あいつ

 実はこの部屋には少し前までもうひとり人間がいた。名前も知らないやつだったが、俺とは違い外出が大好きな物好きだった。


 驚くなよ、その頃の俺は仕事をしていたんだ。と言っても今とやってることは大差ない。受信機のダイヤルをいじってはノイズ音を奏でていたんだ。違う点といえば、空想話をそいつとはよくしていたことかな。


 俺は今と変わらず、あり得たかもしれない話を空想していたがそいつはこれからの事を空想していた。あいつはそれを空想じゃなく『夢』だと語っていた。似たようなものじゃないか。


 あいつはよく外に出ていたし、食べ物や飲み物はあいつが持ってきてくれていた。それは内心とても助かっていたし、感謝してもしきれないと感じていた。居なくなった今でもその気持ちは変わらない。だが…あいつはある日外から帰ってこなくなった。


 無論心配した、もしや何かあったのではないか。俺も意を決して外に出ようかと何度と思った。でもダメだった、外の世界は残酷だ。理性でいくら出ようと自分を鼓舞しても本能に抑えつけられた。


 受信機で聞きたいのは本当は誰かの声じゃないんだ。帰ってこなくてもいい、ただ生きているだけでいい。


 俺と同じ、物好きの声をもう一度聞きたかっただけなんだ。



「…………………………」

また空想に没頭していた。黙りこくってる受信機を見てやはり俺の妄想では無かった事を認識した。が…。


ザーーーーーーーーーーーーーーー…


いつもの調子に戻ってしまった。

これでは気を抜けない。だが、無音ばかりで音声を送信しない相手も相当に奇妙だ。


 少し不可解に感じながらも、俺はやはり眠りに就くことにした。


 その日、不思議な夢を見た。

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