った。
「……えー、ではその鍵を見つけたら入ってもよろしいですか?」
「ん。まーいーと思うよ。」
言質を取った。カーネリアは拳を握り喜びを表した。
「あるならこの図書館の中だとは思うんだけどねー。」
「ええ、承知致しました。感謝致しますわ。」
そういって彼女はミニスカートに手をやり頭を下げた。マントがなびき、胸と尻がぷるんと揺れた。修道士の目線が一斉に集まったのを感じて、思わずレストは頭をペコペコと全方位に下げた。
「自分の格好考えてください。」
「はいはい。それよりも、肝心なのは鍵です。どうです?」
適当に流すカーネリアに溜息を吐きながら、レストは、
「やってみましょう。」
そう言ってドアの前で観察した。
「うーん……でも魔法陣は……いやいけるか……?」
自分の求めていた生活が当分来ない事に溜息を吐きながら、彼は鞄に忍ばせていた紙を一切れ取り出し、小声で『
「それ毎回言うんですの?」
「言わなくても出来ますが、言った方が安定するんです。」
スキルの発動は念じる事だが、集中が必要である。そして、変換後の対象について強くイメージする事も。でなければ、今の例では、ただの"どこかの扉には使えるかもしれない不格好な鍵"が出てくるかもしれない。今欲しいのは、"魔法陣も突破出来る万能の鍵"である。それが「レストのイメージする鍵である」と自分自身に強く認識させる事で、変換後の結果を求める物と一致させる事が出来るのである。
そのためにレストは、自分で声に出して言う事にしている。彼にはその方が意識が安定するからであった。
果たして、求めていたものは完成した。
手にしていた紙切れは、魔力を帯び、粘土のように柔らかく、かつ砕けない不思議な材質で出来た、正しく魔法の鍵へと変貌した。
「ほへー。」
カーネリアが思わず気の抜けた感嘆を漏らした。
「これで……開くかな……?」
レストはそう言うと、その魔法陣に鍵を当てた。
鍵は魔法陣を解除し、その先にある鍵穴に吸い込まれるかのように入り込み、カチャリという音を立てた。
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