第5章 第30話「バトルフェスタ⑫:ヒヒマVSファスリィオ」

「うーん……」


 ド迫力のパワー対決、そして最後には四獣傑による泥臭い勝利と言う幕切れに、会場の熱気は冷め止まない。


 そんな中、アレンは首をひねっていた。


「どうしたよ?」

「いや、さっきの試合、どうしてラーヴァタさんは倒れなかったんだろう、って。

 回復もしないんなら、防御力を上げたりもしていないと思うんだよね。

 となると、ラーヴァタさんの方が生身の防御力が上だったのかな?同じ象人でも、そこまでの差が生まれる?」

「ああ、なるほどね」


 得心がいったように頷くヨウダイ。


「ヨウダイは理由が分かるの?」

「まあ、何となくな。

 覚悟の差って奴だよ」

「覚悟?」

「ああ。戦いってさ……痛いだろ?」

「……うん、そりゃあ、ね」

「でも人間、痛みって、結構気持ちで踏ん張れちまうもんなんだ。

 実際俺も最近足を貫かれて、そりゃあ痛かったけど、何とかなったもんな」


 そこでヨウがプリプリと口を挟む。


『ちょっとヨウダイ、何とかなったのは誰のおかげよ!!』

『おお、ごめんごめん、ヨウのおかげで俺は今も生きてるよ。

 ただ、俺が言いたいのはそこじゃないんだ』


 ヨウもそれは分かっているのか、これ以上はヨウダイの言を妨げない。


「痛かろうが苦しかろうが、負けられない、諦めきれないってのは、武闘家なら誰しもが感じているもんだ。ただ、「深さ」には個人差がある。

 ラーヴァタさんは、その「深さ」がとんでもなく深いんだろう。

 そこにあるのは、どれだけの苦境にあろうと勝利を諦めないっていう覚悟だよ」


 ドラコも言う。


「矜持、とも言えるだろうな。四獣傑として、おいそれとは負けられないという矜持」

「ああ、そうとも言えるだろうな」


『経験値の差でもあるだろう』


 これは裕也。


『自分がどこまでやれるのか。言い換えれば、限界はどこなのか。

 だが自分で定めた限界なんて、案外当てにならないもんだ。苦境を乗り越えた経験が多ければ多いほど、自分はまだやれるって確信が持てる。

 俺は戦いは素人だが、終盤に感じたのは、ラーヴァタとエレファンの持つ精神力の差だ。ヨウダイたちはそれを、覚悟や矜持という言葉で表現しているがな。

 それを培ってくれるのは、挫折や敗北を味わって、それでも乗り越えて勝利や成功を収めるっつう経験だよ』


 三者の意見を聞いて、アレンは深く頷いた。


「うん、みんなありがとう。何となくわかってきたよ。俺も頑張らないとな。

 ……さあ、俺らの仲間の戦いが始まる」



 武舞台の整備をしていたスタッフたちが掃けていく。

 入れ替わりに現れたユーリの声が会場に響いた。



「さあ、先の戦いは、四獣傑という壁の分厚さを見せつけるかのような結果に終わりました!!

 そして次の試合、その壁を破るのは、異国からの使者なのか!!?

 猿人、ヒヒマ選手!!


 そして迎え撃つは四獣傑が一、スピードでは当代随一でしょう!!

 チーター人、ファスリィオ選手!!」




 両者を迎える歓声。



 ヒヒマはそんな声など聞こえていないかのように、淡々と所定位置に就いた。


 対しファスリィオは、そんなヒヒマを心底面白そうに見つめている。




 審判の合図が為された。






「!?」



 瞬間、ヒヒマは腹部に拳撃を食らったことに気付く。


 反射的に正面を薙ぎ払うも、虚しく空を切る右腕。



「ぐはっ!?」



 同時に、今度は脇腹へのダメージ。



「ちぃっ」



 舌打ちしながら、ヒヒマは両目と両耳に強化を施した。



「後ろ!!」



 ヒヒマは身を翻し、膝蹴りを繰り出すも、自身の数歩先にいるファスリィオの姿を認め、動きを制止する。





「ヒヒマが全然対応できていない……」



 観客席で試合の様子を見守っていたアレンは、思わず唾を飲み込んで言う。



「ああ。この位置からなら動きもよく見えるが、戦闘距離であの動きを捉えるのは相当難しいかもな」

「戦闘距離?」


 ヨウダイの返事の中にある耳慣れない用語。


「ああ。戦闘における距離感のことだよ。

 真星流の中では、近中遠の三種類の戦闘距離があって、今回の試合の場合は近距離だな。

 例えばスピードが武器の戦士の場合、中距離での戦闘を選択しがちだ。だが真星流では、近距離での戦闘も練習させられる」

「へえ、スピードタイプなら、相手の動きを見切ってヒットアンドアウェーで攻撃できるし、中距離の方が戦いやすそうだけど」

「それもありなんだけどな。

 攻撃面で見ると、中距離からの攻撃は、相当なスピードでも意外と反応されちまうんだ。

 むしろ近距離の方が、速さに対応し辛くなる。


 ファスリィオさんは、それを圧倒的なスピードでこなしている。

 ヒヒマの兄ちゃんには多分、それこそ「目にも止まらぬ速さ」に見えてるだろうよ」



 二人の会話中にも、戦闘は継続している。ヒヒマは、強化魔法を駆使することにより、相手の攻撃を多少なりとも防御することに成功しているが、それでも何発かはいいのを食らってしまっていた。

 言わずもがな、ヒヒマの攻撃自体はファスリィオに一撃も入らない。




「ギーグさんの時とは違って、ヒヒマはもう目を強化しているんだ。だけど、まだまだ対応しきれていない」

「ああ。ギーグさんは、重力を利用して最高速度を上げるようなスタイルだったけどな。ファスリィオさんは、戦闘距離内のスピードが最速だ。相手の攻撃を全て躱して、自分が一方的に攻撃するスタイル」

「ヨウダイの言う通りだ。

 俺としては、ギーグよりもファスリィオの方が戦い辛いだろう」




 受ける

 打つ

 躱される

 食らう

 蹴る

 躱される

 受ける

 食らう

 殴る

 躱される

 ……



 そういったやり取りを幾度も繰り返す中、ヒヒマはやや焦っていた。


 ヒヒマとて、ずっと同じ攻撃を繰り返しているわけではない。

 【部分強化エンチャント】を、目や耳の感覚側に振ったり、手足に振って攻撃の速度を上げたり、微調整を繰り返していた。しかし、



(……ダメだ、感覚側を弱めると、動きを捉えられねえ。

 かと言って身体側を弱めると、捉えられていても当てられねえし、何より防御が疎かになる。

 両方強化するには魔力の出力が足りねえ)



 【部分強化エンチャント】が通用しない。

 そんな中で、じわじわと自身へのダメージが溜まっていく。



 ヒヒマが対策を見出せない中、ファスリィオは更に攻撃のペースを変えた。



「【土柱サンドピラー】!」



 ヒヒマを中心とした周囲に、高さ二メートルほどの土の塚が出来上がる。その数は五本。


 ファスリィオは土柱を蹴って進行方向を変え、動きをよりトリッキーに変えて攻撃パターンを増やしていった。


 これにはヒヒマも対応しきれず、攻撃を食らう頻度が増えてしまう。



「さあ、土魔法で自身のスピードを更に活かすファスリィオ選手、このまま一方的に勝負はついてしまうのでしょうか!?」




(しゃーない、勝負の為所しどころを変える)




 そう考え、ヒヒマはファスリィオがいるであろう・・・・・・空間に向かって、当てずっぽう・・・・・・にパンチを繰り出した。


 当然ながら空を切る拳。しかし、



「おっと!?」



 ファスリィオが急に体勢を崩す。

 それを見計らって、ヒヒマは強烈な横蹴りを相手に見舞った。



「痛ってえ!!!!」



 ただでさえ体重の軽いファスリィオは、そのまま吹っ飛びながらも体勢を整える。



「何かしたよな?」



 尋ねるファスリィオは、どこか嬉し気だ。



「さあな」



 対するヒヒマも不敵に笑って答える。




「いやあ、楽しくなってきた!!」



 ファスリィオは叫びながら、距離を一瞬で詰めていく。

 ヒヒマの脇をすり抜けるように移動、身を屈めて死角に入りながら急反転。

 下半身に向かって蹴りが繰り出されるのを余裕をもって飛び越え、相手が自身の動きを捉えきれないうちに、急所に向かって一撃……


 と思いきや、躱したと思った蹴りから先ほども感じた風圧が生じ、またもやファスリィオは体勢を崩してしまう。



「がっ……」



 今度は頭部に強烈な一撃を食らってしまった。



 しかしヒヒマも苦悶の表情を浮かべている。




「さあ、何が起こっているのでしょうか!?

 序盤ではファスリィオ選手の速さに翻弄されていたヒヒマ選手、しかしだんだんと攻撃が入るようになってきた!!

 私には、攻撃の直前にファスリィオ選手が体勢を崩しているように思えます!!

 ヒヒマ選手の仕業なのか!?」



 ユーリがここぞとばかりに声を張り上げた。




『あいつ……身を削ってやがる』


 状況を把握できていたのは、裕也。


『何が起こってるの?』

『【衝撃インパクト】を至近距離で起こして、強引に相手の速さを封じてるんだ。その隙に攻撃を通す』

『なるほど!!

 ……って、それって』

『ああ。当然、自分にも衝撃が来ているはず』



 裕也の読み通り、ヒヒマは【衝撃インパクト】を、攻撃を当てる布石として使っていた。威力は抑えているものの、自身より遠い位置にいるファスリィオに衝撃が届いている以上、それは自分にも返ってきている。



 ファスリィオは笑いながら話しかけた。


「痛くないんかい?」

「まあ痛いけどよ、このまま耐久勝負と行こうじゃねえか」

「……いやあ、このまま続けると、こっちが不利かな。

 というわけで、ちょっと早いけど、勝負を決めちまおうぜ」



 軽々しく言い放つファスリィオだが、纏う空気は一瞬にして変化する。


 それを感じ取ったヒヒマ、こめかみに一筋の汗が流れた。




 先の発言とは裏腹に、ファスリィオは、ヒヒマとは距離をとる方向に移動を開始した。

 ヒヒマも一応追うものの、二人の間はどんどん広がっていく。


 一定距離を取ったところでファスリィオは急停止すると、今度はヒヒマ目掛けて一直線に駆けてきた。



「固有技【多重加速】」



 十分に空いた距離をインターバルにして、ファスリィオは飛躍的に「加速度」を増す。



「ちっ、出たか!!」



 想像以上の速度の突進に、ヒヒマは仕方なく上方へ跳躍し、何とかファスリィオを避ける。



 ファスリィオは山なりにカーブを描きながら進度を変え、またもやヒヒマに対し遠方に位置どった。




「出ました、ファスリィオ選手の固有技、【多重加速】!」



 ファスリィオの固有技もまた、サバンドール国民には広く共有されていた。

 曰くそれは、スピードアップの魔法を自身に延々かけ続ける能力。


 ファスリィオが言うには、「スピードが上がるスピードを上げる感じ」とのことだが、彼自身以外でその意味を理解できた者はいない。



 ファスリィオはまたもや【多重加速】でスピードをどんどん増して、ヒヒマに接近する。


 しかし戦闘距離は近距離から中~遠距離に移っている。 

 先にヨウダイが言った通り、距離が空いたため、ヒヒマには何とかそれを避けることが可能だった。


 紙一重であるが、横っ飛びで躱そうとするヒヒマ。

 ところが、



「ぐぼっ……」



 目前で更に加速したファスリィオの拳が鳩尾にヒット、胃を掻き回されたような衝撃がヒヒマの全身に広がる。




 その隙にファスリィオは、今試合で最もヒヒマに対し遠方へと移動した。





 構えを取る両者。

 ヒヒマは【衝撃拳インパクトナックル】で迎え打つ魂胆だ。




「……似ているな」

「ああ」


 言葉少なにヨウダイとドラコが言い合うが、アレンはそれを理解できない。


『四獣傑ギーグとやった時と同じだ』

『あ!そうか、あの時も』



 半年前、初めての四獣傑との邂逅。

 その際に対戦したギーグも、重力魔法で加速しての突進を最後の武器としていた。

 そして直前で動きをコントロール、ヒヒマは動きを見切られ敗北を喫したのだ。






(次は当てる、絶対に見切る!!)




 加速、減速、回避……相手の取りうるあらゆるパターンを脳内でシミュレートしながら、ファスリィオの仕掛けを待つヒヒマ。



 誰もが固唾を呑んで、勝負の行方を見守っている。

 実況のユーリも余分な口を挟まない。




 ファスリィオが、加速をスタートさせた。


 ヒヒマはその動きから目を離さない。



(まだだ、まだ遠い、まだ……次、次だ!!!)




 相手の加速に次ぐ加速から、自身に到達する瞬間を見極め、ヒヒマも攻撃動作を開始。









 しかし、その刹那。



「ぎ……」




 ファスリィオは、自身の眼前に至っていない・・・・・・・


 そこから目線を、自分の腹部に落とす。




 抉られた脇腹を見つめながら、ヒヒマの意識は徐々に遠のいていった。

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