第2話 異界と俺

 なぜ俺が現実逃避をしているのか。それを知るには少し前に遡る必要がある。


 あれは20歳の誕生日3日前、19歳の俺だった時の話だ。


「おい、仁。お前もうすぐ20歳になるじゃろ?」

「おん。」

「狩猟免許でも取りに行くかね??」

「おおおおおお!!行く行く!!!」


 こんな感じの会話を家の庭で犬と戯れていた時にじっちゃんとした。


 この時、俺はもっとちゃんと聞いておくべきだったんだろう。じっちゃんは免許取りに行くかとは聞いていたが、すぐにとは言っていなかったことに気づけなかった。


 いろいろ書類があるから、すぐに免許は取りに行けないよなあとは思っていた。が、狩猟免許を取るにあたって事前講習会というものがあるということは知ってたから、今日はそれに連れていかれるのかと思っていたんだ。


 だから、軽トラ乗って、でかい鳥型の乗り物がたくさん止まっているところに着いたときに、ここで授業受けるのか~。とか。へえ~。とか。田舎者感出さないように我慢した。


 でも実際はそうじゃなくて、聞くべきだったんだって今ならわかる。

 ここで講習会するの?ってな。


 鳥型の乗り物に乗って、シートベルトをしたときはちょっと違和感あったけど、そんなもんなのかと思って気にしなかった。

 でも、職員の人が喋った後、いきなりいつも見あげている空に、俺が乗ってるやつが行くもんだから、心臓バクバクで冷や汗が止まらなかったわ。

 皆で天国にでも行くのかと思ったからな。


「なんで皆そんなに落ち着いてるんだ!?!?」ってじっちゃんに聞いたら、「あれ?おめえ、高所恐怖症だっけか??」なんて余裕そうな顔で言われたからすげえむかついた。


 ほんとに焦ってる俺がバカみてえじゃねえかって。


 じっちゃんそしたら、俺の顔から心の中を察知したみたいで、「おめえは馬鹿だぞ?」って言ってくるもんだから手に負えない。


 ぎょろっとじっちゃんのほうを見たけど、じっちゃんは長い足を見せつけるように、大げさに足を組むだけで、俺の神経を逆立てることしかしなかった。



 *********



 2時間くらいか??俺が手をぎゅっと握ってガタガタしているうちに、空を飛ぶ、鳥型の乗り物は地上に戻っていたらしい。

 到着してからというもの。じっちゃんは迷いなく、荷物が回る変なのから荷物をとってすたすた歩いていく。

 自動ドアを抜けた先には、俺が見たことないくらいたくさんの


 人。人。人。


 ここで俺は気づいたんだ。熊本じゃなくね??って。

 もちろん地図で日本全体の県名とか場所は理解している。

 でも、詳しくはどんなところかは知らなかった。

 首都がどんな状態になっているのか。俺は知らなかった。

 こんなに人は集まるものなんだって俺は知らなかったんだ。






 そして冒頭に戻る。




「俺家帰るうううううう!!」

「我慢しちょれ。今日から1週間ここで生活するぞい。」


 荷物が回る部屋に戻ろうと、180度回転した俺をじっちゃんは上半身に腕を回す感じでガシッとつかんだ。この人65歳にもなるのに筋肉半端ないから、ガシッとつかまれた上半身がびくともしない。


「嫌だ!!俺は息もできない!!こんな世界じゃあ!!」

「息しとるだろが。」

「家帰るううう!!」


 しばらくじたばた暴れてみるが、この腕から逃れることはできないようだ。とても悔しいが、この世に逆らってはいけないものと言うのは沢山ある。

 潔く諦めて、俺はもがいていた体から力を抜いた。

 その様子をしげしげと確認したじっちゃんも、もういいかと腕を下す。


 瞬間。


 およそ、じっちゃんの腕から力が抜けたと判断してからコンマ1秒。

 再び足に力を籠める。


(甘い!!その瞬間を待っていた!)


(諦めねえぜ!!最後まで!!)


「ふはははは!!俺は帰るんだぜ!!」


 いけると思った瞬間に、捨て台詞を吐くと言う、俺の悪い癖が出てしまったがこの際いいだろう。

 足を軽く曲げ、じっちゃんの腕の範囲外に体全体を落とし込む。


 その後、落とし込みに合わせて、走り出しの最初の1歩を踏み出すわけなのだが・・・


「あばよ!じじ・・・「甘いのお。渡〇より甘いわい。」・・・ぶふぉおお!!」



 その足に引っ掛けるようにしてじっちゃんの足が。


 走り出そうとした勢いのまま、「ずざざざざ・・・」と派手に転んでしまった。

 荷物を片手に持っていたものだから、体制を整えることなく、顔面から。


 強打した鼻が、久しぶりの痛みを訴えてきて、すぐに立ち上がることができない。


「ふほほほほ!!わしもまだまだ現役じゃのう!!」


 倒れる俺の頭上から、とても愉快そうな、じっちゃんの高笑いが聞こえた。とても大人気ない。


 さらに、転んだことで、頭に上っていた血が下り、じっちゃん以外の声も耳に入って来るようになった。


「なにあれえ~。」

「邪魔だな・・・。」

「騒がしいな。何かあったのか??」


 通路のど真ん中。結構な声量で騒いでしまったため、周囲の空港利用者の通行の邪魔をしてしまったらしい。

 不快感を表す言葉がそこかしこで聞こえた。


 もちろん悪いのは俺たちであるが、普段感じることのない視線の暴力や、集団圧力。自然のように包み込むような暖かな空気を感じられないこの場所で、俺は生きて帰ることができるのか。

 倒れながらも、考えを巡らす。

 これからが心配になる仁であった。






「あ、しまった。仁の顔に傷つけたら、わしがばあさんに怒られてしまう。おい。仁?起きれるか?仁??顔は無事か??」


 ・・・ばっちゃんじゃなくて、俺の体の心配をして欲しいんだけど???



 *********



 針の筵状態になってしまった俺は、大人しくじっちゃんに手を引かれていた。普段手を引かれることは断固拒否するところだが、今日は違う。人の波に飲み込まれそうになってアップアップしてしまうからだ。

 山では俺に追いつける集落の奴らはいない。だが、ここでは人海戦術で俺の周囲を囲んでいるため、逃げ出せないんだ。まあ、逃さないためにじっちゃんは手を引いてくれているんだけども。




 電車に揺られ、歩くこと1時間。


「さあ、着いたぞ~。ここが今日泊まるところじゃよ。」


 目的地にたどり着く。


 言われて見上げれば、天高くそびえ立つビル。ここに来るまでに見た様々な建物も、これも、熊本のそれとは常軌を逸している。


 なぜ石垣がないの?とか、森がないの?とかは、さすがの俺も聞かない。もう、他のところで色々衝撃が大きすぎて、そんなこと聞くのは野暮だって気づいたからだ。


 外観も驚きが詰まっていたが、この建物の驚きポイントはそこだけではない。


「す・・・すげえ・・・。」


 内装もすごかった。


 暖かな照明と広々とした空間。吹き抜けのようになっている天井。階段は広く、ゆったりと上階に繋がっている。

 あまりの世界観の違いに、心の声が漏れ出てしまった。


 足元にはとても綺麗で、ふわふわな絨毯。


 きっと俺の家族(犬)よりもふもふだな・・・。


 すでにホームシックになりかけていた仁は、絨毯を見て、そんな事を考えていた。

 足をパタパタさせて、そのしんみりとした感情を誤魔化す。


 絨毯を見つめた後は、周りの人はそういえば綺麗な服着てるなあ、なんて思いながらじっちゃんがフロントで手続きしている背中を眺める。


 じっちゃんも今日は結構いい服着てんな・・・。


 上下ピシッと決まった黒のジャケットに、中は深緑のベストとネクタイ。ジャケットが包み込む引き締まった体は、彼の年齢を感じさせない。


 それと対照的に今の俺。

 こないだの買い物係だったお隣の小林さんが「お得だったからあげるわ~」と言って俺にくれた3枚で1000円の無地のTシャツにジーパン。ジーパンなんかは擦り切れてちょっと穴空いてる。

 あ、穴は友達(犬)にやられたんだけどね。


 かなり場違い感があるのは自分でもわかってるもんで、飛んでくる他のお客からの視線も1周回って、当然の結果だと受け入れられるようになった。


 俺を見てコソコソ話すんのはやめて欲しいけどね・・・。


「ほれ、仁。部屋に行くぞ。」

 

 手続きが終わったじっちゃんが呼びに来る。自分の客観的評価を中断し、両手に俺とじっちゃんの分の荷物をもって座っていた席を立つ。


 エレベーターで向かうは最上階の部屋。ドアを開いた先はダブルのベットが2つとソファーが2つ。以前街で見かけたテレビなるものも壁に設置されていた。


「うおおおおおお!!すごくね!!なにこれ!!俺ん家とは全然違う!!」


 俺の家は風呂を薪で沸かしてるけど、ここのは蛇口をひねるだけで温かいお湯が出てくるらしい。本当に感動だ。


 あ、お隣の柳澤さんがつけたって自慢してたシャワーもついてる!!いいなあ~。え?何?風呂はジャグジー?横文字俺苦手。


 キャーキャーワーワー、しばらく部屋を観察したのち、自分が荷物を持っていたことに気が付く。興奮しすぎて、荷物を持っていたことを忘れていたようだ。


 荷物置きスペースに荷物を置いて・・・。


 早速ベットに横たわっているじっちゃんを振り返って、今後の予定を聞くことにした。


「なあじっちゃん。ここで狩猟免許の事前講習会?っていうの受けんの??いつ??」


「はあ?」


「へえ?」


 ベットで目を閉じていたじっちゃんが半目なって、俺にガン飛ばしてきた。いきなりのガン飛ばしに意味が分からなかったから、俺は生返事をしてしまう。


「狩猟免許なんぞ取りに来ておらんぞ??」


「へえ!?!?」


 じっちゃんの顔はふざけているようには見えなかったので、狩猟免許を取りに来た訳ではないというのは本当らしい。


 へえ!?と言った俺の顔は大分間抜けだったことだろう。


 俺とじっちゃんの間に、認識の相違があることが、東京に降り立って数時間後の今、発覚したようだ。



 ・・・・・え、そうなの!?







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