揺籃の眠り児は宵闇に踊る

ぽんず

第一幕 悪夢の始まり

プロローグ


「うん。だから、ここでお別れ」


耳を、疑った。


「…は?」


少年は、建物の屋根に座る人物を見上げ、目を見開く。


理解が追いつかない。


何を言っているのだ、この人は。


こんな、世の災厄を詰め込んで、煮込んで、凝縮させたみたいな世界で、ひとりで生き延びろと。


である自分に、そうしろと言ったのか。


「いやー、ワタシもフォロー頑張ったんだけどネ。やっぱり無理。何の役にも立たない人間いても、ワタシ達が損するだけだし」


軽薄な口調で。


淡々とした物言いで。


単調な表情で。


探検家の格好をした、リアリストの女の子は、彼に遠回しの死刑宣告をしていた。


体から血の気が引く。

最悪の未来を想像して、脳が、四肢の末端が、心が、急激に冷えていくのを感じる。

口が震え。口内で歯が小刻みに音を立てている。


彼女は、手振り身振りを加え、次々に言葉を紡ぐ。


――嫌だ。やめてくれ。


なんとなく、話が終わりに近づいていくのが分かった。それが全部終わったら、きっと、自分の未来は確定してしまうのだろう。


「まって」


見捨てられる。


無力だと、そう切り捨てるのは早計だ。そんなことをして、あの人が黙っているはずがない。


そんな言葉が脳内で駆け巡る割に、口から出る台詞はシンプルだ。


「まってください」


すがりつく。目の前の相手が、気分を変えて自分を助けてくれる可能性にかけて、懇願を繰り返す。

屋根を見上げて、心の底から救いを乞う。



「…じゃあね」



しかし、救済の手は差し伸べられなかった。



あっという間に建物の向こうに消える、小柄な彼女の姿。



『…ォ』



入れ替わるように。


異形の怪物が、その巨大な体躯を彼の眼前に晒す。



何の能力も持たない自分に、圧倒的な力を持った怪物。


濃密な死の気配を纏ったソレは、みっともなく口を広げた無様な獲物を、はっきりと見据える。


その姿、獲物を前にした狩人の如く。


無論、その獲物に待ち受けるは、死。



「――は、はは」



絶望の顕現に、少年の口から乾いた笑いが溢れた。




彼が迷い込んだのは、数多の命が潰える、悪夢の世界。



―――――――まだ、夜は更けたばかりだ。

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