第12話 勘違い野郎ですみません……!!

 食堂までの道のりが、やけに長く感じます……。


 持ち物はショルダーバッグにスマホ、お財布、ハンカチはなかみ等々……あと色紙とペン!!


 ……おこがましいとは分かっています!! でもサイン欲しい!! 欲は抑えきれない!! こ、断られたらすぐやめるので!!


すれ違うクラスメイトやアイドルの方々は全く私に気がついている様子はありませんでした。チラリとも見ない。さすが私の地味具合……。


 時計を確認すると……うん、確実に10分前にはつけます。席は……どうしよう、指定なかったよね? SIGNサインで連絡する……? 

 いやいやいや、私が灯里様の!! SIGNフレンドになっていいのですか!?

 

 食堂前でうんうん唸る私。周りの人が気づいている様子はありません。……ここまで来るとちょっと悲しいですね。


 ……とりあえず、中に入ってみましょう。入ってみないことには始まらない……!!


 つばを飲み込み入ろうとしたその瞬間、ピロンッとSIGNの通知音が聞こえました。


 私の? とスマホを確認して……落としそうになります。これ前もやった気がします。


 と、と、トッ、灯里様!?


 家族と杉原ちゃんしか登録されていないSIGNのホーム画面に『灯里』という文字がありました。見間違えようもない。


 メッセージには一言『もう着いた』と書かれています。多分メルアドから追加したんだと思いますが……。


 …………しばしの思考停止の後、待たせていると気がつき、急いで灯里様を探し始めました。


 まずいまずいまずい……!! 私が、私が灯里様を待たせている!?


 キョロキョロ見回します。幸運なことに、お花畑かってレベルに皆様髪色豊か!! まだ探しやすいはず!! 


 様々な有名アイドル、ゲーム登場キャラなどを見かけてついつい止まりかけますが、今はそんなことしている場合ではない!! あの薔薇色の髪はおそらくこの学園では彼しかいない!! ……あ、学園長もそうですね!? 


 あぁぁぁでも赤髪も割といるゥゥゥ!!


 フッと目線を右へ移したとき、奥の方の窓際、肘をつきスマホを眺める彼を見つけました。


 …………居た!!


 窓際でスマホを眺めているだけなのに、ミュシャの絵のごとく繊細で、なんて絵になるんだろうこの人は……いえ、こんなこと考えてる暇あるならはよ行けって話ですね!?


 食堂の並ぶ列を避けながら灯里様の元へ走ります。


「灯里様!!」


 あ、ちょっとまって、この公衆の面前で様付けって良くなかったんじゃ……!?


 ポロッとまた口から出た言葉に背筋が冷たくなる私。同級生で様付けってこれ、SとMがつくタイプのプレイでもしてるみたいじゃ……!


「……ッ!?」


 真正面で声を掛けたはずなのに、灯里様は今気づいたとでもいうようにその紫の目を見開きました。いえ、これは多分今気づきましたね! 中学時代似たような経験したことありますよ!


「……小崎?」

 

 あ、そうか、今私、なかなかにイメチェンしてるのか……。

 灯里様の困惑する顔に思い出します。


「……随分と、気合い入れてきたな……」


 ぽつりと呟くように言った彼は、何かを決めたような、そんな表情をしていました。


「――……君に最初に言っておく。勘違いするなよ」


 ……へ? 何を……。


 灯里様の、勘違い、という言葉の意味が分からなくて、ぽかんとしてしまいました。


「君もプロデューサーを目指しているなら分かるだろ? 昔ほどでは無いにせよ、アイドルは恋愛をしてはいけない、これは暗黙の了解だ。

 プロデューサーがいちいちそんな……彼女みたいな、男受けを狙った服装をしていたらファン達はどう思う? 万が一スキャンダルになったら?

 これは俺に対してだけじゃない。他のアイドルに対しても、だ。

 ……もし、そんな感情を俺達に持っているなら、諦めた方がいい。それはお互いの破滅を招く」


 あの学園長を叔父に持ち、自らも幼少期から芸能界に居たこともあり、彼の言葉は現実味も説得力もあり、見事に私の心臓を貫きます。


 心臓がドクンッと鼓動しました。


 ……そう、か。


 そう……だから……。


 私、きっと、どこかで期待しちゃってたんだ……。


 気付かされた本心に、目を伏せました。


 私は違うと、期待なんてしてないと、そう、思っていました。世界の不純物たる私が主役である彼らをそんな目で見てはいけないと。


 ……でも、私も年頃の女子高校生で、前世でも恋愛にはからっきしで、恋に憧れてて、恋に恋してて……そんな私が、彼らをそういう目で見ない、なんてこと、できるはずがなかったんだ、と。


 杉原ちゃんに可愛くしてもらって、あわよくば灯里様は私のことを……なんて思ってしまっていたんです。そんなこと、あるわけない、許されるわけがないのに。


 溢れそうになる弱すぎる涙腺を必死で絞めます。ここで泣いてはいけない、灯里様の言う通りなんだから。ここで泣いて失望されたくない、心配をかけたくない、迷惑をかけたくない……。


「…………はい……」


 なんとか絞り出した声は、震えてしまいました。


「…………分かったならいい」


 きっと、私が涙を堪えているのに気づいてしまったのでしょう。灯里様の声は罪悪感を纏っていました。灯里様は、何も悪くないのに。


「……ちょ、ちょっとお手洗いに行ってきますね!」


 できる限り私らしく、普通に、笑いました。

 






 

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