第5章 第24話「バトルフェスタ⑥:挑戦権」

 観客席。


『すごい、ヨウダイとキャットンさんが残っている!』

『ああ。ヨウダイの奴、また腕を上げたな。二人抜きたあ、やるじゃねえか。

 しかし、あの変わった武器、本番に間に合ってよかったな』


 

 ヨウダイは、バトルフェスタに出場すると決めてから、自身の求める武器の調達に走った。

 ヒントは、以前に暴狼人族の村にて受けた、ナタリーのアドバイスから。



「剣と槍の両方を極める」



 そして遺跡にて、ヒヒマ部隊との戦闘。

 その際は即席で短剣と棒を組み合わせたが、その方向性を更に突き詰めることにしたのだ。


 そしてここは、武の国サバンドール。武器の特注自体は珍しくない。


 注文品は、槍と短剣を組み合わせたもので、双方自体はありふれている。アタッチメント部分こそ製作にやや苦労があったものの、一か月程度で、調整含め専用武器は完成していた。



『うん。練習、いっぱいしたからね』



 むしろ苦労したのは、その取扱い。

 今までと全く違うスタイルへの移行、剣と槍それぞれが生きるシチュエーションの把握、そして得物のスムーズな変形。


 アレンやドラコとの組手から、主として魔物狩りでの実践を経て、今日に至っている。



『あのスタイルになって、更に強さが増した』

『さすが、【槍技】の才能タレント持ちなだけあるよ。

 強いと言えば、キャットンさんも、やっぱりすごいや』



 選手十二人中、八人はラーヴァタに襲い掛かり、うち二人はターゲットをヨウダイに変更、しかし撃破された。

 ラーヴァタへの強襲を選ばなかったのは、ヨウダイ、キャットン、そしてもう一人の水牛人。


 ヨウダイが縞馬人と獅子人を撃破する間、キャットンと水牛人もまた、激しい戦いを繰り広げていた。


 どちらもパワータイプ、お互い防御を度外視した拳の応酬は、かなり見応えがあった。

 最終的には水牛人が耐え切れず膝をつき、キャットンが耐久で上回った形だ。


『とは言え、あのラーヴァタって奴は、凄まじいな』

『うん。六人がかりでも、全然歯が立たなかった』


 それ以外の残りの六人は、当初予定通りラーヴァタへ立ち向かうも、早い段階で全員撃沈。

 その後、ヨウダイやキャットンの戦いを興味深げに観察していた。



 そして現在、場内三竦み……とはならず。



 何を思ったのか、ラーヴァタは、背中に差していた大きな斧槍ハルバードを手に持ち、その柄をどしんと床に突き刺した。そしてその横に腰を下ろし、何かを促すかのように掌を差し出す。



 その仕草に、ヨウダイは一瞬こめかみをひくつかせるも、キャットンに向かって槍を構えた。

 するとキャットンの方も同様に、ラーヴァタの方は無視してヨウダイに向かい合う。



 それは三者の間に生じた合意。



<勝った方が、四獣傑への挑戦権を得る>




 ヨウダイもキャットンも、共闘は望まない。

 それを読んだラーヴァタの態度は、「勝った方がかかってきなさい」と物語る。

 ある意味不遜とも言えるが、それを呑まざるを得ない実力差が、確かにそこにはあった。


 ヨウダイは苛立ちを吠えながら、キャットンへと撃ち込む。



「腹立つなあ、おい!!」

「全くだ!!」



 速さではヨウダイが勝る。

 しかし鰐人として鱗で覆われた身体には、その刃が通らない。

 一方キャットンは、一撃を当てるだけで形勢を逆転できるであろうという目論見を立てる。


 必然、ヨウダイは攻め手を緩めず、キャットンが防御に回るも、お互いに隙を伺う展開に。


 キャットンの目論見は、ヨウダイも重々承知。

 キャットンが時に拳や脚で重い攻撃を繰り出すも、ヨウダイは培った技術で、時には避け、時には往なし、その所作には危なげがない。



「すばらしい槍捌きだ!」

「うるせえ!!」



 攻撃の手は休ませずに、しかし頭は冷静に計算を続ける。



(現時点では、有効打が見えねえ。一方向こうは当てれば勝ち……俺が劣勢、か)



 キャットンは、これで何度目かの剛撃を繰り出した。

 ヨウダイはこれに刃を合わせ、その勢いを利用して後ろに飛び退く。

 両者の間にはまた距離が生じる。


 そこでヨウダイはちらりとラーヴァタの方を見た。



(ちっ、後が控えてる。ここで時間をかけるすぎるのもな)



 そんなヨウダイの様子を見て、眉を顰めるキャットン。



 そこから、ヨウダイは改めて距離を詰めた。

 先ほどより激しく打ち込んでいく。



『すごい猛攻だ!』


 思わずアレンも興奮するが、


『ああ、しかし……ヨウダイらしくねえな』


 裕也はやや違和感を覚えていた。


『らしくない?』

『ああ。あいつの戦いは割とクレバーだ、基本的にはいつも、勝利へのビジョンを描きながら行動してるだろ。だが今の攻撃は、見た目こそ派手だが、キャットンに通じているとは思えない』


 裕也の指摘通り、キャットンは確実に急所を守っており、ヨウダイの攻撃の速さから防御に徹しているものの、決して追い込まれているわけではない。


『むしろ、あんな攻め方、長くは続かない。いつかスタミナか集中力が切れた時、危ないんじゃないか』

『む、そうか……』



 裕也の言を聞いて、アレンは不安そうに拳を握った。



「フッ!ハッ!……しぶといおっさんだな!!」

「……」


 ヨウダイは、一撃一撃が必殺となる勢いで槍を振るう。しかし、二人を分かつのは人間と獣人の種族差か、キャットンの鱗を超えてダメージを与えることは、どうやらできてないようだ。



「おらあ!!!!」


 更に勢いを増して、槍を横薙ぎに打ち込む。


 これには受けたキャットンの腕も崩されるが、あくまで崩されるだけ、決定打には到底至らない。




 焦った表情で、ラーヴァタを一瞥するヨウダイ。



『やばいぞ!』



 裕也が短く言う。



「グラアアア!!!!

 こっちを見んかい!!!!!」




 ヨウダイの見せた隙を、キャットンは見逃さなかった。

 吠えながら、口を大きく開き、ヨウダイの肩口に迫る。



「危ない!」



 アレンも思わず叫ぶ。



 しかし、



「そいつを待ってた!!」



 ヨウダイは槍を解体し、軽くなった刃先でそのままキャットンの口内を斬りつけた。



「ギャア!!」



 思わず呻くキャットン。



 ヨウダイはその隙にキャットンの肩に飛び乗る。



 そして、



「降参するかい?」



 頭上から、キャットンの右眼に、剣先を突き付けながら囁いた。



 しかし、



「な゛め゛る゛な゛!!!」



 濁った声で、自身に跨るヨウダイに向かって拳を振るうキャットン。



「ちぃっ!」



 ヨウダイは、相手の眼を貫き、退避。




「ぐあああ!!!!」




 さすがのキャットンも、右眼を押さえながら、今日一番の叫びをあげる。




「……手加減できる相手じゃねえ。わりいが、眼、いただいた。


 まだやるかい?


 もうあんたの攻撃は当たらねえぞ」



 キャットンは膝をついて、息を荒げながらも返事をする。



「ほ、本気で、刺す覚悟が、あるたあな……若えのに……」


 そこでキャットンは、改めてラーヴァタの方を見た。


「まだやれる、と言いたいところだが……」


 諦めたように笑う。


「どうやらここまでだ。どこまでやれるか、見せてもらおうか、少年よ」



 そこまで言うと、キャットンは自ら武舞台を歩き、場外へと飛び降りた。



『キャットン選手、失格!』




「……」


 ヨウダイは無言で、改めてラーヴァタの方を見やる。



 象人の方はというと、両者の決着に、ようやくその腰を上げた。

 ヨウダイの身長は百八十センチほど、人間としては高い方だと言える。しかし改めて眺めると、ラーヴァタの巨体は三メートルはあろう、大人と子供以前の体格差だ。



「ふふふ、終わったようですね。

 前回のヒヒマさんと言い、あなたと言い、最近は猿人の方も随分と努力されているようで。

 これは気を引き締めなければなりませんねえ」



 そう言うと、ラーヴァタは自身の得物、長柄の斧槍ハルバードを引っこ抜いて、右手に構えた。



「おいおい、そいつを片手で扱うんか」



 分かっていたことだが、規格外の剛力に改めて戦慄を覚えるヨウダイ。




「さて、ここまで残った特典です。


 ……先手を差し上げますよ」



 どこまでも不遜な言い回し、しかしそれもまた四獣傑である証。



「はいはい、あんたらのその感じ、もう慣れたわ」



 ヨウダイは軽口を叩きながら、トントンと軽くジャンプした。



「真星流、釣瓶!」



 改めて、自重を加速に転換しながら、相手に向かうヨウダイ。



「身体がデカいってことは、的もデカいってこった!!!」



 言いながら狙うは、相手の右手指。



「りゃっ!!」



 狙い通り、槍先でラーヴァタの指を撫でながら、後方へと抜ける。



「……やっぱり、効かねえか」



 野生の象同様、その分厚い皮膚に守られた肌には、簡単に傷をつけること能わなかった。



「その程度の攻撃力では、一方的な展開になりますねえ」



 ラーヴァタは笑いながら、斧槍を振り被る。


 後方へとスウェーして躱そうとするヨウダイ、しかし――



(!!!???)



 元よりそのパワーには、十分な警戒をしているつもりだった。

 なのに、それなのに。

 ヨウダイはかつてない悪寒を感じ、後方への展開を諦め、槍を自身の左に向かって全力で振るった。



 ズワン、ガキン!!



 高速で振るわれた巨大な斧に何とか刃を合わせ、勢いに身体バランスを適応させて、そのまま距離を取る。



「あぶねえ、角度が悪かったら場外だ」



 武器の無事を確かめながら、柄の部分を外し、改めて小型の剣状に整えるヨウダイ。

 改めてラーヴァタに向き合うと、



「さすがに、「四獣傑」なんて大層な二つ名をお持ちだな!」



 そう吐きながら、またもや距離を詰めていった。



(相手のリーチは長い、パワーも圧倒的な差、となると安全圏は、むしろ懐の中!!)



 軽くフェイントを混ぜながら突っ込んでいくヨウダイ。



 しかしラーヴァタも百戦錬磨、生半可なフェイントには引っかからず、ヨウダイの居場所を正確に予測、横薙ぎに攻撃を見舞ってくる。



 一方のヨウダイは軽く跳躍。


「ここしかない」という角度、タイミング、強度で剣を振り、相手の得物にその刃を合わせた。


 相手の攻撃の勢いで、その身体は高速で一回転。


 冷静に地面を蹴ってそれすらも勢いに変え、相手の膝裏へ斬撃を放つ。



 ラーヴァタはやや顔を顰めるも、その攻撃は全く致命傷に至らない。




 通常なら、パワータイプの戦士相手には、ヒットアンドアウェーの戦術が有効だ。

 しかしヨウダイは、相手にまとわりつくように攻撃を繰り返す。



(このゾウさんは確かにものすげえパワーだが、決して遅いわけじゃない。

 間合いが開く程、リーチで負ける俺が不利……だったら、相手の攻撃が最高速に達する前に対処できるこの位置が最適!!!)




『見ているこっちがヒヤヒヤする!』

『ああ、一撃でも喰らったらタダじゃ済まない中、あの位置取りをキープするか。さすがの胆だな。

 だが見ろ、作戦は機能している。あの四獣傑、ハルバードを全然使えてないぞ』

『確かに、空いてる方の素手で薙ぎ払うように攻撃してる。にしても、ヨウダイのあの動き……』

『あれは何かの技なんだろうな。「紙一重で避ける」なんて言葉があるが、ヨウダイのあれはむしろ、当たってるのに、衝撃を受け流してる』



 裕也の指摘通り、距離を詰める際に見せた相手の攻撃の往なし、ヨウダイはそれを連続で発動し、致命傷を防いでいた。



(真星流、軽羽根かるばね!)



「鬱陶しい蠅ですね!!!」



 なかなか仕留めきれないことに苛立った様子のラーヴァタは、下から掬い上げるように左腕を振り上げた。ヨウダイはまたもやそれに剣を合わせると、そのまま後方へ跳躍。

 一旦距離を取ることにする。



(やべえ、集中力が切れたら、死ぬ、マジで死ぬ!!!)



 ラーヴァタも一旦息を吐き、呼吸を落ち着かせた。


「……失礼、取り乱しました。

 けれど、素晴らしい。

 パワーもスピードもそれほどですが、技術だけに対してここまで苦戦するのは初めてですよ。


 貴方、お名前は?」

「ヨウダイという。

 ……俺からも、一ついいか?」

「ええ、どうぞ、答えられることなら」

「ラーヴァタさん、だったっけ?

 あんた、男?それともレディー?」

「ほ?」



 これにはラーヴァタも意表を突かれたようで、一瞬キョトンとするも、


「私は女性ですよ。確かに地方の方には、男性と思われていることも多いですね」

「あー、やっぱりそうなんか。

 ちょっとやり辛いけど、ごめん。レディー相手なら紳士的に行きたいところだけど、厳しいわあ。あんた、強すぎ」


 飄々と言い放つヨウダイに、


「ふふふ……アハハハハ!!」


 ついに笑い出す四獣傑。



「この私をレディー扱いしてきたのは、夫以来ですよ」

「ええ、人妻なん!?さらに意外!」

「これでも家では尽くす方ですよ。気付けば、喋り方まで夫みたいになってました」

「へえ~。あんたが惚れた男とか、ちょっと気になるな。今度紹介してくれよ」

「ええ、喜んで」

「よろしく。……さて、お喋りはこれくらいにしようぜ?」

「そうですね。でも、今日はなかなかに気分がいい。少し、本気を出しましょう」




 ラーヴァタはそう言うと、斧槍を投げ捨てた。




「はあっっ!!!!」




 何やら力を込めると、



「……げ、マジかよ……」



 ヨウダイは慄いた。



「さあ、第二ラウンドというところでしょうか」



 徒手戦闘を構えるラーヴァタ。


 四本・・の腕が、ヨウダイを捕らえようと待ち構える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る