第3章 第4話「獣人たちの二つの国」
遺跡は半ば植物に埋もれるような形で存在していた。
しかし、よく見ると建物自体の老朽化は確認できず、それだけでも遺跡を作った文明の技術の高さが伺われる。
「思っていたより、小さいわね」
ソニアが言う。
外観からは、アルトリア国でアレンたちが採取していた遺跡の半分程度の規模のように見えた。
「そうだね。ナタリーさん、入り口はあそこですか?」
「ああ。我々も奥まで入ったことはない。
魔物の巣になっている可能性もあるから、慎重に行くぞ」
「はい」
そうして、ナタリーを先頭に、タイガ、アレン、ヨウダイ、レナ、ソニア、ドラコの順に遺跡に入る。
「涼しい」
サバンドール地方は温度湿度共に高く、じっとりした暑さが常にまとわりつく。しかし遺跡内は湿度が低く、外よりも快適だった。
入口に入ると、廊下が正面に向かって伸びており、その左右にいくつかドアがあるのが確認できる。
「さてアレン、どう探索する?」
ナタリーが尋ねる。
「とりあえず、近い部屋から順番に」
「分かった。私とタイガでまず索敵するから、それに続いてくれ。
ドラコは背後からの襲撃に気を付けておいてほしい」
「心得た」
「では、行くぞ……」
ナタリーは入り口近くのドアを開ける。
「……何もないな」
中にはベッドの様な台が数台あったが、他に特筆すべきものは見当たらない。魔物も住んでいないようだった。
次の部屋も同じように調べるが、特に変わったところはなし。
そうして、慎重に探索を続けていく。しかし、
「転移装置のようなものは見当たらないな」
「ああ。ここ、ただの家だったんじゃねえの?」
「いや、それにしては広くないか?」
「古代人は大家族だったのかもよ」
「否定はできないが……」
ヨウダイとドラコは、早くもここは違うという結論に達しつつあった。そして収穫のないまま、廊下の突き当りにまで到着する。
ナタリーが言う。
「さて、今見える範囲では最後のドアだ。この中で行き止まりかもしれないし、入れば更に続きがあるかもしれない。
いずれにしても何が起こるか分からないが、皆準備はいいか?」
「はい。行きましょう」
アレンの言葉に皆が頷くと、ナタリーがドアを開けた。
「ここは……」
今までは、ちょっとした個室のような、それほど狭くない部屋ばかりだったが、そこは部屋と言うよりも空間と言った方がしっくりくるくらいに広かった。
随所には大きなガラスケースがあり、多くの場所ではガラスが割れている。
「ガラスで怪我をしないよう、気を付けよう」
ケースの大きさは、割れているものが多く推測しかできないが、小動物一匹分くらいものから、象一匹分くらいのものまで、様々だ。
足元に気を付けながら部屋の奥まで達すると、そこには円筒の一部をくり抜いたような台が横たわっていた。
そこからパイプが壁を伝って天井まで延びている。
よく見ると、そのパイプは天井を伝って、それぞれのガラスケースに繋がっていたようだ。
レナが言う。
「アレン、ここ、何……?」
「さあ……生活に使っていた部屋ではなさそうだ」
「何かの実験施設かしら……」
「実験って、何を?」
「私に聞かれても、分からないわよ」
皆が口々に感想を述べ合うが、はっきりしたことを想像できる者はいなかった。
「ナタリーさん、この遺跡は何年前くらいからあるんですか?」
アレンが尋ねる。
「ん?いや、わからんよ。
中に入ったのは初めてだし、暴狼人族は定期的に住処を移動するからな」
ナタリーは当然のように言った。
「そうなんですか……」
「アレン、それより、転移装置はなさそうだぞ」
ヨウダイが指摘する。
「そうなんだよな……。
みんな、ナタリーさんも、他に探し漏れている部屋とか、なさそうだよね?」
アレンが問いかけるが、皆無言で首を振るばかりだった。
「どうするよ、アレン?」
ヨウダイが問う。
「……村へ戻らせてもらって、別の遺跡を当たってみよう」
アレンはそう結論付けた。
帰り道も、行きと同じくらい魔物と出会いながらも、何とか致命的なダメージは受けることなく村に辿り着く。
ナタリーの家に辿り着き、ようやく一息つく一行。日はもう暮れかかっていた。
「遺跡に行くのは明日だな」
ナタリーの言に皆頷く。
その日は戦闘続きでやはり疲れがたまったのか、皆早めに就寝した。
------------
翌朝。
「もう一つの遺跡は、昨日とは別の道を行く。
しかし魔物の出具合としては、昨日とさほど変わらない。心していけよ」
「はい。その遺跡までの距離も、昨日と同じくらいですか?」
「いや、もう少し遠い。昨日の行程速度だと、帰りに日が落ちる可能性がある。ペースを上げるが、いいか?」
「……仕方がないですね」
アレンはソニアとレナの方を一瞥するも、頷くしかなかった。
二日目の探索では、魔物と出会っても、殲滅より体力温存を優先した。
戦闘は最小限にして、引けるときは引き、やり過ごせるときはやり過ごす。
教師たちの指導下で魔物と戦うことしかしたことがなかったアレンたちにとって、そのような行動は慣れないものだったが、ナタリーの状況に合わせた判断と対処は、実戦的で非常に為になった。
そうして、昨日よりも長い距離を、昨日よりも短い時間で進む。体力も昨日よりは残っている。
「あと少しで目的地だ」
ナタリーの言葉に、皆の顔も少し明るくなる。そこから十五分ほど進んだとき、
「待て」
ナタリーが皆を制止した。
今まで歩いてきた道と、別の道が合わさって、先は一本の道となっている交差点。もう一方の道から先の方へと、いくつかの足跡が向かっていた。
「これは……誰かが遺跡へと向かったな」
「足跡から見ると、五人くらいですかね。
誰の足跡でしょう?」
「分からぬ。友好的な種族であればよいが……。
ここからは慎重に進むぞ。道も逸れて、森に紛れよう。遺跡まではすぐだ。
悪いが、辛抱してくれ」
ナタリーの判断により、森へ入り、道なき道を進んでいく。しかしナタリーの顔つきはだんだん厳しいものへと変わっていた。
「どうかしたんですか、ナタリーさん?」
「ああ。この匂い……先にいるのは、おそらく猿人族だ」
「猿人族……タイガのような
「そうだ。
……少し説明しようか」
ナタリーは歩を止め、皆もそれに倣った。
「周囲への警戒は怠るなよ。まず何から言えばよいか……」
ナタリーは少し考える。
「まず猿人族と暴狼人族だが、先の通り、仲は悪い。敵対している、と言ってもよいな。
原因は先の通り、同朋の牙を殺して奪うからだ。
猿人族が暴狼人族を襲うことはないが、そのような事情から我らは猿人を忌み嫌っている」
「なるほど。
俺らも、タイガを殺さそうとするなら黙っていることはできません。
猿人族は、強いんですか?」
「いや、それほどではなかったのだ。しかし……。
やはり、この国のことから説明する必要があるか。
ここサバンドール国は、獣人族たちの国だ。様々な種族から成り立っている。首都の方では、種族はあまり固まることなく混然と暮らしているが、国全体で見ると、小さな集落を作って種族単位で分散していることが多い。
この国の政治は、それらの種族から選出された長たちと、長たちの投票で選ばれた王とで行われる。
我々の共通の価値観、それは強さだ。弱き者は強き者に従い、強き者は弱き者を導く。その象徴が王。王には、四年に一度の国を挙げた格闘大会の優勝者が選ばれることがほとんどだ。選挙も四年に一回。都度都度交代はあるものの、その代で最も強き者が王となる。とは言え強さだけで上に立つことはできないから、強さと上に立つ資質を兼ね備えた者を選ぶために、最終的には選挙を必要としている」
ナタリーはそこで一息つく。
『事情は分かるが、その話と猿人族がどう繋がるのか、いまいち見えないな』
裕也が呟いた。
「猿人族は、強くない。
それゆえに、猿人族から王が排出されることはなかったと聞く。しかし猿人族は、それを良しとしなかった。
私が生まれるよりも前のことだが、「力と
結果、猿人族はサバンドール国から独立し、新たな国を作ったのだ。その国が「マシナ」。五十年ほど前のことらしい。
今では、サバンドール国とマシナ国は敵対しているというほどではないが、友好的とも言い難い、微妙な関係を築いている。だからおそらく、我々といる限り、奴らが遺跡探索に協力することはないだろう」
「そんな事情があったんですね」
アレンが頷くと、ヨウダイも応じる。
「でも、あんまり強くないって話だから、そこまで気にすることもないんじゃねえの?」
「いや。この際だからはっきり言うが、身体能力は君たち人間と同じくらいか、少し強いくらいだぞ」
「げっ!俺らって、弱いの?」
「まああくまで身体能力の話だ。業や魔法については加味していないぞ。
それにな、奴らは最近、新しい武器を開発した。それが厄介でな」
「新しい武器?」
「ああ。
私にはよくわからんが、「電気」とやらを使うらしい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます