第5章 第32話「ヒヒマの演説」
サバンドール国における「王」とは何なのか。
それについて語るには、この国の統治機構を知らねばなるまい。
サバンドール国の行政区分の最小単位は「
「村」とは、単一あるいは特定の複数種族によって構成される集落を指す。
例えば暴狼人族の集落も、この「村」にあたる。
その特性上、規模はそれほど大きくないものがほとんどだ。
「町」とは、不特定多数の種族によって構成される集落を指す。
規模は様々。首都ヴィゴールも、区分上は「町」にあたる。
ただしヴィゴールのような大都市の場合、その中で更に「郡」「区域」など独自の区画整理を行って統治が為されている。
「帯」は、基本的に人の住まない自然地域を指す。
~~山岳帯、~~湿地帯、~~森林帯、~~草原帯、といった呼ばれ方をしている。
そして、サバンドール国全体は八つの「州」で構成されている。
これは単純に国土を八つに分けたもので、山脈や河川などが州境になることが多い。
この州の中に、多くの村町帯が含まれる。
そして州の上部組織として働くのが、サバンドール国の最高機関である「王議会」だ。
「村」「町」にはそれぞれ村長、町長がいる。
村長は、選挙のみならず、合議や前任者からの指名、あるいは世襲で選出されることもある。
町長のほとんどは町民選挙による選出だ。
州のトップである州首相も、同じく選挙で選出されるが、投票は村長と町長のみによって行われる。
ただし立候補者には条件があり、村長または町長の経験者であること。また、村長・町長との兼任はできない。
サバンドール国の場合、実質的な統治意思決定のほとんどは「州」によって賄われる。
そのため一番苛烈なのは、実は州首相選挙だ。
実務力が求められ、かつ多大なる利権が絡むため、選挙期間は半年に及び、表象でも水面下でも様々な思惑が交差する。
では、州の上に位置する「王議会」では、何を担っているのか。
大まかに言えば、州をまたぐ法律の制定、州同士の軋轢の調停、外交、軍事、そして魔物討伐である。
ただし現代において、サバンドール国は地方内随一の超巨大国家。
次点はマシナ国であり、その他は北方に位置する虫人族達の国々だ。
まず対マシナ国の時点で、国土面積、人口、国力など全てにおいて、サバンドール国が劣る要素がない。
虫人族については、種族ごとに弱小国家がいくつも点在しているという具合である。
そのため外交力と軍事力は、最低限しか必要とされていないのが現状だ。
さて、王議会について語る前に、「族長」について説明の必要がある。
「族長」は文字通り各種族の長だ。これは、村長や町長とは直接の関係がなく、あくまでその種族全体の「代表者」という位置づけになる。
ほとんどの種族はサバンドールの全国各地に散らばっているが、この族長が種族全体の問題や要望を管理し、種族としての統制を図っている。
現在サバンドール国における族長は全五十人。これは種族が五十という訳でなく、似たような種族の長は一人にまとめられる形――例えば、ダチョウ人族とエミュー人族の族長は「ダチョウ・エミュー人族長」となる――においての人数だ。
行政として、族長に定めている義務は二つ。
一つが、王選挙における投票。
もう一つが、議会代表者の選出だ。
つまり議会は、「五十の単位種族の代表者の集まり」である。この代表者は、族長が兼任することもあれば、族長とは別の者が務めることもある。
様々な意思決定や法律制定などについて、検討は議会と王のそれぞれで行われる。
双方の認可が下りれば承認。
王が棄却すれば、議会の認可、非認可に関わらず、却下。
王が認可、議会が棄却の場合、王と議会の合議により最終決定。
このように、王と議会はそれぞれほぼ同じ権限を持っているが、王の方がやや強めというパワーバランスとなっている。
とは言え、王は「議会の結論に任せる」と決定を投げる場合も多い。
なお王については、専属の顧問を不特定数持つことが認められており、実は「四獣傑」もその一つである。国内においては武力の象徴的意味合いが大きい四獣傑であるが、その実務はと言うと、争い事の調停や魔物討伐における王の協力者なのだ。
ここでようやく、最初の問い、すなわち「サバンドール国における王とは」に答えることができる。
王は権限こそ持っているものの、実務的な役割は、実質それほど多くない。
期待されているのはやはり、有事の際のリーダーシップ。
「何が起こっても、この人がいるから安心だ」という、国民の精神的な支柱が「王」なのだ。
そして有事の際に求められるのは、外国や魔物、自然災害の時に身体を張れる戦闘力。
もちろん、王個人で全てが解決できるわけではないが、有事の際に猛者共が有機的に働くためには、王のカリスマ性が絶対条件なのだ。
そのため、州首相選と異なり、およそ選挙活動というものはほとんど為されない。
むしろ「バトルフェスタ」が、選挙活動そのもの。
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ヒヒマが目を覚ましてから、四日後。
彼は再び、バトルフェスタが行われたスタジアムの控室にいた。
今日は王選挙の立候補者演説当日、もうすぐヒヒマの演説の番が回ってくる。
ヒヒマの演説順は、候補者六人中六番目。と言うのも、この演説順は立候補の申請順だからだ。
立候補受付はバトルフェスタ決勝戦の翌日である。ヒヒマ以外の五人は、受付開始と同時に申請を終えた。ヒヒマの場合、代理出馬であったため、他の候補者より出だしが遅かったのだ。
国力の象徴たる「王」である以上、「バトルフェスタ優勝」という肩書はどんな演説にも勝る。レオンの再選がほぼ確定と予測されているのも、そのような事情からだ。
まず演説に上がったのは、四獣傑の一人、ギーグ。
彼は、昨今の魔物の狂暴化現象から、軍事力強化と、国民全体の戦闘力の増強を訴えた。具体的には、四獣傑を始めとする国の選んだ猛者たちによる訓練制度の制定。
二番目が同じく四獣傑のラーヴァタ。
彼女は、バトルフェスタ二位という戦績をまずアピールし、象徴としての王の必要性を説いた。その上で、議会との連携や、有能な人材の登用を約束した。
更に彼女自身の懸念として、現在の食糧難の傾向を揚げ、特に草食獣人向けの農業政策強化を目標としたいことを伝えた。
三番目はカバ人のエルキア。バトルフェスタでは四位という、大躍進の新人である。
彼は、ここ最近の雨季の降雨量の増加と、それに伴う災害規模の拡大の危険性を指摘し、国全体として対策を取っていく旨を演説した。
四番目は現王レオン。
彼の言葉は一番少なく、現体制から更なる発展をしていくこと、各立候補者の訴えは全て検討して然るべき措置を取ることを約束した。
五番目は孔雀人のピジャック。バトルフェスタでは、一回戦でレオンに敗退。立候補者の中では一番下の戦績だ。
彼は、食糧難と魔物狂暴化の二点において、鳥人族全体で、空を利用した輸送事業と魔物の監視業務を同時に立ち上げるという計画を発表した。
そしていよいよ、ヒヒマの演説が始まる。
スタジアム席に設置された演説台。その壇上から、彼は会場全体を見回した。
バトルフェスタ本番ほどではないが、スタジアム席、アリーナ席の両方に、それなりに聴衆が集まっている。投票権がないのにも関わらずだ。それだけ、この王選挙への関心が高いことが伺えた。
「あー……」
ヒヒマが声を発すると、それは声量増幅装置を通じて、会場全体に響き渡る。
「ヒヒマ・レボという。
この会場に集まった奴ら、いや、この国全体の中には、こう思っている奴もいるだろう。
「外国の者が王選挙に出馬するなんてけしからん」
いや、こうか?
「猿人ごときが上に立とうとするな」
そういった声があることは当然、俺も承知の上だ。それでもなお、俺は此処に立っている。
それだけの理由がある。聞いてほしい」
ヒヒマは一旦言葉を切る。
罵声やブーイングが飛ぶことも覚悟したが、予想に反して、会場は静まり返っていた。
「俺の前に、五人がそれぞれ演説したよな。
それぞれの立場でそれぞれの政策を訴えたわけだが、根っことしている問題は、ほとんど同じだ。
魔物の狂暴化。
食糧難。
自然災害。
概ね、この三つか?
魔物の狂暴化に対して、軍事力や国民全体の戦闘力の増強、あるいは鳥人族による魔物共の監視。
食糧難に対して、農業体制や輸送体制の強化。
自然災害について、国としての対策。
どれも間違っちゃいねえし、必要な措置だろう。
だが、いずれにしても対症療法で終わっちまってると思わねえか?
先に挙がった政策を取ったとして、それをいつまで続ければいい?事態はいつ好転する?その間、国民全員が耐えきれるか?
そう考えたときに必要なのは、やっぱり原因への対処だ。
そしてマシナ国では、既に原因を掴んでいる」
ここで改めて間を作るヒヒマ。
演説に耳を傾けていた聴衆にも、若干のざわつきが生じる。
「原因、それは、魔力の使い過ぎだ。
魔力を使用するとき、空気中の魔素って奴を消費する。
……詳しい説明は省くが、魔素濃度が下がると、魔物が活発化するのさ。
そして植物は魔素不足で死んでいく……こいつが食糧難の原因だ。
ん、証拠はあるのか、だって?
ああ、あるさ。詳しい研究結果は、追って然るべき機関に提出しよう。
で、ここからが重要なんだが、この魔力、個人で使う分にはそんなに問題はねえ。
だがあるだろう?ここ最近急速に広まった、魔力を消費するものが。
……そう、魔道具だよ」
聴衆のざわつきは、どよめきへと変わっていく。
しかしヒヒマは、それを無視して話を続けた。
「魔道具の普及により、生活が一新した。
いや、今も改革の最中か?
だが一方で、大気中の魔素の消費量も爆発的に上がっちまった。
それが、この自然界に影響を及ぼしている。
でもよ、考えてみてほしい。
今から、魔道具のない生活に戻れるか?」
ヒヒマの問いかけに、困惑した表情を浮かべる獣人たち。
それは、魔道具が既に生活レベルで社会に浸透していることを物語っていた。
「できないだろう。
そこで俺が提案するのが、マシナ国からの電気技術の導入。
断言するぜ。
マシナ国の電化製品は、魔力を使用せず、魔道具と同じ働きができる」
マシナ国の動向など、気にも留めていない国民がほとんどである。
ヒヒマのもたらした情報は、聴衆たちの心を揺れ動かす。
期待、驚愕、安堵、疑心――会場の色が混沌としていく。
「……信じられないのも無理はねえか。
俺は所詮、余所者だ。
正直に言うとな。俺の中での一番は、やっぱりマシナ国だ。軍は退いた身だけどよ。
そんな俺がこの国の王に立候補するなんて、おかしな話だろう?自分でもそう思うぜ。
でもな……こうでもしないと、マシナ国を守れねえ。
猿人も含め、獣人たちは今、サバンドールとマシナという、二つの国で生きている。
だが自然には、国境なんてない。
いくらマシナが魔素濃度を減らさないよう努力したところで、叶わねえんだ。
お前たちは、どうするんだ?
マシナは所詮、猿人達の国か?手を取り合えるか?見捨てるか?
国を出て、俺は今、ここに立っている。
見ての通りの猿人だ、ここに至るまでに、嘲りや蔑みの目にもさらされたよ。
もちろん、そうでない人もいたけどな。
運の良いことに、俺には力があった。だから何とか、バトルフェスタで一勝できるくらいまでにはこぎつけた……負けちまったけどな。
それでやっと、俺たち猿人の声は、お前たちに届けられている。
だが、俺がいなかったら?
誰か力のない猿人が、同じことを言ったとして、お前たちは受け入れたか?
受け入れなかったらどうなる?
自分たちでこの国難を解決するか?サバンドールにも研究者はいるだろう、同じ結論に辿り着いて、どうにかするかもな。
マシナも対策を取るが、サバンドールほど食糧に余裕がある訳でもねえし、魔物に対抗できる人員も足りてねえ。
結果死ぬのは、力のない奴らだよ」
ヒヒマは言葉を紡いでいく。
「こうしている今も、どこかで獣人が、同朋が、死んでいるかもしれねえ。
死んでいく奴らは、悪か?
弱いから死ぬのは、仕方のねえことか?
猿人だから死んでもいいか?
子供は?老人は?病人は?
もう一度言う。
弱い奴は、悪か?
見捨てる強い奴は、悪じゃねえのか?
俺たち猿人は、お前たちにとって、何だ?」
そして俯くヒヒマ。
「あー、分かってる。矛盾してるんだよ、俺のやってることは。
力のねえマシナ国を救うために、力以外の何かを示したくて、力に物言わせてここに立ってるんだ。
……わりい、王選挙の演説だったよな。
自分でも何言ってるか、わかんなくなっちまった」
そのまま頭を下げて、壇上から降りていく。
こうして、全員分の王選挙立候補演説が終了した。
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