メリーさん

第一話

「というわけで、今日は『メリーさん』に電話をかけてみたいと思います」

「毎度毎度のことですけど、突然おかしなこと言うのやめてもらえませんか?」


 いつものようにおかしなことを平然とのたまう先輩は、昨日確か銀座辺りで行列をなしていたはずの、発売されたばかりのア○プル社製のスマートフォンを掲げながら、今日の部活動の内容を説明し出した。



「実はね、先日とあるコネで手にいれたがあるんだけど、それが本物かどうか試してみたいのよ」

 どうやらまたナニかおかしなネタを仕入れてきたようだ。もう電話番号くらいでは、いい加減驚かない。

そんなの公衆便所の個室の壁に書かれた電話番号並みに怪しいに決まってるしな。

「また自称オカルトコレクターから買い取ったんですか? ちなみ今度はいくらかかったんですか」


 先輩はいつも自称オカルトコレクターとやらに、様々な怪しげな商品ガラクタを日々売り付けられている。

 勧めれば買う。勧めれば買う――きっと百貨店の外商部とその顧客ってこんな感じで成り立ってるんだろうなぁ、とどうでもいい事に思いを巡らせた。


 そもそも普通の人なら、決して手を出せないような法外な値段を吹っ掛けられているにもかかわらず、神楽坂麗子という人間に買えないものはそうそう無かったことが災いしていた。

事あるごとに値段も確認せずこうして購入しては学舎まなびやに持ってくる。

 その都度、蘊蓄うんちくを披露してくるもんだから、いちいち相手をするのも面倒であるのだが、一応は憧れの先輩でもあるので甘んじて講釈を受けていた。


 きっとオカルトコレクターとやらの眼には、先輩の姿がカモがネギと鍋を背負って、さらにクックパッドで美味しく召し上がれと言わんばかりに、鴨南蛮あたりのレシピを持参してきたように見えるに違いない。

 濡れ手で粟、というか、濡れ手にハンドソープ。

 いい加減浪費であることを自覚してほしいのだが――


「実はね、この『メリー』さんの電話……譲ってもらえたの」

「え、タダですか? 本物にしろ偽物にしろ、先輩から金を巻き上げないなんて裏がありそうな……」

「その代わりに、昔処刑で使われていたっていう日本刀を買ったわ! それもたったの○○○万円でね。マニア垂涎の刀を格安で手に入れることができた上に、メリーさんの電話番号をタダで頂けるなんて、渡しったら運が良いわね!」

「典型的な抱き合せ商法じゃないですか。またカモられてますよそれ」

 オレの言葉など鼓膜にすら届いていないようで、先輩はうっとりとスマホの画面を見つめていた。


「なに見てるんですか?」

「コレよ。コレ」


 自慢げに見せてくれたのは、話題に上がったくだんの日本刀だった――この女子高生……呪いの刀を待受にするとか常軌を逸している。恐ろしい子……!

 ていうか、どうしてこんな先輩に一目惚れなんてしてしまったのだろうか。

 入学式当日に出逢ったときは、まさかこんな人だなんて夢にも思わなかったんだけどなぁ。


「それじゃあ土御門くんもお待ちかねの『メリー』さんの電話番号に突撃しますか」

「いや、お待ちかねでもないですしお呼びでもないですが、メリーさんって普通向こうから電話がかかってくるんじゃないんですか? そもそもアレって人間に捨てられた人形の怪談話ですよね。先輩って人形捨てたりしたことあるんですか?」

「呪いの人形とかなら」

「あるんかい」

それはそれで怪異現象が起きるのでは、と心配になる。


「もう。土御門くんはロマンがないわね」

 怪異をロマンと表現する方がロマンが無い気もするが。

「難しい話は抜きにして、さっさと検証してみましょう」

 そう告げると、有無を言わさずスピーカーをオンにして、なんの躊躇もせずに電話を掛けた。


 ――ダイアル音は聴こえる。つまりは実際に使用されている番号であることは確かだが、果たしてホンモノなのだろうか――それともやはりガセネタなのだろうか。


「……なかなか繋がらないわね」

「留守電にもなりませんね」


 かれこれ一分ほど辛抱強く待ち続けていると、やっと何者かが電話に出た。


「……ハイ……メリーデス」

「出るんかい」

 なんとも無機質な……まるで人形が喋っているような不自然さを感じさせる声色で、相手は淡々と対応していた。

 まさか本当のメリーさんに繋がるとは思いもしなかった。


「やっと出ましたね。待ちくたびれてしまいましたよ」

「……アノ、ヘンサイハ、モウスコシマッテイタダケナイデショウカ」


 ん? ヘンサイ? ヘンサイってあの返済?

 メリーさんは、電話口の向こうで必死に頭を下げてる姿が容易に想像できるほど、済まなそうに何度も謝罪を繰り返していた。


「オネガイシマス。モウスコシマッテクダサイ。オネガイシマス。オネガイシマス」

 なにやら様子がおかしいぞ。

「先輩……怪異の類いも借金って出来るんですかね」

「どうでしょう。ウシ○マ君辺りにでも借りたんじゃないかしら。身分も信用も関係なく貸し付けそうですし」

「アノ、ホントニキョウハムリデスノデ――」

「私はただの女子高生ですよ。それよりもメリーさん、今すぐコチラに来てもらえませんか?」

「……ハ?」

「聴こえませんでしたか? 今すぐデリバリーをお願いしたいのですけど。あの『わたしメリー。今あなたの後ろにいるの』ってお決まりの台詞を是非とも生で聴きたいんです。ですからお待ちしてますので学校まで急ぎで来てください」

「チョ、ソウイウノハ、タノマレテヤルモノデハナインデスガ……」

「お金ならはずみますよ」

「マカセテクダサイ」


 なんとも現金な怪異であった。

 怪異をデリバリーと呼ぶ先輩も先輩だが。

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