第5章 第23話「バトルフェスタ⑤:二次予選開始」

『……結局、あのノエルって人、どういうつもりなんだろう?』

『なかなか喰えない御仁だったな。

 現時点では、敵対しているわけではないだろうよ。ただし、完全に信用されているわけでもない。要は、「全てお見通しだから、妙なことはするな」っつう、釘差しだ』

『うへえ』


 そんな会話をしながら、魔物食堂へと帰ってきたアレンとタイガ。


「ただいま」

「お帰りー。どうだった?」


 開口一番、ヨウダイが尋ねる。


「……軍にスカウトされた」

「スカウト!?」

「うん。バトルフェスタの話じゃなかったよ」

「げっ、そうなん!?」

「何よヨウダイ、「きっとアレンが繰り上げ合格だ」なんて、自信満々に言ってたくせに」

「いやだって、大会関係者が声をかけてくるなんて、それしかないと思ったから……」

「あはは、実は俺も、そうだろうって期待しちゃってたよ」


 苦笑いしながらも、アレンは真面目な顔を作って切り出す。


「一応、注意しておいた方がいいと思うこともあるんだ。ヒヒマも、聞いてくれ」


 先の会合の顛末や裕也の見解を皆に話すと、


「アレン、ノエルって、確か……」

「うん。事前調査でも名前が挙がってた、バトルフェスタ実行委員長でありながら、有力選手の一人」

「そうだよな。確か、前回の本選出場者で、切れ者なんだよな」


 ヨウダイが相槌を打ち、ヒヒマも補足を加えてくる。


「サバンドールは様々な人種の集まった国家だ。マシナ国みたいな、ほぼ似たような民族の国家とは違う。

 特に純粋にバトルってなった時は、どうしても種族差が出てくる。勝敗は互いの身体能力や技なんかに大きく左右され、そこに「頭の良さ」ってのはあんまり関係ないことも多い。

 そんな中で、トップクラスの強さを持ちながら知恵もあるってタイプは珍しいんだ。


 バトルフェスタってのは、言っても荒くれ者の大会だ。頭に血が昇って、物騒な事態が起こることもある。そういう意味でも、委員にはそれなりの腕が求められるんだが、それを束ねるのが委員長。


 腕っぷしと処理能力の両方を備えた人材は貴重で、何でも現王のレオンは、今回のバトルフェスタの一切をノエルに任せているらしいぞ。四獣傑に名を連ねてこそいないものの、それに次ぐ実力なのは間違いない」

「そうなんだ……ってそれ、結構大事おおごとじゃね?」

「でも私たち、悪いことしているわけじゃないじゃない」

「うん、ソニアの言う通りだ。現状、確かに目をつけられているものの、サバンドール国のルールに則って行動していれば、特に問題はないと思う」


 こうして、アレンたちは「品行方正」を改めて意識することで今回の件への見解を終えた。

 ヨウダイが伸びをしながら言う。


「それはそれとして、二次予選まであと四日。アレン、修行に付き合ってくれよ」

「あ、俺も頼む」

「俺も付き合おう」


 ---------------


 二次予選の会場は、郊外にあるドーム状の建物内だった。


 何でもこのような会場がいくつかあるそうで、事前情報の通り、一ブロック十人前後、全十六ブロックに分かれてのバトルロワイヤルが、二日に分けて行われる。


 アレンはそのうちの一つ、ヨウダイの出場する試合が行われる会場を訪れていた。


『これはあれだ、マンガでよくある武舞台って奴だな』

『マンガ?武舞台?』

『ああ、独り言』


 石を敷き詰めて正方形に整えられた試合場を眺めながら、そんな会話をする。ドームで言うとアリーナ側に、同じ大きさの試合場が四つ設置されている。

 一方アレンがいるのは、いわゆるスタンド席だ。裕也の世界にあった野球ドームやサッカースタジアムのように、客席は階段状に設けられており、上側から会場を見下ろせる。


 観客がそれほど多くないおかげで、アレンは最前列に座ることができた。

 と言うのも、観戦が認められるのは、一次予選参加者と報道関係者のみのためだ。その理由は単純で、委員会の処理能力と会場、双方のキャパシティーの問題だ。本選は盛大に行うが、予選についてはあくまで予選という目的のみに注力しないと、大会が回らなくなる。


 というわけで、今回の観戦はアレン一人。


『ヨウダイとヒヒマの試合が同日なのは残念だったなあ。今日明日で分かれていたら、両方見れたのに』


 どちらの試合を観戦するか迷ったが、ヒヒマの方から「応援は本選からで十分」との申し出があり、ありがたくその言葉に甘えることにした。


『まあ、こればっかりはくじ運だから、仕方がない。会場も別だしな。



 くじ運と言えば、ヨウダイはなかなか厳しいグループに放り込まれたな』


 一次予選の合格通知とともに二次予選の対戦者表も送られてきており、アレンは、ヨウダイとヒヒマから書き写させてもらった対戦表を持参してきている。


 ヨウダイの対戦表、特に大きく丸で囲まれている名前――



 ラーヴァタ



 王宮にてヒヒマとギーグが戦った際、審判を務めた象人。


 四獣傑の中でも古参で、その巨躯の通りの圧倒的なパワー。

 そして硬い皮膚と鍛え上げた筋肉による、頑丈な身体。

 それを駆使し、シンプルな打ち合いにて相手を葬るのを得意とする。


 更に。百戦錬磨を越えた数多の戦闘経験が、その勝利を盤石に仕立て上げ、四獣傑の中で最も「敗北が想像できない」と評価される獣人だ。



『うん。この半年間、有力選手については俺らも色々調べたけど……』



 いろいろな噂や評価を総合した結果得た、一つの知見。



 ――四獣傑の四人は、強さの次元が違う。



 そしてヨウダイは今日、その一人と相見えることになる。



『でも、ヨウダイ本人は言ってたよ。

「最強クラスと手合わせできるチャンス、運がいいぜ」

 って』

『ああ。やっぱり、武を生業とするあいつらとは、発想が根本的に違うと、改めて思ったよ』

『俺もそこは見習いたいけどなあ。あと、ヨウダイのグループには、キャットンさんも入っているんだよね』

『ああ、あの一次予選で同じチームだった鰐人な』


 ちなみに新聞でのバトルフェスタ速報によると、想定よりも一次予選合格者が多いらしい。事前情報では、二次予選は十人でバトルロワイヤルとあったが、今回ヨウダイのグループの選手は十二人。


『運営の想定よりも、選手のレベルが高かったってことだろうな』

『なるほど、つまりヒヒマやヨウダイにとっては厳しい戦いになるかもってことか……あっ、出てきたよ』


 観客席の下側の入口から、ぞろぞろと選手が入場し、試合場へと上がっていく。

 アレンがヨウダイを見つけるのと同時くらいに、あちらもこちらに気付いたのか、右手に持った剣を軽く振り上げてくれた。アレンも拳を握って頷き返す。



 二次予選のルールは一次予選と違い、シンプルだ。


 武舞台に上がっている選手全員でのバトルロワイヤル、自分以外の全員が敵。

 気絶、審判による戦闘不能判断、降参、場外は失格。

 武器の使用は可、ただし事前に委員会による審査が必要。

 殺生は不可、その時点で加害者は失格。



 ヨウダイ他十一人の選手は、武舞台の四辺に三人ずつの配置となるよう移動した。


『象人ラーヴァタ……やっぱり目立つな』

『うん。そもそもの体格が。他の獣人の三回り位だ』

『ああ、象だしな。ヨウダイは長身だけど、獣人に比べたら小柄だ。ラーヴァタと比べると、大人と子供だな』

『勝てるかな?』

『どうだろうな。それに、ラーヴァタだけが相手じゃない』



 そんな会話をしていると、全員の準備が整ったのか、審判の獣人が叫ぶのが聞こえる。



「それでは、中央の鐘が三度鳴ったら、全武舞台、一斉に試合開始です!」



 そしてすぐに、カーン、カーンと、高らかに鐘の音が二度鳴り響く。


 選手は全員、臨戦態勢に。



 カーン



 二度目の鐘から少し間が空いて、三度目の鐘が打ち鳴らされた。




『始まった!』

『ああ』



 ---------------


 試合開始直後、ヨウダイはすぐに防御態勢を取った。

 おそらく自分は猿人、つまり弱者だと思われている。バトルロワイヤルなら、まずは数を減らすのが定石。乱戦では、格下の相手からでも、思わぬところで攻撃を食らいかねないからだ。

 そう考えると、攻撃の矛先は真っ先に自分に向く――。



 しかし、そんな予想を裏切って、多数の選手は同じ行動を取った。


 十二人中八人が、一斉に一人に向かって飛び掛かったのだ。


 しかしターゲットとなったその一人は、その太い足で武舞台を踏み鳴らす。


「ぐあっ!」

「あぶねえ!!」


 その振動は武舞台を通って伝わり、襲撃者たちの足元を揺らした。しかし彼らも実力者、全員がジャンプで振動をやり過ごす。



「おっと!」


 ヨウダイもひょいとジャンプし、すぐに臨戦態勢を取り直した。

 そこへ、剣を持った獅子人が近付いてくる。


「おい、そこの猿人!

 いったん休戦だ、まずは四獣傑をどうにかするぞ!」

「……なるほど、そういうことね」



 ヨウダイもようやく状況を掴んだ。


 弱者を落としていくのがバトルロワイヤルの定石……しかし、明らかな強者がそこに含まれる場合、その限りでない。弱者同士で徒党を組んで、強者の蹴落としを狙うという構図が発生するのだ。


 そして今回は、象人ラーヴァタという、圧倒的な強者がいた。



「けどさ……生憎、それ・・じゃあ俺の目的は達成できないんでね!」



 そう返して、獅子人に斬りかかるヨウダイ。



「……ちぃ、猿人の割に、阿呆だったか!!」



 咄嗟に飛びのき、切り込みを避ける獅子人。


 ヨウダイと獅子人、剣を構え相対する二人。

 しかしそこへ、



「おっと!」



 ヨウダイの死角から、鋭い突きを放つ者がいた。

 ヨウダイはその殺気を感じ取って、余裕をもって攻撃を躱す。



「さすが猿人、逃げるのはお上手で」



 先の攻撃は、縞馬人によるもの。細身の剣、レイピアを片手に握っている。



「そこのライオンさん、助太刀しますよ。まずは生意気な猿人を葬ってしまいましょう」

「そうだな、ここは共闘だ。猿人なんぞ一人でも十分だが、時間が惜しい。無駄に邪魔される前に秒で片付けて、さっさと四獣傑をどうにかせにゃな」



 前方と斜め後方、二人の敵に狙われるヨウダイ。


 一瞬縞馬人の方を一瞥するも、正面の獅子人の方に斬りかかった。



「……はっ、技はまあまあだが、やっぱりパワーが足んねえな!

 そんな短い剣しか持てねえってか!!!」



 獅子人の得物はオーソドックスなロングソード。

 対しヨウダイの得物は特注品、刃渡り短め、柄が長めの剣。


 ヨウダイの剣は小回りが効くものの、ロングソード相手の真っ向からの打ち合いになってしまうと、確かに獅子人の言う通り、力で剣速を抑え込まれそうになる。



「……」



 しかしヨウダイは獅子人の挑発には応えず、ただただ攻撃をなしていく。



「おらおら、防御しかできねえか!?」



 往なす、往なす、往なす……。



「……うぜえ!ちったあやる気を出しやがれ!」


 あまりに攻め気の感じられないヨウダイに痺れをなしたのか、獅子人は改めて大きく振りかぶった。

 そこへ、



「真星流、釣瓶つるべ――」



 ヨウダイは一気に上半身を脱力。

 あわや地面に倒れ込みそうになるが、足を踏み出して、自重による落下を前方への加速に変換。

 その勢いを殺さぬよう、胴を軽く切り裂きながら、相手の後方へと抜ける。



「……ち、く、しょう……」

「ありがとさん」



 二撃・・を食らい、膝をつく獅子人。



「……おやおや、上手く利用されてしまったようですね」



 獅子人は、縞馬人のレイピアに刺された肩を押さえて蹲っている。



「今日会ったばかりの二人で、連携なんかできるわけねえだろ。

 あんたが隙を伺っているのは、よーく伝わってきたからな。狙いやすかったろ?」



 縞馬人の初撃から、速さで攻めるタイプと予測したヨウダイ。獅子人の攻撃を受けるのに必死な振りをして、背中をがら空きに。

 あとは獅子人の攻撃を捌きながら、実際は縞馬人の動きに集中。攻撃の方向とタイミングさえコントロールできれば、速撃を獅子人に当てるのも不可能ではないという目算だった。



「さて、そこのライオンさん、まだやるかい?」

「……いや、降参だ。この負傷ではどの道、四獣傑には勝てん」

「あいよ、お疲れ様。じゃ、次はあんただ」



 今度は半身で、縞馬人に対し構えを取る。



「……これだから猿人は、悪知恵が働く。しかし一対一で、私の速さに対抗できますか?」



 言った瞬間、一気に距離を取る縞馬人。



「よっ、と!!」



 ヨウダイは、相手の突きを剣先で弾くと同時に、腰に差していた棒を剣の持ち手に取り付ける。



「ほいさ!」

「槍!?」



 ヨウダイは獲物を長槍形に変化させ、両手で突きの構えを取った。



「……面白い、私に突きで挑みますか!!」



 縞馬人は、洗練された最小限の動きでレイピアを少し引き、一瞬に突き出す。

 並の相手なら、対処が間に合わずに傷を負っていたであろう。

 しかし……



「くっ……」



 ヨウダイは、相手が攻撃に転じるタイミングを的確に狙い撃ち、初速を潰す。

 そしてあっという間に、今度は縞馬人が防戦一方になる。



「真星流、操舞そうぶ



 右手首、左肘、額、右脇……。

 部位を順番に狙うヨウダイに、縞馬人は動きを完全にコントロールされてしまった。 



「これで……詰み!!」



 最後に一閃、槍の切っ先でレイピアの根元を強打。



 カツーン!!



 小気味よい金属音と共に、レイピアは縞馬人の手を離れ宙を舞った。


 ヨウダイはそのまま、槍を相手の首元へ。



「……降参です」



 その一言に構えを解き、改めて武舞台を眺める。



「……減ったな」



 武舞台上に残ったのは、三人。



 すらりと長身の人間。

 筋骨隆々とした鰐人

 そして、巨躯の象人。

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