第9話 私が、ここに居ていいのですか!?

――ここは、天国なのでしょうか。


 部屋の隅、正座でスマホを構えます。座布団も何もないので少し痛いですが足を崩すなんてかのお方の前で出来るはずもありません。


 私は三脚なのです。一切、微動だにしない無機物です。そう自分を洗脳しつつ、目の前の景色に見惚れつつ……。


 そう、彼が、踊っているのです。


 そのキレッキレなダンスを、鏡越しではなく、真正面で、私の方を向いて。


 まるでここが、彼と私だけがいるステージのようだ……なんて!! 思い上がりすぎですよねすみません!!


 でも、そう思えちゃうくらいに彼のダンスは最高なんです! まるで彼の世界に引き込まれるような、そんな、最高のダンス。これが練習なのがもったいないレベルの……。


 私はこれまで様々なライブを見てきました。でも、このダンスはそのトップクラスを行く、と断言できます。


 さっきの練習とは違って、本当に本番みたいに、彼は余裕そうに笑っています。


 ぁあああああああ! 尊い!! 尊過ぎますよ!! 笑顔が天使なんですよ!! でもちょっと小悪魔も入ってる気がして……さいっこうです、それ以外言えませんよ!! 貴方は本当何度私にトドメを刺せば気が済む……グハァッ、ウインク!? ウインク!? そんなサービス頂いていいんですか!? いや、記録のためですよね!? 本番のリハーサルみたいなもんですよね!?それは分かっているんですけど思わず動いてしまいますよそんなの!! いえ!? これは神様からの試練ですか!? どんなことがあっても動くなと、そんな試練ですか!?


 脳内トークが止まりません。一言でまとめると最高。オタクですみません。けど超幸せです。


クルッとターンする灯里様。あぁ、もう終盤、もうすぐ終わってしまう……!! けどこの調子で行けば私は任務を全うできる……!!


 震えそうになる手を抑えながら構え続けます。


 最後のポーズ。それを収めた私は……しばらくの間、感動と、足の痺れとで動けずただ余韻に浸っていました。


 正座で座ってしまったのがいけなかった。……ていうかまずいです、マジで動けない、足の感覚無い。これ動いたら痺れで倒れ込むやつだ。私知ってます。


「……どうだ? 上手く撮れたか?」


 光る汗をタオルで拭いながら、勝ち気な笑みを浮かべこちらに近づいてくる灯里様。あぁぁぁぁ!! 尊いの暴力!! かっこいいい!! かわいいいい!! でも今は近づかないでえぇぇぇぇ!!


 少し動いただけで絶望しそうなこの状況。私の顔は引きつってしまっていることでしょう。スマホを彼の手元に差し出します。


 いやね!? 無言で差し出すなんて失礼なんてことは十も承知であります!! でも今は! 無理!!


 差し出すと同時に、私の足は崩れます。あぁぁぁぁ!! もう無理だ!! 感覚がね……痺れがぁぁぁぁ!! 足が、あしがぁぁぁぁぁ!!


 失礼極まりないと分かりながら足を崩したまま痺れを堪えます。あぁぁぁぁぁ!!

  

 脳内阿鼻叫喚ですが、頑張って表には出していません。灯里様にはバレていないようで、何の疑問も持たず受け取ってもらえたようでした。


「ありがとう。……ああ、そうだ。君、僕のことフルネームで様付けしてたけど、長いし灯里トモリでいいから」


 ……


 ……いやいやいや!? 


 呼び捨てなんてできるわけないじゃあないですか!?

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る