第5章 第29話「バトルフェスタ⑪:全闘全受」
バトルフェスタ本選、一日目の夜。
トーナメント方式の第一回戦のうち、半分の四試合を終えた形。
首都ヴィゴールは、本日の試合結果の話題で持ちきりだ。
各社の新聞は早くも号外で速報を打ち出し、会場にて観戦できなかった人々も試合結果を知ることとなる。
中でも話題の中心は、隣国から現れた猿人についてだった。
「号外、集めてきたわよ」
魔物食堂の宿泊部屋にて、ソニアは広場でもらってきた新聞号外を広げた。
早速ヨウダイが一枚手に取り、眺める。
「へえ、どれどれ……「大型新人、現る!その正体は何と猿人!?」
おー、ヒヒマの兄ちゃん、一面を飾ってるぜ」
「集められた新聞は五社分だけれど、やっぱり書き方は少しずつ違うわね。
ある二社は、四試合どれも同じくらいの配分で取り扱っている。別の一社は、四獣傑二人の試合を中心で大きく特集しているわ。
そしてもう二社が、ヒヒマの出た第四試合を詳しく特集」
「なるほど。それだけ、ヒヒマの出した結果は衝撃的なんだ」
「ええ、そうよ。でも……」
「どうしたの?」
「ここ、見て。この新聞は、特に特定の試合に集中して書いているわけではないんだけどね」
アレンは、ソニアが示した記事の一部分を読み上げる。
「何々?
「神聖なる祭典に国民以外が出場するのは本邦初である。
当のヒヒマ選手が隣国の密偵である可能性など、不安に感じる国民もいるだろう。政府は説明責任を果たすと同時に、出場権に関するルールの改正を求む」
うわ、何だこれ」
「うーん、なかなかな言われようだな」
アレンとヨウダイは二人して顔を顰めた。しかしドラコは、
「だが、別段不当な意見ではなくないか?」
と違う反応を見せる。
「人間、できれば異物は拒みたいものだ。
この国からしてみれば、現状はこれまでの歴史にない例。そのような声が発生するのも不思議ではないだろう」
「私もドラコの言う通りだと思うわ」
「……そうだね、その通りだ。
でも逆に言えば、他の四誌は大体、ヒヒマに対しては好意的な解釈だよね。
やっぱりこの国は、強い者は歓迎なんだな」
「ああ、ヒヒマの兄ちゃんには、何とかこのまま勝ち上がってほしいぜ」
そんな話をしていると、
「おう、ただいま。
あーー、疲れたぜ」
本日の主役が帰宅。
その後、バジャージョ夫妻もヒヒマに労いの声をかけ、ささやかだが魔物料理のコースが振舞われた。
そして大会日程は順調に消化され、大きな波乱はなく、開幕式から八日が経つ。
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「さあ始まりました、本日よりいよいよ、バトルフェスタ第二回戦の開始です!!」
第一回戦の残りは、ヒヒマの出場した第四試合の翌日にすべて決着がついた。
そして一週間のインターバルを経て、一回戦の勝者たちによる第二回戦が開催される。
「スクリーンをご覧ください!」
ユーリが高らかに告げると、鹿印魔道具店製の遠隔投影機に、象人のラーヴァタとエレファンの模写が映される。
「第一試合、ラーヴァタ選手 対 エレファン選手!!
奇しくも象人同士の対決です、おそらく本大会一のパワー対決となる事でしょう!!
第二試合、ヒヒマ選手 対 ファスリィオ選手!!」
スクリーンの画像が変わる。
「注目は何と言っても、猿人のヒヒマ選手でしょう!!
大会優勝候補だったノエル選手を堂々破り、二回戦進出です!!
いよいよ四獣傑との対決、どのような試合を魅せてくれるのか!!
第三試合、エルキア選手 対 ヒョウゴ選手!!
エルキア選手も、ヒヒマ選手と並ぶ気鋭の新人です!!
第一回戦では、あのベテラン・タトス選手を紙一重で破る戦術を見せました!!
タトス選手はその後のインタビューで、「エルキア選手は自分の後継者足りえる」というコメントを残しております。
一方のヒョウゴ選手は前評判通り、いやそれ以上の実力!!
磨き抜かれた剣技は更にその鋭さを増しています。四獣傑に現在最も近いのは、この男かもしれません!!
第四試合、ギーグ選手 対 レオン選手!!
さあ、ここで四獣傑対決のカードが!!
このお二人に関して、ご紹介は不要でしょう。前大会の覇者レオン選手に、ギーグ選手はどれだけ肉薄できるのか!?」
第二回戦の前口上はシンプルに短めだ。
「さあ、それでは始めましょう、第二回戦第一試合、ラーヴァタ選手とエレファン選手の登場です!!」
改めて沸く観客たち。
声援を浴びて、二人の象人が武舞台に上がる。
「うおー、でけえ!」
「二人並ぶとすげえ迫力だな!!」
両者とも、身長は三メートルを超えており、象人であるが故に体積も相当なものだ。
エレファンは、四獣傑であるラーヴァタよりも更に少し大きな体格を有している。
「ラーヴァタさんよりデカい奴は初めて見るな!」
多くの観客が同じような感想を抱いていた。
この二人、同じ象人であるものの、互いに面識はない。
象人族は、大きな集落は作らず、基本的に「家族」に収まる範疇でそれぞれ暮らすのがほとんどだからだ。
理由は二つ。
戦や災害による被害が絶えなかった時代でも、人種としての屈強さから、少ない人数で問題なく生き延びてきたという文化を有していること。
そして、その体格のために、生活にはどうしても広い土地と大量の食糧が必要であること。一定人数以上を超えてしまうと、むしろ共同生活を送る事が難しくなるのだ。
エレファンは、サバンドール国でも辺境と言える地域の出身。まだ若者である。
田舎では有名人なのだが、首都にまで届くほどの名声があるわけでもなし。
前回大会では予選でレオンに敗れているが、そのときは手も足も出なかったという。
しかしその敗北は、少々高くなりつつあったエレファンの鼻をへし折っていた。
そしてこの四年間、エレファンは改めて自身を鍛え直し、満を持して此処に至る。
審判が両者の間に入り、「準備はよろしいですか?」と声をかけた。
するとエレファンは手を挙げて、叫ぶ。
「一つ、よろしいか!!」
「何でしょう、エレファン選手、試合前に何か申し出があるようです!!」
ユーリが反応。
「わてはラーヴァタ選手に、「
しかし多くの観客は、その意味を理解できなかった。
「ぜんとうぜんじゅ?」
「何だそれ?」
そんな中、ラーヴァタは面白そうに口元を緩め、ユーリに向かって手招きした。
ユーリがラーヴァタの元へ駆け寄ると、声量増幅装置を借り、会場に向かって言う。
「全闘全受とは、象人族に古来より伝わる決闘法のことです。
……と言うと聞こえはいいですが、今となっては昔話に出てくるような形式ですね。象人族の間ではポピュラーな昔話のうちの一つで、誰もが幼い頃に親から聞かされたことがあるでしょう。
ルールは単純で、「相手の攻撃は、全て受け切ること」。要は回避の禁止です。
と言うのも、我々象人族同士が本気で戦ってしまうと、周囲に甚大な被害が及んでしまいますからね。それを抑えるために生まれた決闘法と聞きます」
そこまで言って、装置をユーリに返すラーヴァタ。
ユーリが後を継ぐ。
「ラーヴァタ選手、解説ありがとうございます!!
つまり今のは、エレファン選手からラーヴァタ選手への決闘の申し込みだ!!
さてラーヴァタ選手の返答や、如何に!?」
叫んだユーリは、声量増幅装置をラーヴァタに向けた。
「もちろん、受けましょう」
「こーれーは、予想外の展開!!
両者の合意により、回避不可のルールが追加されました!
……あっ、本部より伝言です。
委員会もこの「全闘全受」を認め、「回避と認められる行動を取った方は、その時点で敗者と見做す」とのことです!!」
「うおー、マジか!?」
「おもしれえじゃねえか!!」
予想外の追加ルールだったが、大会屈指のパワー選手同士の対決、そこに回避不可という条件が加わるとあって、観客たちは期待を隠せない。
改めて、審判が互いの様子を確認すると、二人は構えを取った。
「それでは第二回戦第一試合「全闘全受」、始め!!!!」
象人の二人は、互いの間の距離を悠々と詰めていく。
避けてはいけないのだ、スピードによる翻弄は無意味。
そして、互いの間合いにまで近づくと、双方とも大きく右腕を振りかぶった。
ドゴッ!!!!
同時に殴りかかる象人たち、お互いの拳がぶつかり合う。
硬い皮膚の内側、肉が振動する鈍い音が会場に響いた。
少し顔を顰めたのは、ラーヴァタの方。
一方のエレファンは、にやりと口角を上げる。
そのまま二人は、好き勝手に打ち合った。
腹、腕、顔、鳩尾……防御など度外視して、自身のフルパワーを相手に叩きこんでいく。
そしてしばらく殴り合いが続くと、
「こ、これは、まさかの展開です!!!」
ユーリの実況通り、その差が徐々に表れてきた。
観客席から見ても明らかに、よりダメージを負っているのは、四獣傑であるラーヴァタの方だった。一方のエレファンには、まだ少し余裕が見える。
「サバンドールでも屈指の力の持ち主と名高いラーヴァタ選手、しかし上には上がいた!
エレファン選手、これは恐るべきパワーだ!!
四獣傑の牙城は此処で崩れ去るのでしょうか!?」
そしてお互い、少し距離を取り合う二人。
「固有技【身体増量】」
「固有技【
「ああっと、ここで二人が固有技発動!
ラーヴァタ選手の固有技【身体増量】はおなじみでしょう、今回は腕を二本生やしたようです。
エレファン選手の固有技は、名前から察するに、防御系の力でしょうか?
さあ、ここからの展開にも目が離せません!!」
再開される殴り合い。
ラーヴァタは、倍になった腕で、相手への攻撃速度を加速化させた。
しかし、
「喰らえ!!!」
エレファンがラーヴァタの肩に一撃を加えると、
メコッ!!!
と、今までにない音がする。
「くっ……」
これにはラーヴァタも苦悶の表情を浮かべた。
「……いい固有技ですね」
「わての必殺技じゃあ!」
見た目こそ、二人が殴り合っているという光景に変化はないが、格闘に精通している者から見れば、内容面の違いは如実に表れていた。
「一撃か、連撃か……」
ヨウダイも呟くと、アレンが尋ねる。
「ん、どうしたの?」
「ああ、あの二人の戦術の話だよ。ラーヴァタさんが腕を生やしてからのな。
ラーヴァタさんは、腕自体を増やして攻撃頻度を上げた。文字通りの手数増だ。
つまり、連撃によるダメージ増を狙っている」
「ああ、そうだね」
「一方、あのエレファンって人の固有技は、おそらく攻撃力の増加が狙いだ。具体的にどうなったのかまでは分からねえが、ラーヴァタさんの表情から察するにな」
するとドラコも口を挟んできた。
「おそらく、拳の硬度を上げているんじゃないか?
殴った時の音が、通常の肉体のものよりも、鈍器のそれに近い感じがする」
「ああ、そうかもな。
つまり、エレファンって人は、攻撃頻度は変わらない代わりに、一回当たりの攻撃力を上げてダメージ増を図った」
「なるほど、つまり一撃ってことだね」
感心したように腕を組むアレン。
「だけどよ、ちょっと分からねえのが、ラーヴァタさんの方だ」
「分からない?」
「ああ。俺と戦ったときは、ダメージを回復する技を使っていたんだ。でも今回、回復している様子がねえ」
四獣傑であるラーヴァタの戦法は、国民にはよく知られている。
観客席の中にも、同じように疑問に思う者が出てきた。
「ラーヴァタさん、【身体増量】で回復しちまえばいいのに」
「確かにな。何か理由があるんだろうな」
「もしかして、エレファンの方が何かしてるのか?」
「さあ、どうだろうなあ」
ラーヴァタは、本来の腕二本でエレファンの両腕を抑え込み、増やした腕二本で顔や腹を殴る。
エレファンもさすがに痛みに耐えかねたのか、「ぐらアアア!!!」と叫び、拘束を力任せに振り切った。
また改めて距離を取る二人。
「なして、【身体増量】で傷さ回復しねえ?」
エレファンが怪訝そうに尋ねた。
「ふふ、「全闘全受」ですからねえ。野暮なことはしませんよ」
「……そうかい、さすがじゃあ」
「おっと、ここでラーヴァタ選手、回復を自身で禁じている旨の発言!!
決闘に殉じるという意志の表れの様です!!」
ユーリがすかさず観客席に様相を伝えると、
「なるほどなあ。確かに、回避が駄目なのに回復はオッケーじゃ、決闘としては微妙だよなあ」
「さすが四獣傑、格が違うぜ」
そんな声が口々に上がり、ヨウダイの方も納得したように頷く。
「となると、現状パワーで負けているラーヴァタさんが不利、か……」
ヨウダイの心配を他所に、戦闘は再開。
「おでぁあ!!」
「ふん!!」
互いに鬼の様相で、攻撃を浴びせていく。この状態がしばらく続くこととなった。
そして、もう何合目か分からない殴り合いがあった後。
「ハア、ハア」
「……」
双方とも、全身に無数の打撲傷や青痣。
先と変わらず、より重症そうに見えるのはラーヴァタの方だ。
ところが、
「おい、見ろ、エレファンの方がしんどそうだ」
「ああ、でもラーヴァタさんの方、あの傷、痛くねえのか?」
観客たちの反応の通り、エレファンの方が肩で息をしている。
エレファンの心に生まれていたのは、恐怖心。
今まで、自身の攻撃にここまで耐える者はいなかった。実際に打ち合ってみて、パワーは自身の方が上という感覚もあるし、仕留めたという手応えも何回もあった。
だが、目の前の相手は倒れない。自分なら、とっくに意識を手放していただろうに。
「なして、なしてまだ戦える!?」
叫ぶエレファンに、しれっと答えるラーヴァタ。
「この程度の窮地なら、何回もくぐってますから」
慄くエレファン。
「うおおおおおお!!!」
叫び声と共に、大きく振りかぶり、ラーヴァタに殴り掛かる。
「【身体増量】」
ラーヴァタが、増やした二本腕を組み合わせて身体魔法を唱えた。
光る両腕。
それらは、大きな一本腕へと変化した。
そして伸びたリーチで、エレファンの一撃に対し、綺麗に顔面へカウンター。
「ぐう…………」
本大会一との呼び声の巨体が、武舞台上へと崩れ落ちた。
「勝者、ラーヴァタ選手!!」
「楽しい戦闘に、感謝します。痛がりを克服したら、また来てくださいね」
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