第二話

「ねぇ土御門君!聞いてくれる?」


 そこは静まり返った図書室の一角。

 本に囲まれた空間が好きなオレは、時折こうして図書室に訪れて勉強をしていたのだが、静寂が支配するオレの聖域安息の地を、どこぞの金持ちの家の令嬢の癖に常識という知性をどこかに落として生まれたような先輩が、わざわざオレを見つけ出して大声で話しかけてきたのだ。


「……ちっ……彼女持ちが」

「……リア充に鉄槌を……」


 まるでオレが悪いとでも言うような視線と、舌打ちと罵詈雑言の集中砲火を一身にびる。

 ダメだ、無視しよう――オレは他人だ。この心落ち着く聖域をなんとしてでも守らなければ――

 オレは空気、図書室に漂う空気になりきるんだ!


「ねぇねぇ。話聞いてる?なんで無視するのかな?せっかく特ダネを掴んできたんだよ?土御門くんも是非聞いてみたいでしょ?そんな勉強なんてつまらないものは置いといてこっち見なさいよ!」

「ぐえっ」


 先輩と目を合わせないようにノートに視線を落としていると、先輩はノートを強奪するという強攻手段きょうこうしゅだんに打って出た。


「先輩!それは反則ですよ!」

「「「ちっ!!」」」

 再び舌打ちが室内に響く。今度は全員からだ……。

「すみません……」

 回りにへこへこ頭を下げながら席に座ると、勝ち誇ったような顔の先輩が対面に座っていた。

 どうやら素直に帰ってはくれないようだ。

「ノートを返してほしければ、先輩の話を大人しく聞くことね」

「いや、勉強してるので結構です」


 別のノートを取り出して、再び勉強を開始する。

 これはわなだ。そうに違いない。いいか土御門士郎……決して目の前に先輩の容姿に騙されるな。

 どれだけ可愛いからと言っても、先輩が目を輝かせて話しかけてくるということは、どうせご自慢のとやらで手に入れた、それはそれは胡散臭い話にちがいないんだからな。


 さすがに何度も面倒事めんどうごとに巻き込まれていれば、嫌でも部長のポンコツさが身に染みついていた。

「そんなこと言わないでさ。先輩の話をちょっと聞くくらい後輩の仕事だとは思わないのかしら」

「そうやってオレを毎度毎度まいどまいどだますんですよね」

「……?」

 小首を傾げるな。可愛いかよ。

 オレのささやかな抵抗など意にも介さず、先輩はいつだって勝手に話を進めてしまう。どうせ最後は言うことを聞いてくれるとでも思ってるのだろうか――まぁ間違いではないけれども。



「実はね、秘密のコネで手に入れた確かな情報なんだけど、神奈川県の牧場に出産間近の牝牛メスウシがいるらしいのよ」

「はぁ。それは良かったですね。赤飯でも炊きましょうか?」

「それでその雌牛の様子がね、長年出産に携わってきた牧場主も見たことがないって言ってるらしくて、なにやら普通の妊娠の兆候とは様子が違うらしいの」

「はぁ……様子がですか。具体的には?」

「その牛の目が異様に血走っているらしいの。ギョロギョロってね」


 自分のまぶたを指で思い切り開いて、部長はその様子を演じていた。だから可愛いかよ。


「それと普通の牛と違って、くるったように吠えて暴れてるらしいの。それがまた『人間の』叫び声のように聴こえるって言ってたわ。今は他の牛に影響が出るからって隔離してるようだけど、他の牛もおびえてるみたい」

「はぁ……」


 ナニソレ怖。

 牛の出産というものを直接目にしたことがないので何とも言えないが、もしかしたら牛特有の病気にでもかかってるのではと予想したけれど、先輩はその情報に怪異現象の匂いを感じとってしまったようだ。

 頭がすっかりオカルトモードになったこの人は、もう誰にも止められない。赤い布に突進する牛のように、オカルトめがけて突き進んでしまう。


「そんな話を聞かされたらさ、確認しに行くしかないでしょ!」

「わかりましたわかりました!ついていけばいいんでしょ!」

 やはり着いていくしかないようだ。

 自棄ヤケグソでそう答えた。

「あなた達。出てってちょうだい」


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