第3章 第3話「森――魔物、魔物、魔物!」

「アレン、まず君のシェルには、無数の穴が開いている」

「無数の穴……それはつまり……」

「それだけ、色々なことに資質があるってことだ」

「そうなんですか!?」


 アレンが思わず声を大きくすると、


「ただし!」


 ナタリーはそれを遮る。


「君の穴はどれも、とても小さい。

 それでは内力リソースを十分引き出すことができない。

 それゆえ、強化が難しい」

「そんな……」

「ただ、それらの小さな穴のうち、いくつかに関しては、通常以上の圧力で内力リソースを出力しているようだ。圧が高い分、内力リソースの出力量が多いから、それに成功した場合、資質の練度が上がる」


『裕也、それって……』

『ああ。俺が「押して」いる場合だろう』


「これは非常に珍しい。

 ……ここにいる君以外の人間の内力リソースは、粘性が高めだ。

 その分内力リソースは体内に留めやすく、しかし引き出すことも難しい。

 それゆえに、ある程度大きな「穴」から内力リソースを引き出す修練が不可欠となる」

「それで、俺は?」

「君の内力リソースは、君の仲間たちに比べ粘性が低く、流動的だ」

「そういえば、タイガに「魔力がサラサラしている」と言われました」

「ああ。同じことだろう。おそらく、生まれつきなんだろうな。

 君の内力リソースシェルから流出しやすい。しかし、内力リソースは生きる力でもあるから、あまり消費すると命に関わる。それゆえ、内力リソースを体内に留めるために、本能的にシェルには大きな穴があけられなかったのだろう。

 君の内力リソースの性質はむしろ、我々暴狼族人に近い。

 ただし我々は本能的に、この内力リソースを操ることができる。おそらくその能力に関しては、サバンドール一番であろう。君はまだ内力リソースを操る術が身についていない。……いや、習得を進めている、と言った方が正確か。

 内力リソースを自在に操ることができれば」

「てきれば?」

「その無数の穴を無尽に活用できるだろう。複数の資質を組み合わせることで、他人には真似できぬ境地へと達すやもしれん。

 それに、君は内力リソース量も多い。これも生まれつき、内力リソースを失うことが多いから、少々失っても大丈夫なよう、身体が内力リソースの内包量を上げていったのだと思うぞ」

「……俺に、そんな力が」

「あくまで可能性の話だ。

 特に小さな「穴」を大きく広げるのは、簡単なことではない。

 弛まぬ修練と永い時間が必要だ。それも複数の穴となってくると、君の寿命が尽きる方が早いかもしれない」

「いえ、可能性があると分かっただけでも、十分です!

 ありがとうございます」


 期せずして訪れた見知らぬ地方。


 アレンたちは、そこで更に、期せずして新たな可能性を示唆される。


 「……こんな遠くまで来ても、満月は綺麗だな」


 宴の後始末が終わり、ナタリーの家に帰る途中、ヨウダイが呟く。

 皆何も言わずとも、その呟きに共感していた。


 一行は、各々様々な思いを抱きながら夜を明かした。


------------


 翌朝。

 アレンたちはナタリーに率いられ、村を出発していた。まずは、比較的近い方の遺跡に行くという。


「……胃が」

「私もです……」


 女子たちには、普段は慣れない肉の大食いの対価が来たようだ。


「いや、俺も、朝から肉はしんどかったぜ……」

「確かに」

「すまないな。種族ごとに食生活が異なるのは常識なはずだが、村長も、久しぶりの客人に張り切りすぎたようだ」

「いえいえ!

 お気遣いありがとうございます。こうして朝から歩けるから、ちょうどいいダイエットですよ」


 ナタリーが申し訳なさそうな顔をすると、アレンが慌てて恐縮する。


「そう言ってもらえると助かる。

 それに、今年は作物が不作でな。肉の方が調達しやすいのだ」

「そうなんですか。それは、大変ですね」

「我々は肉食でも生きていけるが、草食の獣人などは死活問題だな。

 ここ数年、作物の収穫量は年々減っているが、原因は分かっていないらしい」

「原因不明の不作……早く解決されるといいですね」

「ああ。こればっかりは、我々にできることはほとんどないが、祈るしかあるまい」

「ところで、遺跡はここから遠いんですか?」

「いや、歩いて二時間ほどだ。……何もなければな」

「何もなければ?」

「ああ。

 ここ十年ほどで、魔物たちが驚くほど活発化している。昔は比較的安全だったこの森も、今ではそうとも言い切れない。道中襲われる可能性も多分にあるから、心しておけよ」

「はい」


 アレンたちは身を引き締めた。


 そうして三十分ほど歩いたところ。


「……待て」


 ナタリーが皆を制止する。


「がう」


 タイガも警告を促した。


「魔物ですか?」


 小声で問うアレン。


「ああ。微かだが気配が。囲まれているぞ……」


 アレンは周囲を見渡す。

 木や草で覆われたジャングル内は、見通しがかなり悪いが、目視できる範囲で怪しい気配は感じられなかった。


「……気配が感じられない」

「おそらく気配を殺すのに特化した種の魔物だろう。

 奴らが気配を発するのは、攻撃の時。それを狙うんだ」


 アレンたちはその場に留まり、襲撃に備える。

 ピンと張りつめた空気がそこに流れた。

 遠くからは、ギャアギャアと鳥の鳴き声が聞こえてくるものの、アレンたちの周りでは音を発するものもない。


 しかし、いつ来るか分からない攻撃に気を張り続けることも、慣れていなければなかなか難しい。

 皆が段々と疲れを感じ始めたその時。


「キャッ!」


 レナが悲鳴を上げた。


「どうした!?」


 ヨウダイが叫ぶ。


「今、何かに首筋を……」


 レナが答えると、


「わあっ!?

 見て、何なのよこいつら!?」

「くっ、サイレントカメレオンか!」


 数十匹のカメレオンが、アレンたちの周りに迫っていた。一体一体の全長は七十センチほどだろうか。

 ほとんどの個体は既に仲間パーティーから一メートル以内の距離におり、途端に牙を剥いて襲い掛かってくる。


「くそ、とにかく倒すぞ!」

「ガウッ!」


 ヨウダイは剣で一体ずつ的確に攻撃する。

 タイガは脚を強化して、高速移動で複数のカメレオンに一撃を見舞っていく。


「こんなに近づかれていたのに気づかないとはな!」


 ドラコも珍しく叫びながら、流れるような動きで攻撃を与えていく。


 しかし攻撃を受けると、カメレオンたちはまた姿を消した。


「くそ、また消えた!」

「何だ、この魔物は!?」

『俺の世界にもいた、カメレオンっていう動物の魔物だろう。カメレオンは身体の色を周囲の景色に合わせて変えられる。その能力で身を隠しているんだろうが……』

「体の色を変えられる!?」


 思わずアレンが叫ぶ。


「ああ。しかしこいつらはそれに加え、魔力で音や臭いを消す。

 気配を消す系の魔物でも、厄介なのに出くわしたな……」


 ナタリーはまだ冷静である。


「どう対処するんですか?」

「……ぶっちゃけて言うと、暴狼人のみの場合は、逃げる。

 時間をかければ対処できるが、面倒だからな。

 しかしそれは、逃げ切るだけの速さと体力がある前提だ」

「女子二人には荷が重いだろうよ」


 ヨウダイがその案を否定した。


「だが、このままではいつ襲撃を受けるともわからんし、反撃してもすぐに身を隠される。迂闊に動くことも叶わんぞ」


 ドラコも現状を分析している。


「どうするか……そうだ!ソニア!」


 アレンが何かを思いついたようだ。


「えっ、私!?」

「前に、【|睡眠≪スリープ≫】の魔法を使ってただろう?

 ここら一帯のサイレントカメレオン、眠らせちゃうってのは?」

「……多少なら大丈夫だと思うけど、全部は厳しいわね。

 見えているのならまだしも、手当たり次第になるし、魔力が持たないわ……」

「そうか……」


 なかなか妙案が浮かばない。


『要は、擬態が厄介なんだ。しかし、変化するのはあくまで体の表面だろう。

 それなら……』


 裕也が作戦を思いつく。


『分かった!やってみよう』


 アレンは地面に向かって軽く水魔法をかける。

 水は地面の土と混ざり、すぐに泥と化した。


「みんな、俺の後ろに!」


 アレンは皆を背後に固める。


「【|微風≪リトルウィンド≫】。

 ……からの、【|噴射≪スプリンクラー≫】!」


 アレンは泥だまりに向かって【|噴射≪スプリンクラー≫】をかけた。

 泥の中で勢いよく水が噴射し、周囲に泥が飛び散る。

 自分たち自身には風でバリアを貼って、泥の直撃を防いだ。


「ごめん、多少は汚れるよ。

 それより、見て!」


 今まで擬態で周囲に完璧に同化していたサイレントカメレオンだが、体表に噴射した泥がついてしまっていた。泥にまで擬態を施すことをはできないようで、辺りでは無数の泥塊が蠢いている。


「ふむ、あれなら目標を見失うまい!」

「おう!一気に決めようぜ!」

「わん!」


 皆は動く泥目掛けて一斉に攻撃する。

 そうして、泥が落ちないうちに、ほとんどのサイレントカメレオンを討ち終わった。


「ふう、厄介だった」

「まったくだ」


 アレンとヨウダイは一息ついた。


「うむ、妙案であった。助かったよ」

「うまくいってよかったです」


 アレンたちは更に森の奥へと歩を進めた。

 その後も、


「うお、ワニが跳んできた!」

「尻尾をバネのように使っている!?」

「スプリングカイマンだ!変則的なジャンプに気を付けろ!」



「くぅ、だんだん眠気が……」

「まずい、眠り鬼花だ!寝てしまうと、触手で引き寄せられて養分にされるぞ!」

「……ふん!呼吸を止めてとどめを刺せばよいのであろう」



「この猿、何か持ってる!」

「棒猿だ!まっすぐ育つ|直杉≪ちょくすぎ≫の枝を武器にしてくる!」

「まあまあ良い棒術だが、このヨウダイ様の敵じゃないぜ!」



「げっ、大きなアリ……虫系がでかいのはちょっときついわね」

「大葉切り蟻だ。葉を持っている蟻に危害を加えなけれな問題ない」

「わっ、攻撃してきた!」

「葉の上に乗っている個体は護衛の役目だ。

 そいつには特に近づくな!」



 様々な魔物に遭遇したが、ナタリーの指示もあり、何とか魔物の襲撃を切り抜ける。

 そして予定の二倍の時間がかかって、昼下がり。


「見ろ、あれが遺跡だ」


 ようやく、苔と葉に覆われた遺跡までたどり着いた。

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