第14話 編集長と俺

「ふおおおおおお!!!」

「ふふん。」


 電話してから3日後。


 編集長は俺の動画を編集したものをメールで送ってくれた。今はそれをパソコンで鑑賞し、電話で感想を言っている。


 俺の走る目線とじっちゃんの撮ってくれていた目線。緊迫した様子をうまい具合に両目線を入れることで表現できていた。

 俺の顔はカットされてたり、葉っぱで顔が隠れているものを採用することで、映ることはない。

 虎徹を抱いているシーンは、ほとんど虎徹の毛皮しか見えていない仕様だ。


「ていうか、仁君。全然普通のほのぼの動画じゃないじゃない・・・。もっとこう、布団で一緒に寝るとかさ、想像してたわ。」


 布団??寝ることはあるけど、俺が寝てる間に勝手に入ってくるから、俺が撮影はできないぞ?


「それにしてもびっくりしたわあ。仁君がすごくアクロバッティックだったこともそうだけど、これを撮ってるおじいさんもなかなかよねえ。」

「そうだな。」


 動画見たとき、俺の動き回る様子と、追いかけるシュヴァルツとクレイがちゃんと撮れていることに、俺も驚いた。

 3分後にスタートした彼らはものすごいスピードだっただろう。そんなに離れてないとはいえ、あのスピードに付いてくるとは・・・・。

 俺は思わず画面の前で頷く。


「これ、山の傾斜結構あるでしょ??なんでこんなに駆け上がれるのか。意味が分からないわね・・・。」

「そうだよなあ。じっちゃんカメラ持ってるのにすごすぎな。」

「・・・・あなたもね。」


 もちろんこれを撮影したじっちゃんもすごいと覆うけど、こんな編集してる編集長も、俺からしたら本当にすごいんだけどな。


 効果音とかもしっかり入ってるし。



 マウスで時々動画を止めながら鑑賞している間、編集長はずっとすごいすごい言っていた。シュヴァルツとクレイは本物の狼に見えるだの、仁の動きに重力を感じない、虎徹君可愛いだの。


 その様子に照れながら、しばらく俺も相槌を打っていたのだが・・・


「ーーーーがめちゃくちゃ躍動感があって、見ていてドキドキしちゃったわよ。それにね・・・・ってどうかしたの??」


 途中から考え事があって、編集長の言葉に耳を傾けるのが疎かになってしまった。何の反応もしなくなった俺に違和感を感じた編集長。


 沈黙する俺に何かあったのかと、こちらをうかがうようにして問いかける。


「あ、あのさあ・・・・。」


 話を中断してしまって申し訳ないのだが、実は俺、編集長が動画を編集している期間、考えていることがあった。


「??何かしら??」


 それをなるべく早く彼女に伝えたかったんだけど。言おうと思うとちょっと恥ずかしいっていうか・・・・。

 でも、今言わなければ、言う機会を逃してしまう気がして。


「えーと。」

「何か悩んでることがあったら言いなさい??」


 もじもじしている俺。

 普段そんなに悩むことがないので、そんなに深刻なのかと編集長は気が気でない。


「・・・・・・・3日前から言おうと思ってたんだけど・・さ。」


 そうそれは3日目に確信に変わったんだ。


「ええ。」


「編集長俺の事すごい助けてくれるじゃん???」


「まあ、ほおっておけないからね。」


「それに、すごい救われてて、本当にありがとうを伝えたくて。」


「あら。もう十分伝わってるわよ??」


「いや、でも、伝えたかったのはそれだけじゃねえんだ。」


「ふん。(何かしら??)」


「編集長の優しさが本当に心に来たっていうか・・・。」


「あ・・・あら。(あれ?この感じって・・・)」


「東京であったときは、こんなん絶対に考えなかったって言うか・・・。」


「そ・・・それを今伝えようとしてるのね??

(こ・・・告白・・かしら??私に!?)」


「ああ。」


「そ・・れはまずいんじゃないかしら??私。確かにあなたに心揺さぶられたけど、まだあなたは若いし、そんなすぐに決めるのは時期尚早なんじゃなくて!?!?

(これマジ!?!?マジなのでは!?!?嬉しいけど、私女性が恋愛対象なのよ!!!)」


「いや、そういってくれる編集長だからいいなって思えたんだ。」


「そう・・・なのね??いいのね??それで??

(もう心は決まってるのね。なら、私もしっかりはっきり、たとえそれが断りの言葉だとしても、返事をしないと。)」


「ああ。」


「わかったわ。聞きましょう。」


「俺、あんたの・・・・」


「(こんなにいい子を断るのも心が痛いわね。)」


「編集長の所の仕事だったらやってみてもいいぞ!!!」


「え??(え??)」


「え??」


「「え???」」



 *******



「あ、あらあ。そういうことだったのね!!ちょっと勘違いしてたわ!!

(てっきり告白されるのかと。)」


「??なんすか??ほかになんかあったっけ??」


 無事に言うことができた俺は肩の力を抜いた。

 この3日間編集長のために何ができるか悶々と考えてた。昼寝する時も、山で遊んでるときも、畑でニンジン見てるときも。

 考えて考えてやっと報いることができる方法を思いついたのだが、それを伝えるには、一度断っていたため、気まずかったのだ。


 それにしても俺の言い方が悪かったのかな??すげえ、編集長焦ってる気がする。勘違いが何かわからねえけど。

 でも、人には知られたくない秘密があるってじっちゃん言ってた。だから追い立てるのは違うよな。


「いいえ??特には。」


 年下の無垢な子に、どぎまぎしていたとは、恥ずかしくてとても言えない。編集長は会社の自分の席で一人、ワタワタしていた。

 その様子を隣に座る部下が怪しげに観察する。

 その視線に気づいた編集長は誤魔化すようにして、咳払いをした。


「そ??」

「ん”ん”っ。そうよ。ただ、私の会社の仕事を手伝ってくれるのはすごく嬉しいわねえ。是非一度モデルとして出てくれる??」

「・・・東京で??」

「東京で。」


 東京かあ。


 編集長の会社は東京だって言ってたから当たり前だよなあ。

 でも、ここから東京まではなかなか遠い。飛行場に行く、東京に降り立つので5時間くらいかかったと思う。

 ほぼ丸々1日が潰れてしまうこともあるが、何より、じっとしているのは存外疲れるんだよなあ。そこだけがネック。


 飛行機も電車も、街を歩くのも苦手なのに、いけるかなあ。

 ・・・・あ、編集長のためなら働くぜ!!っていうやる気が少し萎んだ気がする。


「あ、もちろん飛行機代とかはこちらから出すわよ??それに、おいしいお店も、良いお土産物屋さんも教えてあげるし!!」


 お土産・・・確かに東京は食べ物がおいしい・・。


「そ・・・それはまあ嬉しいけど。っていうか、断るつもりはねえよ。」

「もちろんお土産代も私が出すけど??どうかしら??」


 編集長はなぜか報酬をどんどん追加してくれた。断る気は全然なかったのだが。


 ていうか編集長今なんて言った!?!?お土産代も出す!?

 何!?!?お土産代も払ってくれるとな!?!?じゃ・・・じゃあ、あの伝説の東京☆バナナなるものも買ってくれるということか!?!?


「もちろんよ??ていうかそれでいいの??」


 もちろんだぜ!!あれは俺にとってたまにしか食すことのできない幻の珍味!!

 集落に帰ってくる奴らがしきりに、話してくれる奴!!何個!?何個買っていいの!?え?2個!?2個も買っていいの!?!?






 当然だが、交渉は成立した。


 明日の配信と、動画を投稿したら、1カ月以内に仕事の企画書を上に通すから、その時にまた連絡する。もしかしたら、次の企画に入れられなくて、2か月後になってしまうかもしれないけど絶対通すから、それまで待っていて欲しい。とのこと。


「あれ?なんか無理やり俺を雇おうとしてない??他の人知らないんじゃね??俺の事??」

「大丈夫よ。私がいいと言ったらいいんだから。」


 編集長はためらうことなく肯定した。他の人が知らないことを。


 俺は少し遠い目をした。


 ・・・・ちょっと横暴な気はしないでもないが、それが彼女のためになるのなら、いいか。

 他の人のために働くとは言ってねえから知ったことではないということで。多分向こうの人は慌てるだろうけど。



「わかった。なんか準備するものある??」

「この間買った服を着てきてくれればいいわよ♡めちゃ似合っていたやつ♡」




 ******



「見に来てくれた人あんがとなあ~。一週間ぶり。」


 約束の日。午後2時より、配信を開始した。


 <この前新規参入したものだけど!!すごく楽しみにしてました!!>

 <やほ~>

 <元気でっす。>


 現在見てくれている人は21人。2回目の配信で少し増えたらしい。


 しばらく何の報告も連絡もしていなかったから、誰も来てくれないんじゃないかと、内心ひやひやしていた仁である。


「そうか~。俺は結構いろいろあったなあ。」


 <ワイもいろいろあった・・・。>

 <毎日が冒険ですしね。>

 <私はいつも通りつまらない毎日を続けているのですよ・・・。>

 <↑何があった!?!?>


「いつも思うんだけど、皆すごい言葉選びいいよな。毎日が冒険とか普通思いつかないしさ。」


 <笑>

 <あ、いや・・・これは・・・誰かの名言でして・・・>

 <ねっとのたみはおしゃれなことばえらびがじょうずなんですよお~。>


「あ、そーなんだ。でも、それを応用して使ってるわけだろ???ならもうそれはその人の言葉選びがいいってことになるんじゃね??」


 <まあ、そうなのかも???>

 <そう言われるとなんか照れる。>

 <え?じゃあ、じゃあ、人間だもの!!人間だものね!!>

 <↑草>


 ケラケラと手を叩いて笑う。

 ねっとのたみも楽しそうで、こちらも嬉しくなる。


 平和な会話が続く中、仁は本来の目的を思い出した。


「あ!!そうだそうだ!!忘れるといけねえや。俺動画作ったから、それを発表しようと思ってたんだよな!!」


 <あ、先週言ってたね。そういえば。>

 <ワンちゃんワンちゃんワンちゃん>

 <さっきまで覚えてたのに!!!!>


「そうそう。あと、今回はサムネイル?ってやつも、俺のスマホで撮った写真にしてみたんだけどどう??」


 <草>

 <草>

 <本当に草>

 <そうなんだよな。本当に草の写真で草しか言えねえよ。>


 そう。今回選ばせていただいた写真は、ニンジンの葉。土と緑のコントラストがいい感じに取れたから、自慢もかねてサムネイルにしてみたのだ。


「いいだろ??ちょっと俺が適当に種まいたら結構育っちゃってさあ。ファンキーレッドって名前つけたんだぜ。」


 <ファンキー―――――――――!!!>

 <rrrrrレッドオオーーーーーー!!!>

 <草>

 <草だけに>

 <草>

 <前から思ってたんだけどさ。ネーミングセンス皆無だよな。カルマって。>

 <ダサすぎるんご>

 <やめられないとまらない~♪>



 仁は理不尽という言葉も今、ここで学んだのであった。


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