第13話 成果と俺
春の訪れを感じさせる生暖かい風は、どことなく甘い香りを感じさせ、自然のオーケストラはピチュピチュと庭の木の上で楽しそうに跳ねていた。
太陽に照らされる若葉は、青々と茂り、その逞しさに植木鉢がバランスを取れなくなっている。
そんな素晴らしい日に、外に出るわけでもなく、家の中でじっと椅子に座るものが一人。
バキボキバキ
椅子の上で伸びを行う。
編集それはとても気の遠くなる作業であると俺は学んだ。その証拠に今、俺は編集という言葉から検索し直している。動画をくっつけるだけが編集なのではないのかと、わずかな希望を託して。
・・・・チガッタ。
ソフトウェアをダウンロードし、動画をパソコンに取り込むまではなんとかこなすことができた。これだけでも大分時間はかかったんだが、これだけで動画を完成と言っていいものなのか。
そういえば、東京に行って、分からないしかお土産に持って帰ってないな・・・。なんてちょっとかっこいいこと考えて、成長する自分に酔っていたらこのザマだ。
2回目の配信を終えてから、3日。
あと4日で約束の日がやってきてしまう。
編集について学ぼ~→YouTubeの動画あさってたら面白くてついつい連続で30分くらい見ちゃって、本来の目的を忘れて見入る。
これが本当に悪循環。
「神は言っておられます。この世界はまだお前には早いと。」
様々な人の動画を見るからこそ、何それ状態だ。文字が入ったり、音楽がじゃーん!!ってなったり。
「それに目がチカチカしていてえ・・・。30分で限界だ・・・。休憩20分入れないとパソコンの画面すら見てられないのな・・・。どしよ。」
ふ~むむむむ。
まあ、とりあえず、何でもかんでも一気にやる必要はないよな。動画を2個くっつけられただけでも十分な成果だろ。
でも残り数日間何もしないってのもあれだから、色んな編集してる動画みようかな・・・。
よし!っと椅子から立ち上がり、ばっちゃんの畑の仕事を手伝おうと思った時。
「プルルルルルルル。プルルルルルルル。」
「おや??」
机に乗ったスマホが、振動により、陸に上がった魚のように跳ねていた。
仁はこの様子が好きなため、設定をあえて変えずにいる。
その好きさ加減は、「じっちゃん電話して!!」と一日に2回頼むほどだ。
「え~と。知らない番号・・・??でもないな。」
画面に表示されるは”編集長”の文字。
その文字を見た瞬間、仁の頭に、メアドが決まったら教えなさいよ!!と言っていた彼女の姿が浮かび上がった。
「あちゃ~。すっかり忘れてたぜ。」
人間、きっかけがあれば、忘れていたはずのものを思い出すものだ。
俺は画面を指でスライドした。
「はーい。メール作れたのに伝え忘れていた仁ですけれども~。」
「・・・・よくわかってるじゃない。」
「ごめんちゃい。」
編集長はそんなこったろうと思っていたわ。というと、声のトーンを変える。
「まあ、それもあったんだけど、あの後ちゃんとできたかの確認もしようと思ってたのよ。チャンネル名もわからないから、YouTubeで確認できなかったしね。」
なんだかんでいって、本当に面倒見のいいひとだ。商売だ商売だという割には本気で、スケジュールを確認してきたりしないし。
「あ、俺のチャンネル名は秘境に住むカルマってゆー名前にした。まんまでしょ???」
「え、それは・・・・まあ、あなたらしくていい名前だと思うわ。」
「メールアドレスも、チャンネル名と同じにしたぜ」
「なるほどね。分かったわ。・・・・秘境に住むカルマっと。・・・・あら??」
「どしたん??」
カチャカチャと音がしたので、彼女はパソコンか何かで俺のチャンネルを検索したんだろう。最後にパチンッとなって驚く声が聞こえた。
「もうチャンネル登録してくれてる人いるじゃない!?!?どうしたのよ!?!?」
「あ~それねえ~。」
それを語るには、俺の失敗談もりもりの、谷よりも深い理由を説明なければならない・・・・。
「かくかくしかじか・・・・」
「ふんふんなるほど。まるまるうまうま‥‥ってわかるわけないでしょ!!!ちゃんと説明しなさい!!」
そんなに怒ることないだろ??ちょっとしたジョークだよ。
俺が説明するのがめんどくさいからと、ふざけたら、普通に怒られた。
でも、案外ノってくれたことがちょっと嬉しかった。
「すんませんでしたあ~。」
その後しばらく、どのようにしてこうなったかの説明をする。
俺が録画と、配信を間違えていたこと。見に来てくれていた人を、悪者だと思い込んでいたこと。彼らがなぜか癒されると言ってくること、4日後に撮影した動画を初めて投稿してみることだ。
途中、顔出しをしてしまったことに関しては、「何してるの!?!?」とびっくりしていたが、登録者数が少ないこともあり、「まあ、大丈夫そうね。良識ありそうだし。」で終わった。
そして、さっき編集を諦めた動画の話をする。
「動画はさあ。じっちゃんに協力してもらって、いつもの犬と遊んでいる様子をとったんだぜ??」
「あら。餌をあげてる様子とか、撫でてる様子かしら??」
「そうだな。餌を(かけてのケガ覚悟の遊び)あげて、撫でてる(決め技をされている)様子だな。」
あら、結構しっかりやっているのね。と、編集長は感心する。
「あ、でも、顔とかは映らないようにモザイクとか、スタンプとか付けたの??」
編集長の言葉に、やっぱり俺なかなかできてるよなあと思ったのもつかの間。その次の言葉にぐうの音も出ない。
顔を出すのはだめだと、見てくれていた人も言っていたのに、4日後の動画にはがっつり映っているからだ。
俺はぐぎぎ・・・と唸る。
「で・・・できてない・・・。映ってるかも・・・。」
かもではなく絶対。
「それはだめよ~!!あなた、ネットで顔出しの本当の怖さを分かってないわあ。」
確かに知らない。むしろばれてもいいやくらいで思っていた。集落に来たら万々歳だし。
居もしないのに俺は携帯から目をそらした。
だが、それを言ったらもっと怒られそうなことは分かったので言わない。
とりあえず、彼女の言葉が俺のハートに、突き刺さる。
******
動画の編集技術が未熟な俺では、モザイクなどという高等技術を行うことはできない。でも、見てくれている人と約束してしまった。破ることはできないため、何の編集もなく投稿しようと思った。と、情けなくも俺は白状する。
「今から教えてあげたいのはやまやまだけど、仕事が立て込んでて難しいわ。」
事情を説明した後、編集長は俺の心を覗き込んだかのように、ちょうど俺が言おうとした言葉を先に出してきた。
そうだよなあ。と俺の落胆に気づいてか少しばつの悪そうな声色になる編集長。
「ごめんなさいねえ。」
「いや、そこまで迷惑かけるにはいかねえです。」
俺は編集長が悪びれる必要はないのに。と思いながら、返事をした。
本当は少し期待していたのに。
20にもなるのに、まだまだ甘ったれで、人に頼ってばかり。そんな風に思う俺が情けなくて。かっこ悪くて。
それと同時に、
やっぱり現代人みたいには機械を使いこなせない。じっちゃんとの約束も果たすことは到底できやしない。山でしか活躍できない俺には、YouTubeだなんて、敷居が違いすぎるんだ。
脳裏によぎるは、買い物のこと。ゲームの事。電車の事。スマホの事。パソコンの組み立ての事。初めての配信の事。シュバルツとクレイと虎徹。
もちろん悪いことだらけではない。しかし、文明の違いをまるで鋭いナイフのように突きつけられたのは事実で・・・。
そんな、今まで思わないように蓋をしてきた思いが、あふれてきた。
いやいや、今はそこじゃないと。一度頭を振って、今まで感じたことのないネガティブな自分を自分から振り払う。
人に迷惑かけるくらいだったら、正直に4日後の彼らに事情を説明して、期間を延長するか、編集する必要のないものを撮り直そう。
じっちゃんには悪いが、お願いして、もう一度顔が映らないように・・・・
「今週中には無理だけど、休みの日だったらいいわよ。」
沈む俺にかけられる鶴の一声。
「あと、今回だけは私が動画を編集してあげる。あなたも頑張ったんでしょ??」
俺は悔しさから、つぐんでいた口を、ハッと開け、息をのむ。
暖かな声色に暖かな言葉。
甘ったれな俺だけど、俺なりに頑張っていることを認めてくれた編集長は、やっぱ俺の心の中が読めるんだと思う。
動画のためにたくさん考えて、初めての環境で初めて集落の外の人とのやり取りをして。
俺がそんなことばっかりやってるのに、頑張れも、だめとも言わない代わりに、畑仕事を少なめにしてくれるばっちゃんにじっちゃん。
俺、しっかりやれてるの??
無謀なものに手を出してるんじゃないかって、俺の負担を肩代わりしてくれてる2人に申し訳なくなっていた俺が心のどこかにいて。
編集長の言葉に、俺ですら気づけなかったそいつの心が報われた気がした。
「まあ・・・・頑張ったけど・・・。」
ありがとうの一つも言えない。
素直になれない俺。
「分かった??今回だけよ??」
「頼むデス。」
惚れるということはないが、人生の先輩として、とても輝いて見えた。
編集長のためなら、働くのも悪くねぇって思う。
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