コックリさん

第一話

 控えめに言って、ここで気持ちを伝えるしかないのでは――


 そう思わせるほど、状況シチュエーションとしてはこれ以上にないくらい完璧だというのに、目の前に座っている先輩は、驚くほど他人の好意に興味を示さない。全くの無頓着とも言える。

 野球でバントのサインを出しても、それを無視して思いきりバットをフルスイングするほどの無神経むしんけいといえば伝わるだろうか。

 つまり、どれだけアピールしたところで、こちらの意図など全く伝わらないというわけ。

 実際、オレが把握してるだけでも、十名以上の男子生徒が勘違いからの告白をした挙げ句、「興味ない」の一言で討ち死にを果たしてきた。

 それを先輩のそばで見ていたオレは、同じてつを踏まないように最善の注意を払ってはいたのだが、近くでこの強敵を観察してわかったのは、きっとこの人は人間の男には興味がないんだなという絶望的な事実だった。



「はぁ……こんはずじゃなかったんだがなぁ。オレの薔薇色の高校生活は」

「どうしたのよ土御門つちみかどくん。溜め息なんかついちゃって。はは~さては魑魅魍魎ちみもうりょうとの出会いが少なくて寂しがってるのね。わかるわかる」

 溜め息一つで、なんとも恐ろしい解釈をされてしまったものだ。

 こんな人とまともに意思疎通を図れる男なんて、この地球上に存在するわけもないだろう。

 いるとしたらそいつこそ人外の男に違いない。


「さっきからまるで恋する乙女のような顔をしてるわよ。さすが『好きなタイプはろくろ首です』と公言するだけあるわね。それでこそ私が見込んだ男よ」

 なんということだ。過去の一言が、オレが一番恐れていた誤解を招いていたようだ。

 一刻も早く誤解を解かなければ、ゼロに近い恋の成就の確率が本当にゼロになってしまう。


「先輩……確かに初めてお会いしたときにそのような会話はしましたけど、あんまりそういう内容を好き勝手に放言しないでくださいね。ただでさえクラスの連中から不審者だと思われてるんですから」

「あら、ろくろ首可愛いじゃない。あの真っ白できめ細かい肌は私から見てもポイント高いわよ」

「いや、あの……実は本当のタイプは――」


「まさか私に教えてくれたことは嘘だったの?」


 チワワのように潤んだ瞳は、そんな嘘つくはずないよね?と告げている気がしてならない。

 ここで先輩のことが好きだと伝えようものなら……そんな勇気は欠片も持ち合わせてはいないけど、伝えてしまったら、名も無き恋に破れし男子達と同じく、この関係は終わってしまうに違いない。


「……ははは。何言ってるんですか。好きなタイプはろくろ首に決まってるじゃないですか……」

「そ、そうよね!良かった良かった。もし人間の女性に興味があるなんて言ったら、即刻叩き出すところだったよ」


 これが数えきれないほどの男の恋が叶わなかった最大の理由だ。

 先輩は人間の男に興味がない。

 こう書くと女性に興味があるのかと邪推されそうだが、そうではなくて、いつも向けるべき好意がに向かっているのだ。

 わかってはいるけどね……わかってはいたさ……。

 オレがどれだけ甘酸っぱい高校生活を望んだところで、部長の人並外れた感性の前では何人たりとも歯が立たないんだよ。

 ていうか、そもそもこの人に人並みの青春を楽しむつもりなんてあるのだろうか。いや、ないのだろうな。きっと――

 そんな先輩は、人と関わらないがゆえに、周囲からはミステリアスと捉えられている。

 そんな先輩は沈黙の美女とか呼ばれているそうだ。


「そうそう土御門君。コレ見てよ。通販で買った鬼を制御するっていう腕輪ブレスレットなんだけどね、」

「この令和の時代に、どこに鬼がいるって言うんですか。金運が上がる腕輪よりも怪しいでしょ」

「この猫の動画みてよ」という感じの軽いノリで、いかつい鬼の顔が彫られた腕輪を見せられても困るのだが……。

「昔から闇には魔物が潜むと言われてるじゃない。現代に鬼がいてもおかしくないんじゃないかしら。そう……人の心の闇に潜んでいたりとかね……」

「じゃあ先輩がその腕輪をつけといてください。それで少しはまともな高校生に戻ってくださいよ」


 本当にまともな女子高生に戻ってほしいものだ。そしてオレの気持ちに気づいてください。


「高校生なのにノリが悪いわねぇ」

 口を尖らせてブーブー文句を垂れる部長を横目にしつつ、このままだと甘酸っぱい空気どころか、オレが口酸っぱくなるばかりな気がしてならなかった。

 そんな立ち回りは御免なのだが。

 ああ……中学までのウブなオレに言ってやりたい。青春マンガのような展開を高校生活に期待しても無駄だったぞ、と。

「ほら、そんな得体の知れない腕輪はさっさとしまってくださいよ」

「もう……わかったわよ。しまえば良いんでしょ、しまえば!」

 不承不承ふしょうぶしょうといった様子で不気味な腕輪をスクールバッグの中に戻すと、無駄に明るい性格が取り柄な先輩は、パチンと手を叩いて話題を切り替える。


「さてさて。今日のお題は……って土御門くん。耳なんか塞いでちゃんと聴いてる?」

 ハイハイ聴いてますよ。

 聞いてないフリをしてるだけですから。

 どうせ抵抗したところで無駄に決まってまさけど、いつものささやかな抵抗ですから。

「先輩……こう言ってはなんですが、華のJK女子高生が放課後にこのような活動に励むのはいかがなものかと……」

「なによ。別に怪しい活動をしてる訳でもないんだし、ちゃんと部活動の申請しんせいだって通ってるんだから問題ないわ」


 だから……どうして『現代怪異研究部』なんて怪しさしか感じられない部活の申請が通るんだよ。

『JKリフレ』くらい怪しいだろ。ウチの学校にまともな教職員はいないのか。

 それに現状部員が二名しかいないのもおかしいだろ。確か四名以上在籍してないと部活動として認められないんじゃなかったか?

 さらに言うと、先輩が一年の頃に一人で始めたっていうから……するとつまりなんだ……一名で部活動の申請が通ってるじゃないか。

 このムチャクチャさが、部長を部長足らしめている所以ゆえんな訳なのだが、それをとがめるものは誰もいないのも事実。


「そもそもですね、変なのが出たらどうするんですか? 先輩一人で対処できるんですか? 先輩に巻き込まれているオレに、もう少し優しくしてくれても良いんじゃないんですか?」

「ふふふ。土御門くんったら相変わらず面白いこと言うわね」

「話通じてますか?」

「でも……そうね。こうして現代怪異研究部を楽しめるのは、土御門くんがいてくれるからなのかもしれないわね」


「え……?」

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