第三話
話の脈絡がないことで定評のある先輩は、既にコックリさんをやることで頭が一杯のようだった。
しかし、アレって果たしてホンモノが出てくることなんてあるのだろうか……。
「コックリさんって懐かしいですね。そういえば小学校の頃によく知りもせずに、さんざん遊び通しましたけど、結局何も起きなかったですよ?」
「その時は、手順も無視して適当にやったんでしょう。コックリさん自体は低級霊だけど、それでも小学生が呼び出せるほど簡単ではないからね。ウーバーイーツほど容易くは呼べないのよ」
お嬢様もウーバーイーツを利用するのか。そしていったい何を頼むのか気にはなる。
先輩は微妙に音程の外れた鼻唄を歌いながら、スクールバッグから黄ばんだ
全体に汚いシミが広がってるようで、黄色く変色していた。
「じゃじゃーん!秘密のコネで手に入れたコックリさんを召喚する紙です!」
「うわ……」
よく見なくてもただの紙っきれだった。
これは明らかにニセモノをつかまされたパターンだ。
先輩は金だけは使いきれないほど持ってるものだから、よく自称オカルトコレクターから
ちなみに、その紙っきれを手に入れる為にいくらかかったのか尋ねると、涼しい顔で「○○万円」と答えた。
オレのような平凡な学生には、そのイカれた金銭感覚の方が怪異の類いよりよっぽど恐怖の対象なのだが。
「どうしたのよ士朗君。さっさと始めましょうよ」
部長はそう言うと、てきぱきと机を寄せて準備をしていた。
たいしてオレはというと、ビックリするほどヤル気が出ない。だけど部長がせっかく楽しそうにしてるのだから、わざわざ断ってこの雰囲気を壊すのも
とりあえずは適当に会話を繋げようと、先輩の知識欲をくすぐるような質問を投げ掛け時間稼ぎに徹した。
「ところで部長。コックリさんって昔からあるんですか?」
「そりゃ~もちろんよ。コックリさんは地域によっては『エンジェルさん』とか『キラキラさん』なんて呼ばれたりもするんだけど、そう違いはないわ。歴史を遡ると、明治の頃に海外から持ち込まれたヴィジャ盤というボードゲームが由来だと言われてるんだけど、つまりそのくらい昔から親しまれてる呪術の一つなの」
いや、親しまれてはないだろ。呪術なんだし。
「やり方は、白い紙の中央上部に鳥居を書いて、鳥居を挟むように『はい』と『いいえ』を書くの。そしてその下に五十音表と数字を書いて
なんともまぁ怪異の事になるとよく回る舌には驚かされる。
お化けとか都市伝説の類いの話になると、ナニかに取り憑かれたかのように部長は語り始めるのだ。
普段の勉強はからっきしのクセに、こういうことだけはやたら博識なところが、ポンコツ具合に拍車をかけてるというか――
「説明はこれくらいにして、論より証拠。さっさと検証しましょうか」
「しょうがないですね。オレも付き合いますよ」
あろうことか十円玉を持っていないという間抜けな部長の代わりに、財布から取り出した硬貨を藁半紙の上に乗せる。
その上に指を乗せ、コックリさんをこの場に喚び出すところから始めた――
「「こっくりさん、こっくりさん、おいでください」」
すると――不思議なことに十円玉が少しずつ動き始めたのだ。
オレは力を入れてるつもりはない。それとなく先輩の顔を覗いてみたが、先輩も特にズルをしている様子は見られない。そんな器用な真似できる人ではないが。
むしろ目の前の超常現象に、心からときめいているようだった。
「まずは喚び出しに成功したわね。じゃあ……最初の質問は――」
部長はどんな質問を繰り出すのか。
○○万円かけたんだ。よっぽど知りたいことがあるんだろう。
ハッ! もしかして……好きな男性のこととか?
ダメだ! そんな質問許さないぞ! そんな質問をさせるくらいなら、儀式の邪魔をしてやる!
「こっくりさんこっくりさん――」
何かを決心したような面持ちで、部長はコックリさんに尋ねた。
「来週のテストの答えを教えてください!」
「……はい?」
えっと……このバカ部長は、わざわざコックリさんを喚んでまでして、来週のテストの答えを聞き出そうとしてたのか?
せっかく喚び出されたコックリさんも、まさかの質問にしばらくの間戸惑っていた様子。
自信なさげに『いいえ』に動いた。
「えーーーーっ!! なんでダメなんですかっ!! その為に大枚
さすがお馬鹿なお嬢様。この人に勉強という選択肢は存在しないようだ。
「ちょっと、いいから答えなさいよ! いくらかけてアンタを手に入れたと思ってんのよ! あっ! コラッ! 勝手に帰るんじゃないわよっ!」
オレが唖然としてるあいだに、コックリさんは自ら帰ろうとしている。
ものすごい力で鳥居に向かって動こうとしてた。
まさかこんなバカみたいな使われ方をするとは思いもしなかったろうな。
ちょっと同情するオレ。
「先輩。ちゃんと正攻法で勉強しましょうよ」
「なんでっ!? お金で解決しちゃダメなの?」
「今からそんな解決法覚えないでくださいよ。俺が来週までにみっちり教えますから」
そうだ。ここはお決まりの自宅でテスト勉強を教えるというイベントに持ち込めるではないか。
「ふ、ふん……一年生なんだから、二年生のテスト範囲なんてわからないでしょ」
「頭は良いんで問題ないですw」
ついからかってしまった一言で、先輩は捨て台詞を吐いて逃げるように教室から去っていってしまった。
一人残されたオレは、コックリさんの正しい終わらせ方を思い出す。
そう言えば――コックリさんが帰る前に、十円玉から手を離すと災いが降りかかるとか言ってなかったか?
「まぁ、あの程度なら問題ないか」
数日後、金で何とかしようとした部長のテストの結果は、見事に赤点のオンパレードだったらしいが、それが実力なのか、はたまた自らに降りかかった災いによるものなのか……それは最後までわからなかった。
ザ・マ・ア・ミ・ロ
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