第5章 第27話「バトルフェスタ⑨:ヒヒマVSノエル」

 バトルフェスタ本選会場、北出場口。


 ヒヒマの集中は、最高の状態に達そうとしていた。



 第一試合、熊人ベアードVS象人エレファン。


 ベアードは前評判通り、爪を自在に伸ばしての多彩な攻撃を繰り出すが、エレファンのタフネスを崩すことができず。最終的に、爪と右腕全体を肥大化させ相手に斬りかかる固有技【爆爪クローボム】で勝負を決めに行くが、エレファンに正面から受け切られる。その後強烈な一撃を食らい、ベアードは意識を奪われた。



 第二試合、獅子人リョウガVS象人ラーヴァタ。


 リョウガは、魔法で作った炎を身に纏う攻撃スタイル。しかしラーヴァタのハルバードの一振りで、その炎はかき消されてしまう。戦闘の流れを終始掴めず、パワーを一段階上げたラーヴァタの一撃に吹っ飛ばされ、場外敗け。

 なおリョウガはレオン王への罵詈雑言を終始叫んでおり、明らかに根拠のない逆恨みととれるそれは、観客の顰蹙ひんしゅくを大きく買った。ラーヴァタも、終始冷たい目を和らげることなく、勝利後にこう言い放った。


「品性の欠如は獣人としての退化です」



 第三試合、チーター人ファスリィオVSエミュー人ボエミュー。


 どちらもスピードタイプだが、パワーはボエミューがやや上。

 しかし速さのレベルが明らかに異なっていた。

 ボエミューの蹴りは武舞台の石床に穴を穿つほど強力だったが、結局ファスリィオには一撃も当たらず。

 ファスリィオは急所を確実に突く攻撃を繰り返し、遂にボエミューの限界が来て、ダウン。



 そしていよいよ、第四試合が始まろうとしている。




「さあ、それでは入場してもらいましょう!


 北口!猿人、ヒヒマ選手!!

 南口!暴狼人、ノエル選手!!」



 ユーリの前口上に、ヒヒマは立ち上がり、武舞台へと足を進めた。



「互いに、準備!」


 審判の促しに、構えを取る両者。




「第四試合、開始!」



 合図と同時に、ヒヒマが駆け出した。


「さあ始まりました第四試合、まず仕掛けるのはヒヒマ選手!

 迷わずノエル選手との距離を詰めていく!」



 しかし一方のノエルは、


「ああっとノエル選手、これには応じない!

 ヒヒマ選手とは距離を取る方向に移動を繰り返す!」



 ノエルもさすがの暴狼人なだけあって、猿人であるヒヒマに、身体能力で引けは取らない。



「逆にあのスピードで移動できるなら、応戦してもやれそうなもんだけどな」


 客席から観戦中のヨウダイが呟くと、


「でも、前評判通りの戦い方だね。ヒヒマも、最初は逃げに徹されるのが分かってるみたいだ、本気で追っている感じがしない」


 とアレン。



 この鬼ごっこは一定時間続くも、ある程度の所でヒヒマは一旦歩を止め、ノエルに声をかけた。



「ちっ、やっぱ逃げに徹されると捉えきれねえか。おう、は撒き終わったかい?」

「ええ、おかげ様で」


 そのやり取りを聞いたユーリが煽る。



「さあ、来るか来るか、ノエル選手の十八番!!」



「【森林創生】」



 ノエルが全身から魔力を解放すると、武舞台上から草木の芽が生える。




 生えた芽はみるみるうちに生長し、葉が生い茂る木々へと変わっていった。




「出ました、ノエル選手の木魔法、【森林創生】!」

「うおー、やっぱすげえ魔力!!」

「待ってました委員長!」


 ユーリの実況、湧く観客席。



「やっぱり、ただ逃げ回ってたんじゃなくて、この準備をしてたんだな」

「ああ、文字通り種を撒いてた、と」


 これはアレンとヨウダイ。


 ノエルのこの戦法は彼のスタンダードで、サバンドール国民にとっては定番の流れ。

 新聞等でも盛んに特集され、アレンたちの事前情報にも入ってきていた。


『魔力の量がえぐいな……』

『やっぱりそうなんだ。本選に出る人は違うなあ』



「さあ、ここからが本番と言えるでしょう!!

 まさに創り出した森の中に身を潜めるノエル選手、ヒヒマ選手はどう攻略するのか!」



「こっから、中の様子は俺たちには分かんねえんだよな」

「ああ。でも大抵、委員長が魔法を解いたら、中で相手がのびてんだ」


 口々に言う観客たち。




 当のヒヒマはと言うと。



 木々に視界を遮られており、自身の周囲三百六十度を警戒していた。


(……来た!)



 後方から攻撃の気配を察し、素早く振り向いて、それを薙ぎ払う。


「……枝?」



 それは鋭く尖った枝の先端だった。

 しかしヒヒマが攻撃の正体を確認すると同時、



「ちぃっ!!」



 今度は四方八方から、ヒヒマを突き刺さんと木々の枝が伸びてくる。



「舐めんな!!!」




 それを両手両足で粉砕していくヒヒマ。



 だがノエルの攻撃の手が緩むことはなく、さすがのヒヒマも対応に追われる。



「ここにいても埒が明かねえか!!」



 術者を発見しないことにはどうしようもない、そう判断したヒヒマは、追ってくる枝や蔦を薙ぎ払いながら移動を開始した。




「ちくしょう、うぜえな!!」



 移動しながらノエルを探すも、その間自身に延びてくる植物達が止まることはなく、常に手足を動かさなければならない。

 即席で作り出された森林内は薄暗く、視界も悪い。わずかな気配を頼りに進行方向を決めていくが、相手も移動しているのだろう、その姿を捕らえることはできない。



「闇魔法、【暗黒】」



 どこからともなくその声が聞こえると、



「くそ、視界を奪われたか」



 ただでさえ光の少ない森林内だったが、ヒヒマの目にはとうとう何も映らなくなった。



『ん、何か知らない魔法が使われたな』


 裕也が反応。


『そうなんだ、分かるの?』

『ああ、何となく、何かが揺らぐ感じがした』



 目を瞑りながらも、移動を続けるヒヒマ。

 その間も植物による攻撃が止むことはないが、ヒヒマは自身に攻撃が届いた瞬間に、それを払いのけていく。



『あと、ヒヒマの野郎は【部分強化エンチャント】を使っているみたいだな。

 ……へえ、全身の表面に魔力を張っている、面白いことするな』

『どういう使い方?』

『おそらく、皮膚だ。触覚を強化している』



 森林の植物を操るノエルの攻撃の手は絶えないが、ヒヒマは状況に慣れつつあった。



(正直もう、この程度の攻撃は相手にならねえ……むしろ厄介なのは、奴を未だ捉えられていないことの方か。これが全力でもあるまいし、こっちから仕掛けたいところだが……)



 思考を巡らせていると、



「おい、何だあれ?」

「雲……?」



 観客席の方が反応する。


 ノエルの創り出した森林の上に黒雲が生じ、それはみるみるうちに大きくなっていった。



「雨だ!」



 アレンも思わず叫ぶ。



 武舞台上にのみに降る、激しい雨。




『魔法なのかな?』

『ああ、魔力がうねってる』



 ひとしきり降りしきった雨が止むと、黒雲も霧散する。同時に、



「あっ、誰か飛び出した!」

「ノエル委員長だ!」



 ノエルが森の頂点から飛び出して、更に魔法を唱える。



「光魔法、【陽光サンライト】」



「うお、眩し!!」



 森の上に強い光を発生させたノエルは、すぐに森の中へと戻っていった。





「急に雨が降ったかと思えば……視界が戻ったか?」



 闇魔法が解かれたことにより、普段通りの視界が確保できることに気付いたヒヒマ。



「うおっと!!!」



 突如として繰り出される鋭い打突に、慌てて身を捩る。



「……」



 攻撃のリズムが変わったことを感じ取り、改めて全方向へ集中。




 森全体が、ざわざわと蠢いている。


 幹からは新たな枝が生え、既にあった枝葉は更に長く大きく伸び、武舞台の石の罅が広がって、根がぼこぼこと顔を出す。



 ザァ―――――…………




 何かを告げるかのような、一陣の風。






「……!? まずい!!」




 ヒヒマは風を避けるように、慌てて手近な木を登り始めた。


 先ほどまでヒヒマがいたところを、紫に染まった空気が通り抜ける。



 色付きの空気は森を抜け、そのまま観客席の方へ。

 しかしそこは実況のユーリもまた風魔法を唱え、紫色の空気をかき消した。


「【守護の風】!


 これは、麻痺毒花の花粉です!!!


 おそらくノエル選手が木魔法で成長させたのでしょう。

 武舞台から漏れたものについては、我々委員会で処理しますのでご安心を!



 しかしさすが暴狼人、内力リソースを自在に操り、多彩な技で相手を翻弄していきます!

 この麻痺毒花の花粉、これだけの量を浴びてしまってはひとたまりもないでしょう!



 ヒヒマ選手、果たして戦闘を継続できるのか!?」




 一方のヒヒマは、全速力で木々の間を飛び交う。



「くっ!おっ!だあっ!!」



 しかしその間も相変わらず攻撃の手は止まない。


 むしろ、先ほどの雨と光で栄養を得た植物たちは、ノエルの魔法による指揮の元、生長を加速させていた。




「くそ、やっぱりキリがねえ!!」




 何を思ったのか、とにかく上へ上へと登り始めるヒヒマ。

 そこは猿人、木登りは本能に刻み込まれている。


 あっという間に一番高い樹を登り切ると、そこから更に上方へ跳躍。



「ああっと、今度はヒヒマ選手が顔を出した!!

 何をするのでしょうか!?」



「おらぁぁ、【衝撃拳インパクトナックル】!!!!」



 ヒヒマは拳を下方向に突き出し、そのまま落下した。



 ガガガガガガ!!!!!

 太い幹を抉る音がスタジアム内に響き渡る。



 そして、


 ドゴー―――ン



 鈍い衝撃音が生じた。



 ヒヒマはそのまま何発も、拳を地面に叩きこむ。



 その度に生じる重低音。




 やがて、



「お、おい、見ろよ」

「森が……」

「ああ、木が倒れていくぞ」




 観客席に広がるどよめきの声。




 ヒヒマの【衝撃拳インパクトナックル】は、土中に衝撃を伝え、地盤を破壊すると共に、根も破壊していった。




「はあ、はあ、はあ……」



 大技を繰り出したせいだろう、さすがに肩で息をつくヒヒマ。

 眼前には先ほどまでは森だった木々の残骸が積み重なり、ちょっとした山を作っていた。


 ヒヒマは息を整えながら、その山の頂点を見上げる。



「……ふふ、さすがに本選に出場してくるだけのことはある」



 そこには、猿人を見下ろす暴狼人の姿があった。

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