第四話

 それから二時間ほど臭いと格闘した。

 そろそろ嗅覚がマヒし始めた頃、やっと雌牛に変化が見られ始めた。

 明らかに苦しんでいる――人間の断末魔の叫び声といっても過言ではない。


「そろそろ生まれるわね」


 雌牛が地獄の底から響いてくるような声で一鳴きすると――ナメクジのようにぬらぬらと光る。粘液まみれの頭部が出てきた。

 初めは後頭部しか見えなかったが、ぬるりと回転したその顔を見たオレは、恥も外聞もなく思わず叫んでしまった。


「うわ怖っ!人間の顔してるじゃないですか!」


 頭部――胴体――そして脚の先までヌルリと生まれ落ちると、改めてその異様な体に目が釘付けとなった。

 顔は人間。されど首から下は牛。まるで人間と牛を合体させたようなアンバランスな生き物だったのだ。


「おぎゃあ」


 そして声は赤ん坊ときた。気色悪すぎる。

 この姿を目にしたら、さすがに部長も気分を悪くしてるだろう。

 そうだ――気分が悪くなった先輩を介抱するのは、オレしかいないじゃないか。

 ふと訪れた幸運に感謝して隣に目を向けると――

「なんて可愛いんでしょう!」

「なんでテンション上がってるんですか」

 ぶっ飛んだ感性の持ち主の女子高生が一人いた。

「この子はくだんですよ。く・だ・ん!流石に現代怪異研究部の一員として、名前くらいは知ってますよね?」

「くだんですか?ちょっと待ってください……ええっと、確か生まれてきた瞬間に予言を下すんでしたっけ?そこから『くだん』と呼ばれたとか。確かそいつって不吉なことしか言わないんですよね」

「その解釈でだいたい合ってるわ。第二次世界大戦の日本の敗北も予言したという逸話いつわも残されてるわ。そんな伝説上の子が今目の前にいるのよ!興奮するに決まってるじゃない!」

 オレとしてはまったく興奮する点がない。むしろ気持ちがえていく一方なのだが――

 先輩の変態度は日に日に増していくばかりである。


「ちょっと静かにして……件が何か告げるわよ……」

「世界が敵に滅亡されるとかだったら嫌ですね」

 件はとんでもない予言をする妖怪だ――

 いったいどれ程の内容なのか固唾かたずを飲んで見守っていると、とうとう予言を語り始めた。



『――神楽坂……麗子……なんじ……夏期試験の結果は……オール赤点になるだろう……がふっ……』

 


 え、嘘、死んじゃった。

 てか本当に予言したよ。

 内容があまりにも酷いけど。


「はは、件の予言も外れるんですね。だって部長コックリさんの時に懲りて試験前には勉強するようになったんですもんね」

 返事がない。

「え、部長……もしかして夏期テストの勉強してないんですか?こんなところに来る暇あるのに?バかなんですか?」

「…………」

 部長は白目をいていた。

 返事がない。

 ただのしかばねのようだ。


 件の予言は絶対――自らの命をけて下す宣託せんたくなのだから、そりゃあ当たるのも当然だ。

 かくして部長の命運はここに決した。

 オレは何をしにここに来たのだろうか……。



 そして冒頭に戻る――



「なんでこんなことになるのよっ!私はなにもしてないのに!」

「部長……もうどうにもなりませんよ」

 なんにもしなかったのがいけないんです。

 こうして、オレと部長は幽霊探索部としては思いがけない戦果を得て帰宅の途についた。

 ちなみにテストの結果だが、神楽坂家が大枚を叩いて最高の家庭教師を雇ったにもかかわらず、オール赤点だったとさ。

 勉強は地道にやらないとダメってことを件は教えてくれたようだな。

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