第5章 第25話「バトルフェスタ⑦:二次予選決着」

 ラーヴァタの双肩からは、太い腕が二本ずつ生えている。


「おいおい、何なんだ、それ」

「身体操作魔法の一種ですよ。内力リソースを肩に集中して、骨や筋肉を増量しました。

 本来の腕に比べると若干筋力が少ないんですけどね。あなた相手なら、十分でしょう」

「へっ、ご丁寧にどうも!」



 ヨウダイは剣を構えながら考える。


(ちっ、展開が早いな。槍斧ハルバードに固執してくれてるうちに、もうちっと肉の隙間・・を探したかったんだが。さすがに戦況を正しく読んでやがる。

 ……こっちもそろそろ、「奥の手」の使い時か)



「おや、来ないのなら、今度はこっちから行きますよ!」



 そう言うとラーヴァタは、助走もなしに突然跳躍した。



『おいおい、マジかよ、ジャンプする象なんぞ聞いたことねえぞ。どんな筋力してんだ』


 思わず裕也も呆れる。



 高さこそそれほどないものの、低い弾道を描いてヨウダイに向かい来る巨体は、もはや大砲。



「それは防げねえ!」



 ヨウダイは予想外の攻撃に慌てるも、即座に左側に駆け出した。

 先程と同じくらいの距離を保つ……しかし。




 ドシー――ン



 ラーヴァタが着地すると、その衝撃が武舞台全体に伝わる。



「ぐわ!!」



 一瞬足を取られるヨウダイ。



『やばいぞ!!』



「ふふふ、捕まえた♪」



 ラーヴァタはその隙に距離を詰め、右手でヨウダイの身体を掴もうとする。



「軽羽根!!!」



 咄嗟に剣でその指を弾き、身を捩って避けるヨウダイ。



「それは先ほど見ましたよ」



 しかしその動きは見切られており、ラーヴァタは二本目の右手をヨウダイに向かって伸ばす。


(……【テレポート】)



 刹那、ヨウダイは【テレポート】を発動。

 

 一瞬でラーヴァタの背後、足元に回り、左の膝裏を斬りつけた。



「くっ!!!」



 ラーヴァタは、ここで初めて呻き声をあげるも、左足を蹴り上げる。

 

 これは【テレポート】は使わずに避け、新たに生やした左腕の手首目掛けて一撃。



 サクッ、と軽い手応えと共に剣が引き抜かれ、赤い血がポタポタと流れ落ちた。



「……【身体増量】」



 ラーヴァタの手首がオレンジ色の淡光に包まれ、傷が塞がれていく。



「げえ、マジかよ、せっかく手応えあったのに」

「いえ、傷を塞ぐという行為も久しぶりですよ。

 全く、器用に筋肉の間を通してきますね」

「ここ最近、何でか狩りをしまくっててさあ。おかげで身体の構造が結構わかるようになったんだわ」

「なるほどねえ」



 ラーヴァタは相槌を打ちながら、自分の顎を撫でる。



「それはさておき、何やら隠していますね?」

「……さあ、どうだかな」



『ちょっとヨウダイ、私のテレポート、もっとバーンと使いなさいよ!!』

『いやあ、できれば、決定打を与える瞬間までとっておきたかったんだけどなあ』

『それで負けてたら意味ないじゃない!!』

『や、それは返す言葉もない、実際さっき使っちゃったし、それでもうバレかけてる。

 ……方針変更、ここからは出し惜しみなしだ』

『ええ、やっちゃいなさい!!!』



 何故か命令してくる精霊ヨウに内心苦笑しながら、ヨウダイは【テレポート】でラーヴァタの背後に移動、背骨の辺りを狙って縦に剣を振る。



 ガキン!!



 鈍い手応えを確認すると、ラーヴァタの更に後方に瞬間移動。



(……ちっ、どんな背筋だよ)



 ラーヴァタは素早く振り向いた。



「……なるほど、それがあなたの「固有技こゆうぎ」ですか」

(固有技?「才能タレント」みたいなもんか)



 ここからは、ある意味単調な展開になった。



 ヨウダイが【テレポート】で一瞬で距離を詰め、筋肉の隙間を狙って剣を通そうとする。

 それは針穴を通すように繊細で、かつ鉱山で宝石を掘り当てるかのような地道な作業だったが、ヨウダイは刃の通る個所を着実に確認していった。

 


 しかし多少の傷を与えても、ラーヴァタは固有技【身体増量】で回復してしまう。

  

(全く、その身体にその能力、そりゃつえーわ。


 だが、場所によっては治りが遅い部位もある……万能って訳じゃなさそうだ)


 頭の一部を回転させながらも、ヨウダイは攻撃の手を緩めない。




 いや、「緩められない」といった方が正しかろう。少しでも間を置けば、その分回復されてしまい、ダメージを与えた意味がなくなってしまう。



(【テレポート】!!)



 ヨウダイはまたもや背後に回ると、



(あぶねえ!!」



 それを読んでいたのか、強烈な撲撃が打ち込まれてくる。

 間一髪、瞬間移動で回避するヨウダイ。



(能力で生やした腕だから、背後だろうが関係なく攻撃できんのかよ。全く、色々と厄介だぜ)




『やっぱり四獣傑ってのはすごいな。

 ヨウダイの【テレポート】ですら、対応し始めている』


 裕也も思わず感心せずにはいられない。


『うん、さっきのは危なかったあ。

 でも、何で反応できるんだろう?』

『的を絞ってるんだ。ヨウダイの攻撃は実質急所以外に効果がない。となれば、急所への攻撃にだけ注意しておいて、気配を感じた瞬間に攻撃。

 言うのは簡単だが、それで瞬間移動に対抗できるほど速く動けるんだから、やっぱバケモンだな』

『なるほど……でも、そうなるとヨウダイ、厳しくない?

 【テレポート】は多分切り札だよね?』

『ああ、でも見ろ。戦いは次のフェーズに入ってるぞ』



 ラーヴァタは、ヨウダイが瞬間移動を終えた瞬間を狙ってきている。

 それを感じ取ったヨウダイは、【テレポート】を二段階、三段階に分けることで攻撃を複雑化させた。


 すなわち、初回のテレポートのみでは攻撃に移らず、すぐに別の場所にテレポート。

 これにより、ラーヴァタの攻撃を一旦やり過ごして、こちらも攻撃。





 そして戦況は、再度膠着。





「おい」

「ああ、あの猿人、やべえぞ」

「ひょっとすると、四獣傑を食っちまうんじゃねえか?」

「まさか。見ろ、猿人の攻撃はダメージが少ない。四獣傑が対応するか、猿人の集中力が切れるかが先なんじゃねえか」



 いつの間にか、ヨウダイたちの戦う武舞台の周りに獣人たちが集まっていた。

 他の武舞台での試合が終わったのだ。


 様々な戦闘、様々なドラマがそこにはあったが、それはそれ。

 各人、終わってみて見渡せば、まだ戦いが続いているところがある。しかもそこにいるのは、かの有名な四獣傑ラーヴァタ。とすれば、四獣傑の戦い、また四獣傑相手に未だ生き残っている選手は誰なのか、気にならない武人の方がこの国では稀だ。



 しかしヨウダイには、そんなことに気を配っている余裕はない。

 テレポートを繰り返しながら、攻撃はだんだんと、傷の治りが最も遅い左の膝裏を重点的に攻めるようになっていた。


 ただし、ヨウダイの頭にはある疑念がよぎっている。



(これはおそらく、罠……)



 


 そうして、何段階かのフェイントを経て、かの個所を攻撃しようとした瞬間。




 グリンと、太いロープ・・・・・のようなもの・・・・・・が、斜め上から叩きつけられてきた。





「来た来た、待ってたぜ!!!」





 ヨウダイは言いながら、今度はラーヴァタの顔面前へと【テレポート】。

 その眼に向かって剣を突き刺した……







 と、思いきや。







「ぐっ……」



 ヨウダイの腰には、先ほど避けたはずのロープのようなもの、ラーヴァタの鼻が巻き付けられている。




「ようやく捕まえましたよ」



 ラーヴァタは、鼻から右手にヨウダイを持ち替えると、自身の眼前に持ち上げて言った。

 ヨウダイは悔しそうな表情を隠さず、呟く。



「……降参」



 それを聞いて、高らかに宣言する審判。



「ヨウダイ選手の降参宣言により、勝者、ラーヴァタ選手!!!」



「あー、やっぱり駄目だったか」

「いや、あいつもかなり善戦してたぞ。四獣傑相手にあそこまで持った戦いは久しぶりだ」

「ああ。おーい、ヨウダイとかいう奴、やるじゃねえか!」

「惜しかったぞー」



 決して多くはない観客ギャラリーだったが、ヨウダイの健闘に賛辞と拍手が送られていた。

 


「ふふふ、私より人気者じゃないですか」

「……最後の展開、読んでたのか?」

「ええ、眼や口内は、分かりやすい急所ですから。あの鰐さんとの戦いから、必ず狙ってくるだろう、と」

「膝裏の傷は、ダミー?」

「ええ。あなたも分かっていたようですが」

「分かってても、結局あんたの作ったシナリオで踊るしか選択肢がなかったよ。

 鼻での攻撃を出さなかったのも?」

「私、手よりも鼻の方が速く出せるんです。切り札は決定打にしないとね」

「同意するぜ。俺は早く切りすぎた」

「いえ、むしろ遅かったのですよ。初撃のときに瞬間移動で目を奪われたら、危なかったですね」

「くそ、そういうことか……勉強になったよ」

「ええ。……お話はお仕舞いですか?」

「ああ、最後にあと一つ」

「どうぞ」

「……降ろしてくれると、嬉しいな」

「おお、これは失礼しました」



 ラーヴァタはゆっくりとヨウダイを地面に降ろす。

 象人はそのまま手を差し出したが、掌のサイズが合わないことに気付くと、開いていた手を握った。


 ヨウダイはその握り拳に対して、トンと軽く拳を合わせる。



「次は勝つ」



 その言葉に、ラーヴァタは少し目を丸くした。


 四獣傑は、極めし者達。

 戦闘に身を捧げ、強さを求め続ける過程で、敵はいなくなり――待ち受けていたのは、強さ得たものを使えないというジレンマ。



 次回もその渇きを潤すと、眼前の少年は躊躇なく宣言する。

 


「ええ、待ってますよ」



 その言葉にどんな感情が込められていたのか、ヨウダイには知る由もない。

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