第二話

「ジュンビヲシテカラムカイマス」

 気持ちうわずった声で、そう告げたメリーさん。

 電話を切って、今頃慌ただしく準備してるところだろうか。

 まさか怪異が、それも人形が人間社会に溶け込んでいるとは露とも知らず、それも借金まみれに陥っているとは、真に怖いのは金か人間か――

 メリーさんを通じて現代社会の闇を垣間見た気がする。


「あ、さっそくかかってきましたね」

 机上に置かれた先輩のスマホの画面には、律儀に登録してあった『メリーさん』の名前が表示されていた。

「はい。もしもし」

「ワタシ、メリー……イマ、オヨウフクエラビニテマドッテルノ」

「なんだそれ」

 スピーカーの向こうから洩れ聴こえてくるのは、衣擦れの音だった。

 そうはいっても相手は人形――決して扇状的でもなんでもなかった。なんならただの着せ替え人形。おままごとのようなものだし。


 おかしい……イメージしていたメリーさんって、もっとこう忍び寄る恐怖があったような。

 なんでデート前の優柔不断な彼女みたいな台詞を聴かされているのか、自分でもよくわからなかった。


「もー土御門くんは何もわかってないわね。女の子が外に出掛ける時は、いつだってファッションに気を使うんですよ」

「ハナガラノワンピースカ……フリフリのシャツモステガタイ……」

 それは心の底からどうでもいい情報だった。さっさとやって来て用事を済ませて欲しい。

「土御門くんはどちらが好みかしら?」

「全くもってどっちでもいいです。興味ありません」

「ソコノオトコハ、キットカノジョイナイレキ、イコールネンレイデスネ」

「うるさい! 決めつけるな!」



 そこからグダグダ続いたメリーさんと先輩のトークは、三十分にも及んだ。

 この時既に、オレの中からメリーさんに対する恐怖心も興味も、一切残ってはいなかった。なんなら先に帰らせてもらいたかった。


 机に突っ伏して暇を持て余していると、再び電話がかかってきた。

「はい。もしもし」

「ワタシメリー……イマ、オミヤゲヲエラブノニテマドッテルノ」

「いちいち律儀だな」

「センポウニムカウノニ、テミヤゲナシハシツレイカトオモイマシテ……」


 人間社会に染まりきったメリーさんは、そこから先も連絡を欠かすことがなかった。

 報連相の徹底は順守してるらしい。


「ワタシメリー……イマ、デンシャヲノリマチガエテ、ギャクホウコウニムカッテルノ……」


「ワタシメリー……イマ、ノラネコニオワレテニゲマドッテイルノ……」


「ワタシメリー……アノ、ミチニマヨッテシマッテ……」


「ワタシメリーデスガ……アトモウチョットデタドリツキマスノデ、モウスコシダケマッテテモラエマセンデショウカ」




 気づけば、外はすっかり陽が傾いていた。

 オレンジ色の夕焼け空に、カラスがねぐら目指して飛んでいる。


「先輩」

「なんだい?」

「来るんですかね」

「来るんじゃないかな」

「帰ってもいいですか?」

「か弱い先輩を一人残して?」

「……はぁ」


 深くため息をつくと、幾度の通話によって充電が切れかけていた先輩のスマホに、メリーさんから何度目かの電話がかかってきた。


「はい。もしもし」

「ワタシ、メリー……ハァハァ……イマ、アナタノウシロニイルノ……」


 ――やっとか。

 期待していた台詞に振り向くと、いったいここまで辿り着くのに、どれだけの冒険を潜り抜けてきたのかと思うほどに、ボロボロになった服装のメリーさんが立っていた。

 髪もほつれ、ナニがあったのか知らないが至るところに引っ掻き傷がついていた。




「あの、先輩……一つ聞いてもいいですか?」

「なんでしょう」

「メリーさんって、小さい人形がお決まりですよね?」

「ええそうですね」

「……どう見ても成人女性ですよね」

「ええそのようですね」



 やっとこさ教室に辿り着いたメリーさんの姿は、マネキンのような頭身のスタイルの美女だった。

 現実世界に存在しないような圧倒的プロポーションの彼女は、肩で息をしていたが、そのボロボロな姿も相まって艶かしくさえ見えてしまう。


「なんでよりにもよってこんな美人なんですか」

「そういえば、実家の倉庫にもお父様が所有していた等身大の女性の人形が――」

「それ以上はアウトです」


 つくづく人間とは業の深い生き物である。

 こんな怪異を産み出してしまうのだから。



「ア、アノ……」

「おっと、忘れてましたね。ではこちらが今回の依頼料です」

 先輩はそういうと、自らのスクールバックから件の際にも見覚えのある分厚い封筒を取り出して、肩で息をしているメリーさんに目渡した。

 人間が人形にお金を支払うという、世にも奇妙な光景に、オレはもちろん当のメリーさんもうまく整理がついていないのだろう。

「アノ……ワタシノコト、コワクナインデスカ?」

 至極ごもっともな質問に先輩は答える。

「本当に怖いのは人間の方ですからね」

「上手くないし、落ちてもいないですからね」



 後日、律儀にもメリーさんから電話がかかってきた。

 先日の先輩が手渡した報酬で、無事借金は完済できたとのこと。

 良かったらまた電話をして欲しい、と最後に語っていた。


「怪異が大好きな土御門くんのことだから、メリーさんはストライクだったんじゃないかしら?」

「やめてください。オレは全うな人間でいたいんですから」


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