第5章 第22話「バトルフェスタ④:大会管理委員長」

 来訪者がアレンを訪ねてきたとき、一行は魔物食堂の一席で朝食をとっている最中だった。


「はい、アレンは俺です……あなたは」


 呼び出しに応じて立ち上がったアレンは、声の主が見知った顔であることに気付き、店の入口へと向かう。


「ええ、一次予選で試験官を務めました、ユーリと申します」


 よく似た狐人試験官のうちの片方だった。


「ユーリさん。一昨日はありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ、お疲れ様でした」

「今日はお一人ですか?」

「はい、弟の方はまた別の仕事をしております」

「ご兄弟だったんですね、通りで似ていると思いましたよ」

「はは、よく言われますよ」

「あなたはええと……」

「私は、皆様へのルールの説明と、チーム1の作戦タイム管理の方を担当させていただきました」

「なるほど」


 とりあえずの挨拶を交わしていくも、アレンの心は少し浮足立っていた。予選開始前、目の前の人物が言っていた言葉を思い出す。



 ――「残念ながら不合格となった方につきましても、全体の人数調整で、後日繰り上げ合格となる可能性がございます。そちらについては本日から三日以内にご連絡差し上げますので、受付の際申請いただいた連絡先にて待機をお願いします」



「ええとそれでユーリさん、どういったご用件で?」

「ええ。アレンさんには、少々お話がございまして、事務所の方へご足労お願いできませんか?

 長いお話ではありません。事務所は広場に面しておりまして、ここからですと、それほどお時間を頂戴することにはならないかと」

「わかりました。今からですか?」

「予定がおありでしたら、後日でも構いません」


 そこでアレンは振り向いて、仲間の方を確認する。

 ヨウダイがグッと親指を立てており、他の面々も軽く頷いていた。


「いえ、今からで大丈夫です。

 少しお待ちください、荷物を取ってきます」

「はい。

 ……それとですね、そちらの暴狼バーサクウルフも、一緒に来ていただけないでしょうか?」

「タイガも?」

「はい。これは、うちのボスからの指令でして」


『……裕也、大丈夫かな?』

『まあ、ここはマシナ国じゃないし、暴狼人族も暮らす国だ、危害を加えることはないだろう。多少警戒するにせよ、断る必要もないんじゃないか』


 突然の申し出に一瞬躊躇したアレンだったが、裕也の意見に気を取り直して、タイガを呼ぶ。


「タイガ、来てほしいらしいんだけど」

「わん。ごはんあるか?」

「……噂には聞いていましたが、本当に喋るんですね」

「やっぱり珍しいんですか?」

「ええ、もちろん。

 ……昨日ちょうど、差し入れでフルーツをいただきましたので、そちらでよろしければ」

「しょくごのデザートにちょうどいい。いく」



 ---------------



 狐人のユーリに先導されて、事務所という建物に辿り着き、ある一室へ通された。

 道中、ユーリは終始ニコニコしていたが、逆に感情が読みづらく、何を考えているのかはわからない。


 ユーリは、背の低い応接机にカップを三つ置き、アレンの向かいに座る。

 タイガは部屋の脇に座っており、その横には色とりどりの果物が置かれていた。

 朝食直後で腹自体は満たされているからか、ちまちまと旬の味を堪能しているようだ。


「さて……」


 話を切り出すユーリ。ここで初めて、少し申し訳なさそうな顔をした。


「まずは改めまして、お時間ありがとうございます。

 そして、ひょっとしたらご期待させてしまったかもしれませんが、お話というのは、一次予選の繰り上げ合格の件ではありません」

「えっ?」


 思わず声が上擦るアレン。


「え、ええと、そうなんですね。いえ、期待なんて何も、あはは」


『アレン……思いっきり期待してたな』

『そりゃそうだよ!』

『ま、この流れならある程度仕方ないが、態度に出すぎだ。にしても、それなら何の話だろうな』

『そうだね』


「でも、予選のこと以外で俺に話って?」

「それは、うちのボスも同席してからお話しします。もう少しで到着すると思うので、少々お待ちを」



 ユーリがそう言ったところで、タイガが尻尾をピンと立たせ、背筋を伸ばした。


 同時に、ドアがノックされる。


「失礼します」



 入ってきたのは、暴狼人だった。そのままユーリの横へと座る。



「初めまして。バトルフェスタ管理委員長の、ノエルです。アレンさんですね?」

「え、ええ」

「一次予選、お疲れ様でした。また、同朋がよく懐いている様で、ありがとうございます」

「い、いえ、そんな」



『え、ええと、いきなりトップ!?

 この人確か、すごく強いんだよね!?』


 アレンたちは、バトルフェスタに関する情報収集の一貫として、有力選手についても口コミや過去の新聞などを当たって調べをつけていた。

 中でも分かりやすいのが過去の大会戦績だが、このノエルという人物は、前大会の本選出場者であった。



『おい、焦るな!……とは言え、暴狼人か……。場合によっちゃ、面倒なことになるかもしれん……』

『そ、そうだよね!?』



 前回に暴狼人族の村を訪れているため、暴狼人族は当然アレンやタイガのことを知っている。

 しかし今回のヴィゴール訪問、そしてヒヒマへの同行について、暴狼人族には全く伝えていなかった。一応アレンは今、魔道具で姿を偽っているものの、


『暴狼人は、魔法にやたら敏感だからな……わざわざタイガを指名してきたことも考えると、正体は完全にバレていると思っていいだろう。そもそも王宮では正体を明かしたんだし、こんな国を挙げての大会を取り仕切るトップなら、情報が伝わっていてもおかしくない』

『う、うん……』


 動揺で相手の顔をまともに見れず、視線を泳がせるアレン。

 そんなアレンを見て、ノエルと名乗った暴狼人は、軽く息をついた。


「ユーリ、申し訳ございませんが、急にチョチョガンマ区産のコーヒーが飲みたくなりました。淹れてもらえませんか?」

「えっ、今ですか?」

「ええ、どうしても飲みたいのです」

「急に言われても、そんな高級品、豆がないですよ」

「確か倉庫にあったと思います。探してきてください。十五分探してなかったら、戻ってきていいので」

「ええーー……はいはい、わかりましたよ。そんな我儘、ボスにしては珍しいですね」

「いいじゃないですか、見つけたら一緒に飲みましょう」

「おっ、いいですね。では、失礼して」


 ユーリはアレンに軽く頭を下げると、部屋を跡にする。

 足音が向こうへ去っていくのを確認して、ノエルが改めて口を開いた。


「さて、これで幾分か話しやすいでしょう。

 まず私は暴狼人族ですが、十年ほど前から村を出て、この首都で働いています。何の因果か、今はバトルフェスタ管理委員長なんて大役を仰せつかっていますがね。とは言え、村には定期的に顔を出していますよ」


 ノエルは独り言のように言いながら、カップのお茶をすすった。

 結論が読めず困惑するアレンを一瞥して、話を続ける。


「一方、半年ほど前、王宮より報告がありました。当時道場を荒らしていた猿人とその仲間に対し、謁見指令が下された。隣国とは縁が切れているようだが、注視せよ、と。

 一味の名は、ヒヒマ、アレン、ヨウダイ、ドラコ、ソニア。タイガという喋る暴狼も。


 ――とは言え私の仕事は大会管理。警察ではありませんので、その情報は耳に留める程度のものだったのですが」


 何やら不穏な言い回しに、アレンは身を強張らせる。


「先日ようやく雨季が明けましたので、大会業務が本格化する前に、一度里帰りしましてね。

 ここ最近の村での出来事を仲間から聞いていたら、少々驚きました。

 人間と名乗る種族が言葉を喋る同朋と共に村にやってきたこと、遺跡にて猿人族の部隊と戦闘になり、人間たちはどこかへ消えたこと、喋る同胞と人間たちはよき仲間であったこと、猿人部隊の長はヒヒマと名乗っていたこと、などね。

 どれもどこかで聞いた名前、特徴です」


 ノエルはどこか楽しそうだ。


「さて、これらの情報を総合すると、村にて好印象をもたらしたアレン一行は、猿人と敵対するも、何故だか和解。現在はサバンドール国にて行動を共にしている、ということになります。


 ……ああ、何も言わなくていいですよ。私の独り言なので。


 極めつけとして、件の連中の何人かが、バトルフェスタに応募してきた。私も管理義務がありますのでね。申し訳ございませんが、不穏因子は把握せねばならぬということで、少し監視させていただきました。

 とは言え現時点では何も悪行はしていないようですし、同朋も、アレン一行やヒヒマという猿人を非常に信頼している。どうやら、同朋というだけで命を奪ってきたこれまでの猿人族とは違うようです。


 今のところ、敵対視する理由は特にありません。


 ……そろそろ、ユーリが戻ってくる頃でしょうか。コーヒー、きっと見つからなかったでしょうねえ」



 そこで、ドアがノックされる。



「ボス、豆、見つかりませんよ」

「そうですか、それは残念。ではまたの機会にして、本題に移りましょうか」

「はい、わかりました」


 結局、アレンは一言も発する機会を掴めないまま、ユーリが話を引き継いだ。


「アレンさん。バトルフェスタの目的をご存じですか?」

「目的、ですか?国一番の強者を決めることでは?」

「ええ、もちろんそれが第一目的ですが、その他にも、スカウトという側面もあるのですよ」

「スカウト?」

「ええ、国軍へのね。我が国はサバンドール地方では最大ですが、周辺国との諍いは未だ生じておりますし、魔物の脅威もある。


 バトルフェスタそのものは、個の力を測る大会です。とは言え、集団戦でこそ力を発揮する戦士もいる。今回、一次予選をあのような形にしたのは、そういうバトルフェスタの結果に表れない人材を発掘する、という目的もあったのです。


 アレンさん、あなたは多様な魔法を操り、特に味方の戦力を高める補助魔法に長けている。残念ながら一次予選は敗退という形ですが、それはあくまで「個の力」という視点で見た場合。

 あなたのその力、ぜひ軍で生かしていただけませんか?」


 予期せぬ申し出に、更に困惑するアレン。

 とは言えアレンはサバンドール国民ではなく、了承できるわけないのだが。どう断ればよいか迷っていると、ノエルが横から口添えする。


「もちろん、強制ではありませんよ。お返事は後日でも構いませんし、この場できっぱり断っていただいても構いません」


 事情を知っているノエルには、アレンがこの提案を受けるはずないことが分かっているのだろう。

 アレンはそう察して、


「そうですか。バトルフェスタへの出場は、俺としてはあくまで力試しの一貫で、申し訳ございませんが軍で働こうなんて気持ちは全くなく……ありがたいご提案ですが、辞退させてください」


 その言葉にユーリは残念そうな顔をするも、


「承知しました。気が変わりましたら、また事務所にお声掛けください」


 と返答した。


「さて、それでは用件は終了となりますが、何か質問等ございますか?できる範囲でとなりますが、お答えします」


 アレンは少し考えこんで、尋ねる。


「一次予選のことですが」

「はい」

「俺に対して、どういう評価が下されたのか、教えてもらえませんか?」

「なるほど……通常、選考基準は公開できないのですが……」


 ユーリはそう言って、ノエルの方を伺う。


「いいでしょう、少しだけ、私の方からお伝えしますよ。


 まず最初の質疑応答から作戦タイムまで。あの場での行動について、バトルフェスタという意味での選考基準は、ほとんどありません」

「えっ?」

『え?』


 いきなり予想外の返答に驚くアレンと裕也。


「もちろん戦略的に戦闘を進めようとすること自体は評価いたしますが、そうしないからと言って、評価が下がるわけではありません。本能的に戦うタイプで強力な戦士もたくさんいます」

「なるほど……」

「とは言え、あくまで「バトルフェスタ」においては、です。

 先にお伝えの通り、軍候補者の戦力視察という意味では、貴重な情報収集の場となっておりました。あの場で協調的に振舞えない者は、集団戦には向きませんしね。


 それと予選開始以降、基準を一つだけお伝えしましょうか。

「ゼッケンの奪い合い」なんて面倒なルールにしたのには、理由があります」

「理由?」

「ええ。罠、と言ってもよいですが。

 バトルフェスタは、個の力の頂点を決める大会。

 「ゼッケンを奪う」という仮初の目的に視野が狭まらず、相手を打倒しようという意志を持っているかどうか。

 これも、合格基準の一つでした」

『なるほど……予選開始直後に敵対した兎人の初撃のハイキック、俺は「悪手」と判断したが、そうとも限らなかったわけか』

「そういう意味では、アレンさんは、自身で相手を仕留めようという意志は低いという評価が出ています」

「……ええ、確かに、その通りでした」

「もちろん、あれが戦争やスポーツなら、協調してチームの勝利に貢献するという行動原理は素晴らしいものですよ。ですが……」

「いえ、わかります。確かに、あの場は凌げたとしても、二次予選以降、どこかで敗退していたでしょう。

 ありがとうございます、勉強になりました」

「いえ。精進してくださいね。お仲間は二次予選にも進出しているようです。

 立場上肩入れすることはできませんが、陰ながら見守っていますよ」


 こうして、ユーリとノエルとの会見は終わる。

 アレンが事務所を後にするとき、ノエルが最後、話しかけた。


「そうそう、お仲間さんには、こうお伝えください。

「本選で戦うのを楽しみにしています」と」


 そこにあるのは明らかに、強者としての余裕だった。

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