第2話

医師の話も終わり、念の為と僕は2、3日ほど入院する事となった。

身体に付けられた色とりどりの様々なコードが外され、肉体的な拘束を解いてもらう。

「一応、院内はご自由に動いてもらって構いませんが、激しい運動等は控えて下さい」

そうナースに念を押され、僕は白いリストバンドのようなものを渡された。

「これは?」と左手首に巻いて尋ねるとナースが答えるよりも早く、ピピッと電子音がリストバンドから鳴った。

「これで体温や脈拍の記録、体調の些細な変化、更にはナースコールの機能も備わっております」

ナースの話に僕はほぉと感心して、巻かれたバンドを改めて見ると、そこには緑色のデジタルな数字で体温と脈拍が表示されていた。

その後ナースコールの仕方を教わり、ナースは退出して僕は病室に1人取り残された。

そういえば白河さんに連絡は行っているだろうかと、今更ながら自分の状況を誰にも伝えていない事を思い出した。

白河さんとは僕の小説を見て修正案などを考えてくれる、所謂担当編集の方だ。20代前半とまだまだ若々しく、童顔で背が低いのだが、仕事はキビキビと俊敏な様はリスを思わせる、そんな女性である。

スマートフォンやパソコンは此処には無いだろうから、連絡はどう取ろうか。

左手首に巻き付けた白いリストバンドを見つめてナースコールをしようかと考えたが、今の今で呼び出すのは失礼だと思って辞めた。

出来る事も無くなり、僕は病室を見渡す。個室の病室は床も壁も天井も白く簡素な造りで、唯一ホログラムの時計だけが壁をスクリーンのようにして青く光り、時刻を表示している。窓からは明るい日差しが差し込んでおり、外は秋晴れのような快晴だった。

余命1年か……。

改めてその言葉を認識して、頭の中へ慎重にそっと置いた。

まず考えたのは、あと1年で何が出来るかだった。

あと何冊、僕は世に本を出せるだろうか。

僕は倒れたつい先日、10巻に及んだファンタジー物の長編を書き終えた。その他に連載なども請け負ってはいるが、これも終わりまでプロットを組んでいるので、話を畳もうと思えばいつでも順調に完成まで書くことが出来る。

まだ世に出していない、頭の中にある作品達を全て書き切るのは無理だろうか。

咄嗟に僕はアイデアを纏めたくなった。コンセプトだけ面白いと頭の中で取って置いた作品達をどれから手を付けようかと整理する為に。

しかし病室にはパソコンは勿論、スマートフォンやノート、ペンといったものが何一つ無かった。

さてどうしようかと考えた時、ふと時計が目に入った。

「ひょっとして、人工知能とか入ってる?」

そう僕が呟くと、ホログラムの時計がさらさらと流れて形を変え、中性的な人の顔を浮かび上がらせた。

「はい、私はレック。医療環境に適したAIとなっております。何かお手伝いする事はありますか?」

ホログラムの口の動きに合わせて、そんな機械音声が返ってきた。恐らく壁のどこかにマイクやスピーカー、そしてカメラで病室を見ているのだろう。

「そっか……じゃあレック、メモ帳のような機能はあるかな」

「かしこまりました」

その後レックは僕の言葉を正確に切り取って、ホログラムの文字を壁へと書き写していく。

「ここは……あっいや、さっきの部分を消して」

「かしこまりました」

そうして僕は壁一面に自分の頭の中のアイデアを書き連ねていった。

「……ひとまず、こんなところかな」

そう発した僕の声は少し掠れていた。窓の外はいつの間にか赤く暗い夕暮れ時になっており、普段の生活で尚更声を発する機会が少ない僕にとっては、こんなに喋ったのは随分久しぶりな事だった。

しかし、久しぶりに喋りかける相手が壁とはね。

実に僕らしいと思って、僕は小さく笑った。

「メモを保存して、プリントアウトしますか?」

「あぁそうだね。それと飲み物をお願いできるかな?」

「かしこまりました。両方ともナースが運んで来ますので、少々お待ち下さい」

ふぅと息を吐き、僕は知らず知らずのうち前のめりになっていた姿勢をベッドへと戻した。それを見てか、レックは再び時計へと姿を変えた。

頭の中の物を出し切ったかのような、まだまだ色々と弄って遊べそうな、そんな余韻が残っていた。

しかし、書けてあと3、4冊といったところだろうか。

そんな結果を胸に、僕はふと窓の外の景色を眺めた。夕暮れ時になり、マンションや民家、外灯に明かりが灯り始める。

コンコンとノックの音が聞こえた。

どうぞーっと言うと同時に、自動ドアが静かに開いた。

「よっ、常盤。その様子じゃ元気そうだな」

それはナースではなく、僕の旧友の声だった。

「どこがだよ」と笑いながら僕は振り返る。

相変わらずボサボサの茶金髪に、チョコレート色のロングコートを羽織ってニッと歯を見せて笑う姿は、やはり学生の頃から変わってない。

「久しぶりだな、芥田」

遠くで鳴り始めた鈴虫の声が、秋夜の始まりを奏でていた。

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