第5章 第31話「バトルフェスタ⑬:終宴」
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「試合は!?」
ヒヒマが跳び起きて叫んだ。
「目が覚めたのね」
「……ソニアか」
ソニアの声を認め、ヒヒマは辺りを見回す。そこはもはや見慣れた、魔物食堂の宿泊部屋。
いつものベッドから体を起こした状態で、ヒヒマは徐々に現状を理解した。
「そうか、俺は……負けたのか」
「ええ……」
ソニアも言葉少なに首肯する。
「具合はどう?あなた、五日も寝てたのよ」
「五日!?」
またもや叫ぶヒヒマだが、
「……いや、具合は悪くない。腹が減ってるくらいだな」
「そりゃそうよ。待ってて、バジャージョさんたちに声をかけてくるわ。
消化に良いものを頼んでくる。アレンたちは狩りに出てるけど、そろそろ戻ってくるから。
詳しい話は、みんなが揃ってから」
ソニアはそう言い残して、部屋を出ていった。
一人残されたヒヒマ。自分の腹に目を向けると、そこには包帯が綺麗に捲かれている。
あの時確かに、風穴が空いていたはず。
そっと包帯を剥すと、そこにはまるで溶接したかのような傷痕が。
アレンたちにこのような技術があると聞いたことはなかったが、誰が治療を施したのだろうか。
そもそもあの試合中、なぜ急に腹部にダメージを受けたのか。
いや、バトルフェスタの結果はどうなったのか――
冷静になるにつれ疑問が湧いてくるが、それを自身で解決する術はなかった。
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「あの試合、ヒヒマは最後に、ファスリィオさんの投石攻撃を喰らったんだ」
バジャージョ夫妻の用意してくれた養生食をいただきながら一時間ほど待つと、ソニアの予告通り、アレンたちが魔物食堂に帰還してきた。
彼らはひとしきりヒヒマが目を覚ましたことを喜ぶと、腰を落ち着ける。ようやく事の顛末を聞くことができるのだ。
「投石?」
「拳大のね。ファスリィオさんが土魔法で作りだしたんだ。
それ自体はそんなに難しくない、初級の魔法だよ」
「土魔法か……そういや、試合中使ってたな」
ヒヒマは、ファスリィオが土柱を出現させ足場代わりに跳びまわっていたことを思い出す。
「ちっ、そういうことか」
ヒヒマはおおよそを理解した。
あの時自分は、あくまでファスリィオの突進のタイミングを計っていた。
しかしファスリィオの狙いは、突進による直接攻撃ではなかったようだ。
あの突進はむしろ、助走。
勢いを最大限につけた状態から、さらに投擲攻撃。
「自分で走るよりも、投げつける方が圧倒的に速いのは当たり前か……まんまと反応できず、攻撃を喰らったという訳かよ」
「ヒヒマの兄ちゃん、ギーグさんとの戦いのことも頭にあっただろ。
あの時は、スピードを寸前で殺す形で躱されたからな。
でもファスリィオさんは、相手の予想以上にスピードを増す形を整えた。逆を突かれたな」
「ああ、ヨウダイの言う通り……返す言葉もねえ」
ヒヒマは目を瞑って悔やむが、終わったことはどうしようもない。
「この治療は?」
「それは、ラーヴァタさんとノエルさん」
「ん、二人?」
「ああ」
アレンによると、試合終了後すぐに医務室に運ばれたヒヒマ。
ソニアを筆頭にアレンたちも急いで駆け付けたが、そこでは既に件の夫婦が治療にあたっていた。
まずはラーヴァタが、固有技【身体増量】を発動。
【身体増量】は通常、ラーヴァタ自身の身体にしか効果がないが、それは、ラーヴァタが感知できるのが自身の体内に流れる
自身の体内のことだからか、【身体増量】による細胞増殖については、無意識下で活性化が促される。逆に、発生させた
しかしそもそも無意識のうちの発動である以上、意識的に他人に向けて施術するということ自体ができないのだ。
だがノエルの力を借りれば、事情は異なってくる。
ノエルは暴狼人、サバンドール内で最も
ラーヴァタが【身体増量】で発動させた
それにより、ヒヒマの自己治癒力を強引に引き上げて、腹に空いた穴をふさいだということだ。
「……くそ、借りができちまったな」
「あとでお礼言っときなよ?普通なら死んでたとこだ」
「ああ、分かってるよ」
そして、話題はいよいよ、ヒヒマの最大の関心事に移る。
「それで、大会結果のことだけど、順を追って説明するね。
まず第二回戦第三試合、エルキアさん対ヒョウゴさん。
これは何と、エルキアさんの勝ち。エルキアさんが水魔法で、ヒョウゴさんの剣技を上手く封じた形だった」
「ほう、そいつは大躍進だな。エルキアって確か、新人だろう?」
「うん。実は俺も一次予選で同じチームだったんだけど、エルキアさん、一躍有名人だよ」
「だろうな。それで、第四試合は?」
「ギーグさんとレオン王、四獣傑対決だね。
ギーグさんも空からの攻撃で善戦していたけど、レオン王を崩すことはできず」
「まあ、そうだろうな。レオンは四獣傑の中でも更にレベルが違う」
「本当だぜ、あれはやばい。ヒヒマの兄ちゃん、よくあんなを倒すつもりでいたな」
「対策は考えてあったんだ。結局使えずじまいだったがな。
となると準決勝は、ラーヴァタ対ファスリィオ、エルキア対レオン、か」
「うん。
ラーヴァタさんとファスリィオさんは、ラーヴァタさんの勝ち」
「その二人は相性が悪いだろうな。ラーヴァタの耐久を貫けなかったんだろう」
「その通り。
さらに、エルキアさんとレオン王も、やっぱりレオン王の勝ちだった」
「妥当な結果だろうな。
となると、決勝はレオンとラーヴァタ……十中八九レオンだな」
「ああ。ラーヴァタさんも、【身体増量】で回復できるし、かなりの持久戦だったんだけどね。
レオン王の固有技を破ることはできなかった」
そこまで聞いてヒヒマは、大きく伸びをする。
「だーっ、結局、レオンの三連続優勝、四獣傑の牙城は崩れず、か。
波乱と言えばまあ、そのエルキアって奴くらいか」
「何言ってるの、一番の波乱の中心人物が」
やや呆れながら指摘するのはソニア。
「俺?」
「そうよ。ノエル委員長を破ったのは、国民にとって相当のインパクトだったみたいよ」
「そうかいな。……とは言え、負けちまってるからな。
今後のプランはまた練り直しだ」
そこでヒヒマは改まった様子で、咳払い。
「アレンたちも、ありがとうな。
不甲斐ない結果に終わっちまって、申し訳ない。当然、俺も諦めちゃあいないぞ。また四年後まで腕を磨いて、再挑戦するさ。
だが、そこまでお前らに付き合ってもらうつもりはねえよ。十分働いてもらったし、依頼はここで完了にさせてもらう。
帰りはまたあの遺跡からか?そこまではしっかり送らせてもらうぜ。これからは、お前たちのプランに任せる」
ベッドからだが、頭を下げるヒヒマ。
その様子を見て、アレンたちはぽかんとした様子で顔を見合わせた。
ややあって、アレンが尋ねる。
「王選挙は?」
「ん、選挙がどうした?」
「出ないの?」
「いや、出てもしょうがねえだろ。どうせまたレオンが再当選だ」
「仮にそうだとしても、出ておいた方が今後のためにもいいんじゃない?」
「そうか……?いやでも、まだまだ猿人差別もあるだろうし、今の中途半端な戦績のまま出て、印象を悪くするのは避けたいんだが」
「うーん……」
困ったように腕を組むアレンの様子を見て、ヒヒマも怪訝な顔になる。
「何かあるのか?」
「いや、実は……」
アレンは諦めたように首を振った。
「実はもう、ヒヒマの名前で、出馬の代理手続きをしちゃったんだ」
「何だって!?」
「ごめん、出ると言うと思ったし、いつ目を覚ますかもわからなかったから」
「……まあ、そういう話だったしな。
しゃーない、後で辞退の申請をしてくるわ」
「それが、これ」
アレンは袋から新聞を取り出し、ヒヒマに見せた。
「新聞?……王選挙特集か。
ってこれ、立候補者が一覧化されてるじゃねえか!?」
「そうなんだ。
特にヒヒマは国外からの立候補者ってことで、割と話題になっちゃってる」
「うわあ……マジか」
額に手を当てるヒヒマ。
もしこの状況で辞退などしたら、それこそ悪目立ちすることだろう。
ヒヒマはそのまま記事を読み始めた。
王選挙に関しての公式行事は、実は驚くほど少ない。
一回の立候補者演説と、その一週間後の投票日。
投票はおよそ五十の族長のみによってなされるため、開票も当日には終了する。
その場で当選者が発表され、新王としての演説がなされて、終了。
新聞によると、立候補者は、四獣傑からレオン、ラーヴァタ、ギーグ。ファスリィオは立候補していないようだ。そしてバトルフェスタ参加者から、エルキア、ピジャック。加えてヒヒマと、全六名らしい。
最有力候補は、当然ながら現王レオン。次点でラーヴァタとなっており、ヒヒマもそこに異論はない。
ヒヒマは少々考え込んだが、やがて吹っ切れたように言い放つ。
「分かった。そこまで御膳立てされちまってるなら、やり切るしかねえよ」
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