第2話 列車
南に位置する港町サウスポートでは昨夜の騒動もあって例年には早いパレードが開かれあちこちから露天商が集まり客寄せの声が通りを包み込む中ではサーカス団が街を練り歩いて人々に活気を取り戻そうとしていた。
どこから集まってきたんだか。と呟いたヴェジーを横目にメインストリートでは政府の役人が装甲車で闊歩し昨晩の検挙を受け人々の歓声を浴びていた。
軍の幹部が非人道的なことに絡んでいたとは言えるはずもない。ましてや少女を襲ったなど政府の失態でしかない。それに間違えばエリックが人を殺しかねなかった。思い出しただけでも胸の鼓動がはやまり指先が震える。それを含め、表向きには船の乗っ取りとそれに伴う船内の点検のための長期帰港とされ新聞の一面にもそう記入されていた。
政府なんてそんなもんだろ。と、なに今更当たり前のこと言っているんだ?と言わんばかりに告げられ自身が間違っている様なニュアンスに思わずクロエはもごついてしまった。
「お前はなにむくれてんだ」とヴェジー。
「だって⋯⋯」
だってあれはエリックが解決したことなのに、どうしてこんな何事もありませんでした、といった記事になるのかクロエは納得がいかなかった。そんな態度にエリックはため息をつくと「ヴィンセントに頼んでこっちの事は伏せてもらったんだ。その方がどっちにとっても都合がいい。あまり目立っていろいろ詮索されたくないのはそっちも同じじゃないのか?」と面倒くさそうに言われてクロエは渋々了承した。
結局のところ当初の仕事はやり終えたのだからクロエとしてはエリックがいいならそれ以上口を挟む問題ではないかもしれない。
「それはそうだろうな。なんたって人造人間が奴隷を助けました。なーんて知られたら政府の面目丸つぶれだ」
エリックがじろりとランタンを睨むと、あからさまに咳払いをして「ところで」と話を切り変えた。
「ところで俺たちはどこに向かってるんだ?」
「これは、えっと⋯⋯首都だよ」
エリックから渡された切符の行き先を告げると途端にヴェジーは黙った。
「ヴェジー?」
「⋯⋯いや、首都には行きづらくてな」
「ランタンなんだから誰も気に留めないんじゃない?」
「うるせぇ、俺にだって」
「俺にだってなに?」
「なんでもない」
ヴェジーが自身に関して話すことは少ない。
彼は首都に行ったことがあるのだろうか?
列車の後方に回ってステップに足をかけて上がった足が止まってしまった。
「なに、乗らないの?」
車内から声がかかり、なにか思い当たったように掌を差し出される。
なんだかんだ行動を共にしこうしてついてきたけれどよかったのかと思いつつも何も言われないからまあいいのだろうと割り切って手を借り彼の後に続いて進んで座席に腰を下ろした。
「エリックはどうして首都に行くの?」
「べつに。ちょっと知り合いに会いに行く」
――出発します。
乗客に対してのお礼と旅を労うアナウンスが流れ始め警笛が窓越しに鈍く鳴っていた。
「首都に知り合いなんているのか。気になるな。お前さん元軍人だろう」
「それが?」
半眼で切り返すエリックとヴェジーのやり取りにクロエも耳をそばたてた。知り合いがいる事をエリックの口から出るなんて思わなかったからだ。
もしかしたらなにか情報が聞けるかもしれない。
「べつに、ちょっとした件で行くだけ」
チラリとこちらに視線を寄越したと思ったらふいと窓に視線を移したので不思議には思ったけれど、ガタン、と車輪の動き出した音が車内に響き窓の外を景色が流れ出した時には別段気にするほどでもなくなっていた。
エリックには心臓がない。
心臓というのは生命を維持する上でとても大切なものだ。
それがないというのはどういった感覚なのだろう。
先日の騒ぎから数日。
こちらの心配をよそに日程を早めた彼に視線を向けた。
顔色は悪くはない。
動きを見た限り痛む素振りもなさそうではあった。
ヴェジーとの旅はエリックが加わり三人に増えた。これから少なくとも列車にいる間は一緒にいるのだからなにか会話をしてもいいんじゃないかと思っていたが向かいに座るエリックはそうではないらしく早々に話を打ち切られた。
∽
なんとなく彼女が席を立つのはわかったがあえて眠ったふりをしてやり過ごした。
幸いこの列車で見失うことなどないと思ったのと傷の修復に神経を使いたかったからだったのだが、彼はそうじゃなかったらしい。てっきり連れて行かれたと思っていたが窓辺に置かれたランタンから声をかけられて初めてそのことに気づいた。そういえば、こうしてふたり(ひとりと一台)で話すことはなかったな。
「お前さん、クロエをどうするつもりだ?」
「どうするって⋯⋯」
「首都に行く理由はなんだ? 本拠地だぞ? 危険に晒すつもりか? 場合によっては殺すぞ若造」
窓枠の鍵を外し窓をあげて外の空気を取り込むついでにランタンの紐を掴み車外に出すと紐の端とランタンが風にはためき派手に揺れていた。
「わーやめろ、冗談だ冗談」
抵抗するようにランタンの灯りが明滅していた。
「そうか」
こちらとしては七割方本気だったのだが。
「⋯⋯お、お前、顔に似合わずひでぇことをしやがるな」
向かいの座席にランタンを放り投げ窓を閉める。
「あんたが黙っていればなにもしない」
「それで、エリックと言ったな。お前さん、首都でなにをやるつもりだ?」
「べつに。確認したいことがあるだけだ」
「おおかた、軍への信頼が揺らいでいるのだろう? やめておけ。窮地に立たされるだけだ」
「なぜ言い切れる」
「なあ、エル。俺は──」
俺の名前を呼ぶその言葉でいま目の前にいるのが誰なのかがわかってしまった。
「⋯⋯生きてたのか?」
声も言葉遣いも全然ちがったが、その絶妙の間と愛称に彼のぬくもりが感じられた気がした。呆れたようにため息をついたロマンスグレーの頭髪を後ろに撫で付けてコーヒーを口にする姿がありありと見えた。
「あー、しくった⋯⋯」
前のめりになっていた身体を座席に深く座り直し盛大なため息をつく。
「生きてるなら連絡くらいしろよ。俺がどれだけ⋯⋯」
「あーそれはだなこっちもこっちで電話をできる状況じゃなくてだな」
「なんでランタンなんかに入ってるんだよ。その前にあんたは生きてるんだよな?」
できればそうであってほしいと思って訪ねてみるもよくよく考えてると生きている人間がランタンに入っているなんて変な話だ。
「あー⋯⋯たぶん?」
「たぶんってどういう意味だ」
「いや、身体から抜け出したんだろうことまではおぼえているんだが、その後は逃げることに必死で正直その後どうなったのかはわからない」
まったく話がつかめなかったが、咀嚼しどうかそうであってくれと言葉を投げかける。
「⋯⋯もしかしたら元の身体に戻れる可能性があるかもしれないってことか?」
「ああ、まあ、戻れるかどうかわからないがな」
そこで、留めていた息を吐き出した。
それが聞けただけでじゅうぶんだった。
そこでふと違和感を感じた。
「⋯⋯なあ、あんたまさか俺に託すつもりじゃないだろうな?」
「んー?」
「おい、ガラクタランタン。答えろ」
こいつが意図を引いていたなら今の今まで包囲網を掻い潜り見つからなかった彼女を捕まえられたのも納得がいく。
「年長者は丁重に扱え」
「さほど歳は変わらないだろ。それで? あんたがクロエを使ってまで会いに来た理由はなんだ」
「⋯⋯いやぁ、なに、お前が軍を辞めたと聞いてな。まともなのはお前ぐらいだったからな。ほら、この状態だと助けるにも限りがあるだろう?」
「⋯⋯ああ」
「憐れむな。仕方がないだろう。裏家業の奴らよりも政府や軍の方がよっぽど恐ろしいんだからな。真っ当に育てるならお前が適任だっただけだ」
それはどうも。と端的に返す。
「だがハロルド、俺は別にどうでもいいとして、クロエには伝えておいた方がいいんじゃないのか? 俺がどうこう出来る話ではないがその方が彼女も心強いだろ」
「いや、これはクロエには言うな。私は今の状況を気に入っているし、お前が一緒にいてくれて嬉しいと思っている」
「そうじゃなくて、」
「ははーん、さてはお前妬いてるな」
誰にだよ! と内心で突っ込んでこいつ生前こんなにお喋りだったか? と疑問に感じつつそれでもだらだらと続きそうなお小言にうんざりしていたが座席を離れるわけにもいかず窓の外の景色に視線を移して受け流すことにした。
∽
初めて乗る列車に浮かれていた。
ベルベットの貼られたボックス席に赤茶色の艶のある枠目。車窓から見えていた緑葉も今では変わり映えのない広陵とした景色が流れるだけになっていた。
駅を出てからずいぶん経っていた。
暇を持て余した中で気晴らしに探検しに行こうとヴェジーを誘うと「乗り物酔い中だからいい」と断られ(その体でどこに乗り物酔いする要素があるんだとは思ったけれど)、エリックは聞く気もないとばかりに寝てしまったので一人で行くことにしたのだが困ったことになってしまった。
「嬢ちゃん。どうしてくれるんだ。あ?」
長い旅の列車内でいわゆる当たり屋というものに遭遇してしまった。いつもなら逃げるなりなんなりすればいいけど行手を塞がれ逃げ道などない。
「いくらか払えば見逃してやるよ」
ヴェジーも置いてきてしまって生憎人通りもなく助けも呼べそうにない。
大人しく支払うかと諦めた時ふと背後に気配を感じた。
振り返ると背後にいた屈強な男がいつの間にか床に転がされていた。
「大丈夫か?」
声をかけられたとき無意識にエリックだと思ったものの見上げた顔は同じくらい高身長ではあったが柔らかい笑みを浮かべた顔はどちらかという正反対の男の人だったしよく考えればエリックは心配するよりも呆れてくるのではないかと思う。
また変なのに首突っ込んでるだろう。とかなんとか。
その姿がありありと想像できて少し笑ってしまった。
「⋯⋯君、聞いてる?」
不審に思われて口元がもごついた。
「あ、えっと⋯⋯」
「困っているか?」
「え?」
「困っているかと訊いている」
「⋯⋯え、あ。はい、困っています」
軍人というのはその力の強さから助けを求められなければ民間人に力を振るうことを許されていない。見たところ軍服は着ていなかったがその台詞からは彼が軍人だということがわかった。その許可を彼は求めているのだろう。
「そうか」
私の後ろに隠れていろ。と男たちとの間に立ち塞がって背中でに庇われ「俺たちはべつになにもしてねえよ。なあ」こちらへと助けを求めてきた男の顔は軍人の背中によって見えなくなった。
「彼女は私の連れだ。列車から蹴り出されたくなければ座席に戻れ」
軍人はその手に人の生き死にを決めることが許可されている。その効力故にいくつかの制限が設けられていた。
私が助けを求めなければ軍人である彼は助けることさえできない。
なんと不便なのだろう。
「わかった、悪かったから」
両手を上げて敵意はないと車両を移っていく男たちの背中を見送って息を吐き出した。
「すごい! 一言で追い払うなんて」
振り返った彼に詰め寄れば、いやべつに大したことじゃない。とにべもなく突き放され柄にもなくはしゃいでしまったことに恥ずかしくなってお礼を述べるとすみませんと断ってその場を後にして隣の車両に移ったところであたりを見渡すと裕福な服装をしている人々に一等車両まで来た事に気がついた。
「⋯⋯ところで聞きまして?」
ずいぶん遠くまで来てしまったらしい。
「最近盗賊がいるんですってよ」
そう話した貴婦人の窓の向こうに人影が見えたような気がした。相当な速度が出ている中で人間が列車の側面にいるわけがない。何かの見間違いだろうと思った。少し疲れたしもう戻ろうと踵を返した時顔を何かに突っ伏した衝撃から跳ね返ってさらなる痛みに備えて目を固く瞑ってみるが痛みはなくぶつけた鼻を押さえて相手を確認すると先程の男の軍人の顔がそこにあった。
「ああ。また君か。大丈夫か?」
「⋯⋯ありがとうございます」
手を取り起こしてもらうと、思ったよりも力が強く再度鼻をぶつけそうになって慌てたが抱き締める力は優しくほっとして再度お礼を述べようと顔を上げたら背後から聞こえた言葉に身を固くした。
「アメリア長官」
「⋯⋯その呼び方はやめてくれないか。ほら彼女も怖がってしまっただろう」
アメリア長官。
その名前は聞いたことがあった。
確か最年少で長官に就任した男だったと記憶を掘り起こす。念密に練られた作戦で勝利を収めた若き英雄とかなんとか新聞で読んだ覚えがある。頭の隅に押し込んだ記憶を手繰ると彼が政府の人間だということに緊張が走る。切りそろえられた色素の薄い髪に澄んだ空の色が嵌め込まれた瞳にはすべてを見透かされてしまいそうで思わず目を逸らした。
「すまない」
「いえ、大丈夫です」
ここをはやく出なくちゃ。それでエリックに知らせて。知らせてそれからどうしよう。列車は動いたままだし。次の駅までは遠い。
「視察に来ているんだ。このことは内緒にしてくれると助かる」
困ったように笑った長官は悪い人には見えなかったが経験上政府の人間とは関わり合いになりたくなかったので頷くことで返事を済ませる。
「悪いな。じゃあ、⋯⋯またな。クロエ」
そういって通り過ぎてから、どうして今の人物は私の名前を知っていたのかと気づいて振り返ってみるがそこに先程の人物はいなかった。
どこかで会ったことがあっただろうかと考えてみるも浮かばず、いくつかの車両をさかのぼっていくと色素の薄い髪が座席から人より頭ひとつぶん出ているのが見えてその向かいに腰を下ろす。
席に帰りついて声をかけると不自然そうに言葉を切って黙っていたが構わず声をかけた時、列車の前方から大砲の轟くような音が漏れ聞こえ車体が左右に揺れた。重力から通路に投げ出されそうになって衝撃に備えて目をつむると身体が後ろに引き寄せられていた。
「なにやってんだ」
呆れたような声が頭上から降ってきたことに妙に納得して顔を上に向けるとエリックの顔がすぐそこにあって睫毛さえも数えられるほどの近さに唾を飲み込む。続いて前方からは騒音が響いていた。
「ねえ、あれって⋯⋯」前方を探るように見てから「様子を見てくる」言い置いて前方に向かったエリックに続いて前方に向かっていると振り返ったエリックと「お前はここにいろ」「嫌だ」数秒睨み合う。「わかった。ただ離れるな」頷いて後に続いた。
「えー、ただいま車輪が線路の岩に乗り上げましたが問題は解決いたしましたので、ご安心ください」
座席から人がまばらに立ち上がっていたが車掌がひと車両にそう言って前方から歩いてくと辺りは安堵の声といくらかの拍手に包まれていた。
岩に乗り上げたくらいであんな大層な音はしないのではないだろうかとクロエは車掌の放ったその言葉に首をひねると行き交う通路ですれちがう際に燕尾の帽子から厳しい目つきで見られ違和感を感じてエリックを呼ぼうか考えていると前方から自分よりも先に名前を呼ぶ声が聞こえ自身の発する予定だった言葉は掻き消えていた。
「あんたここでなにしてんのよ」
車両のボックス席に挟まれた通路は狭く人ひとりがようやく通れるくらいだったので、長身のエリックには少し窮屈そうなくらいでその後ろを歩くクロエの身長ならば前の人物など見えるはずもなかった。エリックの横から顔を出すと金色の髪の毛は豊かに揺れて青い眼はぱちくりときらめいていて、明らかに、誰が見ても美人で、少しだけ誰なのか気になった。
ふと美人と目があって心臓を射抜くようなウィンクをされているとそれに気づいたエリックが身体をずらしたことで視界が真っ黒になる。
「⋯⋯あら、なぁに、私には紹介したくないっていうわけ?」
「べつに。こいつにはこれ以上余計なことに首を突っ込ませたくないだけだ」
「失礼しちゃうわね、まったく。⋯⋯あ、それかあんたまさかこんな子供に」
「なに想像してるんだ。こいつはちがう。知ってるだろ」
「だといいけど」
親しげな口調に再度覗き込もうとすると前方から再び音がした。
ふたりして数秒見つめ合って「クロエ、席に戻れ」エリックが端的に言葉を放るともうこちらなど見ておらずふたりして前の車両へと移っていった。慌ただしいやりとりにその背中を見送ってからようやくクロエは置いてきぼりをくらったことに気づいた。
∽
「あの子、この前言ってた子でしょ」
それには答えずに手近な一部屋に潜りこんだ。
「トゥルリエッタ、いったい何が起こってるんだ」
「さあ」
「その格好だとひとまず政府関係ではなさそうだな。わざわざ俺を呼び出したのはどういう了見だ」
「ああ、それは解決済みよ。縛って吐かした中に気になることを耳にしたから一応訊くけれど、エリック、あんたまさか人身売買に関わっていないわよね?」
「お前は俺をどういう立場に立たせたいんだ」
「まさかということもあるでしょう。それで、どうなの」
「あるわけないだろう。だいたいどうしてそんな話が持ち上がったんだ」
「少女を連れ歩いている不審な男の情報が持ち上がったのよ。それで」
「それで俺だと? ずいぶん失礼な話だな」
「あんたは無駄に目立つのよ」
「俺とは限らないだろ」
「気をつけなさいって言ってるのよ。この列車に乗ってるってことは首都に行く気でしょ」
「ああ」
「政府の本拠地よ。わかってる?」
「わかってる」
「情報からしてあんたがなにかしら不都合なことでも手にしたんだろうけれど、エリック、あんたがどうこう出来る範疇を超えてるわ。あの子を連れて歩いてどうするつもり?」
首都は政府の中核区で精鋭部隊が揃っていた。規制はきついが人々が集まり身を隠すには適している。
「まあ、たぶんそうなんだろうな。でも俺はあいつを助ける義務がある」
「義務って何。もういいじゃない。あんたもしかしてあの子のこと」
「いや、あいつはハロルドの忘れ形見みたいなもんで、だから俺はあいつを助けてやりたい」
「ハロルドってあの取り締まりで殺された幹部のひとりでしょ」
「濡れ衣だ」
「ずいぶん肩持つじゃない」
「そういうお前も名前だけで誰を指すかよくわかったな。そっちも薄々気づいているんじゃないのか?」
「私はこれでもあんたが抜けた穴を補填するのに人力してるの、下手に口を滑らせたら寝首をかかれるわ」
「それは悪かったな。俺よりお前の方がよっぽど危ない立場にいる気がするが」
「仕方ないでしょ。こっちはこっちで大変なのよ。まあ、あんたもせいぜい死なないでよね。あの子の面倒をみるだなんて嫌よ、私」
「あー⋯⋯」
「ちょっと、その手があったか。みたいな顔しないでくれる。あんたに死なれたら迷惑が被るのよ、私に」
「まあ、そうだな」
「ねえ、一応訊いておくけれど、ほんとうにそれだけ?」
神妙な顔をして何を言い出すのかと思っていたが思わぬところから思わぬ話題を振られげんなりした。あーもーなんなんだヴェジーもお前も。
「そんな釘を刺さなくても俺は俺で線を引いてる。お前は俺を犯罪者か何かにする気か。なんでもないならもう帰るぞ」
∽
クロエは急いでいた。
身寄りのない自分を引き取ってくれた主人は時間にとても煩い人だからだ。家に帰り着き、扉を開ける。裏門からだ。一切物音を立てないように。人目についてはいけない。それがここにいるルールだった。そして屋敷に帰るとまず報告しなければならない。どう内情が動いているか。この時間帯ならば恐らく書斎で仕事をしていると思い二階に向かい重厚な扉をノックするが返事はない。もう一度してみるがやはり返事はない。今迄こんなことはなかったのに。いつもとはちがうような気配がして主人を求め屋敷内を歩く。この瞬間が一番神経を使う。時々屋敷には人が訪ねてくる為、人目につかないように歩かなければならないからだ。
「駄目だな、今の奴は。動きが鈍くて」
主人の声に体が動かなくなった。どこか聞いていてはいけないような気がした
「奴隷は安いがすぐ壊れる。そうじゃないものを作らなければ」
「では、こちらで新しいのを手配しましょう。なにかご希望はありますか?」
「バーコードを入れてもらえるか。あのままでは外に出かけることが困難だ」
「それはそれは。失礼致しました。今いる奴は後日引き取りに参ります」
「頼んだぞ」
客人を見送ったところで声をかけられた。
「報告はいい、支度をしろ」
なにか、言わないと。
いつもよりも静かだったとか、いつもの部隊が消えていただとか、やけに機嫌が良さそうにしていたハルの元上官だとか。
それなのにまるで床板と足の裏が貼り付けられているように動くことができないでいた。
いつもとは様子の違うハルの姿に違和感をおぼえると同時にその意味をどことなく察することができる自身がいる。
「証拠は掴んだ。これで政府の重役連中も動くだろう。はやくしろ。ここは危険だ」
明日には私はいなくなるのだろうか。
けれど、それが酷く怖いと感じたのは初めてのことだった。
「おい、しっかりしろ。はやく支度を──────」
屋敷の遠くの方で窓硝子が割れて、銃声が轟く。
「クソ、嗅ぎつけてきやがった」
「お前は先に逃げろ」
「裏門からだ。辺りを警戒して逃げろ!いいな?」
矢継ぎ早に言う主人の後ろ手の窓硝子が膨らんで、割れた。音は一瞬にしてなくなって、その中を破片や瓦礫が降り注ぎ辺りは噴煙で覆われていたが、声を張り上げるように口を動かす主人は見えた。逃げろ。そういったような気がした。気がしただけかもしれない。次目を開けた時には見当たらなかったから。第一弾では収まらず第二第三とあたりに咆哮が轟き屋敷が揺れ、建物の前方からは喧騒が聞こえだした。
逃げろ。
主人の声が頭の中に流れ背中を押されたように足を動かした。指し示された通りに屋敷を出る。気になって振り返るとまるで知らない光景だった。屋敷は炎で覆われあちこちで怒号が飛び火の粉が舞っていてその周りを物々しい武器を抱え武装した人たちが包囲している人たちには見覚えがあった。確かあの人たちは、主人の勤め先の人たち。その中には先程まで談笑していた人の姿が見受けられた。
どうしてその人たちが主人を攻撃しているのかクロエにはわからなかった。
いつもの様に屋敷から裏門へと続く道を走っていたところで急に視界がぶれて、地面に倒れた。
「おい」
「奴隷じゃないのか?」
「殺すのは可哀想だ」
おどおどとした男性の声と反する声が聞こえてきて、なにをいまさらおどついてるんだとどこか面白かった。やっぱり奴隷だったのか。そうか。だったら殺されても仕方ないなと他人事でいるもそれでもどこか声は聞こえていて。
「関連する奴はすべて殺せとの上の命令だ」
「う、恨まないでくれよ」
武装した人たちが引き金を引いて――――――
そこでクロエの記憶は途絶えた。
身体に伝わる振動で目を覚ますといつ戻ってきたのか向かいに座るエリックと目が合った。
名前を呼べば「別になんでもない」と不機嫌そうに言って目を閉じて眠ってしまったのでそれ以上話しは聞けそうにない。
「なんなんだ変な奴だな」
眠ってしまっていた間に窓の外は荒涼とした土地から緑が増え建物が見えだしていた。
駅が近づいてきているようだった。
「もう首都も近くなってきたな」
「そうだね」
ヴェジーと船で海を渡り降り立った土地でエリックに捕まり今では共に首都へと向かうことになっていた。
だいぶ遠くまで来てしまったとクロエは思った。
いざとなれば逃げ出せるだろうか。
「車内を見回って何か見つかったのか?」
「⋯⋯あ、そういえばさっき、たぶん政府の長官がいてね」
「たぶん、ってなんだ」
「その男の人、制服をつけていなかったの」
政府や軍の人間は大抵の場合が黒い軍服や外套を身に付けている。それがその人たちの誇りなんだそうだ。でもハルは着ていなかったな。そう思って彼が昔言っていた言葉を思い出してくすっと笑った。
「⋯⋯クロエ?」
「いや、ちょっと昔のことを思い出して」
「昔のこと?」
「⋯⋯あのね、私ヴェジーと出会う前はね、政府の情報収集をしていたの。政府って言ってもそんな大それたものじゃなくてね、ハルっていう長官の仕事を手伝っていたんだけどその長官がちょっと変わってて」
「好き好んで政府に入るやつはそれ自体じゅうぶん変わってるだろ」
「政府関係者なら黒い制服か外套を着ているでしょ? でもハルはね、あんなものを着ていても情報なんて得られない。それどころか牽制にしかならないだろう。そんなもの俺には必要ない。って言って着なかったの。さっき私を助けてくれた人も着てなかったなって。どことなく似ててね、なんだか懐かしい気持ちになったの」
「へぇ」
いつから聞いていたのかエリックの声が聞こえて向かい側をみるとなぜかランタンの方に片方の口角をあげておもしろげに見ていた。
「エリック?」
「いやちょっとおもしろくて。そんな人もいるんだなぁって」
あからさまにヴェジーに対して言っているように感じたもののいつもなら言い返すだろうヴェジーは黙ったままで不機嫌そうにランタンのあかりを点滅させていた。
「うるさい。黙れ若造」
「若造ってさほど変わらないと思うけど」
エリックにしてはめずらしく口角を上げて意地悪く笑っていた。
なんだか仲良くなってる?
「ねえ、なにかあった?」
訪ねれば、
───べつに。
と言った声が重なって嫌そうにふたりは黙ってしまったので、クロエはそれ以上聞き出せなかった。
首都へは列車で数日程かかるらしい。
十両編成からなる大陸横断旅行は二日目の朝を迎えていた。座席から頭を上げると荒涼とした草原には朝日が射し込みはじめていた。
ヴェジーが薄っすらと明かりを灯していた。
向かいの座席の人物がいないことに気づいたものの、次の駅まではまだある、少なくとも車内にはいることに行き当たり上げた腰を座席に降ろした。
「少し前にどこか行ったみたいだが」
「そう」
列車の揺れが妙に心地良い。
「ねえヴェジー」
「なんだ」
「どうして首都に行くのを渋ってたの?」
「⋯⋯首都には政府と軍の本拠地がある。クロエを危険な目に遭わせたくないだけだ」
今までもじゅうぶん危険だったと思うけれど。
「お前はいつもそうやって首を突っ込みたがるからな。俺が見といてやらねえと」
欠伸で返事をする。
「着いたら起こしてやるからもう少し寝ておけ」
「⋯⋯ありがとうヴェジー」
∽
あのふたりはどこに行ったんだ。
すれ違い様に向けられた訝しげな視線を無視してエリックは踵を返した。
少なくともここまでの車両では怪しい動きをする客はいなかった。車窓は雪山へと変貌し飛び降りれる速度でも場所でもない。
所用を終えて席に戻ってみれば件の少女とランタンが消えていた。逃げたのかと流そうとして荷物がそのままなことに気づく。なにかに巻き込まれたといったのが妥当な線だろう。
ハロルドもついていながらなにをやっているんだ。
最後尾の車両から再び前へと戻っていく。貨物庫を漁ってみるもとくに異常はない。
他に人間を押し込めておける場所などあるか?
連絡橋からは雪が染み込み指先から温度が奪われていく。
山岳地帯の中心地が首都とされていた。
当時栄えていたのが戦争から外れたあの場所だったために辺鄙な場所を首都に選んだと聞いた覚えがあった。
確か魔女が牛耳っていて、なんだったか。軍が占領したんだったか。
この雪山をいくつか越えれば首都に入る。
駅に到着してしまえば探しようがない。
体の小ささからして隠せる場所は限られてくる。
あとは上か。
連絡扉を出て向かいの梯子をのぼっていく。
雪山の風が髪を舞い上げ寒さが肌を突き刺していく。
山岳は連なり季節が変わろうと積もった雪は融けないという。
周囲を見渡すもとくに異常はない。
残るは運転席か。
腹這いに進んで貨物庫をいくつか進むと嗄れた声が耳に劈いた。
「あんたそんなところでなにしてるんだ。危ねえぞっ」
無精髭の初老の男が飲んでいたカップを置いてかけよってきた。
「少し訊きたいことがあるんだが」
「ちょっと待ってろ。今コーヒー淹れてやる」
男が背中を向けた瞬きの後、頭への痛みと共に視界は暗転していた。
「エリック」
名前を呼ばれているような気がする。
声に意識が掬い上げられ瞼を上げる。
クロエが顔を覗き込んでいた。
よかった。
生きてた。
そう安堵して彼女を引き寄せた。
困惑したように名前を呼ばれたが構わず問いかける。
「⋯⋯怪我は?」
「わ、私よりエリックは? 派手に血が出てたけど」
言われてみれば頭の奥に鈍い痛みがある。
頭部に手を当てると血がべっとりと付いていたが傷はすでに塞がっていた。
あの運転手、派手に殴ったな。
「いい。なんでもない」
伸びてきた手を受け流し言葉を重ねる。
周囲に視線を巡らす。
差し込む光はなく体に伝わる揺れからおそらく列車内にまだいるのだろう。
夜目に慣れ彼女の顔が薄ら見えた。
見えたところ怪我はない。
そのことに安堵して体を起こす。
「どうしてここに?」
「わからない」
「最後に覚えていることは思い出せるか?」
「⋯⋯たぶん寝てたと思う。気がついたらここにいたから」
座席から怪しまれずにひとりの少女を運び出すなんてことができるのか?
あー⋯⋯この列車の奴ら全員グルか。
「⋯⋯エリック?」
「いや、なんでもない。それで俺はどこから運び込まれたのかわかるか?」
「そこ、だったと思う」
クロエの指した方向へと腕を前へ出しながら進む。
指先が触れた壁は堅くざらついていた。
なにかないか手を這わしていく。
人工的なへこみに指を這わし引いてみるが開く気配はない。
壁伝いに移動してみたが出入り口はひとつだけだった。
壁に耳をつけてみると先ほどは気づかなかったがひんやりと冷たい。
そういえばここはどうして寒くないのだろう。
覚えている限りでは雪山だったはずだ。
彼女はその前からここにいると仮定して、通常ならば凍え死んでいてもおかしくはない。
なにか熱源があるなら話は変わってくるが。
列車、石炭か。
「おい。エリック」
クロエの声に渋い口調が嵌まる。
「どこに消えたか心配になってみれば。お前はなにをやっているんだ」
「⋯⋯もしかしてヴェジーか? お前それどうやって」
「そんなことはどうでもいい。どうしてクロエの側を離れた?」
「それはこっちのセリフだ。あんた今までどこにいたんだ」
「ずっといただろう。見えなかったとは思うが」
「俺が知るか」
見てたなら助けろよ。
俺が殴られて気絶する前とかに。
「お前があの女と話した内容からすると人攫いに捕まったってところか?」
「⋯⋯らしいな」
「上に小窓がある。開けてみろ」
頭をぶつけないように手を伸ばす。
「そう。その辺りだ。レバーを引け」
上部扉が開き、折れたように後方に飛ばされていた。
冷気が入り込む。
「様子を見てくる。クロエを頼む」
「任せろ」
コートをヴェジーに放り投げる。
身を屈め風の抵抗を減らし這いつくばって進む。
出会した駅員を気絶させて制服を奪い前方に現れたトゥルリエッタに詰め寄る。
「お前のせいでクロエが危険な目にあった。俺に協力しろ」
∽
「おい、起きろ」
目を覚まし声を荒げた男の髪の先からは水が雫となって床に染みを落としていく。
「貴様よくもこの俺をっ」
身ぐるみを剥ぎ近場の部屋に押し込んでいた男はどうやら状況を理解できていないらしい。
「黙れ。私の質問に答えろ。子孫を残せなくなるのは嫌だろう」
「⋯⋯お、俺はなにも知らな」
男の急所に当てた銃の安全装置を外す金属音が伝わったのか男の言葉が止まった。
「私に嘘は吐くな。時間を無駄にしたくはない」
「わかった話す、頼むからそ、それを避けてくれ」
「君が答えたらそうしよう」
「答える、全部話す」
「この列車で子供を誘拐監禁したのは君か?」
「そ、それは⋯⋯」
男の喉仏が上下していた。
「君の性的趣向を探るつもりはない。なにを見たのか話せ」
渋る男の太腿に目掛けて銃の引き金を絞る。
「⋯⋯うっ、ああ、ぐ、ふっ、くそ! くそったれ⋯⋯っ!」
「君の関与していることに命を賭ける価値はあるのか?」
銃口を傷口に捩じ込んで中の肉を押し広げると血が溢れ男の悲鳴がもれる。
「⋯⋯ん? 聞こえないなぁ。君はルートを知っているだろう?」
悲鳴が嗚咽となりやがて咽び泣き始めていた。
口を割らすはずが些かやりすぎたか。
ため息を吐いて銃口を傷口から引き抜く。
手脚を椅子にしばられた男を泣かせる趣味はない。
「私だって問題を解決したいだけだ。君も痛いのは嫌だろう?」
「俺はた、だ。さ、ささ攫ってなんか、あ、危な危ななかった、たから」
もごついた舌が焦るように動いて喉は引きつきを起こし見るからに男の体は否定を表していた。
「だ、って、か、かかかかか可哀想だろろう。ひとりだけでつ、連れ歩くなんて、ずるいじゃないか」
「⋯⋯そう。それで? 君はどうしたんだ?」
「目をつけた子供を買い付けた客の駅、で降ろす」
「君の言葉を裏付ける証拠はあるのか?」
「写、真を撮ってあ、る。車掌室の椅子の裏に貼り付けて」
傷口から銃口を滑らせ引き金を引くと男の顔は苦悶にもがき絶え間なく血が溢れる。
「⋯⋯こ、った、えた、ろ」
「君の言葉に正当性は無い」
事切れる前に扉を引くと出入りを見張っていた部下の二人に命じる。
「この部屋は封鎖しておけ」
「はっ」
縦に伸びた車内には向かい合わせに造った座席が背中合わせに連なって旅行客がぽつりぽつりと席を埋めて談笑していた。
ざっと見渡した中で視線を向けた男がこちらを見るなり眉を顰めてきた。
だからそんな顔をしなくても。
ほんと馬鹿なやつ。
通路を進み向かいの席に体を滑り込ませる。
「どうして彼が絡んでいるとわかった」
「すれ違い様のクロエを見ている視線、それが異様に感じた」
「お前は変なのに好かれることが多いな」
「放っておいてくれ」
「それで、わかったのか?」
「ああ。お前も来い」
列車は多分に石炭を積んだ石炭貨物に先導される形で走行していた。
大陸を走る列車には駅間が数日に渡ることもざらにあり数人の車掌が交代で勤務している。
「あの? なにか用ですか?」
扉を叩き顔を出した車掌の顔面を車掌室内に押し込み壁に押さえつける。
「な、なにをす」
「うるさい黙れ」
扉を閉めて鍵をかける。
暴れる男を拘束し黙らせる。
「おい、なにか見つかったか」
車掌室を見渡して違和感に気づく。
「なあ。ここ、やけに狭くはないか?」
「言われてみれば」
通路に出て個室が連なっているはずの手前の扉はびくともしない。
壁をノックしてみると特定の場所を境に音が変わっている。
「当たりだな」
くそ。
あの男、もう少し詰めておくんだった。
「馬鹿、やめろ。ここは軍の傘下の列車だ。下手すれば」
「ほお。軍の傘下か。生憎、私はその軍の長官だ。権限により、あらためさせてもらおう。先程軍の傘下と言っていたな。そのことについても後程じっくり話を聞かせてもらおうか。おい、少し席を離すが後は頼む」
「ごゆっくり」
∽
簡易ベットと机と本棚が置かれた壁には路線図が細かく書かれていた。
机を手前に引いた壁の下半分には小さな扉が嵌め込まれていた。
机を飛び越えて身を屈める。
後で改築したのか幸いなことに扉とはちがい壁は薄いようで耳をつけると人の気配が確認できた。
「聞こえるか? 軍の関係者だ。今救出する。できる限りこちらから離れていてくれ」
壁を蹴破り出来た穴の向こうには数人の子供が倒れていた。
手を入れ穴を広げて壁を壊し暗闇の中でうずくまる姿に駆け寄る。
「大丈夫か?」
わずかに頭を動かすだけで返事はない。
だいぶ憔悴しているが息はあることに息を吐き出して震える手を隠すように拳を握りしめていた。
やがて医師を引き連れて戻ってきたトゥルリエッタと共に別室へと運ばれた子供たちを横目で見送ってトゥルリエッタの手にした本に目を移す。
椅子をひっくり返すと帳簿と写真がご丁寧に貼り付けてあったのが彼女の手にしているものだった。
「これをもとにこちらで救出を行う」
「そうか。そういえばあの男どうするんだ」
「それは知る必要のない話だ。エリック、君ははやく戻れ。ここからは私の領分だ」
毛布と水だ。持っていってやれ。こちらに放って寄越したものを受け取り「助かる」踵を返す。
∽
「んー⋯⋯」
だいぶ、眠っていたような気がする。
体に伝わる揺れに瞼をあげるとぼやけた視界の向こうから名前を呼ばれるような気がして沈んだ意識を引き上げる。
「起きたか」
「⋯⋯エリック?」
声のした方へとピントを定めていく。
「なかなか起きないから」
「お、降ろして」
「クロエ?」
ふわりとした髪の間から垣間見えた瞳の近さに言葉を絞り出す。
「あ、ああ。すまない。この方が運びやすかった」
ヴェジーが面白げに笑ったので紐を掴みランタンをぐるぐる回す。
やめろ。目が回る。とかなんとか言っていたが無視をする。
目なんてどこにあるのよ。
「ねえ、なにがあったか話してよ」
嫌そうに顔を顰めた彼に詰め寄る。
「ヴェジーに聞け」
「⋯⋯ヴェジー?」
「俺より詳しく話してくれる」
「卑怯だぞ、逃げるつもりか」
「逃げるもなにも事実だろ」
話を切るように先を急いだ後ろ姿に駆け寄るとエリックが歩く速度を落としたことにクロエは安堵して気になっていたことを投げかける。
「ねえ、ふたりともいつの間に仲良くなったの?」
「べつに」と声がハモり「真似するな」「あんたがだろう」と続く言葉にクロエは口元がゆるむのを感じていた。
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