1話 神田紗耶香

 デスクチェアーに腰かけた紗耶香の指示で、私は床に正座させられていた。

 「あのね小春、人が来たってんのにこの炎天下、玄関先に3時間放置はないわ」

 あの後結局お風呂にすら入れなかった私は、いまだにパジャマである。

 「あんたのパジャマ姿で私の命が助かるなら安いでしょうに」

 「…まさか紗耶香は超能力者!?」

 私の反応に何故か頭を抱え、ため息をつく紗耶香…。もしや知られてはいけない類のものだったのだろうか。よし心得たぞ友よ、私は誰にも言わん。

 「そのしたり顔やめんか。…で、私からのメッセージに気づいたのはいつよ?」

 …それにしても紗耶香さんや、フローリングに直で正座はどうなのよ?わたしゃ足がいとうてかなわんわ。

 「…小春?」

 おっと紗耶香の目が細くなった。これ以上は危険だ。

 「…いまさっき」

 私はゆっくり床へと目をそらす。

 他人から自由人だの、発想が突拍子もないなどといわれる私であっても、気まずいという感情ぐらいは持ち合わせている。

 「あんたねぇ…。前もって連絡しといてあげようが、気づいてすらもらえないんじゃ意味ないじゃないの」

 「ごもっともでごさいます」

 本日二度目のため息をつく紗耶香。心なしかさっきより長かったのは気のせいであろう。

 「紗耶香、ため息ばっかりついてると運が逃げるってきくよ。ほーらスマイルスマイルー」

 雰囲気を変えようと明るくふるまってみた。

 「誰のせいかわかってる?」

 …静かな怒りのこもった目が返ってきた。

 私でもさすがにわかる。対応をどこかで間違えたらしい。それも致命的なミスを犯したようだ。

 え、えーと、何か話題は…。

 「そ、そういえば紗耶香。今日は何でうちにきたの?」

 話題などいきなり思いつくわけがない。冷や汗たらたらである。

 だが思いのほかこの話題転換は状況を改善してくれた。

 「あれ、言ってなかったっけ。小春に手伝ってほしいゲームがあってさ。どうせ暇してるんでしょ?」

 「ゲームの手伝い?聞いてないよそんなの。今から行く!としかメッセージきてないし」

 それはそうと、なぜだろう。改めて暇だといわれると胸がチクチクする。

 「そだっけ。ごめんごめん、じゃあ今言った。そういうことでよろしく」

 悪びれるそぶりもなくあっけらかんといい切られた。

 「手伝うこと自体はやぶさかではないんだけど…。ものによるというか…」

 すでにネットを開けば攻略が出ているような、そんなゲームはしたくない。

 「Angel Haloってゲームなんだけど知ってる?」

 Angel Halo…。もし私の記憶にあるものと同じであるならば、もう四年以上は昔のゲームである。…ごめん紗耶香、食指が動かん。

 「それって四年ぐらい前のゲームじゃないの?今更やる気が起きないんだけど」

 明らかに嫌そうな表情にわざとらしいぐらいやりたくないアピールをセットで投入。ここまですれば紗耶香といえど折れてくれるはずだ。

 そんな期待をよそに、紗耶香は眉一つ動かさず爆弾を投下してきた。

 「大丈夫、あんたの性格は知ってる。実はねこのゲーム、いまだに誰一人としてクリアできていないのよ。それも四年間、一度たりともアプデすら行われていないわ」

 …はい?え、今なんて言った?

 四年前のゲームが攻略者はおろか、アプデすら行わない?…そんなこと可能なわけがない。だがもし本当にそんなことをやってのけているのだとしたら?

 「よかった、興味はもってもらえたみたいね。あんたのうきうきした目、久しぶりに見たわ」

 不覚にも私は興味を持ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る