第5章 第21話「バトルフェスタ③:一次予選終了」

 まずはくじ運が悪かった。

 アレンの引いた5番は、フィールド内でもど真ん中。さらに、5番に最も近い6番には、敵チームに属する兎人が配置されていた。


「来るっ!」


 兎人は、アレン、すなわち敵の姿を認めるや否や、その跳躍力を生かした長い一歩で迫りくる。5、6番間に設けられた二十メートルという距離は、一瞬にして詰められてしまう。


「ぐうっ!!!」


 その勢いのまま繰り出されたハイキック。何とか腕で防御するが、その威力は予想以上でアレンは大きく吹き飛ばされてしまった。

 とは言え、防御が間に合ったのは事前の【強化エンチャント】のおかげなので、作戦は一応功を奏していると言ってよいだろう。


 そして、相手の初撃が蹴り技だったのも幸運だった。

 この勝負はゼッケンの奪い合い、相手のケーオーが目的ではない。

 最初からゼッケンに手を伸ばされていれば、そのスピードに対応できたかどうか。


(そのハイキックは悪手だったな……)


 裕也はアレンが攻撃を受ける傍ら冷静に分析するも、今試験の行動はアレンの自主性に任せることとし、口出しはしない。




 ズザ―――――ッッッ!!!



 アレンは空中で体勢を立て直すことに成功し、草原を滑って勢いを殺す。

 しかし兎人は容赦なく迫ってきており、今度は前方宙返りから、そのまま脳天へ踵落とし。



「危ない!!」



 横っ飛び、ギリギリ躱す。



 兎人は跳び跳ねながら、リズミカルに蹴りを繰り出してくる。

 目と足に【部分強化エンチャント】を施して、精いっぱい避けるアレン。



(このままじゃいずれやられる……!!)



 押されているのは明らかにアレン。



 ヒヒマが言うには、獣人族の種族別の強さは、ある程度自然界のヒエラルキーに似通ってしまうらしい。そう考えると、兎人族は、獣人族の中では決して強い方ではないのだろう。そんな兎人族にすら苦戦してしまうのが、アレンの戦闘力の現状だった。



(こうなったら、一か八かだ)



 兎人がもう一度大きめに跳躍して、飛び蹴りを繰り出した隙。



「【硬化ハードネス】!!!」



 そして兎人の脚がアレン直撃する。



っっつ!!!!」



 【硬化ハードネス】――エンドレスブルー地方で二角獣と対戦した際、ビスタがドラコに施していた魔法。

 この魔法は身体が非常に硬くなるが、その分動くことができなくなる。


 この混戦時に身の自由を手放すのは勇気がいったが、作戦は成功したようで、予想外の衝撃に兎人族の動きが止まっていた。



「【水刃ウォーターカッター】!!」



 その隙を逃さず、アレンは硬化を解除して、水の刃を放った。



「ぐあっ!!」



 サバンドール地方の遺跡での戦闘以降、アレンはこの【水刃ウォーターカッター】に愛着を持ち、研究を重ねていた。……エンドレスブルー地方では海中戦だったため、使う機会がなかったが。


 結果今では、込める魔力の量により、水の量や刃の大きさ、切れ味などを調整できるようになっている。


 今回は、大きな刃というよりも、小さく細かい無数の刃を相手に浴びせたのだ。

 そして――



「89番、フラット選手、ゼッケン損傷により、失格!」



 試験官による審判の声。

 相手の腕の防御を掻い潜って、水の刃が胸のゼッケンを細かく切り裂いていた。



「よしっ!」



 しかし喜ぶのも束の間、



「アレン、行ったぞ!!」



 右後方からの呼び声に、咄嗟に後方にジャンプ。



「外したか!!」

「危なかった!」



 アレンの元いた位置に対し、イタチのような獣人が突っ込んできたところだった。



「油断するなよ!」



 そう言いながら、間一髪攻撃を免れたアレンの元へ、味方の鰐人キャットンが駆け付ける。



「ありがとうございます、助かりました」

「礼は不要だ、チーム戦だからな。ゼッケンを奪われてはまずい。

 さあ、二対一だ、一気に狩るぞ!」



 告げるや否や、キャットンは相手のイタチ人の方へ向かう。



 しかしキャットンはパワー型なのに対し、イタチ人はスピード型。イタチ人の方は小回りを利かせてキャットンの周りを飛び跳ね、隙あらば鋭い爪で攻撃を加える。キャットンは一撃必殺のカウンターを狙っているようだが、目論見はイタチ人の方も承知のようで、そう簡単には攻撃を許してくれなさそうだ。


 イタチ人の一撃一撃のダメージはそれほどでもないようだが、このままいけばゼッケンに手が及ぶのは時間の問題に思われた。



「キャットンさん、踏ん張ってください!」



 アレンは一言声をかけると、



「【荒地ラフフィールド】!」



 土魔法を唱える。



 すると、キャットンたちの戦っている足場の地面に、ランダムに凹凸が生じた。



「ぐぬっ!」

「おっと!」



 キャットンは両足でしっかり踏ん張って体勢を維持。

 一方のイタチ人は、足元の急激な変化に、思わずジャンプ。



「今だ、【乱風ウィンドシャッフル】!」



 アレンは追い打ちをかけるように、強めの風を様々な風向きで発生させる。

 精々人間一人をよろめかせる程度の風力だが、軽いイタチ人の空中での体勢を崩すには十分だった。



「おらっ!!」



 キャットンはその隙を見逃さず、強烈な拳をイタチ人の顔面に見舞う。



「ぐへえ」



 そのまま気絶するイタチ人。

 勢い、キャットンは胸のゼッケンに手を伸ばして奪い取り、



「よっ!」



 豪快に引きちぎった。



「アレン、助かったぜ!」

「キャットンさんこそ、ナイスです!」



 互いを軽く称えながら、周囲を見渡す二人。


 どうやら、二対二の戦闘が行われているようだ。味方は豹人のビルディアと、カバ人のエルキア。相手は狼人と馬人だ。

 味方のもう一人、カンガルー人のダルゴは、どうやらリタイアしてしまった様子。一方、相手の残り一名の姿は見当たらない。



「あちらに加勢しよう」

「はい」



 アレンたちはもう一つの戦場へ急ぐ。


 ……しかし、



「うっ……何だ、眩暈が……」

「私もだ……これは……」



 急に、頭がぐるぐると回る感覚に苛まされる二人。

 そこへ、



「いただきっ!!」



 上空から滑降してきたのは、相手チームの選手の一人。

 どうやら、ムササビ人のようだ。



「ああ……!!」



 終幕は、時に無情に、呆気なく訪れる。


 アレンのゼッケンは、ムササビ人との一瞬のコンタクトで奪われてしまった。



「378番、アレン選手、失格!」


 ----------------


『……その後、あのムササビ人はキャットンさんが倒したんだよね』

『ああ。あの眩暈はおそらく何かしらの魔法が原因だろうが、気合で持ちこたえたみたいだな。

 そうなれば、滑降時の小回りを利かせづらいムササビ型の飛行は、あの大顎の格好の的だった』

『うん。で、一方では、ビルディアさんと相手の狼人がすごい戦いを繰り広げてて』

『ああ、あの二人はほとんど互角だったな。パワー、スピード、身体バランス、どれもかなりのものだった』

『そう、正直あの戦いに正面から挑める気はしないな……』

『でも、あのカバ人のエルキアが勝負を決めたろう?』

『そうそう、大量の水を召喚して、水球ごと相手の狼人に突っ込んでったんだよね』

『そのときエルキアと戦っていた馬人には避けられていたが、あれはおそらく、最初から狼人の方が狙いだったんだろうな。動きに迷いがなかった。……当然、一緒に戦っていたビルディアも巻き添えを食らっていたが』

『あはは、ビルディアさん、怒ってたね』

『まあ結果的にはビルディアには対して影響がなく、一瞬生じた水中でエルキアが瞬時に狼人のゼッケンを奪い去ったのだから、文句もあまり言えなさそうだったがな。

 試験はそこで時間切れ、か』

『うん。最終的に俺のチームは、ビルディアさん、キャットンさん、エルキアさんの三人が残った。

 相手チームは、馬人の人が一人で、俺たちの勝利だったけど……』

『ああ。

 一次予選は試合に勝てば合格というわけじゃないからな。ま、今回は残念だったな』


 そう、合格者は、最後まで残ったビルディア、キャットン、エルキア、それに相手チーム馬人のハイリスに加え、ビルディアと互角の戦いを繰り広げた狼人・イリスの五人。


 カンガルー人のダルゴ、兎人のフラット、イタチ人のゴルグ、ムササビ人のジェイコブ、それにアレンは不合格が言い渡された。



『あーあ、結構頑張ったつもりだけどなあ』

『戦闘なんてついこの間始めたばっかりだろ?それで勝ち上がれるほど甘くはないさ』

『まあ、その通りだけど……今の自分の立ち位置が分かっただけでもよしとするか』

『ああ。それに、まだ完全に不合格と決まったわけじゃないぞ』

『あ、そうか。後日繰り上げ合格の可能性もあるんだった』


 ---------------------


 そしてその日の夜、魔物食堂の食卓にて。


「おお!二人とも合格か、おめでとう!!」


 その日の戦果を報告し合うアレン一行。

 どうやら、ヒヒマ、そしてヨウダイの二人とも、合格を勝ち取ったとのことだった。



「おうよ、さすがに一次予選落ちなんて結果になったら、お国に帰れねえからな。俺としては順当な結果だ」


 とヒヒマ。一方ヨウダイも、


「徒手戦闘は専門じゃないからどうかと思ったけど、ゼッケンの奪い合いっつールールに救われたな。まあどいつもこいつも、猿人扱いで舐め腐ってくるのには、相変わらずムカついたけど……。ま、実際の戦いとなりゃあ、舐めプしてくる相手の方が対処は楽だしな。真星流の体捌きや技術は、こっちでも通用してよかったぜ」


 と感想を述べる。


「いやあ、俺も頑張ったつもりだけど、不合格だったよ。また明日から修行に励まないと」

「アレンはまだまだ発展途上って感じだからな。今日が駄目でも、腐ることはないと思うぞ」

「うん。二次予選からは、二人の応援に徹せさせてもらうよ」

「おう、サンキュ」


 そんな会話をしていると、


「ほいほい、できましたよ」


 と、バジャージュが今日の夕食を配膳してくれる。


「ありがとうございます……うわあ、今日はなんだか豪勢ですね!」


 眼前に並ぶのは様々な形のパンやパスタ、そして大きな肉。

 そして真ん中には、大皿に盛られた熱々のソースと、別の皿にサラダ。


 バジャージョが声をかける。


「今日は、鱗水牛のラグーソースだ。

 結構珍しい魔物だけどよ、雨季明けは川の水量も減って、比較的獲れやすい。しかもこの時期、脂が乗ってて旨いんだ、これが。

 そのまま牛肉料理にしてもいいが、俺のお勧めはソースだな。肉と魚介、両方の出汁が一気に取れて、味わい深い。

 ま、一次予選突破のお祝いも兼ねてるからよ、遠慮なく食え!」


「ありがとうございます!いただきまーす」


 店主の粋な計らいに、一行は舌鼓を打つのだった。




 ――そして、二日後の朝。魔物食堂に、一人の来客があった。


「朝からすみません、バトルフェスタ運営委員会の者です。アレン様はいらっしゃいますか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る