第三話

「じゃあ……声をかけますよ」

「よろしく!」


 高校生にもなって、とうとう女子トイレの中に忍び込むという大罪を犯してしまったオレは、背中にぴったりとくっついて離れない先輩の体温を感じながら覚悟を決めた。

 言われたとおり、奥から三番目の個室の扉をノックする――


 コン、コン、コン――


「はーなこさん。あーそびましょ」


 む……。反応ないな。


 コン、コン、コン――


「はーなこさん。あーそびましょ」


 冷静に考えると、高校生にもなって女子トイレの個室の前で遊びに誘うとかいろいろ不味くはないだろうか。イカン。冷静になったら敗けだ。


 コン、コン、コン――


 コン、コン、コン――


 コン、コン、コン――


 ――さっさと出てこいよ!!



 何度もノックと呼びかけをためしたが、結局花子さんの姿はおろか、返事すら返ってくる気配がなかった。

 もしかしたら、押し売りの悪徳セールスマンだと勘違いされてるのだろうか。



「……やっぱり反応ないですね」

「そうみたいね。残念だけど、また今度訪れましょうか」

「あ、ちょっと尿意を催したので、先に外へ行っててもらっていいですか」

「女子トイレで用を足そうなんて、土御門君はなかなかの変態さんね」


 そう言うと、先輩はくっついて離れなかった背中から、速やかに距離を開けて、一早くトイレの外へ出ていってしまった。

 心の距離が出来てしまったような――まだほんのり暖かい背中が名残惜しい。

 こんな旧校舎に赴いたせいで、先輩のオレに対する好感度が下がってしまったのが悔やまれる。

 だか、やむを得ないだろう。

 なんせ今回は。残念だけど先輩には少しばかり刺激が強いから、ここから先は見せられない。R指定だ。

 ありゃなかなかだしな。



 コン、コン、コン――


「オイ……出てこいよ。この引きこもりヤロー」


 キイィィィィ――



 先程まで、うんともすんとも言わなかった個室の扉が、ゆっくりとだが開かれていく。

 立て付けの悪い扉が、きしむ音をトイレに響かせる。長い時間をかけて完全に開くと、姿を現したのは――


「ナニシテアソブウウゥゥゥゥ??」


 血のように真っ赤なスカートを履いた、裁断バサミで裁ち切ったようなおかっぱ頭の少女だった。

 枯れ木のように干からびた手には、どす黒く変色した縄跳びの縄が握られていた。

 確か……ここで返答を間違えると殺されるんだっけ?まぁいいか。やってみるしかないしな。


 オレはケタケタ笑い続ける花子さんに近づくと、一生で一度も経験したことがない行為にチャレンジした。




 ドンッ!!(壁ドン)


「エエッ!?」


「なんだよ。オレと会いたかったんじゃねえのかか?」


「ナニ、コノ、テンカイ」


 花子さんは、まさかの事態に真っ黒だった目を白黒させている。


「縄飛びの縄なんて持ってどうする気だよ。そんなオママゴトなんかよりも……オレともっと……してみねぇか」


 背丈の低い花子さんにあわせて、屈みながら耳元で囁く。

 自分でも何言ってるのかわからなかったが、ここは部長の為にもなんとか役に成りきるしかないと、心が折れそうな自分を叱咤しったし続けた。


「イイ……コト……?」(トゥンク)


「そうだ。だが約束を守ったらの話だ。オレ様が次に呼び出すまで、絶対ココから出てくんなよ。他の誰かがお前のことを呼んでも絶対に出てくんじゃねぇ。じゃねぇと……イイコトはしてやんねぇからな。お前を満足させてやれんのはこのオレしかいねぇことを忘れんじゃねぇぞ。わかったかコイツ」(オデココツン)


「ワカッタ。ヤクソク。マモル」


「フ……イイ子だ」(アタマナデナデ)


 何がイイ子だ! さっきから登場してるこの男誰だよこの男は! 恥ずかしすぎて死ねる! 今すぐここで花子さんに代わって地縛霊になってやる!


「それじゃあな。あぁ……ウチの部長の前に出てこなかったのは……評価してやるよ。花子」


「マッテル……イツマデモ……」


 恐ろしい言葉を残すと、花子さんは目をハートにさせながら姿を消していった。

 見事解決(?)したは良いものの、オレは男として、ナニか大事な物を失った気がするのだが、果たして気のせいだろうか――


 そもそも、どうしてあのようなオレ様キャラを演じたかというと、本当ならどうにかしようとしていたところに、個室のすみに少女漫画が山のように置いてあるのを目にしたからだ。

 それらは妹が読んでいる系統と似ていて、オレもたまたま読んだことがあるから成りきれたわけで、結果的にそれが功を奏したようだ。

 しかしまぁ……まさか花子さんがオレ様系が好きだとはな――


「あら、遅かったわね土御門君。大の方だったかしら?」

 いまだに心の距離感を感じさせる部長は、恥ずかしげもなくそんなことを言ってのける。

 拭ったのはケツじゃなくて先輩の後始末なんですけどね。それなのに可愛い後輩にたいしてなんたる言い種だ。


「ねぇねぇ……花子さんは本当にいなかったの?」

「さぁ?なんのことやら」

 最後にを張っておいたから、もう二度と出てくることはないだろう。誰かさんが結界を解かない限りは――

「ええー。部長にはちゃんと報告しなさいよ!ホウ・レン・ソウは基本よ」

 本物を見ることができなかった部長は、しつこく付きまとってくる。

 そんなに言うのなら、取って置きの報告をしようじゃないか。


「花子さんは、俺様キャラが好きみたいですよ」

「そんなわけないじゃない。アホなの?」

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