言葉で世界を変えたい遠藤さん

湯殿わたなべ

言葉で世界を変えたい遠藤さん

 東京のJR八王子駅北口のロータリーに自分の詩を売っているホームレスの遠藤さんがいる。東京郊外は案外暇で、スマホやネットに飽きたらこういった在野の変人を追う「会いに行けるオッサン」という楽しみがまだ残っている。都立高校の二年目を通う男の僕でも、自転車で行ける範囲での、ゲームセンターやオフ会よりも楽しい営みがある。

 遠藤さんは不明な詩や言葉を五十円で売って生計を立てている。本当は親が地主だとか、実は昔に教授をやっていたなど言われているが、本当はわからない。奥さんみたいな人と話したり、時折、娘さんのような女子大生が話しかけているが、それもわからない。

 遠藤さんは、

「これは、ダダイズムの自動筆記でも五十年代アメリカのビートニクでもない。ユング心理学における、集団的無意識の顕在化とそれら言語を書き換えることで世界を変えようと試みる、集合的無意識への逆説的アプローチだ」

と、僕には難しいことを言ってくる。僕には擬音語と擬態語が満載で、時折ペットが主人のために死んで泣けるような、そんな簡単な小説や漫画があれば良い。

僕は暇なので、毎日ではないがたまにロータリーに行き遠藤さんの詩や日記を買っている。詩や日記と言っても、厳密に分かれているわけではなく、その日の遠藤さんの気分によってそれは詩と呼ばれたり、日記などと呼ばれているが、適当な言葉をつなぎ合わせただけのその文は、詩とも日記ともつかない。


今日買った、遠藤さんの日記①


「ウナギが自分の内臓を解剖。顕微鏡にコッソリ相合い傘を落書き、雌ウナギを祈るけどそれは巨大なタイラント史膀胱に回収。苺大福、出産式送りバント、イランで四歳児が銃を学び兄を射殺。ユニコーンの涙に死者蘇生の味、無く、醤油の飛脚、流し目で不気味にこっち見る」


「紫バナナをなめし、北斗七星に最後の舞を提供した女子高生。月の光でワキガの治療に乗り出し、泉の水面に反射する太陽を見つめ、その自分に気づき、十九歳の自分を見つけた。十月のニセコはどうしても嫌でも、北方のニセコに愛が無いと決めつけたらご機嫌なキャンパス」


 僕には遠藤さんの詩がわからない。そこで中学の時の友達で、今は進学校に行ってしまい会えなくなっている、他校の秀才同級生の藤崎を呼んで遠藤さんに会わせてみたいと思った。奴だったら何かがわかるかもしれない。

「俺は勉強だけじゃなくて、IQも高いから、いいよ。そのオッサン、会わせて、分析してみるよ」

藤崎と八王子駅北口のロータリーに放課後の十五時半、遠藤さんは居た。

「あれはね、ただデタラメな言葉を並べて金を稼ぐとんでもないオッサンだよ、遊ぶ程度にしときな、俺は塾に行って早稲田の政経に行って自民党に入るから、あばよ」

藤崎は遠藤さんを遠くから見つめ、ひとしきりその日の詩集を買って読んでそう言った。


遠藤さんの日記②


「糸を引き、ビキニ砕く。それを選手権の文字に押し込む。隣のガス、知育キッチンに、外反。包括性のあるサバイバル、優しくなで、食祈り。伝達。護摩を得、得ていなければ逆ギレ、透明のインド返還」


「在庫のブラ、ダンボールに詰め、干し焼き。君が最後の愛、地球に告げる。スフィンクス、自分の代わりをいつでも探している。カゲロウ、まばたきの間だけ泰山の仙人の夢。ゴースト、ドルと引き換え。最初の手習い、揺れる夏のブランコ、下で風になびく、おもらしシッコパンツ」


日を変え僕がロータリーに行くと、驚いたことに、美人な女の美大生が遠藤さんの隣に奇抜なファッションカラーでもって座っている。そして彼女まで詩を売っている(八王子は美大が多いので、こういうことも、起こる)。

遠藤さん、意外と女に弱い?詩はパンクでも地は凡愚?(パンクとぼんぐ、で韻を踏んだ。日本語ラップが流行している二〇二〇年では高校生の僕でもこれぐらいができる)。

突然、遠藤さんが女を怒鳴りだし、殴った。駅ビルモニターの家電宣伝で時折、声がかき消されたが、どうやらこの女のことを気に入らなかったらしい。女は真っ赤になって自分のブラジャーを脱ぎだし、その上に更にTシャツを着てノーブラのまま泣いて走り出し、その後ろ姿にブラジャーの透けた線は認められなかった。

遠藤さんは女を追い払った後にビスケットを食べながら

「ニカラ、ニカラ、」

と、つぶやいていた。藤崎はそれを見て、

「ああ、これはしょっぱい雨がふるかもしれない」

と言っていた。藤崎にまで遠藤さんの毒が回り始めたか、と心配になったが、今日は藤崎と来ていなかったので、それは僕の妄想の藤崎だった。

 このことを後日、藤崎に話すと、

「ははっ、俺がニカラに対してしょっぱい雨?か。智樹(ともき)、お前が変な日記の見すぎでおかしくなったんじゃないか?」

と笑ってきた。けれど去り際に今度は本物の藤崎が、

「じゃあ、たぶん、ニカラにしょっぱい雨が降るのかもな」

と言って店を出ていった。おそらくは僕をからかっただけなのかも知れないが、妄想が現実を塗り替える瞬間というのは、時としてこういうものなのかもしれない。


遠藤さんの日記③


「ファントムで東を打て。札束でゲームを刺す。陰謀論には秋のシューティングスター。射手座の滋味を飲む。ココナッツオイルでギャルに酔い、吸えるだけ土を吸ったら地軸の角度の再定義。ゴーストヘッドホンから諸子百家の解説を涼しい顔で聞きさらす。オッパイを三つ作っても驚かずに寿司を待て」


「コース料理の愛を富士急ハイランドで告白。富士を逆さにして砂時計を作り人類の罪を計る。樹海の栄養は俺の妄想。富士五湖ほど泣いた君の涙は海ほど塩辛くなくパラグライダーに青春を隠す。銃で富士を撃っても無傷だが大清算。鈴木さんの育てた豚がナイトと戦車の夢を見た夏の夜の逢瀬」


クリスマス、僕は彼女とイルミネーションを見に行く。

もちろん高校生の僕たちが行けるデートなので地元の八王子ぐらいしかない。ちょうどこの日は終業式だったので、夕方に恵美と八王子で待ち合わせをしたら、やっぱりそこには遠藤さんがいた。遠藤さんはちゃんと百円ショップで買ったであろうサンタの帽子を被り、そういうおちゃめなところは忘れない。ケーキでも差し入れたかったけど、今日は彼女がいるから知らない振りをする。だけど恵美が遠藤さんに気付いた。

「ねえ、トモくん、あの人見て。詩集、三十円だって。クラスの子も言ってたけど駅前で変なおっさんが詩集売ってるんだって。まさかトモ君、買ってないよね。あのホームレスが着てるコート、超あったかそう」

 僕はそれに対して何も言えなかった。まさか僕が遠藤さんの詩を暇つぶしとはいえ時々買って、あまつさえファンになりかけているだなんて、聖なる夜に言えない。

 遠藤さんはサンタ帽子と足元に置いてあるトナカイのぬいぐるみをバシバシ叩きながら

「アムール人の文明と祖先…空中に投影される電気クラゲの遊影…」

と言っていた。

 それが恵美にも聞こえてしまったようで、

「え?トモくん、あの人いま、電気クラゲの遊影って言わなかった?どういう意味?」

と聞かれた。僕は何も答えられなかった。言っている遠藤さんでさえ、わかっているのかわからないのに、僕が答えるわけにもいかない。

 罪悪感に駆られた僕は、デートが終わった後の二十三時以降に遠藤サンタの元へ行き、とりあえず今日の詩集を手に入れることができた。その時に遠藤さんはチキンを食べていて、

「本当はイブに食うんじゃなくて当日、そしてチキンじゃなくて七面鳥な」

と、ぶつぶつ言っていた。


遠藤さんの日記④


「フリッパーに塩系ダイス。料理学校で敬虔と神学を多摩川にダイブ。ビルの管理は古典小説を葉っぱの裏に隠し47回目の月がそこに忍び込む。ブランコ妹の赤は理科室に隠す。生徒会は魚の解剖に水晶体レンズをオリーブと結合。最終的なゲシュタルトは競輪場のホームレスが鍵ごと丸呑み」


「行動性にしっぽりとシナ半島層伝育。学び大セット、クリスマスの〆トナカイ揚げまで昇華。メンフィスの謎、蕎麦屋のニーチャンがチャリ漕いで鼻歌。三途の川での渡し賃は浅草ストリッパーチップ四枚分。小粋なインベーダーが皮ブーツ告白。ソロモンの大学で学位をフライヤー揚げ処理」


「インドシナ半島のメールアドレスを構築、性儀式に統合。式のチューターは古いゴルフクラブで石油王の映画をフルスイング。マックのポテトを七回新宿に放つ。時が闇を切り裂いても泣いた幼女の電撃はパルコに収斂。デパートの旗は自閉のランチに回毛弁。溶連菌の反乱は容易なナイル川で打尽アイス」


 今日も暇になったので放課後、遠藤さんに会いに行った。すると警察二人と揉めている。一人の時は問題が軽いけど、警察が二人の時は問題が重い。ペアのうち一人が非番の機動隊員であることが多いので、これは少し遠藤さんの分が悪い。機動隊員は非番の時に警察服を着て巡査のふりをして街を歩くことがあるが、その体格によって明らかに普通の巡査とは形相を異にしている。

 遠藤さんは日本刀を振り回し、それに対し警官が警棒と銃で応戦する形になっていた。頑張れ遠藤さん。負けるな遠藤さん。僕もよっぽど全裸になって走り回り、警官の気をそらすための援護射撃をしようと思ったが、僕の手がブレザーのボタンまで来てくれない。常識がそれを制止する。そしてそんな僕を、五月の空が見つめていた。だけど僕は空なんか見返している暇はなく、脱ぐか脱がぬか、判じていた。頑張れ、遠藤さん。

「日本刀で手前らのデパート、斬ってやる!」

「その本物か偽物かわからない刀を降ろしなさい!」

「うるせぃ、黒海のプランクトンに44本のペプシ捨てるまで…」

「あんた、何言ってるんだ?仕事は?道路使用許可証は?」

「鈴木のバクシーシ、ほっかむり未来、リスペクトされるんだ!」


遠藤さんの日記⑤


「今日は東の鈴木と西の鈴木がイングリッシュ。ファミレスでひとしお下痢を語りこき混ぜる。想像武士の魂まる呑み卵。腐乱死体メロンソーダを猿まで飲み干し、海外系青年に実弾装填。アイリッシュがエロビデオに出て吠える西。南極星が五度まで傾いたらやっと君の勝ち」


「グリズリーの効能にバレンタインチョコの糖質を1.8倍も甘くする魔獣伝説の語り部、元少女の老婆は七色に輝く蝋燭越しに愛を語る。それを土壁が眺める。東の砂を庭に巻いてタコ足的画策、ゲソパンがみちみち、しっこダンス。下痢倶楽部雑誌で労働ライダーの歴代を語る、梵字...梵字...」


「ママのマラカスに完全にテストの点数を隠し、火星がそれをフリフリ。振動で揺れるサンバ少女の乳に因数分解の乗法。それこそ溶けたメロン。サイダーを川に流し溶けた歯で笑う女子大生に尻の皮が剥がれるまで有刺鉄線むち打ち。ぎゃはぎゃは笑う彼女をレンガに売り飛ばす」


 ある日、僕と遠藤さんは会話した。

「ねえ、遠藤さん」

「なんだい、坊や」

「この詩はユング心理学の集合的無意識への逆説的アプローチだ、って言いますけど…、これで本当に世界って変わってるんですか?」

「坊やは世界が好きかい」

「うーん、学校と家の往復だけだからまだ好きとも嫌いとも言えないですけど、とりあえず暇ですね」

「そうだ。普通はまずは行動を変える。自分を変える。だけど人間は言葉を変えようとしない。これがリンゴって決めたのは日本人だが英語ではアップル、中国語はピングオだ。だけどリンゴ自体の味や色は変わらないだろ?だけどリンゴと言った時の実際に指すものを言葉を変えることで変えられるかもしれない。それは日本人が無意識にリンゴをこの赤い果物と思っているだけだが、リンゴという言葉が指すものがエッチになることだって海外ではありえるんだぜ。そこに俺は挑戦したい」

「今日はよくしゃべりますね。だけどそれならホームレスなんてしないで別の方法がある気もします」

「いいかい、坊や、西を打てば東が広がる。赤の裏にピンク人種の天使。つまり…」

「遠藤さん、詩になってます。ちゃんと共通語で話してください」

「ああ、そうだな…つまり…」


遠藤さんの日記⑥


「ラストタンゴを残す13の小学校教師の袋詰めの体育館倉庫のプールのイメージ。解答用紙に在野の草でインドの建物を牛にひかせる。ジョウロで流す愛は西統一星だけに狙いを定めコンバットナイフで全部駄目になる。懐疑性を際立たす国際の雨はザビロンにまで発達。敬体を保湿する相当の女子力に蟹の敬礼」


「地域振興券を風俗で使う民族のカニバリズム率を測っていたら自身の意欲が睡眠時だけ三倍肥大するのを発見、ソープ嬢の背中にタコの入れ墨を見つけひれ伏した僕に、神の犬が交尾を始め鳴門海峡のヤリマンが飛田新地で歯科矯正グッズのチェーン商法に乗り出し緑のシャボン玉までが小粋なキスを拒む」


「事実の枚数、及び、可逆性。徳川家康が電話のかけ方もわからないがお前はそれを教えなくてもいい。闇に赤が無くても母の幼少期を守る。47回目にいいえを選ぶとヒロインが脱ぐ。秋葉原を拾った後に吉原を抱き、縫合された頭蓋の味噌を大晦日までチューチューと吸ってあとはそれを融解地層に埋める」


 ラッパーが遠藤さんに喧嘩を売っている

「テメ、ふざけた詩書いてるジジイだって?」

「小僧、母音が合ってるだけで楽しいかい?それで何か変えた気になってるかい?」

「テメ、俺ら薬科大だぜ?」

「日本語の母音と英語の母音が偶然合うことに快楽を覚えているみたいだが、それに意味があるのかね?あと君たち親が金持ちだろう?本当の海外のラッパーは貧乏からくるハングリー精神だよ。インテリジェンスのつもりだが、単語暗記の延長だね。言葉や精神に、愛が無いよ」

「俺らは確かに金持ちかもしれねぇが、俺らのファンにはラップにくっついて来るワルがいるんだぜ。ジジイ、今に見てろ」

「黙れ!日本語の母音はお前らベイビーがどうあがいても五つしかねぇんだ!二十以上ある英語のラップと競えるわけがない。それを少し英単語や薬の医学用語を語呂で覚えたぐらいで、いい気になるねぃ。あまつさえ悪のフリして女にまでモテようってんだからタチが悪い。悪にもインテリにも中途半端だ、ワッパでもなんでも持ってこい」

 夕方にそこを通ると、遠藤さんが顔に横一文字の切り傷をつけて出血し、仰向けになって倒れ浅く息をしていた。布団が無いので新聞で顔を覆っていて、すぐにそれは赤くなった。なぜか警察も救急も来ない。通行人も知らんふりをしたり写真を撮っている。

「ちっ、自分でワッパ(刀の事だと後日遠藤さんが教えてくれた)も使えねえガキが下手人にやらせやがって」

 僕は八王子のドラッグチェーン店で血止めを買ってきて遠藤さんの傷に塗った。

「いてっ!バカ、薬ぐらいちゃんと塗らねぇか!」

 僕は怒られたのになぜかフッと笑ってしまい、遠藤さんもフッと笑った。

「へへっ、俺たちのゲノムが笑ってら」

「遠藤さん、骨折した?」

「なんかよくわからないけど、ニット帽の若者三人に殴られた。やっぱ言葉じゃ世界は変わらないのかな。それかこの現象を言葉で引き寄せちまったのか、わからないな」

「もう、こんなことやめましょうよ、謝っておけばあいつらも怒らない」

「小僧、言葉を背負うからには責任も背負う。もっとも俺の言葉にそんなもんはないけどな。けれど韻だけで何か成した気になってるのが俺には気にくわなかった。インテリなのに悪ぶってるのも俺は許さない。だから俺は骨を折らせたし、顔に横一文字の傷をつけさせた。それしか払えないからな」


遠藤さんの日記⑦


「ドミノ倒しに託した性的倒錯。37番目の和久井さんに最後までスカートの風…、五回見た夢では佐藤さんにエロを取られたけど、概念上はワッキーって設定なのに絵だけではサトゥー。グレーの空間に黒のドミノが無限に倒れ、いっそ覚めぬ夏の夢に寓意のキャンディーは徐々に溶け始める…」


「石灰制作業が描く最後のアダルトビデオに当時の女性教諭を登場させて、飼育係だったNちゃんにはタンポポの葉っぱあげ役で登場させて、自主回収と相成るソレを自身の家族車で取りに向かうラジオではイランの独立が放送されていた」


「ほら話の隆盛はアメリカで起こり、より大きなホラを吹くために彼らはガソリンを全身に浴び石の靴でリンの絨毯を歩く真似までする。東京の般若マンはそれを下忍より見て、海外製マンボーの赤刺し身をマグロと呼ぶ愚にさえ廻る回転寿司のモーターを逆回転にしたザッパのお兄さんなのか」


 塾に行く前の夕食を牛丼チェーン店で済まそうとすると、遠藤さんが居た。

「あれ、遠藤さん」

「おう、小僧」

「遠藤さんって資本主義嫌いそうなのに、こういう所で食事もするんですね」

「バカ野郎、俺だって食えなきゃ死ぬ。資本も共産もねーよ」

「遠藤さんって、大学出てるんですか」

「そこのベニショウガ取ってくれ、坊や。そうだな、大学という大学は多分、出てると思う。その時に一緒に言葉を研究した同期に斎藤ってやつと新藤ってやつがいた。みんな藤がつくけど、その文句は藤原の歴史に言うんだ。今頃あいつらも、わけわかんない言葉を作ってるんじゃないかな」

「人は生まれながらに言葉を話せるのに言語学をやる必要があるんですか」

「難しいね。だけどその言葉がどこから来てどこへ行くのか、またどの言葉を選択しどう使うか、というのはとても大切なことだと思う。政治や文化を変えられないなら、せめて自分の言葉だけでも変えて世界にアプローチするのも無駄じゃないと思いたい」

 僕は遠藤さんの味噌汁を見た。すると遠藤さんも味噌汁に映る僕を見て、僕の目に視線を合わせてきた。茶色い遠藤さんの目が僕を見ている。なんだか数千年前からずっと同じことをしていたような錯覚に一瞬陥ったが、これは錯覚じゃない。僕と遠藤さんはきっと数千年前も同じことをしていた。逆に、していなかったという確証がないのに、なんでそれを妄想と言えるんだろう?


遠藤さんの日記⑧


「ボイネチ地方の疫病をザイネル将軍が舌で確認し、地球の裏側で雑草取り、4万の病気を治す湯治にサラマンダー、例の火竜が引っ越し越前対策を流布」


「既視感を暇メカブに刷り込み長崎カステラ、愛娼を呼んで擬人館で徹底的に舞踏、収賄の下着まで行ったら後は房総半島だね、君の成田山を内蒙古打ち」


「美人ハンニバルが自身の処女パッドを宇宙船に装着、膨張する黒穴に放り込み自分の眼から出て意志ながら日本刀で口蹄疫斬撃」


「君の高知県をアンのハバナと交換する時、javaScript言語を介さないと大事な兵糧攻めに至りませんが、そこはサイキックアンケートに委ねてみるのも優しさだという意見がありました」


「芋金時に絡まった法曹政治犯のショットガンを良い具合にぶっ放した時、ある科学細胞がボブをおとないますが、それは無視してください」


「オスとメスの幸せを金天秤を使って測った時、小学校の用水路で葉っぱ船を流した生徒から怪談に埋め込み、家庭科室で一生アルコールランプ磨きを妖精に呵責させ、古文全て丸暗記」


「ねえ、トモくん」

恵美とのハンバーガー屋さんでの食事。

「この前、私の友達が、トモくんとホームレスが話してるのを見たって言ってたんだけど、本当?」

嘘とは言えない。

「うん、たまたま牛丼屋で一緒になって。あとこの前ケガしてたから」

「そういう優しい所を私は好きになった面がある、だけどあんな変な人と一緒にいるのはどういうわけかしらん?」

ロケットが空中で泣いている。

「いや、でも、俺たち、部活も勉強もつまらないと、暇じゃん?」

「あたしが居るんでなくて?私を欲していないんでないん?」

「えっと、シジミ粥の希釈性が…」

僕は思わず遠藤さんの詩のような言葉で話してしまった。

「えっ?なんで急にシジミ粥の話をするの?今、私たちはハンバーガーのお店でハンバーガーを食べているのよ。そして学校の話から駅前のホームレスの話をしていたんじゃない」

「う、うん…(言葉で現実をずらされるってこういうことなのかな…)」

「ねえ、あたしを欲して。ひとつになりたいんじゃなくて?」

恵美自体も、遠藤さんほどではないが、だいぶ変わっている。

「最近のトモ君、ちょっと変だよ。中学の同級生の藤崎君って子の影響?」

「いや、あいつは勉強はできるけどさ、そんなに変な奴じゃないよ」

「鏡を見てる時の右は、なんで鏡の中の私にとって左なの?」

「平行だからじゃないのかな」

「ママに聞いても物理の田中に聴いても答えてくれないの、ねえ、あたしフライドポテト頼んでいい?」


遠藤さんの日記⑨


「ライオンがシェルを噛む時にその介護性を咀嚼する老人のエンゲル指数に多少影響があると知った僕の青空、まだ偏差値は残されていなかった」


「響きが太鼓に託された時、その鯖缶の処女性をひけらかし、ダイスがマイス(神話)に変わる頃に井戸水がピンクに変わり、カラー時代の歌謡曲をお父さんに全部教えてもらいます」


「ライブで輝くオンスをできるだけ正常に運び終える事だけがミキシングの要諦になり、大和軍艦は長きに渡って男性性を主張し、軍曹と元帥のバックコイントスに託されることになります」


「ボクシングを妹に教えたら訓戒戦士が世界史の夢の虹を渡り終え、スガキヤ温泉で名物のタコ人形のボタン押すまであなたの命運」


「夢のパタヤビーチで赤の虹を少女に売り渡し、サイアムのココナッツカラーで暴動したら正月の餅、棚卸し」


 家で父親と晩ご飯しながら会話。

「智樹、お前、進路はどうする?」

「うーん、大学に進学かな」

「塾は難しいかね」

「うん」

「父さん、お前の机の上から変な日記を見つけたぞ」

 遠藤さんの日記だ。

「あれは僕じゃない」

「例のホームレスの遠藤?町内会であの人には関わらない方が良いと言われている。智樹は関わっている。あまつさえ詩を買い、よしんば接近している」

「よ、よしんば」

「そう、よしんばだ。パパの方が賢いし、働いて智樹を養うこともできる。しかし奴は何も養えない。養ってください」

「はい、養います」


遠藤さんの日記⑩


「君の骨肉腫を僕の弁当で仕上げた後、到達したスクールボーイに少なくとも君は舌鼓を打ちツヅラの学園を設ける」


「紐ビキニを夕焼けに戻し、夢筋肉注射」


「寿司を握る事が詩につながる詭弁」


「必ずしも猿を調教できると思うな。月の猿は人の友と思え。鞭を皮膚に使うな。月の猿は鞭の革感を贅沢に味わう自慰にふけり、故郷のかぐや姫にそれを見せてやりたいとロケットを知るが、その裏には人類の罪を背負ったヘビが最終回にオゾンを撫でつけそいつの32本の歯は全部が月の石になっちまった…」


「オニギリ訓練士がメデューサを模した多節鞭を振るう中、最後の昆虫技師達はカブトムシの腹を撫で、青のミルクティーを飲んでいる…。そこに夢で三回は見たギリシャの噴水に戦々恐々し近づく母が花嫁のベールを上げる頃、そこには口裂け女の子孫がピータンの壺を持ちほくそ笑んでいた…」


「秋にあなたが必要です」

 僕は八王子駅北口を歩いていると、知らないおばさんに話しかけられた。

「秋にあなたが必要です」

 もちろん、僕に言っているのだろう。

「秋にあなたが…。」

「あの、すみません、急いでいるので」

 するとそのおばさんは、今度は遠藤さんの所へ歩み寄り、詩を買うでもなく話しかけた。

「秋に、あなたが必要です」

「何を言ってるかわからないな」

 おばさんはそれだけ言うと満足し、笑顔のまま去っていった。

「遠藤さん、今のおばさん誰ですか」

「さあ、な。もう感覚と一致しちまってんだろ」

「遠藤さんだって詩や日記ではそうじゃないですか」

「そうかな。あそこまで一致させて、現実と境界がわからなくなるくらいになれば、もう精神病院行きだ。俺はホームレスだけど精神の世話にはならない」

「だけどこんな日記や詩を書いていたら、犯罪も同じですね」

「そうだな。被害者もいないくらいで、まあ犯罪だ。坊や、呪殺って知ってるか?俺の詩じゃないぜ。日本では呪いで人を殺しても犯罪にならないんだ。ネットに死ねとか殺すって書くのは犯罪なのに、深夜に木の下で相手の死を呪い続けるのは犯罪じゃないってことだ。」

「秋にあなたが必要です、どういう意味なんでしょうね」

「さあ、な。それは本人しかわからない。本人もわかってない可能性があるな。けれど、そこに感情と直結した何かがあった気はする。あれを言わされてる感じはオバサンに無かったなぁ」


遠藤さんの日記⑪


「ホボイップ地方の狩猟は熊の内臓を発酵させアルコール精油を醸成し、それを15歳の誕生日に2リットル飲ませ死ななかった者だけが勇者の証として村に一人だけいる下婆(シモバア)と一度だけまぐわえる。残った臓物は腎臓の上皮細胞でアイロニー抗体提示し胸椎のリンパ造血作用へ託される」


「原子レンタル相撲パックで。音研ぎは鑽(さん)でザリザリにしてから標準子午線仕様にゲームパック。乙巳(きのと)に廃米式(はいべいしき)苫小牧(とまこまい)まで残部を隠し、それを上手く盗んで月の光で丁寧に陰毛を洗いアザラシにポルノビデオの価値を皇族教科書にまで昇華させ給ふ」


「衣笠マリア剪定集中手術室、虹の風が分度器の角度ごと掛け編み状になだれ込む正直な正午。君の納豆スパイス・キナカーゼ。リンゴを育てても祖母を痩せさせない。木登りシック偕楽園で絶倫のパーティーがキノコのみで行われ、その饒舌さにポテンシャルの高さからアネサの微笑と揶揄された」


 僕はある日、遠藤さんの詩に対して疑問を持った。一見、めちゃくちゃで何の統一性もないこの言葉たちだけれど、統一性を無くすのが目的であれば、もっと言葉の順番や文法を入れ替えてめちゃくちゃにしてしまえば面白いんじゃないのか。けれど遠藤さんの詩にはそれらが見られない。例えば、ミカンを"カンミ"と入れ替えたり、長い文章を、「いがなぶをんうしょ」と音節を入れ替えれば、もっと壊せるんじゃないか、と思った。そのことを質問しに行った。

「ねえ、遠藤さん」

「おう」

「遠藤さんはどうして単語の音を1つずつバラして組み替えないんですか?リンゴはリンゴのままで、ンゴリ、とか、ンリゴは駄目なんですか?」

 遠藤さんは少し空を見て考えた。顔の横一文字の傷から血が出て浅く息をしている。

「言葉にはな。ルールがあって、線状性があるんだ。たとえばパンという単語はパとンから成り立ってパの次にンが来てパンになる。これを逆に言ってンパにしたり、例えば俺がパと言うのと同時に坊やがンと言ってもそれはパンにならないんだよ」

遠藤さんは昔、ナマズを飼っていたらしい。

「そうなんですね」

「合唱や写真なら別だな。同じ瞬間にパとンが存在できるし、絵だったら何文字でも同時にそこに存在できる。しかし言葉はそうもいかねえ。俺がひとマスにパとンを同時に書いたらそれは言葉じゃなくて絵だ。俺は絵はやらない。このまえ殴った美大生の女も、同じ質問をしたから殴ってやった。でも坊やのことは殴らない」

 遠藤さんは昔、ナマズを飼っていたらしい。

「そうなんですね」

「ここの線状をいじって言葉を変えたと、良い気になってる奴もいるが、まあそれは小学生までで終えれば良い。線状を失えば、言葉じゃない。そこでそいつはルールから降りたことになる。俺は線状というルールだけは守りたいんだな」

「でも、文字化けとか線状?が無い文章ってなんか凄そうに見える」

「その、なんか凄そう、がやっかいだ。人間は完全に意味のわからないものには逆に安心して変な憧憬や親近感を覚える。俺の言葉みたいに意味があるんだか無いんだかわからないものが、一番おっかねぇ。だから俺は理解されない。だけどこれを続ける。いっそ、五十音をバラバラに並べたものを提示しちまって、サブカルの王にでもなった方がマシさ。こんな所で寒い飯食ってケガも無くていいんだがな。だけどそれをやったら俺はここに居る意味が無い。」

「そんなこと言ってると、怒らしちゃいますよ、遠藤さんのこと   か そに

こ   さ  がは んき づ ともの は づるび く  けじし ししっ くに を」

 僕が全部言い終える二秒ぐらいの所で遠藤さんの拳が僕の鼻に飛んだ。

「い、痛い」

「痛いよなぁ、俺も痛いさ、こんなに言葉を殺されちゃ」

 鼻血が出てきて僕の袖が赤くなった。通行人が数人集まり、写真を撮っている。そこに真実のイルカは居ない。

「痛いけど、よくわかりました。きっと遠藤さんは線状を守ると思います」

「そこを守らない時もあるんだ」

 今度は遠藤さんが自分の拳で自分の鼻を殴って出血した。

「なんで自分を叩くんですか」

「俺も、ヒントを得るために母音をバラすことぐらいある。しかしそれはヒントを得るためでそこで完成させてる訳じゃないんだ。最初に言ったじゃないか、ダダイズムでもビートニクでも無い、集団的無意識へのアプローチだって。俺は芸術がしたいんじゃなく言葉を変えることで世界と意識を変えたいんだ。けれど時々自分に負けて、裏技を使うこともある。線状性を崩したい時だってある。殴って悪かった、牛丼食いに行こう」

 僕たち二人は鼻血を垂らしながら牛丼チェーンに入り、安い牛丼を食べた。先に僕の血が止まり、次に遠藤さんが止まった。鉄分を失ったせいかフラフラして、食事の記憶はあまりない。君のお風呂の水が飲みたいなぁ、という言葉が頭をよぎった。


遠藤さんの日記⑫


「麻衣の麻衣たる所以は嘘の友達作り。成績を隠せ。麻衣の覚醒剤はドライバーで7回右に回し9回左に戻すと前頭葉から垂れ下がるロフト暮らしの自由就業者。ナマズ保護団体のツヤ出し用ナマズ・ワックスの稲妻透過性を専門家団体と議論しあう西新宿喫茶店で。フリーを恐れるな。義勇を恐れろ。パイを舐めろ」


「インボイス、キーボイス。吸う互いの液。クロスカウンター。サザンテラス。バイト後の汗。地球を鏡で映せば人類が二倍。やり直し逃避癖に銀行のサブリナ。偽馬車。サイレントポー、幼女のフリルに激昂。燃え盛る大学時代。ダウ系モッズに、フルインボイス。シェイクアスタマロ。フィットネスバイク。賞」


「ギーズモス本当系したい介助犬。バター乳首、真の科学。法が楕円上にスキマを支配していき射手座の女性がジョアを飲みジョナサン・サンドイッチをキメる。西の夫婦に銀婚式の風を送り敬虔な鯉とカブトムシ、ギャザーを贈る。締め落下ダイナソー、吹雪の意図を決めかね、三行で感想文」


 恵美の家に遊びに行った。

「ねぇ、トモくん」

「うん」

「なんか、怪我してる。あたし以外の女の人と会った?」

「会ってないよ」

「じゃあなんで血が出てるの?」

 説明が難しい。

「えっと、殴られちゃって、それで血が出ちゃった」

「トモくんって、結構、ワイルドな一面もあるのね。あたし、なんだか血液が熱くなってきちゃった。血管にいる蟹の卵、孵化しちゃいそう!」

 僕の血を見て恵美が興奮している。

「ねぇ、恵美」

「なぁに、トモくん?」

「恵美は俺と一緒に居て楽しい?」

 恵美はブラジャーに火をつけて言った。

「楽しいから一緒に居るんでしょ」

 その時、僕までも脊椎の蟹が熱くなった。

「今日のトモくん、やっぱ変だな…やっぱりあの遠藤って人?」

「ち、違うよ」

「なんかこの前、私の友達が牛丼屋さんでトモ君がホームレスと一緒に、ご飯食べてるの見たって。」

「安いお店が一つしかないから仕方ないんじゃないかな」

「偶然に思えない…、いつも私達が会うのはトモくんの家じゃなくてあたしの家だし…。トモくん、自分の机にエッチな本よりも更にいかがわしい書籍を保持しているのではなくて?」

 恵美が流し目でこちらを見た。

「そ、そんなことないよ。うち、親父がうるさいから」

「うるささなら、わたくしの父も負けてなくてよ?」

僕の膵臓が2mmも膨らんでしまった。恵美が透視でそれを見ている。

「まあ、とりあえず恵美と一緒は楽しいな」

「うれしい!三年生になっても、卒業しても、ずっとあたしたち、一緒にいて、楽しいことをしたりお寺に行ったり、日本の色んな滝を見たりしましょ!そしたらね、庭に大きなワンちゃん飼うの」

 その時僕は、庭に遠藤さんを飼う空想をしてしまった。そんなことがバレたらまた遠藤さんに鼻を殴られる。けれど、もし遠藤さんを庭で飼ったとしたら、毎朝、糞の代わりに色んな詩を庭に撒き散らされそうだが、なんだかそれも悪くない。けれど恵美や僕たちの子どもがそれを許さない。その詩が書かれた紙が風で飛ばされ隣のおばさんちに入ったら、僕がそれを書いたと思われ、俳句合戦を挑まれる。遠藤さん、俳句は得意かな。

「ねぇ…、ねぇっ!」

「あっ、うん」

「今、私以外のこと、考えてたでしょ!」

「そりゃ僕だって違うこと考えるよ!」

 僕が思わず大きい声を出すと、恵美が顔を真っ赤にして泣き出し、部屋の花瓶を割った。そしてその破片で自分の手首をザクザク切り出しそうだったので、僕はそれを止めた。

「止めないで!逝かせて!意気地なし!」

「どうしたんだ、恵美!」

「トモくん、おっきぃ声、出した!」

今度は恵美が床の花瓶の水を犬の格好をしてすすろうとし、やはり僕はそれを止めた。その上の天井を、ヘビがのたうち回っている。

「わかった、他の事、考えないよ」

「ほんと?嘘でも愛してるって言って!」

「嘘じゃないけど愛してるよ」

 恵美はきっと、水平線の向こう側の事を考えられる子なんだと思う。そして月の光が魂を訪(おと)なうことも知っているし、風のミントとも話ができる。僕が恵美のそばにいなければならない。それなのに、どうして僕は遠藤さんの詩を買ってしまうのだろう。

「あたし、花瓶の水は飲まないわ。嘘じゃないわ、愛の代償に飲まない。だってこの水には黄色ブドウ球菌がヘラヘラしていっぱい居るんだもの。トモくん、愛の熱さでそれらを焼き払ってておしまい!あたし、今から変身して、バグダッドでカフェやるの」

 ああ、これが夢じゃなくて現実でよかった、と僕は思った。これが夢だったら恵美を助けることもできないし、この幸せを感謝することもできない。僕たちの血管から孵化した蟹のジュニアたちが、僕たち二人を見て笑っている。


遠藤さんの日記⑬


「辞意とタケシのホーンショー。縞パンツ筋肉だけ、三回目の転生できる、王地震、カラビナ系スクワットで三夜まで子供を産める。スイジョンの風がバターライスの質に影響し、葉っぱヒポノテス族に電話の使い方を教える。ゾームトス再生堂でじいちゃんの渋り腹介護。シネクドキーにタイヤ保険」


「金玉レンタル疎開所にヒッピーの弟子。オコモさんのホッカムリに、手裏剣を三つだけ秘密に隠しタイムカプセルがそれを開ける。ツボババアの機嫌が事件のキー、解決したけりゃ奴の機嫌を損ねるな。うどん粉のイドゥンは龍の水晶を蓬莱の泉に納め、ミシシッピカーレースで安定の包帯コントラスト」


「しっぽり鼻毛にエネルギー財務を許可。血液バンクに胎児ソースをビンビン入れ、ディスコで夜明かし。夜尿症ギグに感情失禁パンツまで夢満々に溢れさせた50世代ネオマンタギャルはタトゥーと芋を同時に彫り掘りし、大地の愛を互いに挨拶させ興亡論を骨までしゃぶり魔界のリーダーは犬歯を光らす」


高二の夏休み、父と母と僕で群馬に旅行。

「智樹、群馬の山を見なさい」

 父に言われ、レンタカー内から左右を見る。

「えっと…」

「今、父さんたちは前橋市にいる。ここは夏はとっても熱いんだぞ。遠藤ってやつはそんなことも教えてくれない。しかし私は智樹にそれを教えることができる。これが社会人と、そうでない者の違いだ。養ってください」

「はい、養います」

 エアコンが効いてるせいか車内は涼しい。

「父さん、どの山を見ればいいの」

「いいか、左のあの異形な山が妙義山だ。あんな形は長野や山梨に無い。遠藤のことなんか忘れるくらいの形ではあるまいか?はは、これじゃ父さんがまるで遠藤に嫉妬してるみたいだな。ぶっ殺してやる!」

 アクセルが急に強く踏まれ、前の車にぶつかりそうになる。赤道で釣れた魚が人類の罪をひとつ清算した。

「きゃ!ちょっとお父さん、あたしも乗ってるんだから。別にそんなホームレスの話なんて今はどうでもいいじゃない、もっと夏に萌えほこる尾瀬の話などしましょうよ!」

 前にいた車は車線を変えて遠くに逃げてしまった。

「なあ、智樹。遠藤ってやつは、車さえないんだぞ?でも父にはある。家もある。お前を学校にも行かせられる。それを智樹は行かされた、と言うこともできるが、実はこれは、行かせられた、と省略無しで言うんだ。賢いだろ?」

 右には赤城山の裾野が広々と広がり、夏の寛大性を誇示している。

「はは、ジェラシーで熱くなってしまった。夏の炎のようだ。熱くならせられたな。熱くならされた、ってみんな言うけどね。どうだ、智樹?いつも小遣いが足りなくて牛丼ばっかだろ。たまには前橋のカツ丼を食おう、群馬のカツ丼にはキャベツが乗ってないんだ。まるでカツラを失った校長先生だ、ガッハッハ」

 その冗談はラジオから流れる洋楽でかき消された。それに父が気づき、腹を立てた。

「おい!なにを流そうとしているんだ!私がせっかく前橋のカツ丼を、カツラの無い校長先生に例えたんだ!ラジオの音でかき消されたぐらいでパパは騙されんぞ!これじゃまるでパパこそがカツラを失った校長じゃないか、ガッハッハ」


遠藤さんの日記⑭


「麻衣とマントの湿潤率を決める。打開するのはラズベリーリーフ。カイミャの内地部は線源のお牛ヶ原。キイザ、ファズナ、レガナの三姉妹に冬の娼婦法を適用しコンコースの四駆ダンスに緑シグナルで出発を許可し、安ペルシャ絨毯でダークアラジンの童貞を狙うアルタ前の不気味な怪盗嘲笑…」


「バックギャモンは寝巻きで最期。最初の水を君が飲むとき、下水管で夢遊病者が徘徊する。深夜3時の線路に何も聞いてはいけない。星が3つ流れてギターの音色で不協和音を決めればバナナ豆腐が星座を叶えてくれる。きっと受験生には希望を、サラリーマンには税金を、虫たちのパーティーには知らないおばさんの裸を…」


「カメラで撮る基礎性排他疾患。37の次は43を置き、それを59しろ。パイったには携帯のサスマタでドジョウパーティーの暗号を盗む。便所チリ紙交換師のはにかんだ紙芝居にチェリーガムの人墓録を照合、カニクリームコロッケの成分を日がな調べる愛妻の再逮捕ニセ萬翠の将棋に人指しの王手…」


 秋が来て新学期となり、僕は席替えでいじめっ子の隣になり、昼休みにトイレに呼ばれていじめられていた。

「おい、ホームレス。ドジョウすくいやれ」

 僕は洋式便器の前でドジョウすくいをリアルにやらされざるを得なかった。

「なかなか上手いじゃねぇか。お前の先祖、さてはドジョウだったな?」

 こんな時、遠藤さんという存在が僕の生み出した幻覚で、僕が現実から逃げるために作ってしまった仮想人物と思い込みそうになるが、遠藤さんは実在する。いじめから生まれた産物ごときに遠藤さんを付してしまうぐらいなら、このいじめっ子をマグマに沈める貝になりたい。

「おい!俺の隣ということは毎日ドジョウすくいの素振り千回だぞ!俺は十六歳にもなってこんな情けないイジメをしていてあと二年後には選挙権を与えられるんだぞ!どうしてくれる!」

 いじめっ子が自分のズボンのベルトを外し、それをムチとして僕の背中を打ち始めた。

「ドジョウを鍛えてやってるんだ!肉のランゲルハンス細胞がみちみち!ぎゃはは!俺の父ちゃん医者だから医学用語がストレスで出ちゃうな」

 僕は黙ってムチ打ちを受けている。五限目のチャイムまで、あと28回ほど打たせれば終わる。

「おい!何をお前はイジメられている自分をごまかそうとして時計をチラ見してるんだ!ドジョウに時計はいらない!便器の中に浸すんじゃありきたりだから、水洗トイレタンクの中に浸してやる!」

 それは父に買ってもらった大事な時計だったが、父は夏休みに、前橋のキャベツ無しのカツ丼のことをカツラの無い校長に例えていたので、やはりその時計は僕にとって大事な物だった。

 腕時計が水洗タンクに浸るギリギリの所で授業前の予鈴が鳴り、僕と時計とカツ丼は助かった。

「ちっ、運のいいやつだ。俺、お前のことが好きになった。キスしていいかな」

 いじめっ子は、僕の両頬をつかみ、キスをした。

「ぷはっ!これがドジョウのキスか…もっと甘いかと思ってたけど、痺れるなぁ。また頼む!」

 この事をカツラのある校長に告げ口すべきか、両親に言うべきか。恵美には言えない。遠藤さん?だけど遠藤さんに相談したら、父と恵美が嫉妬するし、今のいじめっ子もおそらく僕を好きなので奴も嫉妬するだろう。この気持ちをどう処理して良いのかわからない。時間こそ大きな教会と言われるが、祈りは意味をなさない。幸い、次の時間は選択の授業でいじめっ子とは違う席なので、とりあえず、忘れよう。遠藤さんの詩と比べたら、これぐらい。大したこと…ある。しょせん言葉や芸術やスポーツより、いつだって現実の方が僕たちをさいなます。それは家族関係であったり生活であったり恋人であったりだ。言葉で世界なんて変えられっこない。たとえ遠藤さんが死ぬまであそこで詩を書いていたとしても、変わるのは遠藤さんの脳だけで、ユング心理学の集団的無意識なる、人類が無意識化で共有してる意識だって変わるはずもない。もし変わるのだとしたら世界からイジメは無くなってるし戦争もなくなる。この現実の方がよっぽどいびつだ。やっぱり僕には引き寄せで良い言葉だけを散りばめた脳が沸いてる平和主義者たちの言葉や文化にさらされながら生きていきたい。僕はドジョウじゃないし、父を養いたくないし、恵美の奴隷も嫌だ。僕は僕で安定した仕事に就いて、畳で大往生したい。遠藤さんの変な言葉が、父も恵美もいじめっ子も引き寄せた。そしたら何が遠藤さんを引き寄せたのか、その因果関係だけが僕には不明だけれど、きっと遠藤さんが言葉で世界を変えるための犠牲に僕が選ばれているのかもしれないし、あるいはこれはもう僕の妄想になるとしたら、遠藤さんが変えた集団的無意識の顕在化が僕なのかもしれない。あまり変なことを考えるのはやめよう。友人の藤崎に相談しよう。


遠藤さんの日記⑮


「盗んだオーソドックスを美人カー店員にグラビアで見せ、四重に重ねたスクール水着の三層目にはホタテ貝柱の愛があふれる恩寵、調べの鳥が音符で自殺するとき宇宙の罪がひとつ開かれる。ロケットの通行料に幼少期の想い出をひとつ払い下駄箱の魂を踊り食い、聴診器を使う整体師の犯罪を辞書に載せる」


「発火性ビジュアルナイトの後塵を拝すスタミナバターライスが最後の牡蠣を空中で揚げた時に鋼のストローから螺旋状にノリが放たれ、その残像で遊ぶ君が二重線のベトコンを沼の怪物に捧げ、妖怪が諧謔性をしたため、後にオニオン将軍、宝船から自前のラジオハムから放つ健忘性フィットネス」


「ピンクミトンにさらけ出された苦渋の愛をサーモグラフィーで確認し、年輪状に恋が溶け出しチーズを掛け布団にして仙人後継大学を出た医者が、喉奥に広島県東洋カープ臭をプンプン匂わせ、海南大学との提携に瓢(ひさご)が必要や否や、幼女バイキングの約束を反故にしレクサスを赤く焼く」



 イジメられた放課後、藤崎に電話して藤崎と河原で会った。

「どうした、智樹。相変わらずあの人の所、行ってるのか」

「うん。あと今日、隣の奴にイジメられてさ」

「はは、格闘技でも教えてやろうか。俺は文武両道だから。そら、いくぞ」

 藤崎が空手の基礎型である平安二段を教えてくれた。

「もっともっと、防御より相手の鼻に手が行くか行かないかだ。相手の拳を受ける暇があったら相手を殴れ」

 河原に夕日が差し込み、青春ドラマのように学生服で稽古する僕たち。二人の影がどこまでも伸びていき、夢のリンゴと交わっていく。

「なあ、藤崎。俺の周り、親父も彼女もクラスメイトも変な奴ばっかだ」

「勉強して自分の城を作るしかないよ。だから俺たちは学ぶんだ」

 藤崎が掌底払いと中段突きを同時にキメ、僕の鼻に寸止め。

「だけどさ、世界を変えるのに勉強や努力が必要って変だよな、藤崎みたく頭が良いやつもいれば俺みたいに勉強してもダメな奴もいる」

「はは、だから学ぶんじゃないか。夢や幻はゴミさ。この現実を、いかに現実として生き切ったかのみで、死なんてオマケみたいなもんだよ」

 だんだんと、僕の突きが藤崎に届くようになってきた。

「智樹、いいじゃねぇか。一緒に空手道場、行こうぜ。中学の時の友達もいるし、強くなれるぜ。師匠は怖いけど」

「うん、だけど俺、藤崎みたくなんでもできないよ。塾にも行かないと」

「遠藤さんの詩を買うよりよっぽど投資になるけどなぁ。あ、塾と言えばそろそろ俺も行く時間だ。家でも今の型、復習しろよ」

 藤崎は自転車で塾に行き、僕はそのまま河原で型を復習した。


遠藤さんの日記⑯


「強訴が果たせば釘がJカーブにオービソン。田舎の郷土料理が石鹸を隠し味に、壁画のサイコガンジャ餅をペロりと舐める。詩人はナイフの裏に真実の泉を見出し、柄が詩人を見つめる。場所が場所で無くなったとき、団地の五階で画家が飛び降りる」


「横幅サル。ワイドショー。学ランの背後霊。ジェネシス。爆破代行録。真偽性広東大学。スガキヤのお父さん。名古屋のサファイア。キック健康法、ケノビ王高松、サタンの焼き菓子。怠惰な銀座=カップコーヒー、信心の後塵を拝す眼鏡フットパッド。良く見えないほど速い左右の動き。消えるマリモ」


「舞と弁当屋。ナマズの蒲焼き。秘伝のタレ。倒壊性神秘物質アロン。海外澱粉質をふんだんに猥談。カバック再生、ロイプトキシン。心理学校正者。奈々の皆無。夜霧に盗んだママの味。閑散ランプに義理帽子はっちゃけ隊。ザンボ、本妻、高層式マッドジョンソン氏、アピールひずめ、転送製塩」


昼休み、隣の席のいじめっ子に再びトイレへ呼ばれる。

「おい!ドジョウ、昨日のキスは甘かったなぁ、甘やかだったぜ」

いじめっ子は自分のベルトを外し、ムチにしようとした。そこで僕は藤崎に教わった空手でいじめっ子の鼻に突きを入れた。

「いてぇ!」

以前遠藤さんに鼻を殴られてる僕は、それがどれだけ痛いか知っている。また、男は血を見るとショックを受けやすい。

「てめぇ、殴りやがったな!」

いじめっ子も突きをこちらにキメて来たが、昨日教わった掌底払いでそれをかわし、おまけに藤崎の流派では攻防が一体のスタイルらしく、その防御と同時にこちらの拳が出るので、それがまたいじめっ子の眉間に当たった。

「いてぇ!」

「もう、こんなことやめてよ」

僕も自分の手が痛くなってきた。拳から血が出て、殴る方も痛いのだとわかった。いじめっ子が僕の手を取り、その拳の血をペロっと舐めた。

「こんなになっちまって…お前だって痛かったろ?」

「いや、舐めなくていいよ」

いじめっ子がその血を吸ってゴクゴク飲んだ。

「はは、俺がイジメてたのに、やられちまったな。大抵は喧嘩は負けないんだけど、イジメてる時の相手からの反撃は喧嘩じゃなくて関係性の崩壊だから、イジメる方にとってもつらいんだぜ。もし俺たちの血液型が違ってたら、俺はお前の血を飲んで死ぬ。お前はいい気味だと思うだろうな」

いじめっ子はそう言いながら今度は自分がドジョウすくいの真似を始めた。

「ん…、こうか?はは、結構難しいこと、やらせてたんだな」

またいじめっ子が僕の顔にキスをしようとして顔を近づけてきたので、僕はそれを避けた。

「逃げるなよ、イジメないからキスだけさせてくれ。また、ぷはっ!ってならせてくれ。今度は俺の事、いじめていいからさ」

「僕は誰もいじめないし、いじめられたくない」

いじめっ子は洋式便器に付着した血をトイレットペーパーでふいた。

「喧嘩なら負けないんだぜ。お前を好きになったり、親が医者だったり、変な奴って思われてるかもしれないが、一応、俺は強い。けどお前に負けた。イジメてる時に、いつ仕返しされるか、みたいなスリルが癖になるけど、ここまでやられたら逆に俺がお前にいじめられたくなるな。さあ、今度はお前がお前のベルトで俺を打て」

いじめっ子は僕のベルトを無理やり外し僕に渡してきた。

「嫌だよ、僕、打たない」

「じゃあこの事を学年主任にチクるぜ?」

「やめて」

「そしたらさ、俺の、歯、磨いておくれよ」

いじめっ子はポケットからお泊り歯ブラシセットを取り出し、僕に渡した。便器にもたれ口を開け、準備している。

「奥歯が磨きづらいんだ」

僕は仕方なしにこの関係を受け入れて、彼の歯を磨いた。いじめっ子らしく、太くて荘厳な歯がびっしり生え、自分がよくこんな強いやつに勝てたかと思う。

「はは、気持ちいや。俺の方が受け身なのに命令は俺がくだしてるから、いじめてるのか、いじめられてるのか、わかんねぇや」

「全部磨いたらいい?許してくれる?」

「うん。本当はキスもしたいけど今は歯ブラシで良い。また頼むやな」

彼はトイレの水道でうがいをして血を洗い流し、去っていった。こいつと今学期ずっと隣かと思うと、気が滅入る。


遠藤さんの日記⑯


「最悪讃岐にラッパー禅語。大砲ロマンス、欲情のカンガルー。最大の西に最愛のママ。ロングスカート。夢筋肉。サラサ状告白レーベル。ヒップ天使、お裁縫ビルディング。退廃キャンプ、オジキの盃。月の嘘、金星の夢。歯科矯正演舞、他愛ないゴーストホーム。散打。揮発性有機質の心がけ。矜持」


「チン毛ケリーの暴虐性大パラダイス。釘を打てば吸い付くパチンコ玉。砂粒の銀を夜空で約束しホッパー式代謝性物質をラクダになるまで練り上げ、叩き、製鉄する。甥っ子のヒルに尻を吸わせ拡大解釈を欺瞞しないなら軸方向に貝揚げを最高にプレゼント。愛ダンス金槌」


「最後性ハサミで未来をチョキりんこ。さっぱり系アイスを北京大学で教え、前髪を作った女子にビキニの歴史を蟻の列のようにたんと教えこむ。ボディにオムツんこを通わせ、鯛の星を寝るまで数え貸し切り露天風呂でヨガのポーズ取る君に恒星の数え方教えダルマサイズのパンケーキ丸齧り」


後日、恵美と放課後の帰り道


「ねぇ、トモくん、学年で一番強い彰(しょう)吾(ご)くんに喧嘩で勝ったんだって?」

例のトイレの話がすぐに広まった。おそらく、本人が噂を広めているのだろう。どこまでも嫌な奴だ。

「勝った、というかやり返したんだよ。友達の藤崎に空手を習ってさ」

恵美の背中の蟹の卵がウズウズと動き出した。

「すごい…!だって喧嘩じゃ誰もあいつに勝てないじゃない。それを一撃で、あまつさえ勝利の咆哮にあいつの口を開けさせて歯まで磨かせたんでしょ?動物として決定的な敗北よね!」

 あの彰吾ってやつ、歯磨きのくだりまで話してるのか。恵美の背中の蟹が一匹ずつ孵化してその辺を産まれたての子蟹のように歩いている。

「私、学校で一番強い人の彼女ってことになるわね」

「一番強いかはわからないよ、俺、あいつに歯を磨かせられたし」

「ねぇ、今度はあたしの歯も磨いてよ。卒業したらあたしたち結婚しましょ」

蟹が泣いている。

藤崎にいじめっ子をやり返したことを報告。

「へぇ、まさかあれだけ教えて、もうやり返せるとは俺も思わなかったよ」

「うん、やっぱお前ってすごいよ。勉強もできるし運動もできる」

「はは、それしかないからさ。お前のお熱の遠藤?って人は言葉で現実を変えるとか言ってるけど、俺は現実で現実を変える。それしか現実を変える手段なんてないさ。仮に俺やお前が、あいつ死ね!って祈った所で誰も死なない。だから俺は学ぶし体を動かす。現実しか現実を変えられないよ」

遠藤さんに傾倒している僕にとって、言葉で世界を変える、ではなく、現実で現実を変える、という言葉はショックだった。けれども実際に遠藤さんの日記で現実は変わらなかったし、いじめっ子も倒せなかった。藤崎の現実を変える力だけが現実を変えてくれた。

「俺さ、このことを恵美に話したら、卒業後に恵美と結婚することになった」

藤崎が驚くと思ったが、すぐに返事がきた。

「へぇ、十代で結婚なんていいじゃないか。俺は確かに現実主義だがロマンも嫌いじゃないぜ。一番多感な時期の結婚だもんな、俺も式に呼んでくれよ。空手を教えた悪友の藤崎です!ってな」


遠藤さんの日記⑰


「コースター理論でウサギを煮汁で仕出し野球棒を29回振ったら低空サリン、ギズトマイズ祖母にフラッカー。水面にクシャッと腹芸齟齬の強引さ、呆れ返りカップのティーを飲み干す。足の整体に今日こそ行ったけど義兄が鹿の角で控性をかけ制御。義馬タトゥーを鼻毛に入れてみました」


「ヒッピー達がインドで練りがらし極めながらサトゥーの瞑想。肋骨のシワの数を数えて分母を素数で割り出しジャバの泉から稲妻の剣を取り出し魔人ヒテプ(ラサの怪人)に腹のライスごと返し。逢魔の亡霊、夜叉が膝痛し我炎をして怪力採択、一気に立方体へお利口さん」


「シリンダーの流し目、電気風呂のプラスイオン透過性を、エロ本博士が夕焼けを背に、川原のチョコレート工場の煙突から百炎が出るのを眺める牛乳パック式背後のベターナイフ組曲に宣伝素材まで河童ライス。アニーはサルサル太鼓、美人を撹拌、財産は蟹式でギッチョ唐揚げ」


僕は久しぶりに遠藤さんに会いに行った。

「おう、坊や。最近来なかったな。こっちかい?」

遠藤さんが小指を立てた。女、という古い意味だ。

「まあ、女でもあり男でもありますね。男とキスしましたよ」

遠藤さんは相変わらず顔に傷があるけれど、その傷が少し薄くなっていた。

「はは、男とキスなんてオツじゃねぇか。動物には中々できないぜ」

「そのことなんですが、遠藤さんの詩にドジョウの話が出てきたからか、僕がいじめっ子にドジョウすくいをやらされました。言葉が世界を変えた瞬間なのかな、とも思いましたが、いじめから助けてくれたのは言葉じゃなく友人という現実でした。言葉で世界を変えるんじゃなくて、現実で現実を変えて助けてもらったんです」

遠藤さんは脇にある一升瓶の酒をラッパ飲みして言った。

「おい、言葉が現実じゃねぇって言うのかい」

「だけど詩じゃ、いじめは無くならない。戦争も無くならない」

遠藤さんが順手に持っていた酒瓶を逆手に持ち直した。これは飲むためでなく、瓶で人を殴るときの持ち方だ。

「おい、小僧。現実が現実を変えるってのは分かった。だけど、戦争という現実でだって現実は変えられるんだぜ。問題は、その現実の背後にある思想や言葉だ。そこがなきゃ、動物園の猿の喧嘩が現実だ」

遠藤さんの酒瓶が袈裟切りに僕へ向かって振り降ろされた。僕は掌底払いと逆突きの同時で遠藤さんの顔の前で拳を止めた。僕の拳風で遠藤さんの顔の傷が少し開き、血が出ている。

「ね、遠藤さん。現実だけが現実を変える。言葉じゃない」

遠藤さんは酒瓶を降ろした。

「暴力を現実って言いかえるのが、俺たち人間だ。俺の酒瓶も坊やの拳も変わんねぇやな」

「それと僕、高校卒業後に彼女と結婚します。遠藤さん、式に来てくれませんか」

「俺に歌でも歌えってか。冗談じゃねぇ。猿回しの猿じゃねぇ、よくそんなとこ行かんわ」

「詩を披露してくれても良いんですよ」

「ここで毎日披露してらぁ。そんじゃ坊やは、現実を変える現実とやらで強くなってお嬢ちゃんも手に入れて、大団円ってことじゃないか。とっとと、ここから失せな」


遠藤さんの日記⑱


「最高の建白師に一合の差異。骨董段階的にめいた布陣を直訴して伏流の老園を暴徒する去り刈りにめいた四股跋扈に諧謔性の幾何学がギャモンに精通するもんだから被虐待のノーマリゼーションに最終的な叛逆を殺す死しちゃって、練ったバットに回鍋肉」


「ドン・ズモウの発起もん、アーバータ・セッターマウンテン、開祖するシティー風俗区。娑婆で鈴木さんのマンマパスタ按摩。虚業を通行人にカッパ爆破白書。低収入に提示した帰化強訴シッターの組入り式タバコ。ボーイステイでのホットパンツ箪笥、ノコノコ」


「カテゴライズされたベビーシッターのきりもみを俯瞰。鼻涙管に流れるサーフもどきアイスをにほぼし終える。埼玉ターミナルに回牛の申し込み書を豚シンポに跳ね返るそのツモは臍帯化させた大慈の房総に極甚の滋味が沁みる。後逸させたリガシーで君は西ヶ原のバンジョーを下條」


家族と自宅で夕食

「父さん、僕、高校出たら結婚する」

「ん?智樹は父さんと結婚はできないぞ。いかに私が賢くても、だ」

父は少し顔を赤らめた。

「いや、そうじゃなくて、違う人と」

「おい!なにが、そうじゃなくて、だ!今、私が自分のことを自分で賢いと褒めたことを流したな!養われてる分際で!俺を養え!」

父はテーブルにある順手に持っていた酒瓶を逆手に持ち直した。これは飲むためでなく、酒瓶で人を殴るときの持ち方だ。

「僕、現実を現実で変えられるようになりました。あなた以外と、結婚します」

 父の酒瓶が袈裟切りに僕へ向かって降ろされた。僕は掌底払い逆突きの同時で父の前で拳を止めた。拳風で父の前髪が少し開き、それは前橋のキャベツなしカツ丼のようにサッパリとしていた。

「父に向って」

「大学はちゃんと行くから、結婚させて」

「父とか」

「いえ、あなた以外の女性と」

「母か」

母さんはテレビで芸人たちのクイズ番組を見ている。

「いえ、僕の彼女です。結婚もするし大学も行くし、大学を出たら父を養います。なので今は結婚を控える僕、そして結婚しながらも大学に行く僕を養ってください」

その言葉の終わりと同時に、クイズ番組から正解のピンポンが流れてきた。どうもそれが父にとって一致したらしく、結婚と進学が認められた。

「今、鐘が鳴ったな。これを偶然という奴が居たら、そいつをマグマに沈める貝になりたい。はは、文法がおかしくなっちまったな。智樹、結婚と大学、頑張りなさい。いつかお父さんとも結婚するんだぞ」


遠藤さんの日記⑲


「相貌性の発達障害から見えるクセナキスの侵襲。介護士の風呂介助に絶倫の愛がひしめき通り、介護士は正午十二時の介護どきに浴槽の窓から流れ入る光に十字架の時間の天使を見出す。うどんラッパーが最終的なダンスを取り残すナイル砂漠の非可逆的圧縮にクリントンさんが助成金まで出す噂はどうしたんですか」


「長瀬さんの稲田廃棄ロスに禅路の光合成を満たしギニアの河童たちが味噌関係のカッパキュウリ料理本の出版に七回以上の川流れを解き明かし、銀と金の霧が夜明け三時の小学生ホームレスにふりかかり、真実の愛をパンと引き換えに生きる花を籠ごと買った産婆はテキスチャーにのろめく最後愛を丼ぶり横恋慕の嫉妬に夫婦めいたパラドックス…」


「がばいさのあるガバガバ・ラストナイト。クラブに虹色のカクテルとビキニとお金儲けの情報商材。転がった労働者とサイコロを同時にダイス、ミキシング野菜ジュースで一緒に飲んだ後に水中へ溶け出した巧緻性ギミックのパンダ、中国のラサでポテンシャルの高さから巨大隕石の発掘&命名者に選定され地獄の激辛麻婆豆腐」


学校の昼休み、僕はいじめっ子の彰吾の歯を磨いている。

「いつも、悪いな」

「ううん、強そうな歯だね」

僕はいじめっ子の歯を磨く、という、いじめられてるのかいじめてるのか分からない快楽におぼれている。生殺与奪は自分にあり、彰吾の喉ぼとけに歯ブラシを突っ込むことで奴の人生を終わらせる事もできる。おそらく彼もそんなスリルを味わっているのだろう。いつの間にか、そんな僕たちが共犯者のような、ダブル不倫のような気持ちや関係性が、どこまでも伸びやかに伸びていく春のリンゴの木のようになっていった。スティービーワンダーの、パートタイムラバーズが昼休みの校内放送で流れてきた。

「はは、お前に磨いてもらうと、気持ちいな」

「あのさ、彰吾くんさ」

「あん」

「僕、卒業後に、結婚することになった」

彰吾の脊椎から、熱々の蟹が孵化した。

「ん?俺たちが結婚?悪いが俺はホモじゃあないんだぜ」

「君じゃなくて、僕の彼女だよ」

彰吾の喉奥から彰吾の顔が紫色のスライム状になって現れ、僕に話しかけた。

「おいおい、俺たちのこの関係はどうする。まさか卒業と同時に無かったことにするのか?」

「うん、式にも来ないで欲しい」

「それはできないぞ。俺は式場に行ってお前をさらいに行く。腕力はあるから警備員ぐらいならぶっ飛ばせるなぁ」

紫のスライムは夢の筋肉と同化し、黄霧状に拡散して消えていった。

「だから、歯磨きも今日でおしまい。大学だって別々だ」

「俺、医大には行かねえ。お前と同じキャンパスに行く」

「よしなよ。君は腕力も頭脳もある。実家も太い。こんな遊びやいじめに没頭しないで、大きいことをやるんだ」

「じゃあ、俺がこの洋式便器を持ち上げてぶん投げて、窓ガラスを割ったら俺と一緒になれ」

彰吾は仰向けから起き上がり、両手で便器を抱えた。顔に血液が集まり赤らめたが、便器はとうとう動かなかった。

「智樹、俺の負けだ。お嬢ちゃんと幸せになりな。おっと、この歯ブラシはお前にくれてやる。カミさんに見つかるなよ。はは、また誰か他の奴をいじめるかな」

彰吾は涙を見せずに去っていった。蟹が泣いている。これできっと良かった。スティービー・ワンダーのパートタイムラバーの曲がちょうど終わった。


遠藤さんの日記⑳


「刺激を与える門までの傀儡ソースに地域議員をけっぱるまで被虐。道頓を奏でる北京マスターの反復横跳びに夢が腫れあがるまで激烈な往復ビンタ。サモアのマッサージ技術士がパソコンをぐしゃぐしゃに揉み妖怪の肩こりが犬にまでなっちゃうけど、パナマでの契約は飛行機の上の雲から耐性層、および、ドイツビールの希釈性にまで言及」


「最高の美顔ローラーメーカーがゆがんだ笑顔で人生の四つ目をルンバ的講義。星空を袋に詰めて鼠小僧を晴れた秋に送り出したらお母さんの想いが成功してパパのくちびるの皮を食べてみます。大腸内壁の吸収官からインドのゼリーを分泌し、焼きコロッケにあくまで注ぐと、その喜びのあまり先住民の首長が葉っぱホッパーをブレイクダンス」


「四つん這い健康法でついに銀座に四つ目のビルを建てた人造法師が泣きながら白糸の滝でコインパーキングを探し許しをこうて駐車場管理人は三途の石で辞書を作り始め数珠には百円ショップのレビューが低いからと言ってトモくんのおうちでパンケーキパーティーを開いて時間自体が終わるまで遊んでくれる」


僕は高校を卒業した三月に恵美と結婚した。僕は18歳、恵美は三月末に生まれたからまだ17歳。そして僕は地元にある普通の大学に進学し、恵美は専門学校に通った。

夫でもあり大学一年生でもある僕は、サークルの新歓コンパにも顔を出し、既婚大学生としてたびたびネタにされた。

ところがその大学一年の間、僕と恵美の生活よりも気になったことが、八王子駅前に行っても遠藤さんが居なくなってしまったことだ。僕の時間が無くて行ってないならわかるが、僕は定期的に駅前はチェックしていて、遠藤さんの場所に別のホームレスや路上ミュージシャンがいたら奇声を上げて追い払い、中止にさせ場所を守っているほどだ。

よく、おとぎ話である、大人になったら見えなくなる、妖精みたいな存在だろうか。だとしたら僕の机に溜めてある遠藤さんの詩も透明になって消えなければならない。どうもそうではないが、結婚、という現実が、遠藤さんの非存在と言う現実を引き寄せているのかもしれない。

その証拠に、恵美と喧嘩して家を出た冬の深夜に駅前に行くと、遠藤さんが右半身だけの姿、左半身が消えている状態で座っていた。それを通行人が写真に撮っている。

「遠藤さん!」

僕は写真を撮っている野次馬を突き飛ばし、遠藤さんのそばに駆け寄った。

「僕…僕…」

高校卒業以来会えなかった遠藤さんに、半分だけ会えた。

「なに泣いてるねぃ」

「どこに行ってたんですか!」

「知らねえや、お前さんが現実で現実を変える、とか言ってたじゃねぇか。その変わった通りの現実になっただけだやい」

「僕、妻と喧嘩して、そしたら右半身の遠藤さんが現れて…」

「半身でも全身でも俺は俺だわな。なんだ、新婚一年目で例のヒステリーちゃんと気が合わなんだか?」

蟹が泣いている。

「そんな姿じゃ、牛丼いけないですね。マスコミがすぐ来ますよ」

「お前が高校生の時に俺がラッパーに切り刻まれた時だって警察なんか来やしなかったさ。みんな自分の幸せにしか興味がない。写真を誰かに見られたところで別にあいつらの何かが変わらねぇよ」

「遠藤さん、現実ってなんなんですか?言葉って何ですか?どうして教えてくれないまま、どっか行っちゃうんですか!」

「はは、大した歓迎だな。夫婦喧嘩でセンチメンタルになってるな」

その時、僕の後ろから人込みをかき分けて恵美がやってきた。その腕の中には、僕たちの子供が抱かれていた。

「トモくん!さっきはごめん!ここに行けば会えると思って…」

遠藤さんは恵美の姿を見たとたん、左半身が無いまま野次馬をかき分けて逃げてしまった。

「あっ…遠藤さん!」

「さ、おうちに帰りましょ!おうちで、あつあつのココア、飲も!」


遠藤さんの日記㉑


「そのインド力のある魔技師に中間焦点を預けた未来のキリン、かけライス小の量に言及を決め込みつつ、スープの濃さまで遡及する哲学に愛学、ドレミファの規律に嘘を並べ立てる田舎の大根ゼリーを消費する貧民の強訴、イナシリモ、ミダンジェラ、ハナカの三姉妹から得られた知見により方向性の泉を鏡という古の老婆心にいつまでも溶かし込みたい」


「ピラミッドでサソリを解体した大麻栽培王の少年が砂漠の夜空でラクダのコブを数え終え、焚火で自身のナイフをあぶり腎臓のガンを摘出しているところに踊り子サリーが東洋の水を持ってきてコブにかける。その泰山から得られた水は四を七にした廃虐残存性によりリハビリによる介護度が忠誠義足士により毛糸で編まれる」


「枯れパターンのミイラタモリ、司会を務める魔界のヒップホップ業界でマイクの角度によってサザンクロスおひねりチップが投げ銭され、反逆のギターによって事故催促が発達し、泥の妖怪マッドが夜船の船員を惑わす妖婦となって真夏のバター海岸にいざないそこでジェイソンのキスからサルスベリ色の沐浴層が宙のイメージをからめとる…」


藤崎と、藤崎の大学の学食で会話。藤崎は18歳で公認会計士試験に受かっていた。

「久しぶりだな、智樹。大学生活と結婚生活なんて誰もができない体験だぜ。子育てもな」

藤崎は国立の法学部に入学し、資格や政治を学んでいた。

「お前だって公認会計士の最年少合格者?とかって騒がれてて、まったく青天井だな」

「はは、こんなの覚えれば誰でもできる、世界や現実を変える方がよっぽど難しいさ。そういえば智樹は遠藤さんに会ってるのか?」

僕はこの前の右半身だけの遠藤さんの話をした。

「その画像、俺も見たことがあるな。あれ、遠藤さんだったのか。夫婦喧嘩したことがきっかけとは思えないけど…。その時、詩は買えたのか?」

「うん、最後は恵美を見て逃げ出したけど、詩は買えた」

「嫁さんを見た瞬間に遠藤さんが消えるとかなら、まだお前の生み出した妄想上の人物ってことになるが、半身があることもそうだし、俺自身も遠藤さんをこの目で見てるから、幻ではない。俺はロマンは好きだがオカルトは嫌いだ。だけどこうして写真があるってことは、現実以外の何かが現実を変えてるんだな」

藤崎は学食のお茶を飲んだ。

「へぇ、藤崎ってオカルトは駄目かと思ったけど案外話せるんだな」

「科学や常識で語れない存在までは否定しないよ。実存してればね。もっともそのハーフ遠藤さんは生きていたし通行人を押しのけているから、形而下の存在だ。概念ではないと思う」

「なんか、俺の幸福度と関係があるような気がするけど」

「はは、じゃあお前が不幸になった時に一番遠藤さんが濃いかもな。だけど学生しながら子育て、しかもまだ十代となると、この先に何があるかわかんないな。現実でしか現実は変わらない持論に妥協はないけど、もしかしたら言葉が現実を変える、ということも起こりうるのかもしれないな」

僕たちが話していると、藤崎の後ろに美人な女がやってきた。

「藤崎君、あたしと、行こっ!」

「すまん、智樹。俺は賢くて運動もできるから女がやってきてしまった。わざわざ俺の大学まで来てくれてありがとう。また会おうぜ」

そうするとその女は藤崎をおんぶして、そのまま学食の外へ消えてしまった。公認会計士も弁護士も取って政治家にもなろうとする奴はやっぱりモテる。だけど僕のことを否定しなかったことは嬉しかった。家に帰って子供にミルクをあげなければならない。


遠藤さんの日記㉒


「飯田橋組早老銀河隊。百七人目の会員を荻生徂徠と勘違い、漢学と桜の海に埋めようと残堀の流通性を整備、同時に分けソースしてひとつの調味料で同時にポテトを食い始めた。ネパールの手長猿がそれを阻止しようとするも彼の王冠には三代続いたジュナの呪いがかけられ、彼は奇数回目のまばたきをするたびに横隔膜が二ミリ、痙攣する」


「サバンナの狙撃を愛に求めるな。銀河にはコメットスープで柊の終着トンボ。なんぼのもんだと破壊神の六本木ヒルズが田植えの時期にヒップエンジェルのブラックカフェで朝モーニング食べ放題。地雷に頼った廃棄処理場のイメージには奈々ちゃんからのラブレターが秋の枯葉のごとく降り注ぎ、君はシャワーの時に僕を思い出す」


「綺麗な、キレイ菜。オバケだって、サスマタを知りたい。阪急に有給を申し込んでタクシーで渡良瀬温泉の真実と水源を求め、夢の川の中を泳ぐシジマ。大洞さんにはまだ早すぎる。君の大洞さんと僕の大洞さん、どっちが強い?光の大洞さんと闇の大洞さんが膝と肘であいさつをするときに、自由の女神の鼻が三センチずれる」


十九歳、大学二年生の夏、僕は恵美と離婚した。子供は向こうが育てることになった。離婚の原因はおそらく僕が、大学と家庭の両立をするにはまだ若かったこともあり、彼女を不幸にしてしまった。若い夫婦には良くあることなのかもしれない。

僕は養育費を送金するために人生初のバイトをすることになった。八王子よりも更に西にある工場へとマイクロバスで運ばれ、そこで冷凍うどんとそばの仕分けをすることになった。最初の朝礼で説明を受けているときに、近くで、ニカラ…ニカラ…、とつぶやく声が聞こえた。遠藤さんだ!

 休み時間になって、僕は全身が存在している遠藤さんに話しかけた。

「遠藤さん、何してるんですか!」

「ああ、バイトだ。詩だけじゃ食っていけねえからな」

「去年会った時、なんで半分だったんですか!」

遠藤さんは少し考えこんでから言った。

「じゃあ坊やは人間がここに生まれてきたことを説明できるかい?そういうことじゃないのかね」

納得のいく回答だった。

「あの、あと僕、一応子供が居るのでもう坊やじゃないです。離婚して養育費のために働いてます」

「学費は親が払うけど養育費はそうもいかねぇな。どうだい、現実で現実ってやつは変えられてるかい?それとも言葉はやっぱ世界を変えられないかね」

「わかんないですね、実際に僕は子供を手放して離婚してしまったけど、これが何によって引き起こされたのかわからない」

「そういうもんなのさ。現実で現実を変える、これは当たり前だ。しかし現実以外のものに現実を変えさせられてしまうことだってある。言葉では世界は変わらんかもしれないが、その試みを笑うことはできない。どんな科学者だって最初は笑われてた。世界なんて最初は空が動いて地球が止まってたんだぜ。それが今度は天動説から地動説だ。それさえ今後、どうなるかわからねえ。いつまでも他人に与えられた地動説を信じて自分の思考を止めるな、まずは自分の頭をぐるぐるさせなってことだ。言葉でも現実でもいいんだけどな」

遠藤さんは僕の隣で冷凍のそばとうどんを仕分けしながら説明してくれた。氷点下の部屋だから僕たちの息が白くなった。

「今の世の中は自分で考えなくても、どんどん考えを与えてもらえる。思考が止まってる天動説の時代の地球と一緒だ。自分で自転しないで周りだけ動いてもらってる。天動説の地球だ。じゃあ地動説になって自分だけ動いて世界は動かなくて良いか。そうじゃねえ。俺たちは自転をしながら公転もしなくちゃいけない。周りながら回るんだ。そして世界も同時にそうでなくちゃならねえ。地動しながら天動するんだ。だけど、地球が動いてるのか空が動いてるのかは結局、自分たちで決めるしかねぇ。まずは自分が動けば世界が動く、自分の言葉が変われば世界が変わる。少なくとも変えようとするところが人間なんじゃないのかね。だから俺は言葉をいじる」

長く話をしていたので、遠藤さんより年下のチーフが叱りに来た。

「おい、お前たち!口より手を動かせ!地球や天を動かす暇があったら、ひとつでも多くそばやうどんを分けるんだ!」

チーフは腰に巻いていたベルトをスルりと外し鞭にして、それで僕と遠藤さんの背中を打ち始めた。

「痛い!痛いです!」

僕は叫んだが、遠藤さんは叫ばない。

「お前たちは学校で地動説が正しいと義務教育で習っただろ!そこの遠藤というやつはデタラメを言っている!スクワット百回!」

遠藤さんはラインから外され、横でスクワットを始めた。他のセクションの主婦たちや女フリーターがそれを見てクスクス笑っている。

「やだ、あの人。あんなに分厚い服着てスクワットしてるわよ、こんな氷点下で」

遠藤さんの顔の傷がスクワットに耐え切れず開き、血が出ている。それが冷凍のソバとウドンにポタポタと落ち始めた。それを見たチーフが、何事もなかったかのように除菌ティッシュで拭き、冷凍うどんにティッシュの繊維がこびりついた。

「貴様!誰が血を出して良いと言った!スクワット、もう百回!」

 遠藤さんはラインから外され、横でスクワットを始めた。他のセクションの主婦たちや女フリーターがそれを見てクスクスと笑っている。

「やだ、あの人。あんなに分厚い服着てスクワットしてるわよ、こんな氷点下で」

遠藤さんの顔の傷がスクワットに耐え切れず開き、血が出ている。それをチーフが除菌ティッシュで拭き、ティッシュに血がこびりついた。

「貴様!誰が血を出して良いと言った!スクワット、もう百回!」

遠藤さんはついにバテてしまい、冷たい床に倒れこんでしまった。

「へへ、だらしのない野郎だ。顔に傷があるからもう少しできると思ったが、とんだ見掛け倒しだ」

その言葉が言い終わらないうちに、僕はチーフの顔を正拳突きで殴った。今度はチーフの鼻から血が流れ、それがラインの冷凍うどんとソバに付着し、主婦グループの所へ流れた。

「あら?このおうどん、ちょっと赤いわね?桜味かしら?」

その時、僕の脊柱から熱々の蟹たちが孵化し(それは五十匹ぐらい居て大きさは三ミリほどだった)、血付き冷凍うどんに向かって歩みだし、自分たちのハサミをうどんに突き刺し、それをむしゃむしゃと食べ始めた。

「きゃっ!可愛い蟹さん!この蟹って、あの坊やのかしらん」

蟹は僕の脊椎のものだが、血はチーフのものだ。

「てめぇ!ぶっ殺してやる!」

僕と遠藤さんは一日でそのバイトをクビになったが、もともとは派遣労働でピンハネをされていたから、やめてよかったのかもしれない。また駅前に行けば遠藤さんにも会えるかもしれない。


遠藤さんの日記㉓


「約束のカナダ。テキサスの想い出。魔友遊園地でコメダの廃墟。義理の父に畳の設計図を渡し、網目を数えさせニットの滑り台で観覧車まで雨の夜更け。禅僧院で瞑想にふける闇夜の船が高速のトンネルを出口まで明かし、山を転がり落ちる巻物の般若心経には、魚一匁の使い方が記載」


「痩身のコピーライターに支那ツボ遊びを教え、残土の水あめに最後まで自分を溶け込まし尽くさせ、余韻に浸るダークダイスの陰謀を歯科技工士が値定めしラーメンのお昼ごはんに魚のひだ躊躇。マスクに埋め込まれた伝説の約束を月のクレーターに隠しそれを君がペロペロ舐めるまで僕の入れ墨もそのままにしとく」


「異民族が象に乗って電話のかけかたを教えろと抗議してくるが、君は土塀の中に隠れてそれを無視し続けたでしょ。それでも中で穴だけは掘って勉強とそろばんだけは続けるように。ギラーバレン症候群によって黒海のタコが君のインドと戦いにくるが、そこには高級デパートのお惣菜で済ませても良いというデータがある」


二十歳の春、僕はバイト先の工場に勤める三歳年上の女性のフリーターと再婚した。彼女は、バツイチで子持ちの僕でも受け入れてくれて、というか、多分状況をあまり理解していないようで、結婚してくれた。大学三年生の僕は、大学を続けながら養育費も稼ぎ再婚までこなす、だけど自分のことは何もわかっていない大学生として生活している。

月に一回は高校時代のいじめっ子の彰吾と密会し、奴が運転する親に買ってもらったであろうポルシェの車内で奴の歯を磨く蜜月も続けている。

「智樹、再婚したんだって?」

彰吾はポルシェの背もたれを倒し仰向けになり、僕に歯を磨かせながら言った。

「うん、今度は同級生じゃなくて三つ上だから、だいじょうぶじゃないかな」

「俺もさ、もうすぐ研修医として病院に行くわけだけど、俺みたいな暴虐で親の金だけで医者になれてしまう人間が人の命を預かっていいか、不安だぜ。医大でもいじめは続けてるけど、お前ほどの奴には出会わないな。みんな、金持ちの坊ちゃんで、まあ、それは俺と一緒だけど青瓢箪ばっかりでいじめがいがねぇ。みんなすぐに親にチクるし、俺の歯を磨く度胸もねぇ」

僕は彰吾が持ってきた純金のガーグル(うがいした口内の水を受けるための介護用品)を奴の口の前に持ってきて、奴のうがいした水を受けた。

「勉強しないで、こんな遊びしてて良いの?医学部、難しいんじゃない?」

「あんなの、金と親でどうにでもなるさ。この車も親父が買ってくれた」

僕は八王子駅前のロータリーまで車で送ってもらい、彰吾と別れた後に遠藤さんの所へ行った。

「遠藤さん!僕、再婚しましたよ」

「ふん。再婚でも再々婚でもなんでもいいや。日本には三回結婚してるフォークシンガーだっているぜ」

「驚かないんですね」

「子供がいることや女ができることは、まあ、生活には関係あるが言葉にはなんも関係がない。妻帯や子作りによって芸術的な何かが高まることはねぇよ。生活へ真摯になってもな。日常や生活ってのは目的で成り立ってる。ある地点からある地点へ行くための合理でのみ成り立つ。だけど詩や芸術はそうじゃねぇ。始まりもなければ終わりもない。どこから生まれてどこで死ぬのかも約束されない。不可思議なもんだよ。俺の詩や日記に目的があるのだとしたらさ、今頃、ハウツー本でも書いてるや」

「遠藤さんって、もしかして僕が生み出した妄想なんですか?」

「なんでそんなこと言うねぃ。春で頭が沸いちまったか?それともなんだ、お前の存在こそがオイラの詩から生まれた存在ですって言って欲しいのかね」

遠藤さんは昔、ナマズを飼っていたらしい。

「いえ、違うんです。僕もこうなんか、結婚したり子供がいたり、大学に行ったり再婚したり、あといじめにもあってて、結構、生活がいびつなんです。父親も狂ってるし。そんな中で、ちょっと現実感が無くなっちゃって」

「じゃあ、何が一体、現実なんだい?俺の詩は単語がバラバラだし文法もおかしいから詩じゃないって言うのかい?いじめにあわず、生涯一人の女を愛して優しい両親がいる家だけが現実だってのかい?そりゃお前さん、俺の詩以上に理想を掲げすぎだな。現実はシビアだぜ。理想では人の下に人を作らず、なんて言うが、実際には頭いいやつらがバカなやつらから金を巻き上げてその金を守るための仕組みでしかできてない世の中だ。直接殴る蹴るの暴力が、税金というものにすり替わっただけで何も大本は変わってねぇ。言葉でもいじんなきゃ、やってられねぇな」

僕は言い返せなかった。ただ、優しく、抱きしめられたい。それは再婚した妻にでもいいし、僕の子供にでもいいし、恵美にでもいい。藤崎は良いやつだし、彰吾は僕をいじめるけど、僕を見てくれている。

「ん?お前は今、彰吾は僕を見てくれてる、って言ったな?間違いだぜ。あいつは自分しか見てねぇよ。歯磨きしてくれるお前を見てるふりしながら、歯を磨いてもらってる自分だけを見てるんだ。人は誰も人なんて見ちゃいねぇ。他人になんか期待するな。牛丼でも行くか?」

僕は持っていた持ち帰り用牛丼を遠藤さんに向かって投げてぶちまけた。遠藤さんが牛肉と米まみれになった。

「あちっ!なにすんだ!」

「僕はただ、抱きしめてもらいたかったんです!相手は誰でもいい!僕は無料で抱かれる娼婦になりたい!」

「だったら性転換すればいいだろ!俺の詩なんて見てないで海外で性転換してその辺の街につっ立ってろ、この立ちんぼ!」

遠藤さんは持っていた牛肉を消しゴム代わりにし、自分の詩を添削し始めた。

「抱かれても抱かれても、真実が見えない!結婚しても再婚しても、子供が笑っても、ホモの歯を磨いても、賢い親友がいても、わからない!遠藤さん、どうして早く答えを教えてくれないんですか!」

今度は僕が持っていた持ち帰り用の紅ショウガの袋を開け、その中身を遠藤さんに投げつけた。通行人は誰も写真を撮らない。

「なんだい、そういうことか。簡単に答えをねだるガキと同じだな。そんな答え、はなっからねぇよ。俺の詩に答えを求めてたんなら、悪いけどそんなもんねぇよ。解答用紙を眺めてるだけで白紙が埋まるわけじゃない。答えだけ欲しいなら生活しろ。トイレを拭いて、洗濯して、バイトを一生懸命やれ。飯を作って生活を便利にしろ。俺の詩なんか、そういった生活の真摯さや目的から一番遠いものだ。何をキャバクラ嬢に恋する客みたいに俺に期待してるんだよ。さっ、牛丼でも行くぞ。それとも今日は奮発してサウナでも行くか?おごってやるぜ」

遠藤さんは優しい。詩はめちゃくちゃだし答えをくれないのに、根本の所では優しい。だから僕はもっと知りたくなる。だけどその優しさがバラのトゲのように僕を苦しめてくる。

夏の夢から目覚めるのはいつだろう。有限の運命は寓意の象徴だ。それでも僕も遠藤さんも、返り血を浴びて進む白馬のように生きなくちゃならない。遠藤さんはどれだけの星を、遠藤さんという存在の中に持っているのだろう。僕にはまだ、重い幸福に耐えられる力強ささえない。

 その時、大きな地震がやってきて、ロータリーがまるごと揺れた。僕たちは立っていられないほど揺らされ、遠藤さんは笑っている。

「はは、地球の動悸だな!おい坊や、じゃなくて再婚して子供も居て大学にも通ってて、いじめられっ子の智樹くんか。俺の詩よりこの現実を楽しもうぜ。俺もいつまで詩を書いてるかわからないけど、揺れがこんなに強いとサウナも休業だな!」

揺れは続き、遠藤さんが何を言ってるかの半分も聞こえなかったが、とりあえず家に帰り、もう一度遠藤さんの詩を読み返してみようと思う。そこに答えはないし、あるのかもしれない。いくら読み返してもその言葉は無責任、ひとりよがり、どこまでも自由。やっぱり地球の動悸の前では、自転や公転とか考えてるどころじゃないのかもしれない。僕はやっぱり頭の中で、君のお風呂の水が、飲みたいなぁ、と言っていた。


遠藤さんの日記㉔


「カバンに痺れたタバコと高速道路の招待券を入れて、あとは夜中に君を待つ。目を閉じると内側に君が溢れ、その光の中で君を見失う。三蔵法師の潔癖さで僕をビンタした君の口紅の残りカスをラーメンの残り汁に混ぜて犬に食わせた。ショウジョウバエになって沖縄と北海道を訪れた」


「乾布摩擦の擬人化をしたマッカチン。道教の修行では七という数字に神秘性を見出し、それをまとめて野球靴下の中に入れ主婦が豪快なホームラン。バーで飲むテキサスショットにカボスとサボテンが永遠の喧嘩を催し、香具師によってその仲裁は忠義屋のハウステンボスに回収」


「カステラをみりんに漬けて政治を打尽。俺の言葉で穢れたナイフの罪があっても、赤ちゃんが泣くことにさせない。揺籃期に成熟した愛のコンコースに不制御のラジコンを君の元へ送り込み、シャツの中にそばつゆを流し込み、最後まで君が笑わないんだったら僕はその正当性を自由民権にはかり、囲碁の大学に通ってでも君を怠惰な布石に封じ込む」


 言葉で集合的無意識が変わりますように。

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言葉で世界を変えたい遠藤さん 湯殿わたなべ @yudono

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